校長室日誌

2018年12月の記事一覧

初日の出は、闇夜の中から上ってくる

 現在ではお正月は冬の真っ最中。1年で最も寒い季節ですが、旧暦のお正月は、現在の暦でいえば1月下旬から2月上旬。したがって、日が長くなってきたのを実感できる、寒さのなかにも春の気配が感じられる時期でした。清少納言の『枕草子』の第三段には「正月一日は、まいて空の気色うらうらとめづらしう霞みこめたるに……」と、お正月には日差しが明るくなり、空気がやわらいでいる情景がとらえられています。
 旧暦の話が出たところで、もう一つお正月に関連した旧暦のお話しをしておきましょう。旧暦では、毎月の終わりは月が隠れるつごもりで、月の初めは必ず新月でした。したがって大晦日の夜も闇夜。初日の出は、月明かりのない真っ暗な夜が明け、地平線から上ってくる新しい年を迎えるにふさわしい太陽だったのです。単に、その年の最初の日の出というだけではない実感があったのですね。吉方参りに続いて、初日の出を拝む風習は、大正の初め頃までさかんに行われていたそうです。来年の初日の出は見られるでしょうか?

 
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除夜の鐘

 除夜の鐘とは、大晦日(=おおみそか)のちょうど日付けが変わり、新しい年になる深夜0時をはさんでつく鐘のことを指します。除夜の鐘をつく理由は、人の心にある煩悩を祓うためと言われています。仏教では、人には百八つの煩悩(=ぼんのう)があると考えられてきました。その煩悩を祓うためにつく除夜の鐘の回数は108回とされています。煩悩とは、人の心を惑わせたり、悩ませ苦しめたりする心のはたらきのことを言います。人の心の乱れ・汚れを煩悩とすると、代表的な煩悩には、欲望(肉体的および精神的なもの)、怒り、執着、猜疑などがあります。さらに煩悩を細かく分類すると、三毒とか、百八煩悩とか、八万四千煩悩など、分類のしかたにもさまざまなものがあります。さて、鐘をつく回数が108回という理由については、煩悩の数が108つあるからだと述べましたが、それでは、なぜ大晦日に鐘をつくのでしょうか。108回鐘をうきさえすれば大晦日でなくても良いのでは…と思いませんか?大晦日に鐘をつく理由も諸説あります。仏教では煩悩を祓うことにより解脱し、悟りを開くことができるとされています。本来は、日頃から仏教の修行を積むことによりこれらの煩悩(心の乱れ)を取り除き、解脱することができるのですが、除夜の鐘には厳しい修行を積んでいない我々においてもこうした心の乱れや汚れを祓う力があるという信仰が現在まで伝わり、除夜の鐘の儀式となって続いています。だから、普通の日ではなく、除夜、つまり大晦日に鐘を打つのですね。もともと仏教では、お正月には、お盆とならんで年に二回先祖を祀る儀式がありました。これが歴史を重ね時代を経るうちに「お正月は年神様(豊穣・豊作の神様)にその年の豊作を祈る」という神道の信仰へと移っていき、仏教の古い儀式としては夏のお盆のものだけが長く受け継がれています。もともとあった仏教の風習のうち、正月に関しては、除夜に鐘をつく風習だけが今に残っているようです。梵鐘の澄んだ音は、深夜の空気と相まって心にしみわたるような気がします。鐘を叩くことで私たちの魂が共鳴するような気持ちにさえなります。
 
       
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餅つきの由来

 かつて、餅つきは年末の風物詩としてさかんにおこなわれていました。我が家にも以前は臼と杵があり、20数年前まで家族総出で12月30日に1日かけて餅つきをおこなっていました。つきたてでアツアツの餅は、大根おろしやあんこであえるとサイコーです! が、ノロウイルスが全国的に猛威を振るう中、集団食中毒の恐れがあるとして、餅つき大会を中止する動きもあります。日本には古くから稲作信仰あり、稲は「稲魂」や「穀霊」が宿った神聖なものだと考え、崇められてきました。稲から採れる米は人々の生命力を強める神聖な食べ物であり、米をついて固める餅や、米から醸造される酒はとりわけ力が高いとされています。そこで、祝い事や特別な日であるハレの日に餅つきをするようになりました。餅つきは一人ではできないため、皆の連帯感を高め、喜びを分かち合うという社会的意義もあります。そして、お正月には鏡餅、桃の節句には菱餅、端午の節句には柏餅というように、行事食としても定着していきました。とりわけ日本の行事文化の大黒柱であるお正月は、お餅が重要な役割を果たすので、年末に餅つきをするようになったのです。お正月のお餅には特別な意味があります。古来より、新年を司る「年神様」という神様が元日にやってきて、新年の魂(年魂)を授けてくれると考えられてきました。ここでいう魂とは、生きる気力のようなものです。魂を頂戴した回数を数えれば年齢がわかるので、誕生時が1歳、それ以降は元日に年をとる「数え年」が昔は一般的だったのです。この新年の魂の象徴が、丸い形をした「鏡餅」です。三種の神器に「八咫の鏡」があるように、鏡は神様の象徴でもあったため、丸い形をした昔の鏡を神聖なお餅で表すようになり、鏡餅と呼ぶようになりました。大掃除、門松、しめ飾り、おせち料理など、一連の正月行事は年神様を迎えるために成立したものですが、家にやってきた年神様は鏡餅に依り付くとされています。そして、年神様が依り付いたお餅には年神様の魂が宿るとされ、その餅を家長が家族に分け与えたのが「お年玉」のルーツです。年玉は年魂という意味で、鏡餅のほか、家族分の小さな丸餅を神棚に供え、それを下してお年玉としていたといわれています。このお餅をいただくための料理が「お雑煮」で、お餅を食べることで新年の力がつくとされてきました。お年玉はお金に変わってしまいましたが、鏡餅を雑煮にして食べるのはその名残です。
 こうしてみると、いかにお餅が大切かがわかります。大切だからと言って、食べ過ぎていいということではありませんが・・・。

