平成29年度~校長室

2019年7月の記事一覧

蓮(はす)

 蓮(はす)の花が咲く時期となりました。蓮の原産地はインド亜大陸とその周辺で、地中の地下茎から茎を伸ばし水面に葉を出します。草高は約1メートルで、茎に通気のための穴が通っています。水面よりも高く出る葉もあります。葉は円形で葉柄が中央につき、撥水性があって水玉ができます。地下茎は「蓮根」(れんこん、はすね)といい、野菜名として用いられています。開花期は7~8月で、白またはピンク色の花を咲かせ、早朝に咲き、昼には閉じます。蓮の泥水の中から生じ、清浄な美しい花を咲かせる姿が、仏の智慧や慈悲の象徴とされ、様々に意匠されています。如来像の台座は蓮華をかたどった蓮華座であり、た厨子の扉の内側に蓮華の彫刻を施したりしています。主に寺院では仏前に「常花」(じょうか)と呼ばれる金色の木製の蓮華が置かれています。また、死後に極楽浄土に往生し、同じ蓮花の上に生まれ変わって身を託すという思想があり、「一蓮托生」という言葉の語源になっています。先日、行田市の古代蓮の里公園に行ってみました。行田市の“天然記念物”に指定されている行田蓮(古代蓮)は原始的な形態を持つ1400年~3000年前の蓮であると言われています。古代蓮の里にほど近い公共施設建設工事の際に、偶然出土した種子が自然発芽し甦り、池に開花しているのが発見されました。地中深く眠っていた多くの蓮の実が出土し、自然発芽して一斉に開花した事は極めて珍しいことといわれています。古代蓮の里では行田市のシンボルともなっている古代蓮を育てており、可憐な古えのピンクや白の花が楽しめます。一度お出かけになっていはいかがですか。但し、花の開いているのは午前中です。

 
 
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ほおずき

 ほおずき(鬼灯) はナス科の多年草で、日本では平安時代から薬として利用されてきました。東南アジアが原産とされていますが、その自生地ははっきりしていません。淡い黄色の花を6月から7月ころ咲かせます。この開花時期にあわせて、日本各地で「ほおずき市」が開催されます。日本の仏教習俗であるお盆では、ガクに包まれたほおずきの果実を死者の霊を導く提灯に見立て、枝付きで精霊棚(盆棚)に飾ります。古くは薬草として利用され、子供の夜泣きやひきつけ、大人のお腹や胸の痛みを和らげる効能があるとされていました。中国では、根が「酸漿(サンショウ)」という生薬名で知られ、漢方医学では咳止めや解熱、利尿の薬として熱や黄疸の時に用いられます。毎年7月9日、7月10日に東京都台東区浅草の浅草寺でほおずき市が催されています。約200年前の明和年間に始まったと言われています。ほおずき市といえば浅草寺、と言われるほど有名なほおずき市。7月10日に参拝すると、なんと四万六千日も毎日お参りしたのと同じだけのご利益があると言われています。ほおずき市としては全国でも最大規模で、毎年全国からも多くの人たちが訪れて、大変な賑わいになります。境内にはたくさんのほおずきを売る店、そして風鈴の涼やかな音色が響き、いかにも浅草といった江戸の下町の風情を感じることが出来ます。

