平成29年度~校長室

平成29年度~校長室

2月の風景

 2月はグレゴリオ暦で年の第2の月に当たり、通常は28日、閏年では29日となります。他の月の日数が30又は31日なのに対して2月だけ28または29日なのは、初代ローマ帝国皇帝アウグストゥスが紀元前8年に8月の日数を30日から31日に変更し、そこで不足した日数を2月から差し引いたためです。それ以前のローマ暦では年初は3月であったため、単に年末の2月から日数を差し引いたようです。欧米での呼び名であるFebruaryはローマ神話のフェブルウス (Februus) をまつる祭りから取ったと言われています。日本では旧暦2月を如月(きさらぎ、絹更月、衣更月と綴ることもある)と呼び、現在では新暦2月の別名としても用いています。「如月」は中国での二月の異称をそのまま使ったもので、日本の「きさらぎ」という名称とは関係がありません。「きさらぎ」という名前の由来には諸説あります。旧暦二月でもまだ寒さが残っているので、衣(きぬ)を更に着る月であるから「衣更着(きさらぎ)」、草木の芽が張り出す月であるから「草木張月(くさきはりづき)」、前年の旧暦八月に雁が来て、更に燕が来る頃であるから「来更来(きさらぎ)」、陽気が更に来る月であるから「気更来(きさらぎ)」など・・・。旧暦二月は新暦では3月ごろに当たり、梅の花が咲く時期で春の到来が九州や沖縄では感じられます。

 

 

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夜ばなし

 核家族化がすすんだ現代ではあまり見られませんが、昭和の半ばまでは大家族が当たり前で、皆で冬の寒い夜には炉端などに集まって物語の話をすることがありました。この習慣は夜ばなしと呼ばれ、おじいちゃん、おばあちゃんから民話などが子や孫に語り継がれていったのです。冬の寒い夜には炉端などに集まって物語の話しを聞くことは、雪国の人にとっては雪に閉じ込められたこの季節では、数少ない娯楽のひとつでもありました。

  

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雪の名前

 今年は暖冬で、多くのスキー場が雪が少ないため、一部滑走や閉鎖に追い込まれたり、雪かきのグッズが売れなかったりという声が聞こえます。数年前の大雪では逆の現象が起こりますが、あるべき時にあるべきものはあってほしいと思います。雪は日本の冬の風物。スキーやスノボ、雪まつりなど雪の楽しみ方があります。またそれ以外にも風流な楽しみがあります。それは、感性豊かな「雪の名前」にふれて、冬の風情を楽しむこと。四季折々の美しさを「雪月花」というように、雪には独特の魅力があり、それを表す言葉もたくさん生まれました。言葉ひとつで雪の世界が広がります。降る時期によって変わる雪の名前には、初めて降る雪は「初雪」。その冬初めて山々に積もる雪は「初冠雪」。冬に別れを告げる最後の雪は「終雪」(しゅうせつ)。「雪の別れ」「雪の果て」「雪の名残」ともいわれます。もうすぐ春という頃に名残を惜しむように降る雪は「名残雪」(なごりゆき)。有名な歌もありますね。雪が降り積もった様子を「銀世界」、「銀雪」、「雪化粧」。積もったばかりの雪は「新雪」。一度にたくさん降り積もると「どか雪」。積もった雪で薄明るくなる様子を「雪明かり」。ひとつひとつの雪の名前をみているだけで、その情景が浮かんできます。雪は降り方を表す言葉も多彩で、絶え間なく降る様子は「こんこん」、ひるがえりながら降る様子は「ちらちら」、軽やかに降る様子は「はらはら」、空中に漂う様子は「ふわりと」「ふわっと」などと表現し、木の枝や屋根から落ちる雪は「どさっ」。雪の状態を表した名前とっしては、雪の美しさを表す「白雪」、「雪花」(せっか)、「深雪」(みゆき)。細やかに降る雪のことを「細雪」(ささめゆき)。谷崎潤一郎の小説や、歌謡曲にもありますね。粉のように細やかな雪のことを「粉雪」「米雪」(こごめゆき)。スキーをするならこんなパウダー・スノーがよいですね。
うっすらと積もってすぐ溶けてしまう雪は「泡雪」「淡雪」「沫雪」(あわゆき)。風上の降雪地から、風にのって流されてきた雪は「風花」。「豪雪」では風情などといってはいられないかも知れませんが、雪は冬の使者。雪の降る様子に美しい名前や言葉を与えた日本人の感性を、私たちも大切にしたいですね。

 

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冬夕焼(ふゆゆうやけ)