  
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歳の市

 学校は冬休みに入りました。部活動や補習に参加する生徒くらいで校内は静かな状況です。一方、町ではクリスマスも一息つき、威勢のいい声が飛び交う歳の市が始まります。お正月のご馳走は何にしようかなぁ…? クリスマスが過ぎると一気にお正月ムードに。商店街や市場にお正月商品や生鮮食料品が勢ぞろいし、寺社には正月飾りや乾物などを売る市が立ち並びます。デパートなどの歳末大売出しも歳の市と称するものが多いですね。お正月に向けて下着、靴、鍋などの日用品を新しくするのは、お清めの意味があるからです。門松、注連飾り、鏡餅などの正月飾りは、29日は「二重苦」「苦立て」「苦松(=苦が待つ)」に通じ、31日は葬儀と同じ「一夜飾り」で縁起が悪いことや、年神様をお迎えするのに一夜限りでは失礼なことから、26日~28日または30日に飾ってください。必要なものを調達するだけでなく、露店や市場の賑やかさは年の瀬の風物詩。どれにしようか迷ったり、値切ったりするのも楽しみのひとつです。買い物リストをもってぜひ出掛けましょう。良いものを安く調達でき、買い忘れてもまだ日があるので慌てなくてすみます。

 
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2学期終業式

 21日は終業式。学校はこの日までで、1月8日までお休みです。校長が2学期を振り返っての講話をした後、教務部の長沢先生から2学期の成績等について、生徒指導部の網野先生から冬休みの生活等について話がありました。その後、国体で活躍したウエイトリフティング部や県フラワーアレンジメント技能競技大会、埼玉県産業教育フェアCGポスター・ラベルデザインコンテスト入賞者及び陸上競技部新人戦ハンマー投げでよい成績をおさめた生徒の表彰をおこないました。今年も昨年に続き暦の関係で17日間の休みとなります。部活動や補習等で登校する生徒もいますが、大半は自宅で自分の時間を過ごすことになります。また、平成30年もあと10日となりました。1年を振り返り、うまくいかなかった事や反省すべき点を確認して、来年はより充実した、心に残る年にしてもらえればと思います。
 
   吹奏楽部の校歌演奏        教務主任の話
終業式での「校長講話骨子」:
皆さん、おはようございます。早いもので今日は2学期の終業式です。始業式からもう4か月近く経ちました。あと10日もせずに平成30年は終わります。月日の過ぎゆくのは早く感じますが、皆さんはどうでしょうか?
 我々人間は日々成長する存在ですが、完璧な存在ではありません。笑いもすれば、怒りもする、よし悪しのバランスの上に立っています。失敗を繰り返す中から成長していく、それが人間です。気持ちも完璧はありません。100%いいと、100%悪いという状態はあったとしても一瞬で、そのバランスの上でよいことがあったり、沈んでいたりということがほとんどです。その中で、よい時は問題はほとんどありませんが、悪い時につい友だちや仲間のことを十分に考えずに、自分の思いをぶつけて、相手を困らせたり、つらい気持ちにさせたり、また自分のことで手一杯で、周囲の友だちの気持ちを考えることができず、トラブルになったケースが2学期何件かありました。自分で「そんなこと大したことじゃないじゃないか。」と考えても、人の気持ちには、その時の感情や気分、状態がありますから、受け取り方は一人一人違います。傷ついた気持ちも持ったままで、いろいろなことに集中できなくなることもあります。
 そこで、皆さんに是非持ってもらいたいのが、「ほかの人の痛みを理解しようとする心」です。先程話したように、自分では大したことがないと思っても、人の感じ方はさまざまです。顔では笑っていても、心では泣いていることがあります。その人の表情や態度が「いつもとは違うな。」と思ったら、今までも投げかけたことばや態度を振り返ってみて、いやな思いをさせていないかどうか、見つめなおしてください。そして自分が悪かった、いけなかったと思ったら、「ごめんね。」、「ごめんな。」と声をかけてください。大したことがない擦れ違いなら、大したことがないうちに修復できます。
 2学期は体育祭、文化祭、また2年生は修学旅行と大きな行事が続きました。そのほかにも交流事業やボランティア活動など、皆さんの多くがさまざまな活動に積極的に取り組みました。部活動の大会や各種検定もあり、ゆっくりと息つくことがなかった人もいるかと思います。冬休みに入り、やっとゆっくりできるのでは? 今年を振り返ってよかったこと、いけなかったことを頭で整理し、いい状態、いい気持ちでいる時間を長くして、他人へのいたわりの気持ちを持って、来年を今年以上によい年にしてください。

