平成29年度~校長室

平成29年度~校長室

生徒総会・ウェイトリフティング壮行会

 今日は朝は少し肌寒く感じましたが、午後から陽が出て暖かくなりました。6限、生徒総会・ウェイトリフティング壮行会をおこないました。生徒総会では、昨年度の事業・決算報告、今年度の事業・予算の審議をおこないました。今年も5月30日に生徒会ではごみゼロ運動を運動部の部員とともにおこないます。
 
 ウェイトリフティング壮行会では、顧問の黒川先生から生徒の紹介と卒業した平井海斗君の活躍の報告、校長・生徒会長の激励の言葉の後、選手の柿本君から関東大会に向けて決意の言葉がありました。学校全体で応援していきたいと思います。
 
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初鰹

 日本の食文化は、季節を感じながら季節の味をいただくことを大切にしているので、いち早く季節のものを味わうことは大きな喜びです。
 
 かつおの旬は年に2度。春から初夏にかけ、黒潮にのって太平洋岸を北上するかつおが「初鰹」。秋の水温の低下に伴い、三陸あたりの海から関東以南へ南下してくるかつおが「戻り鰹」です。餌をたっぷり食べている「戻り鰹」は脂がのっているのに対し、「初鰹」はさっぱりしているのが特徴で、旬の走りの「初鰹」は今も昔も人気の初夏の味覚です。
「目には青葉 山ほととぎす 初鰹」とは、江戸中期の俳人・山口素堂の作。目にも鮮やかな「青葉」、美しい鳴き声の「ほととぎす」、食べておいしい「初鰹」と、春から夏にかけ、江戸の人々が最も好んだものを俳句に詠んでいます。旬の走りは珍しさが先行して値段も高めで、もう少し待てば盛りになり、味や値段も安定するのですが、それを待つのは野暮というもの。初物に手を出すのが江戸っ子の粋の証だったのです。当時「初鰹」は、「まな板に 小判一枚 初鰹」(宝井其角)とうたわれるほど極めて高価でしたが、「初鰹は女房子供を質に置いてでも食え」といわれるほどの人気でした。
 
   初鰹が支持されたもうひとつの理由が、初物の縁起の良さにありました。初物とは実りの時期に初めて収穫された農作物や、シーズンを迎え初めて獲れた魚介類などのこと。初物には他の食べ物にはない生気がみなぎっており、食べれば新たな生命力を得られると考えられ、さまざまな言い伝えも残っています。
「初物七十五日」(初物を食べると寿命が75日のびる)
「初物は東を向いて笑いながら食べると福を呼ぶ」
「八十八夜に摘んだお茶(新茶)を飲むと無病息災で長生きできる」(新茶を贈る風習もあります)
 
 初鰹も同様で、「初鰹を食べると長生きできる」とされ、大変珍重されました。ところで、かつおのおいしい食べ方といえば「たたき」。別名「土佐造り」といわれるように、高知の名物料理でもあります。新鮮なかつおを皮付きのままおろした節を、表面だけ火が通るように炙り、冷水でしめます。藁を使って炙ると香りがよくなります。
水気を切って1㎝ほどの厚さに切り、塩少々をふって、手または包丁の背などを使ってたたきます。大皿に盛って、上から薬味とタレをたっぷりかけて食べますが、薬味としてはしょうが、にんにく、大根おろし、ねぎ、あさつき。青じそなど。タレにはレモンやスダチなどの柑橘系の酸味を利かせたポン酢や醤油ダレがよく合います。かつおの「たたき」というのは、もともと包丁の背でたたいてから表面を焼いていたからだとか。いずれにしても、旬のものを食べて、エネルギーを蓄え、さまざまなことに取り組みましょう!

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中間テスト1週間前

 今日から中間テスト1週間前に入り、部活動は原則お休みとなります。1年生は学校にに慣れるため一生懸命取り組んできましたが、この期間をうまく使って学んだことの再確認を。2年生は昨年度の経験を活かして、より成果があがるように。3年生は1学期の進路を考える重要な機会となります。また、それぞれの生徒で取り組み方は異なりますが、学んだ成果を発揮する機会と前向きにとらえて、テストに対応してください。テストは5月23日(火)から5月25日(木)までの3日間です。学年・クラスによって受験科目が異なるので、しっかりと確認しましょう! 中間テスト明けには遠足があります。
 
  部活動も原則お休みに      登校はいつもどおりに
 
   玄関前の花の植替え・プランターの新設をしました!
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ゴールデンウィーク③

 東松山市のボタン園に5月6日に行ってきました。自宅からほんの20分程度でこんなところがあるのか? と思うくらいボタンが元気よく、彩りよく咲き誇っていました。また、小さな子どもが遊べる遊具があり、園内はアップダウンのある造りとなっていて、変化に富んでいます。近くに武蔵丘陵森林公園もあり、はしごで自然を謳歌できそうです。
 
 
 
