平成29年度~校長室

 秋を代表する花といえば、やはり菊でしょうか。あちらこちらで、菊花展や菊人形の催しが開かれています。菊は皇室の紋章でもある日本を代表する花の一つで、葬祭にもひんぱんに用いられるとてもなじみの深い花ですが、元から日本にあった訳ではありません。奈良時代に薬用として中国から入ってきたもので、万葉集には見られず、古今集の頃から文字として現れます。菊は漢名で、キクはその音読み。和名では加波良与毛木(かわらよもぎ)、寿客(じゅかく)などとも呼ばれます。また、翁草、齢草(よわいぐさ)、千代見草の別名を持っており、古代中国では、菊は仙境に咲いている花とされ、邪気を払い長生きする効能があると信じられていました。菊と長寿との結びつきには、昔、中国の山奥で、慈童(じどう)という少年が経文を書いた菊の葉にこぼれた露を飲み、700歳以上も生き続けたという、「菊慈童(枕慈童)」の説話が元になっています。麗懸山の麓から薬の水が湧き出たというので、勅令を受けた魏の文帝の臣下達が山中深くやって参りますと、その山奥の菊の咲き乱れた仙境に、慈童という童顔の仙人が現れました。慈童は太古の周の穆王(ぼくおう)に仕えてい者だが、王の枕をまたいだ罪でこの山に流されたのだといいます。枕は、眠るときに魂が体を離れて枕の中に宿る神聖なものとされ、日本でも、万葉の頃に妻は旅先の夫を想い、留守中の夫の枕と枕をくっつけて眠りについたという歌も残されていて、一説に枕の語源は魂倉(たまくら)だもいわれています。その神聖な王の枕をまたいでこの地に流されたのですが、王は、慈童を哀れんで、法華経の「二句の偈」を枕に書いて賜ったといいます。そして、その妙文を菊の葉の上に写して書くと、その葉の露が霊薬となり、それを飲んでいたため、少年は七百年後の今でも若いままで生きながらえていたというのです。もちろん空想の話ですが、菊に対する人々の畏敬の念が感じられます。