   生徒指導主任の話           表彰
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冬至の食べ物

 冬至の日には食べ物に係わる言い伝えがあります。まず、冬至に「ん」のつくものを食べると運が向上すると言われ、だいこん、にんじん、ぎんなん、きんかん、みかん、うどんなどを食べる習慣があります。なぜでしょうか? 前に記したように、冬至は太陽の力が最も弱くなる陰の極みの日で、翌日からは再び太陽の力がよみがえり始めて陽に帰り、上昇運に転じると考えられました。この「一陽来復」という考え方に、「いろはにほへと」が最後に「ん」で終わって再び「い」で始まることを重ね、陰が極まる冬至の日に「ん」のつくものを食べることで、翌日から再び運気を呼び込めるとされました。また、古来より冬至に「かぼちゃ」を食べると風邪を引かないと言われ、夏に収穫したかぼちゃを長期間保存して、冬至の日に食べるという習慣もあります。夏の野菜であるかぼちゃは、漢字で表すと「南瓜」で、「なんきん」という異名を持ちます。つまり、運を呼び込む「ん」のつく食べ物の1つであり、北に象徴される陰から南に象徴される陽へ転じる、冬至にふさわしい食べ物です。また、黄色は魔除けの色とされたため、昔はかぼちゃを食べることで無病息災を祈願したのです。但し、そうした縁起かつぎのためだけにかぼちゃを食べる訳ではありません。かぼちゃは夏に収穫した後にも長期間保存が効き、秋・冬まで置くことで甘みが増すだけではなく、ビタミンAやカロチンなどの栄養価が高いため、冬の風邪や中風の予防にも効果的です。昔の日本では、冬至の頃には秋野菜の収穫も終わり、食べられる野菜が少なかったことも、かぼちゃが好んで食べられた理由でしょう。

 
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避難訓練

 20日、地震による火災が発生したという想定で避難訓練をおこないました。体育館で集合、安全、点呼。10分ほどで全員の避難・確認ができました。校長の避難に係る講和の後、火災に係るDVDを視聴し、学校や職場での消火器や消火栓の使い方、非常口表示の確認などをおこないました。先日も札幌で爆発に伴う火災で50人以上の片が怪我をし、冬場は火災が多くなります。災害に対する認識を新たにすることができました。

 
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冬至(とうじ)

 今年の冬至12月22日(土)でした。冬至とは、北半球において太陽の位置が1年で最も低くなる日のことで、日照時間が最も短くなるため、1年で最も昼が短く、夜が長くなります。太陽の位置が1年で最も高くなる夏至(6月21日ごろ)と比べると、日照時間におよそ5時間もの差があります。冬至は陽の光も弱く、この日を境に日が長くなっていくため、冬至を太陽が生まれ変わる日ととらえ、世界各地で古くから冬至の祝祭が盛大に行われています。また、旧暦では冬至が暦を計算する上での起点となり、立冬と立春の中間が冬至で、冬の真ん中となります。日本では、冬至にはゆず湯に浸かる習慣があります。お風呂にぷかぷか浮かぶゆず。いい香りが漂ってきて、体もぽかぽかしてきます。でも、どうしてゆず湯に入るのでしょう? 中国や日本では、冬至は太陽の力が一番弱まった日であり、この日を境に再び力がよみがえってくると考えます。そこで、冬至のことをかげ陰(いん)が極まり再び陽(よう)にかえる日という意の「一陽来復(いちようらいふく)」といい、この日を境に運も上昇するとされています。また、悪いことが続いても、回復してよい方向に向かうという意味もあります。 古代には冬至を1年の始まりとしていた時代もあり、冬至に未来への希望をつないだのでしょう。 現代でも、新年や大切な儀式に際して入浴する風習があります。昔から強い香りがする植物で邪気をはらう風習がありますが(端午の節句の菖蒲湯(しょうぶゆ)など)、冬が旬のゆずは香りも強く、邪気ばらいにぴったりです。ゆず湯には、ゆず=「融通」がきく、冬至=「湯治」という語呂合せもあります。 ゆず湯に入ると1年間風邪をひかないといわれています。ゆずには血行を促進して冷え性を和らげたり、体を温めて風邪を予防する働きがあり、果皮に含まれるクエン酸やビタミンCによる美肌効果もあります。さらに、香りによるリラックス効果もあるため、元気に冬を越すためにも大いに役立ちます。
 
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2年進路ガイダンス

 19日3・4時間目、2年進路ガイダンスをおこないました。3時間目は就職希望者、進学希望者、公務員希望者に分かれての全体会をおこないました。就職希望者へは、適性検査や面接試験の心得、就職しても3年の間に離職する人が40%いるが、慣れるまでがんばろうとの話がありました。進学希望者には、大学・短大・専門学校への進学は進路選択の幅が広がる、オープンキャンパスにはテーマを持って参加して希望先を絞ること、学校によって合格後支払う金額が異なるので、しっかりと調べておくこと、就職も進学もミスマッチをしないようとの話がありました。4時間目は具体的な進路別の分科会をおこないました。それぞれのジャンルで問題演習や進学相談、面接練習や心構えなど具体的な話がありました。3年生の多くの生徒が進路先が決定し、2年生もあと数日で2019年に、時の経つのが早く感じます。これを機に進路について今まで以上によく考え、進路実現に向けがんばってもらえればと思いました。