 今朝まで冷たい雨が降っていましたが、今は晴れ、夕方には冬の夕焼けが見られそうです。冬の夕焼けは別名、冬茜(ふゆあかね)や寒夕焼(かんゆうやけ)とも言います。冬になると気温が低くなり空気が澄んで、夏に見る夕焼よりも色が鮮やかになります。太陽光の波長の長い赤光色だけが見えるので、木々が影絵のように浮かび上がり、空には真っ赤な夕景が広がります。また、陽が沈んだ後も地平線には赤い帯が残ります。このような空でUFOが目撃されることもあるそうです。ただ寒さは格別です。

 

 

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シクラメン

 この冬の時期、目を楽しませてくれる花の1つにシクラメンがあります。シクラメンは日本で最も生産されている鉢植え植物です。元々は地中海沿岸、ギリシャからチュニジアにかけて原種が自生し、古来は花ではなく、塊茎の澱粉を注目され、食用とされていました。しかし、大航海時代以後新大陸からジャガイモがもたらされると、シクラメンを食用にする習慣はなくなっっていきました。 日本には明治時代に伝わりました。戦後急速に普及し、品種改良も進められ、花色も黄色や二色、フリンジ咲き、八重咲きなどが登場しました。日本における鉢植え植物では生産量はトップクラスで、冬の鉢植えの代表格として定着しています。 従来、鉢で育てる室内観賞用のシクラメンが一般的でしたが、原種との交雑により、1996年に埼玉県児玉郡児玉町(現本庄市)の田島嶽が屋外に植栽可能な耐寒性のあるミニシクラメンの系統を選抜し、「ガーデンシクラメン」として売り出しました。この「ガーデンシクラメン」はガーデニングブームの波に乗り流行し、全国で生産が始まり、瞬く間に普及しています。

 

 

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ストーブ

 毎日、寒い日が続きますね。外出先から帰ってストーブのある室内に入るとホッとします。ストーブは燃料を燃焼させるなどの手段により、熱を発生させる装置です。燃料は石油、ガス、電気、薪(まき)などさまざまで燃料によって構造が異なります。日本の家庭で一般的に見られる灯油を燃料にした石油ストーブは、「アラジンブルーフレームヒーター」が優れた輸入製品として知られていました。国産ストーブの第一号は、1856年に武田斐三郎が外国船で見たストーブを参考に、函館の鋳物職人に製造させたものとされています。このストーブの頭部は半球状であり、煮炊きを考慮しない暖房用ストーブとなっていました。北海道など一部の寒冷地域を除いて、都市部の住宅事情は煙突を必要とする暖房器具が敬遠され、可搬型の石油ストーブは広く普及して、国内メーカーの開発競争もあり日本独自の発展を見せました。日本国外ではセントラルヒーティング方式による暖房が一般的であり、火災予防の観点からも裸火によるストーブを認めていない国やアメリカの一部の州もあります。 東日本大震災の発生後、停電が続いた地域もあり、発火に電気を利用するストーブが利用できないことがあり、かつてのマッチなどを利用するストーブが必要となった時期もありました。ストーブは燃料を燃やすので、きちんと消化を確認しないと火災の原因になることもあるので、気をつけましょう。

   

 

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学校説明会

 1月25日(土)、今年度最後の学校説明会をおこないました。寒い日にもかかわらず、150名に近い中学生・保護者の方々においでいただきました。校長の挨拶の後、入試に関する説明、商業系学科、農業系学科の説明をパワーポイントを利用してわかりやすくおこないました。その後、校内見学と個別相談をおこないました。個別相談にも多くの中学生・保護者に参加をしていただきました。今日参加された中学生が入試でいい結果を出して、希望の学部に入学できることを祈念します。

 

    ムジナモンと制服でお迎え        受付をお願いします

 