 
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朝顔市

 朝顔市は、ほおずき市と並ぶ夏の風物詩です。朝顔市の朝顔は、青やピンクなど3~4色の大輪の花が一鉢に咲くように寄植えされた「あんどん仕立て」が主流です。「今日の朝顔は何色?」と夏の早起きは朝顔チェックで決まりですね! 朝顔はヒルガオ科のつる草で、支柱となるものに巻きつきながら成長していきます。巻き付く向きはなぜか左巻き。そして、朝顔は日没から10時間後に咲く、体内時計を持っています。それで、早朝に花を開き、日が出るとしぼんでしまうのです。似たような名前の花に昼顔、夕顔がありますが、昼顔はその名の通り昼に咲き、夕方しぼみます。夕顔はウリ科のつる草で、その実からかんぴょうが作られます。朝顔の原産地は中国で、奈良時代に遣唐使によって日本に伝来したといわれています。当時は朝顔の種は「牽牛子」(けんごし)といって、下剤や利尿作用がある漢方薬として珍重されていました。朝顔の花が鑑賞用として栽培されるようになったのは江戸時代になってからの事です。朝顔市で有名な入谷(東京都台東区)は、入谷田圃の土が良かったことと、腕の良い植木屋が多く住んでいたことから、朝顔の名所として有名になりました。朝顔市の代名詞ともなっている入谷の鬼子母神の朝顔市は、明治初期からの歴史があります。世情の悪化から大正時代に一度姿を消しますが、戦後の昭和23年に江戸情緒豊かな夏の風物詩として再開されました。朝顔の中国名「牽牛花」(けんぎゅうか)にちなみ、牽牛といえば七夕伝説に出てくるあの牽牛、ということで七夕を挟んで3日間開催されます。東京・入谷の朝顔市は、入谷鬼子母神を中心に言問通り沿いに市が立ち、毎年40万人もの人で賑わいます。朝顔は早朝に咲く花。朝顔市も朝5時スタートです。色よく咲いている花を品定めするには、やはり早起きして出かけたほうが良いですね。

 
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PTA支部会

 今年度のPTA支部会が始まりました。6日(土)は午後2時より第1・2・3の合同支部会を学校でおこないました。梅雨の時期としては肌寒い日でしたが、、多くの保護者の方々に御参会いただき、PTA会長、校長の挨拶の後、学校のほうから1学期の状況、夏休みの過ごし方、進路の状況についての説明をおこない、その後、学年別に分かれて懇談会を実施しました。学年別懇談会では、会社見学や大学等の選択を控える3年生が最も活発に意見・情報交換を交わしていました。7日(日)は午後2時より第4・5・7支部会を加須市の市民プラザ加須で、第6・8支部会を行田市のグリーンアリーナで開催しました。また、7月20日(土)には、午前10時から学校で上記の会に参加できなかった保護者の方々を対象に支部会を開催する予定です。

 
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七夕

 明後日は七夕です。七夕といえば織姫と彦星の話が有名です。中国の伝説ですが、昔、天の川の西岸に織姫という姫君が住んでいました。織姫は機織りの名手で、美しい布を織り上げては父親である天帝を大変喜ばせておりました。そんな娘の結婚相手を探していた天帝は、東岸に住む働き者の牛使い彦星を引き合わせ、二人はめでたく夫婦になりましたが、結婚してからというもの、二人は仕事もせずに仲睦まじくするばかり。これに怒った天帝が、天の川を隔てて二人を離れ離れにしてしまいました。 しかし、悲しみに明け暮れる二人を不憫に思った天帝は、七夕の夜に限って二人が再会することを許しました。こうして二人は、天帝の命を受けたカササギの翼にのって天の川を渡り、年に一度の逢瀬をするようになったとのことです。一方、日本では、古来お盆に祖先の霊を迎える前の旧暦の7月7日、祓(はらえ)の行事がおこなわれていました。「棚機津女(たなばたつめ)」という衣を織る女性が神様に仕え、川などの清い水辺の機屋(はたや)に一晩こもって「棚機」という織り機で神様の衣装を織り、それを神棚に供えて、村人たちの穢れを払っていました。この2つが結びつき、7月7日の七夕の習慣が生まれました。七夕の習慣は江戸時代には庶民に広まりましたが、明治時代になると暦が太陽暦(新暦)になり、旧暦の7月7日が新暦では8月上旬となって1か月遅れるようになり、廃れていくようになりました。これに対して、昭和2年に大正時代から続く不景気を吹き飛ばそうと、仙台の商店街の有志たちが、伊達正宗も推奨したといわれる絢爛豪華な七夕飾りで名高い「仙台七夕まつり」を復活させ、これをきっかけに七夕まつりが夏の風物詩として日本各地で開催されるようになり、往年の輝きを取り戻しました。埼玉県では深谷市の七夕まつりが有名です。

