平成29年度~校長室

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すずめ

 春になると鳥の鳴き声も耳に心地よく感じることが増える気がしなすが、今日取り上げるのは日本各地に生息し、昔話や童謡、俳句などにも登場し、私たちの身近にいるすずめ。すずめは収穫期に稲を荒らすことから害鳥とみなされることもありますが、春から夏は稲につく有害な虫を食べてくれます。ちゅんちゅんと鳴きながら落ち着きなく飛び回る姿は愛らしくもあり、暖かな日差しを浴びて無邪気に遊んでいるかのように見えます。すずめは古事記や日本書紀にも登場します。その頃から「雀」と漢字で書き、スズメ、スズミなどと呼ばれていたようです。名前の由来としては、鳴き声から転じて「スズメ」になったとする説と、小さいという意味の「スズ」と、鳥を意味する「メ」がくっついて「スズメ」となったとする説などがあります。漢字の「雀」は「尾の短い小鳥」を表しているそうです。すずめの昔話で有名なのは「舌切りすずめ」ではないでしょうか。おばあさんに舌を切られて追い出されたすずめを、おじいさんが「すずめ、すずめ、お宿はどこだ」と探しに行きます。絵本などに描かれているお宿は竹藪の中ですが、実際にすずめは繁殖期が終わると巣を離れ、群れとなって竹藪や芦原などをねぐらにします。その後の展開はご存知のとおり。また、「すずめとキツツキ」の話も設定やストーリーにいろいろなバリエーションがあるものの定番の昔話です。昔、すずめとキツツキは姉妹で、ある日、離れて暮らす親が重病という知らせを受けました。すずめは地味な普段着のまま大急ぎで駆け付けましたが、キツツキはきれいな着物の用意を優先し、死に目に会えませんでした。それを見た神様が、親孝行のすずめには米を食べることを許し、キツツキにはきれいな姿をしていても木の中の虫しか食べられないようにしたというお話です。これらの昔話には、人としての教えと、すずめに対する温かいまなざしが感じられますね。小林一茶の「すずめの子 そこのけそこのけ お馬が通る」という句にも、一茶の優しさが感じられます。「すずめの子」は春の季語にもなっています。冬のすずめを見ると、まん丸くふくらんでとてもかわいらしい姿をしています。全身の羽根毛に空気を入れてふくらませて、寒さをしのいでいるのです。このふくらんだ姿のすずめを「ふくらすずめ」と呼び、「福良雀」「福来雀」と書いて縁起の良いものとされています。このふくらんだすずめの形を正面にして、羽根を広げた形を図案化したものが、着物や帯の柄に使われてきました。幸福に恵まれることを願って、子どもの着物や成人式、結納などのときの着物に多いようです。また、「ふくらすずめ」という伝統的な帯結びにもなっていて、振り袖などの帯結びとして用いられています。っくらとした丸みのあるお太鼓と左右に広がる羽根がかわいらしく豪華ですね。
「すずめ」が登場する慣用句もいろいろあります。
「竹にすずめ」:取り合わせの良いもののたとえ。
「すずめの涙」:ごくわずかなもののたとえ。
「すずめ百まで踊り忘れず」:人が幼いときに身に着けた習慣は、年をとっても直らない。
「すずめの千声鶴の一声」:つまらないものの千の声より、優れたもののひと言の方が勝っている。
「すずめの糠喜び」:喜んだのに当てがはずれること。すずめが籾を見つけて喜んだけれど、米はなくて糠ばっかりだったのでがっかりしたという意味から。
「鷹の前のすずめ」:身がすくんでどうすることもできないことのたとえ。
小さいものは軽んじられるのか、縁起が良いとされるすずめも「竹にすずめ」以外はあまりうれしくない内容のものが多いですね。
 繁殖期にあたる春から秋に、すずめたちは巣を作って、産卵・子育てを始めます。ツバメのように人の近くに巣を作ることが多いので、すずめの子育てを見る機会もあるかもしれません。時々、巣から落ちたのか落とされたのか、すずめの子が地面に落ちていることがあります。けがをしていることもあるかもしれません。かわいいし、かわいそうだしとつい手を差し伸べたくなりますが、現行法では連れて帰って飼ってはいけないことになっています。野鳥の卵の採取や雛の捕獲は禁止されていますので、すずめの子もその対象です。保護した場合は、都道府県の鳥獣保護担当係へ相談してください。

 

