平成29年度~校長室

2018年1月の記事一覧

進路体験発表会

 本日6時間目、進学・就職が決まった3年生による進路体験発表会をおこないました。3年の進路決定者が1・2年生の教室にそれぞれ3人ずつ訪問し、「いつ頃進路を意識したのか」、「受験前の心構えと下調べ」、「実際の体験」、「後輩へのアドバイス」などを自ら体験を交えて伝えました。3年生から1・2年生に「面接練習はしっかりやっておいたほうがい」、「小論文はしっかりと時数を書くこと」、「勉強は大切」などのアドバイスがあり、1・2年生からは「オープンキャンパスに何回行ったのか」、「内定後、課題が出されるのか」など質問もありました。
 3年生の進路の決まった生徒たち、お疲れ様でした。1・2年生も、この機会をきっかけに進路に向けてしっかりと対応してもらえればと期待します。
 
 
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阪神淡路大震災の記憶

 高校生のみなさんも聞いたことがあると思いますが、23年前のこの日、近畿地方はマグニチュード7.3の大地震に襲われ、特に神戸の街が壊滅的な打撃を受けました。この地震は阪神淡路大震災と呼ばれ、道路・鉄道・電気・水道・ガス・電話などの生活ライフラインは寸断され、広範囲において全く機能しなくなりました。これ以降、都市型災害及び地震対策を語る上で、「ライフライン」の早期の復旧、「活断層」などへの配慮、建築工法上の留意点、「仮設住宅」「罹災認定」等の行政の対策などが注目されるようになりました。死者6434名、行方不明者2名、負傷者43792名と、多くの人々が打撃を受けました。避難人数はピーク時で316678人、住家被害は約90万棟、火災被害はやく14600件、その他道路の破損7200か所以上、橋梁の破損330箇所、河川の破損774箇所、崖崩れ347箇所となり、被害総額約10兆円規模と未曾有の規模の災害でした。
 この被害に対応するため、全国からさまざまな形の「救援・支援」が寄せられました。救援物資・義援金・ボランティア活動のほか、インフラの復興には他府県の電力会社・ガス会社などの多くの職員が復興応援のために現地入りし、対応しました。7年前の東日本大震災の時、この時の経験が生きたこともあったかと思います。災害は起こってほしくありませんが、いつ何が起こるのかわからないのも事実です。さまざまな場面に対応できるよう、ふだんから準備、対応の検討はしておきましょう!
 
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ウエイトリフティング部、関東大会で活躍!

 1月13日(土)、14日(日)に千葉県の松戸国際高校で、平成29年度第33回ウエイトリフティング関東高等学校選抜大会が開催され、埼玉県代表として参加した平井翔悟君が62kg級で優勝しました。同じく105kg級で参加した柿本和希君が第2位に入賞しました。
 大会前いい状態であると伺っていましたが、持てる力を十二分に発揮してくれました。今後の活躍を期待します!
 
※ 写真は1月9日の壮行会の時のものです。
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藪入り

 江戸時代に、商家などに住み込みで働いていた丁稚(でっち)や女中などの奉公人、嫁いできた新婚のお嫁さんが、休みをもらって実家に帰省することを「藪入り」と呼びました。1月15日の小正月が終わった翌日の1月16日と、7月15日のお盆を終えた翌日の7月16日が藪入りの日でした。奉公先あるいは嫁入り先で正月と盆という重要な行事を済ませ、そのうえで実家の行事にも参加できるようにとの配慮が生んだ習慣とされています。現在のような定休日がお店にない時代、藪入りは奉公人にとっては貴重な休日で、主人はお小遣いや着物などを持たせて、親元に送り出したそうです。第二次世界大戦が終わり、労働基準法が整備され、日曜日などを定休日とする店が増えたことで、藪入りの習慣は過去のものとなりました。但し、正月と盆の帰省という形式で藪入りの伝統は、現在にも継承されています。
 