 
この日は天気もよく、初夏のさわやかな1日を満喫できました。

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母の日について

 5月の第2日曜日は母の日ですが、この日はアメリカでは国民の祝日です。19世紀のアメリカの社会運動家アン・ジャービスは、病気で苦しむ人を救うための募金活動や、病気予防のための食品検査や公衆衛生に尽力し、南北戦争の際には、敵味方を問わず傷ついた兵士を看病するために地域の女性を結束させるなど、母としての愛情をあらゆる人々に注ぎ、社会改革に大きな貢献を果たしました。彼女が亡くなり、その追悼式が命日に行われた時に、一人娘のアンナ・ジャービスは、母が好きだったという白いカーネーションを母に捧げることで母の教えを伝えていこうと思い、信者たちに白いカーネーションを配ったのです。信者たちはそれを胸に飾って、教えのとおり母への感謝を示しました。この話を伝えきいたデパート経営者ジョン・ワナメーカーが、1905年5月の第2日曜日に母を讃える記念会を催して、アンナの話を人々に伝えたところ、これが反響を呼び、1914年に議会の決議を経て、ウィルソン大統領により国民の祝日として、5月第2日曜日が「母の日」と定められたのです。日本ではキリスト教会の働きかけなどによって次第に広まり、昭和24(1949)年ごろより母の日として定着するようになりました。
 
 カーネーション(carnation)は学名をディアントス・カリオフィルス(Dianthus caryophyllus)といい、丁字(clove)のことです。むかし、カーネーションの花でつくった花の冠をコロナといい、花をコロネーションcoronation(戴冠式)と呼んでいたのが訛ってカーネーションになったもので、「王冠の形をした花」という意味です。ギリシャでは、芳しい香りの花で身を装う習慣があって、ゼウスの祭りにこの花のコロナを頭にかぶってゼウスに捧げたといいます。ローマ人もカーネーションを神聖視して、ジュピターの花(Jupiter's grass)と呼んでいました。カーネーションは、十字架にかかったキリストを見送った聖母マリアが、落とした涙のあとに生じた可憐な花ともいわれて、母性愛の象徴です。そしてそれは復活したキリストとともに生まれた花として、愛と喜びのシンボルともなっています。白いカーネーションは生前のキリストとマリアの涙、赤いカーネーションは復活したキリストを象徴するといわれます。カーネーションの花言葉は「母の愛情」です。5月5日のこどもの日は、昭和23年に、国民の祝日に関する法律(祝日法)によって「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する日」と定められています。 男女を問わない趣旨で祝日に加えられ、こどもの為の様々な行事が盛んですが、まだ男の子のための日という思いは五月人形にも代表される様に根強く残っている様です。 
 それに忘れられてはいますが、日本の法律では、こどもの日が母に感謝する母の日でもあるのです。
 
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校内農業クラブ総会

 昨日は雨模様でしたが、今日は一転して五月晴れ。というよりは初夏を通り越して夏! 気温も30°近くまで上がりました。
 
   本日、5月8日の県の農業クラブ総会に続き、校内の農業クラブの総会を6時間目に格技場でおこないました。1年生から3年生までの園芸科、農業経済科の生徒全員が集まり、校内会長の福満裕暁君を中心に、昨年度の報告や今年度の活動計画や予算等について全員で検討しました。校内運営もうまくすすめてほしいと思いました。
 
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ゴールデンウィーク②

 ゴールデンウィーク中に秩父の羊山公園に行きました。ニュースで芝桜が見頃というのを見たからです。4月30日(日)朝7時過ぎに家を出て、1時間程かけて羊山公園に到着。8時半ごろなのに駐車場は混雑しており、臨時のシャトルバスで公園へ。すでに多くの人々が訪れており、写真にあるように素晴らしい景色が堪能できました。さいたまでもいいところがあることを再確認しました。
 
 
 
きれいなピンクや紫に彩られていました。武甲山も雄大な姿を見せていました。

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農業クラブ総会をおこないました

 昨日、今年度の埼玉県の農業クラブ通常総会を本校でおこないました。農業クラブは、戦後の新制高等学校の学習活動の中で、農業高校生の自主的・自発的な組織として日本全国で誕生し、日本学校農業クラブ連盟【Future Farmers of Japan (略称 日連またはFFJ)】は1950年(昭和25年)に「科学性」「社会性」「指導性」の育成を目標に、日本全国の農業クラブの全国組織として結成されました。学校農業クラブは全国の学校農業クラブ活動の振興に努め、明日の農業の発展に貢献しています。本校は今年度と来年度、埼玉県の農業クラブの事務局を担当します。
 
 この日は県内の農業の学科のある高校から50人ほどの生徒が参加し、本校の関凪海さんが農業クラブ県連の会長に就任し、昨年度の報告や今年度の活動計画や予算等について全員で検討しました。
 
 2年間、事務局として埼玉県の農業高校で学ぶ生徒の、農業高校の発展のために尽力していこうと思います。

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ゴールデンウィーク①

 ゆったりとできたゴールデンウィークも昨日で終わりました。5連休は長いなと最初は思っていましたが、終わってみるとほんと、あっという間だった感じです。みなさんはどう過ごされましたか? 学校に来たのは5日だけだったのですが(端午の節句を更新するため)、練習試合やトレーニングに力を入れ、部活動に力を入れている生徒や先生方が多数登校していました。何かに打ち込むのはやりがいがあっていいですね。私もせっかくなので何かしようと、カメラを片手に埼玉県のこの時期の名勝を巡ってみました。「なんだ、ひまでいいな。」と思われる方が多いと思いましが、何もしないでボーッとしているよりはいいと思い、渋滞に巻き込まれないよう、頭を使いながらあちこち移動しました。今回は春日部市の牛島のふじの風景を紹介します。
 
  牛島のふじは春日部市の東部にあります。この日は好天!
 