 
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クリスマスの装い

 今日はクリスマスです。町でも家庭でもクリスマスの飾りつけやパーティーの準備に余念がありません。でも、今さらながらですがクリスマスとは何でしょう? わかりやすく言えばイエス・キリストの誕生を祝う日。クリスマスの語源は、ラテン語のChrist(キリスト)+mas(ミサ、礼拝)=Christmasになります。諸説あったキリストの誕生日が古代ヨーロッパの冬至の祭りと結びつき、12月25日となりました。
昔の暦は日没を過ぎると日付が変わったことから、25日は現在の24日の日没後にあたるため、24日の夕刻から朝までをクリスマス・イブとして祝います。キリスト教信仰が根付く欧米では、家族や友人と家で食事をしたり、教会へ行ったりするのが一般的ですが、日本ではにぎやかなイベントが多くなっています。また、サンタクロースやクリスマスプレゼントを、世界中の子どもたちが楽しみにしています。クリスマスの飾り付けの由来を調べてみると、クリスマス・ツリーはモミの木がベース。冬でも葉を落とさない常緑樹で、永遠の命を表します。旧約聖書に出てくる「知恵の樹」の象徴でもあります。さまざまなオーナメントを飾ります。ひとつひとつがキリストにまつわるお話を象徴し、キリストの誕生を物語っています。 ツリーのてっぺんにかざる星は、キリストが生まれた時、東の空に輝いていたという「ベツレヘムの星」を、ベルは キリストの誕生を知らせた喜びのベルで、迷える羊を導くためのベルでもあります。また、ツリーの由来になった「知恵の樹」はリンゴの樹で、まるい玉飾りもリンゴの象徴です。クリスマス・リースは、ヒイラギやモミなどを丸く輪にして、終わりのない永遠の愛を象徴しています。ヒイラギの葉はキリストが人びとの罪を背負って十字架刑にされた時にかぶった茨の冠を表し、赤い実はキリストの流した血を象徴しています。また、とげのようにとがった葉が魔よけにも通じるため、ドアにかけてクリスマスを迎えます。食事やプレゼント、サンタさんにもいろいろないわれがありますが、関心があれば自分で調べてみてください。それよりも楽しむことが先ですね。

 
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自転車安全運転伝達講習会

 18日4時間目、自転車安全運転伝達講習会をおこないました。これは埼玉県が高校生の自転車のマナーアップのため毎年おこなっているもので、参加した生徒たちがそれぞれの高校で全校生徒にその内容を還元するものです。参加した生徒からは、自転車は軽車両という車両の1つであり、交通ルールに従って乗車しなければならないこと、埼玉県は高校生の死傷者が全国ワースト4位であること、交通事故が起こると被害側にも加害側にも精神的、経済的、金銭的な負担がかかること、交通事故防止のためルールやマナーを守ることの大切さや思いやり、周囲に気遣った安全運転を心がけることなどが伝えられました。現在では事故の損害賠償額が1億円に近い事例もあるので、自転車保険に加入する必要があることも報告されました。安全運転に十二分に注意するよう心掛けていきたいです。

 
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お歳暮

  1年間お世話になった人に日ごろの感謝の気持ちを表すため、年の暮れに品物を送る風習、あるいは送る品物そのものを「お歳暮」と言います。お歳暮の由来は、年越しの「御霊祭」(みたままつり)で祖先の霊にお供えする品物、または来たる1年に人々の幸運や健康を授けてくれる年神様を迎えるために、新年にお供えする品物を前もって年の瀬に本家や家元に届けていた習慣です。そして時代を重ねるとともに、お歳暮は仕事の取引先や会社の上司、仲人、恩師、親類など日頃お世話になっている人々にも送る風習へと変化していきました。江戸時代には、武士は番組織に編成されていたので、組頭にお歳暮を贈る習慣がありました。商人たちも1年の親交を感謝する意味で得意先にお歳暮を贈るようになりました。カレンダーや手ぬぐいを得意先や客に配りましが、この風習は江戸時代の名残です。明治時代に入ると、役人が権力を握る社会情勢に変わり、高価なお歳暮を贈ることで贈る側の人が生活に助力を得ようと計らうようにもなりました。その後、仕事の取引先など利害が絡む相手に対してもお歳暮はさかんに贈られるようになり、見返りを暗に期待する思惑も混ざるようになり、現在に至っています。かつてお歳暮では塩鮭、塩ぶり、数の子など長期間保存が効く魚介類を贈ることが多くありました。鮭やぶりは「年取り肴」と呼ばれ、年越しに食べる習慣がありました。なかでも、鮭(は春に生まれて川を下り、秋に川に帰って産卵して一生を終えるので、新たな一年に年神様をお迎えするためのお供え物としてふさわしい魚と考えられ、江戸時代には、塩鮭をわらで巻き、輸送途中で損傷することがない状態にして、江戸の将軍に献上する「新巻き鮭」が流行りました。

        

 