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小正月

 旧暦の1月15日は立春後の望月(もちづき。満月のこと。)にあたり、その昔この日を正月としていました。元服(現在の成人式)が行われていたのもこの日です。やがて太陽暦になると、元日を「大正月」、1月15日を「小正月」と呼ぶようになりました。大正月が年神様を迎える行事なのに対し、小正月は豊作祈願や家庭的な行事が多いのが特徴です。また、大正月を男正月、小正月を女正月ともいい、松の内に多忙をきわめた女性をねぎらう休息日でもありました。小正月には餅花を飾り、豊作を祈ります。餅花とは紅白の餅で、これを柳などの木に飾りつけ、農耕神の予祝の花とされている桜の花や、実った稲穂に見立てます。地方によっては餅ではなく繭を使い、繭玉と呼びます。餅花は小正月の正月飾りでもあります。また、小正月には小豆粥を食べ、無病息災を祈ります。小豆のように赤い色の食べものは邪気を払うと考えられています。祝い事の席には、小豆を使った赤飯などがつきものですね。
 
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鏡開き

 お正月の間、年神様の居場所になっているのが鏡餅。そのため、年神様がいらっしゃる松の内の間は飾っておき、松の内が過ぎたら下げて食べ、年神様をお送りします。年神様の依り代(よりしろ)である鏡餅には年神様の魂が宿っているとされるため、鏡餅を食べることでその力を授けてもらい、1年の家族の無病息災を願います。つまり、鏡餅は供えて、開いて、食べてこそ意味があるのです。松の内を1月7日までとする地方では11日に、関西など松の内を15日とする地方では15日に鏡開きを行う場合が多いようです。昔は「二十日正月」といって20日に鏡開きを行っていましたが、徳川幕府三代将軍・徳川家光が慶安4年4月20日に亡くなったため、月命日の20日を避けて11日になったといわれています。鏡開きはもともと武家から始まった行事で、鏡餅に刃物を使うことは切腹を連想させるので禁物でした。そこで、手か木槌などで割ることになりましたが、「割る」という表現も縁起が悪いので、末広がりを意味する「開く」を使って「鏡開き」というようになりました。鏡開きで年神様を見送り、お正月に一区切りつけるということは、その年の仕事始めをするという意味がありました。剣道などの武道で、新年の道場開きに鏡開きとしてお汁粉をふるまったりするのは、その名残りです。また、祝い事の時に振舞われる樽酒のふたを割ることも鏡開きといいますが、これは酒樽のふたのことを「鏡」と呼んでいたから。米からできる日本酒は神聖なものとされ、神事を営む際に神様に供えられ、祈願が済むと参列者で酒を酌み交わして祈願の成就を願う風習がありますので、やはり縁起の良い「開く」という表現を使っています。鏡餅の鏡開きも、樽酒の鏡開きも、新たな出発に際して健康や幸福などを祈願し、その成就を願うということは同じなのです。

  
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雑煮

 かなり遅くなりましたが、雑煮について調べてみました。雑煮は、年神様にお供えした餅のご利益を頂戴するために、年神様の魂が宿った餅を野菜や鶏肉、魚介などといっしょに煮込んで作る、お正月には欠かせない料理です。地方色も豊かで、また、家庭ごとに我が家の味があるのも特徴です。雑煮は元々は正月だけのものではなく、室町時代に武家社会の儀礼的な宴で、本膳料理の前菜として出されたのが始まりです。あわびや里芋、山芋、大豆など健康によいもの7種を入れた煮物で、お酒を飲む前に食べて臓腑を保護・保養する意味があり、「保臓(ほうぞう)」と呼ばれ、「宝雑」「烹雑」と書くこともありました。江戸時代にお餅を入れて雑多なものを煮込む「雑煮」となり、各地にいろいろな雑煮が生まれました。また、雑煮を煮るときは、「若水」を使うのが本来の習わしです。「若水」とは元旦に初めて汲む水のことで、「初水」「福水」ともいい、これを飲むと1年の邪気が祓えるといわれています。昔は井戸や湧水を汲みに行きましたが、今は元旦に水道で汲めばいいのですから、手軽に実践できますね。「若水」は、ぜひ家長が汲んでください。雑煮は地方によっても様々で、材料も作り方も違います。京都中心の関西では、白みそ仕立てで、丸餅を焼かないで煮る、まったりした甘い味わいが特徴です。京都文化の影響の強いところは、白みそ仕立てに丸餅が基本。丸餅なのは、鏡餅を模しているからです。日本海側や山間部が赤みそなのは土地の食文化が融合した例でしょう。一方、関東や中国・九州地方では、しょうゆ仕立てのすまし汁が多く、角餅(切り餅、のし餅)を焼いて入れ、すっきりした味わいが特徴です。江戸文化の影響の強いところは、すまし汁に焼いた角餅が基本。そこへその土地ならではの具材が入ります。みそを使わないのは、武家社会では「味噌をつける」がしくじるという意味で縁起が悪いから。角餅なのは、丸める手間がかからず合理的で、焼いて膨らみ角が丸くなると解釈します。関西風・関東風は、関西地方・関東地方という単純なものではなく、その土地の礎を築いた人が京都文化・江戸文化どちらの影響を受けているかが反映されています。全国的にすまし汁が多いのは、参勤交代で地方に江戸文化が伝わったためです。海辺の町では魚が入り、山里では地元の野菜が入ります。香川などで小豆のあんころ餅を入れるのは、せめて正月には稀少な砂糖を食べたいという思いの表れです。地域性ばかりでなく、家によっても雑煮は違います。それは、祖先や親の出身地、結婚した相手の出身地、好みなどが融合して我が家の雑煮になっているからです。あらためて、我が家の雑煮を見直してみるのも面白いかもしれませんね。