  園内は落ち着いた庭園づくりで、入るとすぐにふじの花が
 
  あざやかなふじ色で、ながいものは2m以上にもなるそう!
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端午の節供

 今日は端午の節供(たんごのせっく)です。五節供の一つで旧暦5月5日のことです。「端」ははじめの意味で、端午とは月のはじめの午の日ということです。古来中国では5月を「悪月」とする考えがあり、それは5月の異名ともなるほどの陰陽道でいう凶の月で、忌みつつしむ月なのです。特に5月5日は悪月の頂点で、その日に生まれた子は父母を殺すとして捨てるならわしがあったほどでした。午月、つまり5月の午日を忌日として祓いの行事が行われていまましたが、漢代以降に端午の日が5月5日に定まりました。その後、中国では端午の日に人々は野に出て薬草を摘んだり、よもぎで作った人形や虎を家の門にかけたり、菖蒲酒を飲み、蘭を入れた湯にひたるなどして穢れや厄災を祓ったといわれています。
 
 鯉のぼりは5月5日を代表する風物詩となっています。鯉のぼりが端午の節供に立てられるようになったのは江戸時代中期頃といわれています。当時の端午の節句に武家では、家の外に幟や吹き流しを飾っていました。もともとは五色の吹き流しや幟の頂部についている風車や籠玉などが、神の招代とも忌み籠りの家の標示ともされるもので、吹き流しの五色は、中国の「五行説」に由来する水・金・地・火・木を意味する、言うなれば魔除けの色です。しかし、この幡や吹き流しは、町人には許されていませんでしたので、町方では、吹き流しの代わりにその織りの摩(まねき)に鯉を飾るようになりました。その後、中国の「奔流すこぶる急で、鯉だけが見事竜門を登り切り、その後竜になる」という『登竜門伝説』から立身出世の願いを込め、武家の間でも鯉のぼりを立てるようになり、吹き流しと鯉のぼりの両方を立てるようになりますが、明治以降に、この摩の鯉が織りから離れて独立し、吹き流しと結びついて 一本の竿に飾る大きな鯉のぼりになりました。 現在では、竿の先に回転球と矢車を取り付け、その下に吹き流し、真鯉、緋鯉の順に取り付けるのが一般的になっています。
 
    端午の節供では、柏餅や粽(ちまき)をよく食べます。柏餅は楝(おうち)の葉の代用として用いられたのが始まりで、江戸時代中期頃につくられたといいます。柏の木は新芽が出るまでは親の葉が枯れ落ちることなく守ることにちなみ、家系が絶えない縁起の良い葉として、親が子の無事を願う気持ちを表しています。ちまきは元々は端午の供物で、柏餅以上に歴史のある食べ物です。平安時代には、すでに宮中行事の端午の儀式で使われていました。関西では、男の子の初節供はちまきで祝い、二年目からは柏餅で祝うという習慣があります。また、「江戸にては初年より柏餅を配る」として地域文化の違いをうかがわせていますが、地方によっては柏の菓ばかりでなく、楢や朴の葉を用いることもあり、笹巻・笹餅といって笹の葉を用いるところもあるようです。端午の節句に粽を供えるのは、中国の楚の詩人屈原(くつげん)の故事によるものです。屈原は楚の王族に生まれ、三閭大夫として活躍したた武人で、妬まれて失脚し、湘江のほとりをさまよい、汨羅(べきら)に身を投じたのが5月5日(一説に夏至の日)だったので、屈原の霊を弔うため、この日に米を楝(おうち)の葉で包み、五色の綵糸で結んでちまきをつくって川に投げ入れたと伝えてられています。ちまきを門戸に吊しておくと流行病除け、または災難除けになるといわれています。ちまきはその後、茅の葉で巻くようになり、「ちまき」と呼ばれるようになったそうです。 茅の花穂はチバナとかツバナといわれ、春先のまだ開かないうちは食べられます。また高く伸びずに叢生するので、古典では「浅茅生(アサヂ)」と表されます。 日本で「ちまき」の呼び名がついたのは、茅の葉で巻いたため、あるいは千回巻く意にかけられたともいわれ、粽の形は竜だともいわれています。
 さまざまなことには、その起源となる出来事が必ずと言って言いほどあります。古くからの風習を大切にし、日本の文化を守っていきたいものです。
 

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