校長室日誌

2017年12月の記事一覧

大掃除

 新年まであと18日。家でも学校でも年末の大掃除の時期がやってきます。大掃除といえば、クリスマスが終わって新年も間近にせまる頃に、1年間たまった汚れを一掃し、新年をすがすがしい気持ちで迎えるためにおこなう習慣だと、現在ではとらえられていますが、江戸時代には「煤払い(すすはらい)」という名で12月13日におこなわれる一大行事でした。徳川幕府は12月13日を「江戸城煤払い」と定め、江戸城では新年に年神様を迎えるために、現在の大掃除に当たる煤払いがおこなわれるようになりました。庶民も幕府にならって煤払いに精を出すようになりました。年の瀬におこなう大掃除には、元々正月に1年の幸福と健康をもたらす年神様をお迎えするために、前年の煤や塵を払って家や心を清めておくという意味があります。元々、正月に年神様を迎える準備を始めるのは、その年の農作業が終わる12月8日の「事納め」からでしたが、江戸時代になると婚礼以外は万事が吉日とされた鬼宿日に当たる12月13日が「正月事始め」の日とされました。1年のけがれを払い、家や城のすみずみまできれいにすると、正月に年神様がたくさんの御利益を授けてくれると考えられていたので、煤払いは年の瀬のお祭りを思わせる盛大な行事だったようです。
 身の回りがきれいになると気持ちいいですよね。
       
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羽生市内県立高校合同出前授業

 羽生市「学びあい夢プロジェクト」協議会事業で、羽生市内の県立高校5校が合同出前授業を12月8日(金)に羽生西中、11日(月)羽生東中、12日(火)羽生南中でおこないました。
 11日の東中での授業を見学しました。本校からは、商業の授業として「メモリー機能を使って計算してみよう」と、農業の授業として「フラワーアレンジメント」をおこないました。初めての高校の授業で中学生たちは最初緊張していたようでしたが、次第に興味・関心を示し、いづれも積極的に取り組んでいました。他の高校の先生方も工夫をして中学生が興味を持ちやすいよう、気さくに話しかけ、高校の授業を体験してもらいました。高校のことを知ってもらうよい機会とすることができました。
 
   ※ 写真は羽生西中学校での合同出前授業のようすです。
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忠臣蔵

 若い方はあまり知らないかもしれませんが、テレビの番組欄を見ると、例年12月14日前後に「忠臣蔵」という(あるいはこれに関連した)番組を見つけることが出来るのではないでしょうか? 今から300年以上前の、江戸時代の元禄14年3月14日(1701年4月21日)、江戸城殿中松之大廊下で現在の兵庫県にあった赤穂藩藩主・浅野長矩(内匠頭)が、高家肝煎・吉良義央(上野介)に刃傷に及んだことに端を発します。この一件で加害者とされた浅野は幕府の裁定で即日切腹となり、被害者とされた吉良はお咎めなしとなりました。その結果を不服とする赤穂藩国家老・大石良雄(内蔵助)をはじめとする赤穂浪士(赤穂藩の旧藩士)47名、いわゆる「赤穂四十七士」は、紆余曲折のすえ、元禄15年12月14日(1703年1月30日)未明に江戸の吉良邸へ討ち入りをし、見事その首級をあげ、主君の仇をうちました。そして、その後の浪士たちの切腹までの一連の事件を総称して、今日の史家は「赤穂事件」と呼んでいます。主君の遺恨を晴らすべく命をかけて、吉良邸に討ち入った赤穂浪士四十七士の行動は民衆から喝采を持って迎えられました。平和な時代が百年近く続いた元禄の世において、すでに過去のものになりつつあった武士道を彼らが体現したからです。彼らは主君の恨みを晴らした忠実な家臣とみなされました。江戸幕府は、武家社会の事件を文芸や戯曲で取り上げることは禁じられていたので、赤穂事件についても幕府をはばかって舞台を別時代とし、事件を扱った物語が歌舞伎、人形浄瑠璃、講談、戯作などありとあらゆる分野で幾度となく作られてきました。映画評論家の佐藤忠男は、「吉良邸討ち入りは「忠義」を名目にしているものの、本質的には武士の意地を示す行動であり、民衆もその意地に感動したのだ」と言い、歴史学者の山本博文は、幕府への抵抗としての側面があることにふれた上で、「忠臣蔵に私たちが感動しているのは、何か目標の為に、命を捨てて行動する「自己犠牲の精神」があるという単純な理由からなのではなかろうか」と指摘しています。彼らを称賛する意見が多数を占めているようです。もちろん、現在の常識からいえばいけない行為ですが、時代が違うと考えも思想も異なることがわかります。
 