        
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だるま

 赤くて丸い身体に、黒々とした眉とひげ。転んでもすぐに起き上がる「七転び八起き」のだるまは、商売繁盛や運が向く縁起物です。神社やお寺の縁日などで売られますが、特に歳末から3月ごろまで、全国各地でだるま市が開かれています。だるまのルーツは、室町時代に作られていた起き上がり玩具ですが、江戸時代に達磨大師の姿を模して作られたところから、「だるま」と呼ばれるようになりました。達磨大師とは実在の人物で、中国の嵩山(すうざん)少林寺で、9年も壁に向かって座禅をして悟りを開き、禅宗の始祖となったという高僧です。群馬県高崎市の少林山達磨寺が、このだるま発祥の地として有名です。昔、碓氷川の大洪水で流れてきた巨木で、一了(いちりょう)という行者が達磨大師の姿を彫ってお堂に安置したのが達磨寺の起こりです。江戸時代、天明の飢饉の時に、少林山の九代目・東嶽(とうがく)和尚が、農家の副業として達磨大師の絵を手本に張り子のだるまを作らせ、七草大祭で売らせたところ、商売繁盛、家内安全のご利益があるとして、たいそう評判になりました。毎年1月6日・7日に「少林山七草大祭だるま市」、通称「高崎だるま市」が開催されています。高崎だるまの顔は、眉は鶴、ひげは亀を表しているそうで、縁起の良い顔の福入りだるまを買い求める多くの人で賑わいます。だるまは、売られている時は両方の目が白いままのものがほとんどです。だるまに「願」をかける際に片方の目に黒目を入れ、願いがかなった時にもう片方の目を入れますが、これは、昔、養蚕農家で行われていた風習からきているといわれます。群馬県は養蚕が盛んな土地です。蚕は年に3回繭を作りますが、養蚕農家では、春の繭が良ければだるまに片目を入れ、秋の繭も良いと、もう一方の目も入れる習慣があり、それが一般に広まったといわれています。また、目を入れることは「目(芽)が出る」に通じてめでたい意味もあるそうです。

   

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3学期始業式

 本日、3学期の始業式をおこないました。今年は暦の関係で休みが長く、家庭でゆっくりと過ごせたようで、多くの生徒が元気に登校しました。校長よりは新年にあたり3年生、1・2年生に激励のことばを贈りました。さらに進路指導担当の飯田先生より進路の状況、生徒指導部の網野先生より生活面についての話がありました。その後、平成29年度第33回ウエイトリフティング関東高等学校選抜大会に出場する2年生の柿本君、1年平井君の壮行会をおこないました。校長の激励の後、新たに生徒会長になった2年生の小川さんのことば、選手を代表して平井君の決意のことばがありました。関東大会を突破して3月におこなわれる全国大会に出場することを期待します。
 