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大掃除

 早いもので、今年も残すところあと少し。家でも学校でも年末の大掃除の時期がやってきます。大掃除といえば、新年も間近にせまる頃に1年間たまった汚れを一掃し、新年をすがすがしい気持ちで迎えるためにおこなう習慣だと、現在ではとらえられていますが、江戸時代には「煤払い(すすはらい)」という名で12月13日におこなわれる一大行事でした。徳川幕府は12月13日を「江戸城煤払い」と定め、江戸城では新年に年神様を迎えるために、現在の大掃除に当たる煤払いがおこなわれるようになりました。庶民も幕府にならって煤払いに精を出すようになりました。年の瀬におこなう大掃除には、元々正月に1年の幸福と健康をもたらす年神様をお迎えするために、前年の煤や塵を払って家や心を清めておくという意味があります。元々、正月に年神様を迎える準備を始めるのは、その年の農作業が終わる12月8日の「事納め」からでしたが、江戸時代になると婚礼以外は万事が吉日とされた鬼宿日に当たる12月13日が「正月事始め」の日とされました。1年のけがれを払い、家や城のすみずみまできれいにすると、正月に年神様がたくさんの御利益を授けてくれると考えられていたので、煤払いは年の瀬のお祭りを思わせる盛大な行事だったようです。
 身の回りがきれいになると気持ちいいですよね。

  
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生徒会役員立会演説・選挙

 13日4限、生徒会役員立会演説会・選挙を体育館でおこないました。今年度は生徒会長に2人が立候補し、決選投票。副会長、監査委員長は信任投票になります。それぞれが演説をおこない、いづれの候補も生徒会行事の充実や、来年度の百周年式典の成功を生徒として成し遂げていこうと支持を訴えました。その後教室で投票をして、生徒会長は櫻澤さんが当選、副会長は篠崎さん、尾澤さん、監査委員長は宮内さんが信任されました。

 
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芸術鑑賞会

 本日、芸術鑑賞会をおこないました。本校の芸術鑑賞会は3年に1度開催され、今年度は羽生市産業文化ホールで中国太陽芸術団による中国雑技「超人」を鑑賞しました。どのような演技になるのか注目していると、全体的には中国の皇帝一家の娘の婿探しを題材に、踊りや曲芸・パフォーマンス・皿回しなどスピーディーで、次々と変わる演技に生徒たちは夢中になって観ていました。途中生徒や先生も参加してのパフォーマンスもあり、ふだんなかなか見ることのできない中国雑技を大いに楽しめました。

 
     皇帝と姫君たち                          見事な皿回し
 
   生徒も先生もいっしょに          美女のパフォーマンス
 
   突然、嵐が・・・        こんなに載せられます
 
    高い一輪車の演技      見事な雑劇、ありがとうございました
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忠臣蔵

 若い方はあまり知らないかもしれませんが、テレビの番組欄を見ると、例年12月14日前後に「忠臣蔵」という(あるいはこれに関連した)番組を見つけることが出来るのではないでしょうか? 今から300年以上前の、江戸時代の元禄14年3月14日(1701年4月21日)、江戸城殿中松之大廊下で現在の兵庫県にあった赤穂藩藩主・浅野長矩(内匠頭)が、高家肝煎・吉良義央(上野介)に刃傷に及んだことに端を発します。この一件で加害者とされた浅野は幕府の裁定で即日切腹となり、被害者とされた吉良はお咎めなしとなりました。その結果を不服とする赤穂藩国家老・大石良雄(内蔵助)をはじめとする赤穂浪士(赤穂藩の旧藩士)47名、いわゆる「赤穂四十七士」は、紆余曲折のすえ、元禄15年12月14日(1703年1月30日)未明に江戸の吉良邸へ討ち入りをし、見事その首級をあげ、主君の仇をうちました。そして、その後の浪士たちの切腹までの一連の事件を総称して、今日の史家は「赤穂事件」と呼んでいます。主君の遺恨を晴らすべく命をかけて、吉良邸に討ち入った赤穂浪士四十七士の行動は民衆から喝采を持って迎えられました。平和な時代が百年近く続いた元禄の世において、すでに過去のものになりつつあった武士道を彼らが体現したからです。彼らは主君の恨みを晴らした忠実な家臣とみなされました。江戸幕府は、武家社会の事件を文芸や戯曲で取り上げることは禁じられていたので、赤穂事件についても幕府をはばかって舞台を別時代とし、事件を扱った物語が歌舞伎、人形浄瑠璃、講談、戯作などありとあらゆる分野で幾度となく作られてきました。映画評論家の佐藤忠男は、「吉良邸討ち入りは「忠義」を名目にしているものの、本質的には武士の意地を示す行動であり、民衆もその意地に感動したのだ」と言い、歴史学者の山本博文は、幕府への抵抗としての側面があることにふれた上で、「忠臣蔵に私たちが感動しているのは、何か目標の為に、命を捨てて行動する「自己犠牲の精神」があるという単純な理由からなのではなかろうか」と指摘しています。彼らを称賛する意見が多数を占めているようです。もちろん、現在の常識からいえばいけない行為ですが、時代が違うと考えも思想も異なることがわかります。

