平成29年度~校長室

平成29年度~校長室

柚子(ユズ、ゆず)

 寒くなると、鍋物が恋しくなると前日記しましたが、そのような時に欠かせないのがユズなどをベースにしたポン酢です。ユズ(柚子、学名:Citrus junos)はミカン属の常緑小高木で柑橘類の1つです。ホンユズとも呼ばれ、消費・生産ともに日本が世界最大です。柑橘類の中では耐寒性が強く、極東でも自生できる数少ない種で、柑橘類に多いそうか病、かいよう病への耐久があるため、ほとんど消毒の必要がなく、他の柑橘類より手が掛からないこと、無農薬栽培が比較的簡単にできることも特徴のひとつです。成長が遅いことでも知られ、「桃栗3年柿8年、ユズの大馬鹿18年」などと呼ばれることがあります。このため、種子から育てる実生栽培では結実まで10数年掛かってしまうため、結実までの期間を短縮するため、カラタチへの接ぎ木により、数年で収穫可能にすることが多くなっています。ユズの果汁は、日本料理等において調味料として、香味・酸味を加えるために用いられます。また、果肉部分だけでなく皮も七味唐辛子に加えられるなど、香辛料・薬味として使用されています。いずれも、青い状態・熟れた状態の両方とも用いられ、九州地方では柚子胡椒と呼ばれる調味料としても使用されています。これは柚子の皮に、皮が青い時は青唐辛子、黄色く熟している時は赤唐辛子と塩を混ぜて作るもので、緑色または赤色をしています。熟したユズでも酸味が非常に強いため、普通は直接食用とすることはありません。薬味としてではなく、ユズ自体を味わう調理例としては保存食としてのゆべしの他、韓国の柚子茶のように果皮ごと薄く輪切りにして砂糖や蜂蜜に漬け込む方法などがあります。果汁はチューハイ等にも用いられ、ユズから作られたワインもあります。柚子の果実のうち、果肉の部分をくりぬいて器状にしたものは「柚子釜」と呼ばれ、料理の盛りつけなどに用いられます。近年では、スペインの著名なレストランであったエル・ブジが柚子を大々的に喧伝したのが発端となり、フランス料理を始めとした西洋料理にも柚子の使用が広まりつつあります。

 

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鍋物(なべもの)

 冬になると、食卓に欠かせないのが鍋物。鍋料理は惣菜を食器に移さず、調理に用いた鍋に入れたままの状態で食卓に供される日本の料理で、鍋物(なべもの)、あるいはただ鍋(お鍋)と呼ぶこともあります。複数人で鍋を囲み、卓上コンロやホットプレートなどで調理しながら、個々人の椀や取り皿、あるいはポン酢やタレなどを入れた小鉢に取り分けて食べるのが一般的です。通常は複数人で囲んで食べるため一抱えほどの大きさの鍋を用いますが、宴会や会席料理では小鍋で一人前ずつ供される事もあります。一人用の鍋も市販されており、この時は鍋から直接食べることもあります。日本の鍋料理に使用する鍋として、最もポピュラーなのは陶器製の土鍋です。土鍋は熱伝導性が低いため火がじっくりと通り、長時間の煮込みでも焦げ付いたりする危険性が低いために鍋料理に適しており、寄せ鍋をはじめとして、多くの鍋料理に対して用いられます。具材を煮込む前に焼く工程があるすき焼きなど、土鍋には向かない調理法がある場合は鉄、ステンレスなどの金属製の鍋(金属鍋)が使われます。もちろん、通常土鍋が使われる料理を金属鍋で代用することも可能です。最近の電磁調理器の普及に伴い、それに対応した土鍋風ホーロー鍋なども販売されています。また、ジンギスカン鍋、フォンデュなどそれ専用に作られた独特の形状の鍋を使用する料理も多くあります。鍋物はいろいろな具材を煮込んでいるため、スープには出汁が凝縮された状態になっています。このスープを利用しての食べ方にもいろいろありますが、一般的には雑炊が多く、うどんや素麺、中華麺(ラーメン)、餅などを入れ、鍋物のしめとすることが多いです。鍋物は、具材や調味料、火加減、調理時間などによって無限の種類ができます。是非、オリジナルの鍋物をつくってください!

