校長室日誌

平成29年度~校長室

ゴールデンウィーク②

 ゴールデンウィーク中に秩父の羊山公園に行きました。ニュースで芝桜が見頃というのを見たからです。4月30日(日)朝7時過ぎに家を出て、1時間程かけて羊山公園に到着。8時半ごろなのに駐車場は混雑しており、臨時のシャトルバスで公園へ。すでに多くの人々が訪れており、写真にあるように素晴らしい景色が堪能できました。さいたまでもいいところがあることを再確認しました。
 
 
 
きれいなピンクや紫に彩られていました。武甲山も雄大な姿を見せていました。

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農業クラブ総会をおこないました

 昨日、今年度の埼玉県の農業クラブ通常総会を本校でおこないました。農業クラブは、戦後の新制高等学校の学習活動の中で、農業高校生の自主的・自発的な組織として日本全国で誕生し、日本学校農業クラブ連盟【Future Farmers of Japan (略称 日連またはFFJ)】は1950年(昭和25年)に「科学性」「社会性」「指導性」の育成を目標に、日本全国の農業クラブの全国組織として結成されました。学校農業クラブは全国の学校農業クラブ活動の振興に努め、明日の農業の発展に貢献しています。本校は今年度と来年度、埼玉県の農業クラブの事務局を担当します。
 
 この日は県内の農業の学科のある高校から50人ほどの生徒が参加し、本校の関凪海さんが農業クラブ県連の会長に就任し、昨年度の報告や今年度の活動計画や予算等について全員で検討しました。
 
 2年間、事務局として埼玉県の農業高校で学ぶ生徒の、農業高校の発展のために尽力していこうと思います。

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ゴールデンウィーク①

 ゆったりとできたゴールデンウィークも昨日で終わりました。5連休は長いなと最初は思っていましたが、終わってみるとほんと、あっという間だった感じです。みなさんはどう過ごされましたか? 学校に来たのは5日だけだったのですが(端午の節句を更新するため)、練習試合やトレーニングに力を入れ、部活動に力を入れている生徒や先生方が多数登校していました。何かに打ち込むのはやりがいがあっていいですね。私もせっかくなので何かしようと、カメラを片手に埼玉県のこの時期の名勝を巡ってみました。「なんだ、ひまでいいな。」と思われる方が多いと思いましが、何もしないでボーッとしているよりはいいと思い、渋滞に巻き込まれないよう、頭を使いながらあちこち移動しました。今回は春日部市の牛島のふじの風景を紹介します。
 
  牛島のふじは春日部市の東部にあります。この日は好天!
 
  園内は落ち着いた庭園づくりで、入るとすぐにふじの花が
 
  あざやかなふじ色で、ながいものは2m以上にもなるそう!
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端午の節供

 今日は端午の節供(たんごのせっく)です。五節供の一つで旧暦5月5日のことです。「端」ははじめの意味で、端午とは月のはじめの午の日ということです。古来中国では5月を「悪月」とする考えがあり、それは5月の異名ともなるほどの陰陽道でいう凶の月で、忌みつつしむ月なのです。特に5月5日は悪月の頂点で、その日に生まれた子は父母を殺すとして捨てるならわしがあったほどでした。午月、つまり5月の午日を忌日として祓いの行事が行われていまましたが、漢代以降に端午の日が5月5日に定まりました。その後、中国では端午の日に人々は野に出て薬草を摘んだり、よもぎで作った人形や虎を家の門にかけたり、菖蒲酒を飲み、蘭を入れた湯にひたるなどして穢れや厄災を祓ったといわれています。
 