     校長の講話      ウエイトリフティング部の紹介
 
   生徒会長のことば        選手代表のことば

始業式での「校長講話骨子」

 皆さん、おはようございます。暦の関係で2学期の終業式より17日休みが続きました。冬休みはゆっくりと過ごせましたか? この間に平成30年となり、また、平成29年度の3学期となりました。1年生、2年生、3年生にとっても次へのステップに繋げる、まとめの学期となりました。気持ちを新たに頑張ろうと思っている人が多いと思います。
 さて、今日は皆さんにひとつことばを贈ろうと思います。

 まず、3年生には「志は高く、感覚はしなやかに。」という言葉を贈ります。これはテレビ朝日のニュースキャスターだった小林一喜(かずよし)さんが就職した人に贈ったことばです。小林さんが新人の駆け出しの記者だった頃は毎日がびっくりしたり、がっかりしたり、怒られたり、感動したりの連続だったそうです。仕事を始めた時はそういうものです。また、これから社会に旅立つ3年生には、最初の新鮮な感覚を持ち続けてもらいたいものです。学校の定期試験や進学、就職のための試験など多くの試験にパスしてのスタートです。充実感や期待感は不安に優っていると思います。ところで、今まで受けてきた試験には正解がありましたが、これから出会う仕事や人間関係の問題には、決まった答えはありません。自分で迷い、考えて答えを見つけていかなければなりません。少子高齢化、AI化、多様な価値観がある現代社会や未来においては、今までの常識や既成事実は通用しなくなってきています。数十年後には今ある仕事のかなりがなくなり、新しいものにとって代わられていくと言われています。このような大変革期に、社会や企業は若い感覚や柔軟な考えを持つ皆さんに期待しています。
 次いで
1、2年生には「ゆっくり急げ。」という言葉を贈ります。これは古代ローマ帝国の初代皇帝アウグストゥスがよく使った言葉といわれています。人間は物事に取り組む時、結論のみを急ぎ求める傾向があります。演習や試験の問題を解く場合でも答えだけを求めたり、答えだけを覚えようとしていることはありませんか? これだけでは肝心の物事の本質は見えてこず、一時的な、一面的な理解しかできません。答えが出ても「これで大丈夫か。別の考えはないか。」と振り返る気持ちがほしいものです。遠回りしているように感じることもありますが、これでいい結果が出ることもあります。日本でも「急がば回れ。」、「せいては事を仕損じる。」ということわざがあります。1年生は今年は2年生となって学校をリードしていく立場に、2年生は最上級学年として現在の3年生のように進路実現、自己実現を成し遂げる年になります。4月にも気持ちを新たにすると思いますが、1月から意識していれば考える時間が増え、ゆとりができます。精神的に、時間的にゆとりをもっていろいろなことに取り組みましょう!

 いずれにしても、風邪をひかないように体調管理には十分気を付けて、今年を過ごしてもらえればと思います。期待しています。

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成人式

 昨日は成人の日でした。現在は男女を問わず、20歳になると公に「成人」として扱われます。そして、晴れて成人となった若者が大人としての重い責任を新たに自覚し、同時に彼らを祝い、励ますのが「成人式」です。成人を20歳以上とするのは、1898年(明治29年)の民法制定時に徴兵制度や課税の基準年齢が満20歳だったことにあわせたものと言われています。成人の日が1月15日と制定されたのは1948年(昭和23年)のことで、戦後の混乱の昭和21年、埼玉県蕨市で日本の将来を担う若者を激励するために開催された「青年祭」がきっかけとなりました。そのなかの行事「成年式」が全国各地で成人式として広まり、そのうねりを受けて国が「国民の祝日に関する法律」に成人の日を盛り込んだのです。1月15日が成人の日となったのは、昔は正月に大人として認められる「元服」の儀式をおこなったから、小正月や関東以外の松の内の終わりが1月15日であるからなど、諸説あります。ちなみに、成人の日はハッピーマンデー法により2000年年(平成12年)以降は1月の第2月曜日となりました。日本では、明治29年の民法制定まで成人を20歳以上とする考えはなく、男子は平安時代以降10~16歳、女子は12~13歳が成人としてとらえられ、下していた髪を結い上げる「髪上」という儀式をおこなっていました。また、一定の年齢に達したら成人という考え方ではなく、1日に何キロの芝を刈れるなどの行為ができるようになれば成人として認める考え方もありました。
 現在の20歳のみなさんは、成人をどのようにとらえているのでしょう?

     
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