 
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かぼちゃ

 かぼちゃは保存が効き、保存中の栄養素の損失も他の比べて少ない野菜です。そのため、冬至の時期の貴重な栄養源でもありました。かぼちゃは、中央アメリカから南アメリカ北部を原産地とするウリ科の植物です。日本かぼちゃは、16世紀中頃ポルトガル船によってカンボジアからもたらされ、「かぼちゃ」の名はこの時の伝来先に由来しており、江戸時代中期から風邪や中風の予防にかぼちゃを冬至に食べる風習が根付いたといわれています。ビタミンAを豊富に含み、皮は硬いが長く煮ることでやわらかくして食べることができます。サツマイモと同様にデンプンを糖に変える酵素を含んでおり、貯蔵によってあるいは低温でゆっくり加熱することによって甘味が増します。従って、収穫直後よりも収穫後、約1か月頃が糖化のピークで食べ頃となります。保存性に優れ、常温で数か月の保存が可能な数少ない野菜ですが、保存がきくのは切っていない場合で、切って果肉が空気に触れると数日で腐ってしまいます。甘みの強い品種は菓子作りにも向いており、パンプキンパイや、南アメリカのフランやタイの「サンカヤー・ファクトン」などのプリンなどに加工されます。 フランスではスープの材料として使われることが一般ですが、南部ではパイやパンに料理されます。アルゼンチンでは中をくりぬいたカボチャにシチューを入れます。 アルゼンチンでは中をくりぬいたカボチャにシチューを入れます。種子(パンプキンシード)も食品として市販されており、ナッツとして扱われます。パンや洋菓子のトッピングとして用いられることが多くあります。メキシコにはカボチャの種子をすりつぶしたソースで肉や野菜を煮込んだ、ピピアン (pipián)という伝統料理があります。また、種子から食用油(パンプキンシードオイル)が取れます。アメリカではシナモンやクローブなど、パンプキンパイに用いる香辛料とカボチャを使って醸造したビールが生産されています。日本では北海道での生産量が多く、アイヌの人々もカボチャを栽培しており、北海道での栽培の歴史は古いです。

   

     
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水仙

 水仙は、花の少ない冬に可憐な花を咲かせ、香りもよく、日本人に古くから親しまれています。水仙には多くの種類がありますが、日本では水仙といえば「ニホンスイセン」を指すことが多いです。庭植えや切り花などにするほか、日本各地に群生地があり、私たちの目を楽しませてくれます。水仙の原産は地中海沿岸からアフリカ北部で、色や形の異なる様々な園芸品種があります。日本には平安末期または室町時代頃にシルクロードを通り、中国を経由して渡来したとされています。水仙の名前の由来は、「仙人は、天にあるを天仙、地にあるを地仙、水にあるを水仙」という中国の古典から「水仙」となったと言われています。日本では単に水仙というと、古来より日本で野生化している「ニホンスイセン」を指すことが多く、庭植えや切り花などでよく目にすることができますし、各地に群生の名所もあります。地域によって違いますが、12月から2月が開花時期で、寒い季節に雪の中でも健気に咲くので「雪中花(せっちゅうか)」とも呼ばれます。1月の花にもなっており、春の訪れを告げる花として、正月の飾りに使われることも多いですね。水仙は、可憐なその姿からは思いもよりませんが、実は毒のある植物です。特に葉や球根は毒性が強く、食べると悪心、嘔吐、下痢などの食中毒症状を起こしたり、触ることで皮膚炎になったりすることがあります。葉がニラやノビルに、球根が玉ねぎに似ているので間違って食べてしまう例がよくあるそうですから、気をつけてましょう。

 
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羽生市内県立高校合同出前授業

 羽生市「学びあい夢プロジェクト」協議会事業で、羽生市内の県立高校5校が合同出前授業を12月7日(金)に羽生東中、10日(月)羽生南中、11日(火)羽生西中でおこないます。今日の南中での授業を見学しました。本校からは、商業の授業として「お金をもうけるにはどうしたらいい」と、農業の授業として「オリジナルハーバリウムをつくる」をおこないました。初めての高校の先生の授業で、中学生たちは最初緊張していたようでしたが次第に興味・関心を示し、いづれも積極的に取り組んでいました。他の高校の先生方も工夫をして中学生が興味を持ちやすいよう、気さくに話しかけ、高校の授業を体験してもらいました。高校のことを知ってもらうよい機会とすることができました。