 鯉のぼりは5月5日を代表する風物詩となっています。鯉のぼりが端午の節供に立てられるようになったのは江戸時代中期頃といわれています。当時の端午の節句に武家では、家の外に幟や吹き流しを飾っていました。もともとは五色の吹き流しや幟の頂部についている風車や籠玉などが、神の招代とも忌み籠りの家の標示ともされるもので、吹き流しの五色は、中国の「五行説」に由来する水・金・地・火・木を意味する、言うなれば魔除けの色です。しかし、この幡や吹き流しは、町人には許されていませんでしたので、町方では、吹き流しの代わりにその織りの摩(まねき)に鯉を飾るようになりました。その後、中国の「奔流すこぶる急で、鯉だけが見事竜門を登り切り、その後竜になる」という『登竜門伝説』から立身出世の願いを込め、武家の間でも鯉のぼりを立てるようになり、吹き流しと鯉のぼりの両方を立てるようになりますが、明治以降に、この摩の鯉が織りから離れて独立し、吹き流しと結びついて 一本の竿に飾る大きな鯉のぼりになりました。 現在では、竿の先に回転球と矢車を取り付け、その下に吹き流し、真鯉、緋鯉の順に取り付けるのが一般的になっています。
 
    端午の節供では、柏餅や粽(ちまき)をよく食べます。柏餅は楝(おうち)の葉の代用として用いられたのが始まりで、江戸時代中期頃につくられたといいます。柏の木は新芽が出るまでは親の葉が枯れ落ちることなく守ることにちなみ、家系が絶えない縁起の良い葉として、親が子の無事を願う気持ちを表しています。ちまきは元々は端午の供物で、柏餅以上に歴史のある食べ物です。平安時代には、すでに宮中行事の端午の儀式で使われていました。関西では、男の子の初節供はちまきで祝い、二年目からは柏餅で祝うという習慣があります。また、「江戸にては初年より柏餅を配る」として地域文化の違いをうかがわせていますが、地方によっては柏の菓ばかりでなく、楢や朴の葉を用いることもあり、笹巻・笹餅といって笹の葉を用いるところもあるようです。端午の節句に粽を供えるのは、中国の楚の詩人屈原(くつげん)の故事によるものです。屈原は楚の王族に生まれ、三閭大夫として活躍したた武人で、妬まれて失脚し、湘江のほとりをさまよい、汨羅(べきら)に身を投じたのが5月5日(一説に夏至の日)だったので、屈原の霊を弔うため、この日に米を楝(おうち)の葉で包み、五色の綵糸で結んでちまきをつくって川に投げ入れたと伝えてられています。ちまきを門戸に吊しておくと流行病除け、または災難除けになるといわれています。ちまきはその後、茅の葉で巻くようになり、「ちまき」と呼ばれるようになったそうです。 茅の花穂はチバナとかツバナといわれ、春先のまだ開かないうちは食べられます。また高く伸びずに叢生するので、古典では「浅茅生(アサヂ)」と表されます。 日本で「ちまき」の呼び名がついたのは、茅の葉で巻いたため、あるいは千回巻く意にかけられたともいわれ、粽の形は竜だともいわれています。
 さまざまなことには、その起源となる出来事が必ずと言って言いほどあります。古くからの風習を大切にし、日本の文化を守っていきたいものです。
 

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八十八夜

  
    風薫る5月。今日も爽やかな風が吹き、生徒も元気よく登校しています。昨日は午後雨が降りましたが、今週は雨の心配は少なそうです。
 ところで、「夏も近づく八十八夜、野にも山にも若葉が茂る・・・」みなさんも聞いたことがありますよね? 春夏秋冬の四季のように季節の移り変わりを表す言葉として、古代中国から伝わった「二十四節季」という暦があります。日本ではこれに独自に重要な季節の変わり目を表す「雑節」を設けて補助しました。
八十八夜は立春(2月4日)から数えて八十八日目を指します。立夏(今年は5月5日)を目前に控え、「八十八夜の別れ霜」と言って、この日を境にし不意に訪れる霜の心配がなくなり、気候も安定するため農作業の目安となり、野菜の種まきや籾まきが本格的におこなわれるようになります。先程の唱歌にあるように、八十八夜といえば茶摘みを連想する人も多いと思います。茶の新芽は霜に弱いことで知られていますが、霜に耐えて八十八夜に摘み取られた茶の新芽は、新茶として美味しいだけではなく、強い生命力があり、長生きの御利益があると珍重されてきました。
 茶店に新茶が並ぶのももうすぐです。ペットボトルのお茶もよいですが、御利益を得られそうな新茶を試してみては?
 
      今日のお茶          もうすぐ麦刈りも始まりそう
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