 
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アメリカ独立記念日

 日本とはさまざまな面で交流の深いアメリカですが、その歴史は250年ほどです。1700年代、現在のアメリカ東部はイギリスの植民地であり、本国から多くの人々が自由を求めて移住していました。イギリス本国政府は戦争の負担を補うため植民地にさまざまな重税をかけました。これに対して植民地の人々は、本国圧力からの脱出と自由を求めて立ち上がり、独立戦争を起こしました。独立宣言(United States Declaration of Independence)は独立したことを宣言する文書で、1776年7月4日アメリカ大陸会議によって採択されました。このため、7月4日はアメリカ合衆国の独立記念日として毎年盛大に祝われます。独立後、アメリカは大陸西部に進出し、領土を拡大します。その頃の日本は江戸時代で、平和が続いていました。しかし、その80年ほど後の1853年には、ペリー提督率いる黒船が来航して日本に通商を迫るようになり、否応なしに世界の歴史・潮流に組み込まれていくようになります。アメリカとの関係がこの頃から現在や今後の日本にさまざまな影響を与えていくようになる、まさにスタートがこの日と言えると思います。

 
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月下美人

 月下美人は夜に咲いて、わずか4~5時間後には花がしぼんでしまう性質の着生サボテンです。サボテン科・クジャクサボテン属に分けられ、メキシコやブラジルなどが原産地です。開花期 7~11月で、花の色は白で、花言葉は 「はかない美」、「はかない恋」、「あでやかな美人」など。花が短命なことにちなんで、「美人薄命」が語源となって「月下美人」という名前がつきました。開花期には強くよい香りを放つのも特徴となっています。
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蛍狩り

 日本の夏の夜の風物詩と言えば、まず花火を思い浮かべますが、かつては蛍狩りも人気がありました。幻想的な光を放ちながら舞う無数の蛍を観賞することは、昭和の中頃まではさかんにおこなわれていました。蛍の成虫はセミと同じく1~2週間のはかない命です。短い一生でパートナーを見つけて子孫を残すために、光を発して異性にPRしているのです。繁殖に成功すると生涯を閉じます。そうした蛍の姿は、奈良時代から詩歌や文学の題材に取り上げられることも多く、花火が誕生する江戸時代前から蛍狩りは夏の夜の風流な楽しみとして親しまれてきました。日本では源氏ホタル平家ホタルが有名です。但し、清らかで流れが緩やかな川や水田などの水際の草むらにしか蛍は生息できません。自然が少なくなって都市化が進んだ場所では蛍狩りは出来ないため、現在は豊かな自然が残された地域でおこなわれています。一方、各地の自治体や教育機関などでも蛍を人工的に飼育し、観察する試みがすすんでいます。
 
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7月の風景

 あっという間に3か月が過ぎ、7月になりました。今年は梅雨は早々と終了し、どうも暑い夏となりそうです。7月は旧暦で文月(ふづき、ふみづき)と呼ばれています。文月の由来は、7月7日の七夕に詩歌を献じたり、書物を夜風に曝す風習があるからというのが定説となっていますが、七夕の行事は奈良時代に中国から伝わったもので、元々日本にはないもので、稲の穂が含む月であることから「含み月」「穂含み月」の意であるとする説もあります。また、「秋初月(あきはづき)」、「七夜月(ななよづき)」の別名もあります。文月は日本海軍の駆逐艦の名称にも用いられています。英語での月名、Julyはユリウス暦を創った共和政ローマ末期の政治家、ユリウス・カエサル(Julius Caesar)からとられています。富士山の山開き、海開きも7月ですが、もうすぐ期末テストです。まずはこちらに3か月学んだ成果を答案用紙につづり、夏休みを満喫してもらえればと思います。

 

 

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