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ホワイトデー

 明日はホワイトデーです。日本でバレンタインデーが定着するに従い、何かお返しをという風潮が高まり、お菓子業界では「お返しの贈り物」としてさまざまな商品のキャンペーンを個々に開くようになりました。そこで販売促進に結びつけ全国飴菓子工業協同組合が「ホワイトデー」として催事化し、1980年にスタートしました。飴の材料である砂糖が白色だったため「白=ホワイト」から「ホワイトデー」と命名されました。また、福岡市にある「石村萬盛堂」が最初にマシュマロデーとしてホワイトデーを発案したという説もあります。石村萬盛堂とは、福岡市民にはおなじみの「銘菓鶴乃子」黄味餡をふんわりマシュマロでくるんだ独特の形を した和菓子で有名な老舗の和菓子屋さんです。マシュマロとは元来、フランスにおいてmarsh(沼地、湿地)に群生するmallow(あおい属の植物)の根からとれる粘りのある汁に卵白や、砂糖を加え味付けし、軽い泡がたつまで撹拌混合して作られた薬用食品に由来しています。マシュマロの歴史は古来エジプトにあり、元々は王族や紙の食べ物として扱われていた貴重なものでした。19世紀前半から半ばにかけてフランスやドイツの菓子職人によって近代のマシュマロができあがりました。他の菓子にはみられないマシュマロの独特な弾力と感触は、その軽い風味と合わせ、今では世界中の多くの人々に愛され親しまれています。もちろん今はマシュマロの樹脂が大量に取れるわけではないので、樹脂に変わってゼラチンや卵白が使われています。特にアメリカにおいては、チョコレートやキャンディーと同じようにたくさん売られていますが、日本と違うのは、焼いて食べるのが多いことです。いづれにしても甘いものが食べられる機会が増えるのはいいですね。

   

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ツクシ(土筆、スギナ)

 ツクシ(スギナ)は シダ植物のトクサ植物門トクサ科トクサ属の植物で、春にツクシ(土筆)と呼ばれる胞子茎(または胞子穂、胞子体)を出し、胞子を放出します。薄茶色で、「袴(はかま)」と呼ばれる茶色で輪状の葉が茎を取り巻いていて、丈は10~15cm程度です。夏には、ツクシとは全く外見の異なる栄養茎を伸ばします。地下茎を伸ばして繁茂し、栄養茎は茎と葉からなり、光合成をおこないます。鮮やかな緑色で丈は10~40cm程度で、主軸の節ごとに関節のある緑色の棒状の葉を輪生させます。上の節ほどその葉が短いのが、全体を見るとスギの樹形に似て見えます。生育には湿気の多い土壌が適していますが、畑地にも生え、難防除雑草です。なお、胞子体(土筆)の穂を放置すると、緑色を帯びたほこりの様なものがたくさん出て来ます。これが胞子です。顕微鏡下で見ると、胞子は球形で、2本の紐(4本に見えるが実際は2本)が1ヵ所から四方に伸びています。この紐は湿気を帯びると瞬時に胞子に巻きつき、乾燥すると広がります。また、「ツクシ」は春の季語でもあります。語源はスギナにくっついて出てくる事から、「付く子」、袴の所でついでいる様に見える事から、「継く子」となった説が有力です。「つくしんぼ、つくしんぼう」(土筆ん坊)とも呼びます。土から出てきた胞子茎は、伸びきる前は先端まで「袴」に覆われており、その形状が「筆」に似ていることから「土筆」という字を当てられるようになったものと考えらています。 「土筆(つくし)」は春の山菜としても親しまれています。袴を取って茹でて灰汁を抜き、だしで軟らかく煮たり、佃煮にしたりして食用とします。

  

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卒業証書授与式

 本日、第72回卒業証書授与式をおこないました。新型コロナウイルス対応のため卒業生と教職員のみでの、例年とは違った形で野卒業証書授与式となりました。9時40分より始まった式では147名の生徒が卒業し、新たな社会へと巣立っていきました。卒業生の前途に輝かしい未来があることを祈念します。

 

  

 

 

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東日本大震災の記憶

 明日は思い出したくはありませんが、思い出さずにはいられない東日本大震災のあった日です。2011年(平成23年)3月11日(金曜日)14時46分18秒に、宮城県牡鹿半島の東南東沖130kmを震源とする東北地方太平洋沖地震が発生しました。地震の規模はモーメントマグニチュード (Mw) 9.0で、発生時点において日本周辺における観測史上最大の地震です。 この地震により、場所によっては波高10m以上、最大遡上高40mにも上る巨大な津波が発生し、東北地方と関東地方の太平洋沿岸部に壊滅的な被害が発生しました。また、巨大津波以外にも地震の揺れや液状化現象、地盤沈下、ダムの決壊などによって、北海道南岸から東北を経て東京湾を含む関東南部に至る広大な範囲で被害が発生し、各種インフラが寸断されました。一昨年9月10日時点で、震災による死者・行方不明者は18432人、建築物の全壊・半壊は合わせて402704棟が公式に確認されています。震災発生直後のピーク時においては避難者は40万人以上、停電世帯は800万戸以上、断水世帯は180万戸以上等の数値が報告されています。復興庁によると、2018年2月13日時点の避難者等の数は約73000人となっており、避難が長期化していることが特徴的です。日本政府は震災による直接的な被害額を16兆円から25兆円と試算しており、この額は被害が大きかった岩手・宮城・福島の3県の県内総生産の合計に匹敵します。世界銀行の推計では、自然災害による経済損失額としては史上1位としています。 高校生の皆さんは、この時小学生だったと思いますが、身の回りはいかがだったでしょう? 地震後、さまざまな問題・課題が起こり、現在も解決できないものも多々あります。1月17日の「阪神淡路大震災の記憶」の時にも記しましたが、災害は起こってほしくありませんが、いつ何が起こるのかわからないのも事実です。さまざまな場面に対応できるよう、ふだんから準備、対応の検討はしておきましょう!

 

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