 

 

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外部講師による製パン実習

昨日、農業経済科3年5組の5・6時間目の食品製造の授業で、外部指導者による「製パン」実習を実施し、講師として学校の前のパン工房「学舎」の濱田学先生に指導していただきました。先生には以前にも指導をしていただき、生徒のようすを理解していただいています。今回の実習では「バターシュガークッペ」と「ベーコンエピ」を作りました。行程は1 ミキシング、2 一次発酵、3 分解・丸め、4 ベンチタイム、5 成形、6 二次発酵、7 カット、8 焼成の8つです。先生の説明と実演を目に焼き付け、パンの制作開始! いざ作ってみると、成形や計量の難しさの難しいこと! 悪戦苦闘しながら何とかオーブンに生地を入れ、8分間焼くとふっくらとした美味しそうなパンが出来上がりました。実際に試食してみると、かなり美味い! 今回は大成功だったようです。生徒の中には卒業後調理学校に進学する者もいて、いい、美味しい経験となりました。

 

     実習を始めます         手をしっかり洗いましょう

 

    生地を切り分けます         8個のバターシュガークッペ

 

  ベーコンエピは4個つくります        焼きあがりました

 

  こちらはバターシュガークッペ、右はベーコンエピ、うまくできました

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こたつ

12月に入り、もうこたつを使っている家庭も多いと思います。こたつ(炬燵、火燵)は、皆さんにも馴染みの日本の暖房器具。床や畳床等に置いた枠組み(炬燵櫓、炬燵机)の中に熱源を入れ、外側を布団等で覆って暖かくします。熱源は枠組みと一体になっているものと、そうでないものがあり、かつては点火した木炭や豆炭、練炭を容器に入れて用いていましたが、現在は電気装置(電気こたつ)が多くなっています。現在は冬場の暖房器具としてだけではなく、夏期にはこたつ布団を外し、テーブル卓代わりとして通年利用されることが多くなっています。そのため暖房器具ではですが、通年商品となっています。形の主流は正方形から長方形になりつつあり、ごく最近に人気の出てきた一人用のミニコタツなどは正方形となっています。現在は大手メーカーは電気炬燵を生産しておらず、中小のメーカーが数多く参入しています。47都道府県のうち、山梨県が最もこたつの所有率が高く、一方北海道が最もこたつの所有率が低く、北海道では、近年オイルヒーター、パネルヒーターなどを利用することが増えています。こたつ布団の上には、四角い天板(こたつ板)を置くことが多くなっています。この板は食卓代わりに宿屋等で使われ始め、家庭に広まったとみられ、1960年頃から家庭でも一般化しました。以前は天板の裏がラシャ張りになっており麻雀卓として利用されていましたが、麻雀人口と正方形のこたつがともに減少したため、このような天板は稀になりました。

    

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12月の風景

 今年もあとひと月となりました。12月に入り、寒さが一段と厳しくなってきました。12月はグレゴリオ暦で第12の月(最後の月)に当たります。日本では旧暦12月を「師走」、「師馳」(しわす・しはす)又は「極月」(きわまりづき・ごくげつ・ごくづき)と呼んできました。今では「師走」及び「極月」は、新暦12月の別名としても用いられています。十二月を師走とした一番古い文献は、『日本書紀』の桓武天皇紀で「十有二月」と書いて「しわす」と読ませています。語源については、『奥義抄』によると、十二月は僧を迎えてお経を読ませるので、僧が東西に忙しく走り回ることから「師走り月」。また、『類聚名物考』では、春夏秋冬四季のおしまい、つまり「四季はつる月」からきているとしています。英語での月名、December(ディセンバー)は「10番目の月」の意味で、ラテン語で「第10の」という意味の「decem」の語に由来しています。 実際の月の番号とずれているのは、紀元前46年まで使われていたローマ暦が3月起算で、3月から数えて10番目という意味です。寒さだけではなく、風邪やインフルエンザの流行る季節となりました。うがい・手洗いをこまめにおこない、マスクを着用しましょう!

   

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修学旅行報告(3・4日目)

 3日目は各民宿での活動。風が強く、農作業などは大変? 先生方はそれぞれ自転車で生徒のようすを見たり、島の各地を訪問したりします。伊江島は周囲22kmほどのそれ程大きくない島なので、軽く自転車で1周出来そうと思いましたがとんでもない間違いで、アップダウンが多く、風も強くて何度も自転車が前に進まない! 北部の湧出展望台までふつう40分くらいのところを1時間以上もかかり、へとへと・・・。生徒たちは民宿の方に連れられて雄大な沖縄の海を満喫していました。

 

 

 

 4日目、最終日は伊江港で離村式。民宿の人に教わった沖縄舞踊を披露してお別れです。12時過ぎに那覇空港に到着し、2時5分の飛行機で一路羽田へ。羽田には予定通り4時25分に到着し、出口を出て解散しました。4日間、天気は曇りがちでしたが、多くの生徒は元気一杯で沖縄を満喫していました。怪我をした生ともいましたが体調不良者はほとんど出ず、全員が健康に気を使っていました。生徒たちは埼玉県では経験、感じ取れない沖縄を体験し、今後の生活に活かしてくれるものと思いました。

 

 

 

 

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修学旅行報告(1・2日目)

 11月26日(火)から11月29日(金)まで3泊4日の行程で2年生が修学旅行に行って来ました。まず、1日目・2日目のようすをお知らせします。
 集合は26日(火)羽田空港第2ターミナルに8時30分。少し遅れてきた者もいたので先行きやや不安? 

