平成29年度~校長室

養蚕について

 最近は着物を着る機会は、成人式や結婚式などや、夏祭時の浴衣などめっきり少なくなりました。が、一方で美しい光沢の絹織物は今も昔も人々を魅了します。絹は、蚕(カイコガの幼虫)が作る繭からとった生糸から作られ、蚕を育てて繭をとることを「養蚕」といいます。
 
 中国から日本へ養蚕が伝わったのは紀元前200年頃。シルクロードが東西の貿易と文化の交流に大きな役割を果たしていた頃です。日本でも古くから養蚕に取り組み、絹糸を生み出す蚕は、「お蚕様」と呼ばれて大切に扱われ、さまざまな民間信仰や風習が生まれました。近代では、蚕がつくった繭を製糸場に運び絹糸が作られていましたが、古くから、蚕を育てて繭から絹糸をとり、機を織るところまでそれぞれの家で行われ、女性の仕事として発展してきた歴史があります。農家にとっては重要な収入源であり、「お蚕様」などと呼んで大事に育て、蚕が無事に育ち、繭がたくさん採れることを願って、さまざまな神仏に祈りました。5月から10月ごろまでが蚕のえさとなる桑の葉が取れる季節であり、女性たちがその主な働き手となり、幼い子どもたちまで手伝って、一昔前までは日本全国で盛んに行われてきた養蚕ですが、今は蚕を見たことないという人も多いでしょう。埼玉県でも昔から養蚕はさかんでしたが、群馬県では女性が養蚕・製糸・織物といった絹産業の担い手であり、男性よりも高い経済力があったことがあったことから、「かかあ天下と空っ風」と言われ、雷や空っ風といった上州の厳しい気象環境や、気性の荒い上州人気質に対する印象から、活発で働き者の上州女性を表す言葉として用いられました。近代日本で一大産業として養蚕が全国で行われて、国営の製糸工場だった群馬県の富岡製糸場が、世界文化遺産に登録されたのも記憶に新しいところです。