※ 写真は7日の東中での授業のようす
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針供養

 「針供養」とは、折れたり、錆びたり、曲がったりして使えなくなった針を豆腐やこんにゃくなどに刺して供養する行事です。針供養は、東日本では2月8日、西日本では12月8日に行うことが多かったようですが、地域に関わらずどちらか一方の日に行うところや、両日行うところもあります。この日付の違いには、背景にある「事始め・事納め」の捉え方が影響しています。「事始め・事納め」とは、コトノカミという神様を祀るおまつりです。元々、「事」という字は、神様への祈りの文である祝詞を入れた器をつけた木を高く捧げて祖霊をまつるという意味の「史」と、吹き流しを組み合わせた形で、「まつり」を意味していました。コトノカミのまつりは、2回あり、12月8日が「事始め」で2月8日が「事納め」になる場合と、2月8日が「事始め」で12月8日が「事納め」という場合があります。この違いはコトノカミが「年神様」か「田の神様」かという違いです。この時に行う「事」が新年に迎える神様の事なのか、田畑を耕し農耕に勤しむ人の事かという違いで、日付けが逆転するのです。年を司る年神様を迎えるための神事を始めるのが12月8日の「事始め」で、すべてを終えるのが2月8日の「事納め」です。こうして年神様に関する一連の神事を終えると、人々の日常が始まります。また、田の神様を迎えて人の日常が始まるのが2月8日の「事始め」で、すべてを終えるのが12月8日の「事納め」です。このように、年神様をまつる神事の期間と、田の神様をまつって働く人の日常の期間とに分けるとすれば、一方の始まりの日はまた一方の終わりの日になるわけです。そして、2月8日と12月8日のことを、「事八日」(ことようか)、「事の日」などと呼びます。「事八日」には、お世話になった道具を片付け、感謝する風習があります。代表的なのが「針供養」で、前述したように、2月8日と12月8日のどちらか一方の日か、両日に行います。針供養の起源は定かではありませんが、中国の「社日(土地の神様をまつる日)に針線(針仕事)を止む」という習わしに起因するという説があります。平安時代には貴族の間で行われるようになったと考えられており、江戸時代に針の労をねぎらい、裁縫上達を願うまつりとして広がりました。針仕事は女性にとって重要な仕事だったため、折れた針や古くなった針に感謝の気持ちを込めて柔らかい豆腐やこんにゃく、もちに刺し、川に流したり、土に埋めたり、神社に納めたりして供養し、裁縫の上達を願いました。豆腐など柔らかいものに刺すのは、これまで硬い生地などを刺してきた針に対し、最後は柔らかいところで休んでいただきたいという気持ちや、供物としての意味があるといわれています。昔はそれぞれの家庭で針供養を行っていたそうですから、豆腐やこんにゃくに針を刺し、身の回りの道具を大事にする気持ちを大切にしてはいかがでしょう。最近は古くなったり、切れたりした物はすぐ捨てることも多いですが、かつては家庭でていねいに修繕して、いろいろなものを使い回していました。ほんと、針に感謝です。

 
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ナンづくり教室

 本日、農業体験講座「手ごねナンづくり」をおこないました。参加されたのは小学生の親子1組でした。初めての高校での教室で少し緊張していたようでうが、次第に慣れ、スタッフの教員たち和気あいあいと会話を弾ませながらナンづくりをしました。ナンが焼きあがったキーマカレーと一緒に試食しましたが、初めてとは思えないいい仕上がりで美味しくいただけました。食べ物を自分の手で調理する貴重な体験をしていただきました。

 
  ナンの作り方はこちら     まず初めにやることは・・・
 
  よく材料を混ぜましょう!              生地をのばしましょう!
 
 生地を並べて焼きましょう!    出来上がりました!
 
  自分で作ったナン、美味しい!      ありがとうございました
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椿(ツバキ、つばき)

 ツバキ(椿)(学名: Camellia japonica)は、ツバキ科ツバキ属の常緑樹で、照葉樹林の代表的な樹木です。日本内外で近縁のユキツバキから作り出された数々の園芸品種、ワビスケ、中国・ベトナム産の原種や園芸品種などを総称的に「椿」と呼びますが、同じツバキ属であってもサザンカを椿と呼ぶことはあまりありません。ツバキとサザンカはよく似ていますが、次のことに着目すると見分けることができます(原種は見分けやすいが、園芸品種は多様性に富むので見分けにくい場合があります)。違いは次の点です。
・ツバキは花弁が個々に散るのではなく萼と雌しべだけを木に残して丸ごと落ちるが(花弁がばらばらに散る園芸品種もある)、サザンカは花びらが個々に散ります。
・ツバキは雄しべの花糸が下半分くらいくっついているが、サザンカは花糸がくっつきません。
・ツバキは、花は完全には平開しない(カップ状のことも多い)が、サザンカは、ほとんど完全に平開します。
・ツバキの子房には毛がないが(ワビスケには子房に毛があるものもある)、サザンカ(カンツバキ・ハルサザンカを含む)の子房には毛があります。
・ツバキは葉柄に毛が生えません(ユキツバキの葉柄には毛がある)が、サザンカは葉柄に毛が生えます。
 ツバキもサザンカもいづれも冬から春に花を咲かせ、目を楽しませてくれます。

 
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山茶花(サザンカ、さざんか)

 サザンカ(山茶花、学名: Camellia sasanqua)は、ツバキ科ツバキ属の常緑広葉樹で、童謡『たきび』の歌詞に登場することでもよく知られています。漢字表記の山茶花は中国語でツバキ類一般を指す山茶に由来し、サザンカの名は山茶花の本来の読みである「サンサカ」が訛ったものといわれています。元は「さんざか」と言いましたが、音位転換した現在の読みが定着しました。秋の終わりから冬にかけての寒い時期に、花を咲かせます。野生の個体の花の色は部分的に淡い桃色を交えた白色であるのに対し、植栽される園芸品種の花の色は、赤色や白色やピンクなど様々です。日本では山口県、四国南部から九州中南部、南西諸島(屋久島から西表島)等に、日本国外では台湾、中国、インドネシアなどに分布しています。なお、ツバキ科の植物は熱帯から亜熱帯に自生しており、ツバキ、サザンカ、チャは温帯に適応した珍しい種であり、日本は自生地としては北限です。サザンカは生垣によく利用され、学校にも多く植えられています。

 
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柚子(ユズ、ゆず)