       

 何とか全員そろって飛行機に乗ることが出来ました。10時35分に羽田を出発して13時30分に那覇空港に到着。羽田では肌寒さがありましたが、曇りがちでも那覇は暖かい! この日はまず沖縄平和祈念資料館を訪問し、多くの人々が先の戦争で亡くなったことを実感し、戦争の悲惨さを改めて感じました。

 
 

 次にめゆり資料館を訪問し、学校でみんなで折った千羽鶴を捧げました。その後、宿舎のホテルに移動し、2日目以降の日程を確認して午後10時30分に就寝。ホテルではアイスを購入する生徒がたくさんいました。 

 
 

       

 2日目はまず恩納村の御菓子御殿を訪問。紅いもタルトをはじめとするスイーツをお土産として購入し、次に美ら海水族館を訪問。ジンベイザメなど多くの魚のようすを見ました。

 

 

 

 その後、本部港からフェリーに乗り伊江島へ。伊江島では23の民宿で民泊体験をします。入村式の後、各民宿の送迎者に乗って2泊目、3泊目を過ごしました。

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蜜柑(みかん・ミカン)

 この時期、八百屋さんやスーパーの食品売り場の店頭を彩るのがミカン。蜜柑(みかん・ミカン)と言えば、ウンシュウミカン(温州蜜柑)を指すことが一般的で、さまざまなな栽培品種があり、食用として利用されています。その生産量は、和歌山県、愛媛県、静岡県が年間10万トン以上と多く、栽培は温暖かつ日当たり、風当たり、水はけが良い斜面の地形が条件であり、主な産地のほとんどが太平洋や、瀬戸内海に面した沿岸地となっています。近年は、保存技術の向上と共にビニールハウスや温室で栽培されたハウスみかんも多く流通し、ほぼ一年中目にすることが出来ます。ハウスみかんでは佐賀県、愛知県、大分県などが主産地となっています。柑橘の原種は、3000万年前のインド東北部のアッサム地方近辺を発祥とし、さまざまな種に分化しながらミャンマー、タイ、中国等へ広まったとされています。ミカンの美味しさは、含まれている糖と酸の量・バランスやホロの薄さなどによって決まります。糖度が高いことは重要ですが、酸の量も同様に味の決め手になります。生食されることが多く、内皮を丸ごと食べる人と食べない人で個性も分かれます。また、むき方も「へそ」からむく方法と、へたからむく方法と、刃物で切る方法とさまざまです。他に北陸地方、東北地方、九州地方など地域によっては焼きミカンといって焼いて食べる所もあります。また凍らせて冷凍みかんにしたり、お風呂に入れて食べたり、下記のように用途に応じて様々な加工品も作られている。ミカンの全生産量の約2割はジュースや缶詰に加工されています。食物繊維として含まれるペクチンには、整腸作用の他、消化酵素のひとつである膵リパーゼの働きを阻害する作用があります。これを食前に摂取することにより食物中に含まれる脂肪の吸収を抑制することができます。またシネフリンには体脂肪を減らす効果が高く、特に熟していない青い果実に多く含まれています。

 

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世界キャラクターさみっとin羽生

 11月23日(土)、24日(日)、世界キャラクターさみっとin羽生が羽生水郷公園で開催されました。今年で10回目となります。本校では、農産物の販売とボランティアで多くの生徒と先生が参加しました。今日は朝から雨で地面はぬかるみ、とても歩きづらい! 開会式のキャラクターの集合も中止となりましたが、多くの方々が朝早くから訪れ、キャラクターとの触れ合いを楽しんでいました。

 

 

 

※ 下の2枚の写真は昨年度のもの

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新嘗祭(にいなめさい)

 新嘗祭は、古くから天皇がその年に収穫された新穀や新酒を、天照大神をはじめとする天地の神に供え、農作物の恵みに感謝し、自らも食す儀式でした。律令制度のもと、11月の2番目の卯の日に新嘗祭を行うことになっており、天皇が即位した最初の新嘗祭を大嘗祭と呼び天皇の即位を天下に知らしめる大きな祭典となっています。新嘗祭がいつ頃から行われていたかははっきりとしないのですが、日本書紀で皇極天皇元年(642)11月16日に新嘗祭の記述があるのが文献に出てくる最初です。この日の干支は丁卯にあたり、すでにこの時代に11月の2番目の卯の日が新嘗祭と確立していたようです。明治以降、新嘗祭は11月23日に定められ国民の祝日となります。そして昭和23年より勤労感謝の日と名を変え「勤労をたっとび、生産を祝い、国民がたがいに感謝しあう」日として国民にすっかり定着した祝日となっています。本来、この新嘗祭は宮中だけで行われていた儀式ではなく、一般民衆の間でも新しい穀物を神に供え、それを食べて収穫を祝う習慣がありました。「風土記」や「万葉集」にもその様子が描かれており、現在も年迎え的な行事として、能登半島の「あえのこ」や関東地方で行われている「十日夜」が残っています。

  

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