平成29年度~校長室

更衣

 今日は更衣(ころもがえ)です。黒っぽい冬服から白い夏服に、街の色まで一変してしまいます。最近は温暖化の影響で5月でも30°を超える日がありますが、6月に入ると日差しも変わり、女生徒の白い服が、彼女達の瑞々しい若さとあいまってまぶしく輝く季節です。
 
 現在のように、夏服が6月1日~9月30日、 冬服が10月1日~5月31日と定められたのは明治になってからで、今の国家公務員にあたる人達の制服が定められ、夏服と冬服の更衣の時期も制定されてからのことです。ちょうど新暦が採用され、これが学生服にも及び、一般の人たちにも定着していきました。そもそも更衣は、陰暦四月朔日と十月朔日とに、時節に応じた衣服に着替えるのが慣わしで、4月を更衣と呼ぶのに対し、10月を後の更衣と呼びます。平安中期には、宮中の年中行事のひとつとして定着していましたが、昔は、四季の衣裳を一々更ることはなくて、冬装束と夏装束を下着などで調整していました。4月1日から袷を着て、寒ければ白重(しろがさね)といって、下に白小袖を重ねてきていました。この時代には、夫の装束を整えるのは正妻の大事な役割で、どれだけの品を揃えられるかは妻の実家の力や姫君の衣服への感性、趣味などが問われるもので、「北の方」としての権勢を示す機会であったのです。室町時代以降は、5月5日から帷子(かたびら)を、8月15日から生絹(すずし)、9月9日から綿入れまたは小袖、10月1日から練衣(ねりぎぬ)を着るようになりました。江戸時代には、旧暦の4月1日~5月4日が袷(あわせ)小袖、5月5日~8月末日 が麻の単衣(ひとえ)の帷子(かたびら)、9月1日~9月8日が袷、9月9日~3月末日が 綿入れの小袖とされました。
 衣更が過ぎると、梅雨に突入! 服装は簡素になりますが、蒸し暑さや不快感が高まる時期となり、肉体的にも精神的にも調節が必要です。十分に睡眠をとり、栄養バランスのある朝食を食べる。当たり前のことですが、体調管理のポイントです。