 寒くなると、鍋物が恋しくなると前日記しましたが、そのような時に欠かせないのがユズなどをベースにしたポン酢です。ユズ(柚子、学名:Citrus junos)はミカン属の常緑小高木で柑橘類の1つです。ホンユズとも呼ばれ、消費・生産ともに日本が世界最大です。柑橘類の中では耐寒性が強く、極東でも自生できる数少ない種で、柑橘類に多いそうか病、かいよう病への耐久があるため、ほとんど消毒の必要がなく、他の柑橘類より手が掛からないこと、無農薬栽培が比較的簡単にできることも特徴のひとつです。成長が遅いことでも知られ、「桃栗3年柿8年、ユズの大馬鹿18年」などと呼ばれることがあります。このため、種子から育てる実生栽培では結実まで10数年掛かってしまうため、結実までの期間を短縮するため、カラタチへの接ぎ木により、数年で収穫可能にすることが多くなっています。ユズの果汁は、日本料理等において調味料として、香味・酸味を加えるために用いられます。また、果肉部分だけでなく皮も七味唐辛子に加えられるなど、香辛料・薬味として使用されています。いずれも、青い状態・熟れた状態の両方とも用いられ、九州地方では柚子胡椒と呼ばれる調味料としても使用されています。これは柚子の皮に、皮が青い時は青唐辛子、黄色く熟している時は赤唐辛子と塩を混ぜて作るもので、緑色または赤色をしています。
熟したユズでも酸味が非常に強いため、普通は直接食用とすることはありません。薬味としてではなく、ユズ自体を味わう調理例としては保存食としてのゆべしの他、韓国の柚子茶のように果皮ごと薄く輪切りにして砂糖や蜂蜜に漬け込む方法などがあります。果汁はチューハイ等にも用いられ、ユズから作られたワインもあります。柚子の果実のうち、果肉の部分をくりぬいて器状にしたものは「柚子釜」と呼ばれ、料理の盛りつけなどに用いられます。近年では、スペインの著名なレストランであったエル・ブジが柚子を大々的に喧伝したのが発端となり、フランス料理をはじめとした西洋料理にも柚子の使用が広まりつつあります。

 
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鍋物(なべもの)

 冬になると、食卓に欠かせないのが鍋物。鍋料理は惣菜を食器に移さず、調理に用いた鍋に入れたままの状態で食卓に供される日本の料理で、鍋物(なべもの)、あるいはただ鍋(お鍋)と呼ぶこともあります。複数人で鍋を囲み、卓上コンロやホットプレートなどで調理しながら、個々人の椀や取り皿あるいはポン酢やタレなどを入れた小鉢に取り分けて食べるのが一般的です。通常は複数人で囲んで食べるため一抱えほどの大きさの鍋を用いますが、宴会や会席料理では小鍋で一人前ずつ供される事もあります。一人用の鍋も市販されており、この時己は鍋から直接食べることもあります。日本の鍋料理に使用する鍋として、最もポピュラーなのは陶器製の土鍋です。土鍋は熱伝導性が低いため火がじっくりと通り、長時間の煮込みでも焦げ付いたりする危険性が低いために鍋料理に適しており、寄せ鍋をはじめとして、多くの鍋料理に対して用いられます。具材を煮込む前に焼く工程があるすき焼きなど、土鍋には向かない調理法がある場合は鉄、ステンレスなどの金属製の鍋(金属鍋)が使われます。もちろん、通常土鍋が使われる料理を金属鍋で代用することも可能です。最近の電磁調理器の普及に伴い、それに対応した土鍋風ホーロー鍋なども販売されています。また、ジンギスカン鍋、フォンデュなどそれ専用に作られた独特の形状の鍋を使用する料理も多くあります。鍋物はいろいろな具材を煮込んでいるため、スープには出汁が凝縮された状態になっています。このスープを利用しての食べ方にもいろいろありますが、一般的には雑炊が多く、うどんや素麺、中華麺(ラーメン)、餅などを入れ、鍋物のしめとすることが多いです。鍋物は、具材や調味料、火加減、調理時間などによって無限の種類ができます。是非、オリジナルの鍋物をつくってください!

 
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12月の風景

 今年もあとひと月となりました。12月に入り、寒さも一段と厳しくなってきました。12月はグレゴリオ暦で第12の月(最後の月)に当たります。日本では旧暦12月を「師走」、「師馳」(しわす・しはす)又は「極月」(きわまりづき・ごくげつ・ごくづき)と呼んできました。今では「師走」及び「極月」は、新暦12月の別名としても用いられています。十二月を師走とした一番古い文献は、『日本書紀』の桓武天皇紀で「十有二月」と書いて「しわす」と読ませています。語源については、『奥義抄』によると、十二月は僧を迎えてお経を読ませるので、僧が東西に忙しく走り回ることから「師走り月」。また、『類聚名物考』では、春夏秋冬四季のおしまい、つまり「四季はつる月」からきているとしています。英語での月名、December(ディセンバー)は「10番目の月」の意味で、ラテン語で「第10の」という意味の「decem」の語に由来しています。 実際の月の番号とずれているのは、紀元前46年まで使われていたローマ暦が3月起算で、3月から数えて10番目という意味です。寒さだけではなく、風邪やインフルエンザの流行る季節となりました。うがい・手洗いをこまめにおこない、マスクを着用して予防に務めましょう!

 
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