      商業系学科の説明            農業系学科の説明

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あんこう鍋

 あんこう鍋は、あんこう(鮟鱇)を主な具材とする鍋料理で、「西のふぐ鍋、東のあんこう鍋」と言われ、冬の代表的な鍋料理として東日本において広く食べられていますが、特に茨城県および福島県いわき市の鍋料理として、多くの店で提供されています。あんこうは、日本近海の水深100~300mの砂泥底に生息している深海魚で、底引き網(トロール網)で他の魚と一緒に水揚げされます。漁獲高日本一は山口県下関市とされていますが、茨城県を境に「北のアンコウ」、「南のアンコウ」と分けられ、北の海で獲れるアンコウの方が高値で取引されています。特に、親潮と黒潮が交わる茨城県の鹿島灘海域はプランクトンが豊富で質が良く、久慈漁港や平潟漁港で主に水揚げされている常磐物は豊洲市場で上物とされています。深海魚であり外見が奇妙ですが、「食べられないところがない」と言われるように、身はもちろん、皮や内臓、エラなど、骨以外は全て食べることが出来る無駄のない魚です。あんこう鍋の味付けは大きく分けて4種類で、味噌味は漁師風の味として、民宿や旅館、居酒屋、割烹料理店などで多く出されています。店独自の割下(スープ)により個性を出しています。料亭などの高級店では上品な醤油味のあんこう鍋が好まれています。これを味噌味にする場合、肝と味噌を練り合わせた団子の様なものを好みで鍋に加えます。どぶ汁は大洗町や北茨城市の一部の店で味わえる、より濃厚なあんこう鍋で、溶けたあん肝によりスープが濁ることから名付けられました。漁師風どぶ汁は上記のどぶ汁とは調理法が異なり、アンコウと野菜の水分だけでスープを作る鍋で、水を使わず野菜と味噌、アンコウだけで栄養価の高い鍋ができることから、漁師達に重宝されていました。ただし、この調理法は手間と時間が必要で、相当手馴れた人でなければ作ることが難しいため、一般的に提供している店は少なく幻の鍋です。どの調理法でも、最後にごはんと玉子、出汁を加え、「おじや(雑炊)」にして食べることが多いです。ふつう、魚はまな板で捌く事が多いのですが、アンコウの表面はぬめりが有り水圧に耐えられる柔らかい体のため、大きな個体になるとまな板の上で捌く事は難しく、そのため「吊るし切り」と呼ばれる方法がとられます。 その方法とは、下顎に鉤状のものをかけてアンコウを吊るし、水や氷を入れることによって安定させ、アンコウを回転させながら捌くのです。江戸時代の頃から始められていたと言われています。現在でも、茨城県にある大洗ホテルや一部の食事処でも店の前で吊るし切りを行っています。アンコウは栄養成分が豊富です。80%を水分が占める低カロリーの魚ですが、あん肝(肝臓)は脂質量が40%もあり高カロリーです。皮やヒレにはコラーゲンが多く含まれており、ビタミンCの多い野菜と食べる鍋は食品と一緒に食べると肌をきれいにすると言われています。

  

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進路体験発表会

 本日6時間目、進学・就職が決まった3年生による進路体験発表会をおこないました。3年の進路決定者が1・2年生の教室にそれぞれ3人ずつ訪問し、「いつ頃進路を意識したのか」、「受験前の心構えと下調べ」、「実際の体験」、「後輩へのアドバイス」などを自ら体験を交えて伝えました。3年生から1・2年生に「遅刻はしないように」、「面接練習はしっかりやっておいたほうがい」、「勉強は大切」などのアドバイスがあり、1・2年生からは「オープンキャンパスに何回行ったのか」、「内定後、課題が出されるのか」など質問もありました。3年生の進路の決まった生徒たち、お疲れ様でした。1・2年生もこれをきっかけに進路に向けてしっかりと考え、対応してもらえればと期待します。

 

 

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だいこん

 ダイコンはアブラナ科ダイコン属の越年草で、野菜として広く栽培され、主に肥大した根を食用とするほか、種子から油を採ることもあります。名前の由来は、大きな根を意味する大根(おおね)からきています。 原産地は確定されていませんが地中海地方や中東と考えられ、紀元前2200年の古代エジプトで、今のハツカダイコンに近いものがピラミッド建設労働者の食料とされていたのが最古の栽培記録とされ、その後ユーラシアの各地へ伝わりました。日本には弥生時代には伝わっており、ハマダイコンまたはノダイコンと見られる古保禰(こほね)も栽培され、現在のカイワレダイコンとして用いられていました。江戸時代には関東の江戸近郊である板橋、練馬、浦和、三浦半島辺りが特産地となり、その中で練馬大根は特に有名です。 ダイコンは、日本においては品種・調理法とも豊富で、世界一大きくて重い桜島大根、世界一長い守口ダイコンなどの種類があり、日本人の食卓には欠かすことのできない野菜です。葉はビタミンAを多く含み、青汁の原料として使われています。汁はビタミンCやジアスターゼを多く含みます。野菜としての位置は、春の七草の一つ「すずしろ」であり、薬味や煮込み料理にも使われるなど、利用の幅は広くあります。薬草で、消化酵素を持ち、血栓防止作用や解毒作用があります。主に生食または加熱調理され、保存用に漬け物、乾物とされるほか、辛みを生かして香辛料としても利用されます。 ダイコンはクビ(葉に近い部分)は汁が多くて甘く、サキ(地に深い先端部分)は汁が少なく辛いです。このため、クビの部分は生でサラダに、サキは大根おろしなど薬味に向きます。 大根は、生でも煮ても焼いても消化が良く、食当たりしないので、何をやっても当たらない役者を「大根役者」と呼びます。同じ理由で、なかなか当たりを打てない野球の打者を「大根バッター」とも呼びます。 この寒い時期には、鍋物の具として欠かせない存在です。

 

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