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針供養

 「針供養」とは、折れたり、錆びたり、曲がったりして使えなくなった針を豆腐やこんにゃくなどに刺して供養する行事です。針供養は、東日本では2月8日、西日本では12月8日に行うことが多かったようですが、地域に関わらずどちらか一方の日に行うところや、両日行うところもあります。この日付の違いには、背景にある「事始め・事納め」の捉え方が影響しています。「事始め・事納め」とは、コトノカミという神様を祀るおまつりです。元々、「事」という字は、神様への祈りの文である祝詞を入れた器をつけた木を高く捧げて祖霊をまつるという意味の「史」と、吹き流しを組み合わせた形で、「まつり」を意味していました。コトノカミのまつりは、2回あり、12月8日が「事始め」で2月8日が「事納め」になる場合と、2月8日が「事始め」で12月8日が「事納め」という場合があります。この違いはコトノカミが「年神様」か「田の神様」かという違いです。この時に行う「事」が新年に迎える神様の事なのか、田畑を耕し農耕に勤しむ人の事かという違いで、日付けが逆転するのです。年を司る年神様を迎えるための神事を始めるのが12月8日の「事始め」で、すべてを終えるのが2月8日の「事納め」です。こうして年神様に関する一連の神事を終えると、人々の日常が始まります。また、田の神様を迎えて人の日常が始まるのが2月8日の「事始め」で、すべてを終えるのが12月8日の「事納め」です。このように、年神様をまつる神事の期間と、田の神様をまつって働く人の日常の期間とに分けるとすれば、一方の始まりの日はまた一方の終わりの日になるわけです。そして、2月8日と12月8日のことを、「事八日」(ことようか)、「事の日」などと呼びます。「事八日」には、お世話になった道具を片付け、感謝する風習があります。代表的なのが「針供養」で、前述したように、2月8日と12月8日のどちらか一方の日か、両日に行います。針供養の起源は定かではありませんが、中国の「社日(土地の神様をまつる日)に針線(針仕事)を止む」という習わしに起因するという説があります。平安時代には貴族の間で行われるようになったと考えられており、江戸時代に針の労をねぎらい、裁縫上達を願うまつりとして広がりました。針仕事は女性にとって重要な仕事だったため、折れた針や古くなった針に感謝の気持ちを込めて柔らかい豆腐やこんにゃく、もちに刺し、川に流したり、土に埋めたり、神社に納めたりして供養し、裁縫の上達を願いました。豆腐など柔らかいものに刺すのは、これまで硬い生地などを刺してきた針に対し、最後は柔らかいところで休んでいただきたいという気持ちや、供物としての意味があるといわれています。昔はそれぞれの家庭で針供養を行っていたそうですから、豆腐やこんにゃくに針を刺し、身の回りの道具を大事にする気持ちを大切にしてはいかがでしょう。最近は古くなったり、切れたりした物はすぐ捨てることも多いですが、かつては家庭でていねいに修繕して、いろいろなものを使い回していました。ほんと、針に感謝です。
 
学校でも池に氷ができました。花壇の花もパンジーへのチェンジです。
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租税教室

 本日4限、全生徒対象の租税教室をおこないました。講師を本校OBで、関東信越国税局 総務部 営繕監理官 長谷川浩通様、行田税務署総務課長 鈴木淳子様、同税務署総務課 佐伯隆文様にお願いし、講演をしていただきました。税のしくみはわかっているようで、わかりづらいところが多いですが、長谷川様はパワーポイントの資料を活用して、ていねいに説明してくださいました。特に高校生一人当たりに年間百万円ほどの税金が使われていることは、多くの生徒が初めて知ったようでした。併せて、一人一人が税の在り方についてしっかり考えることが大切だと知らされました。消費税や所得税くらいのことしか関心がありませんが、3年生の中には来年4月以降社会人として税金を納める者も多数出てきます。今から税についてしっかりと認識してほしいと思いました。
 
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