平成29年度~校長室

平成29年度~校長室

寒露(かんろ)

 今日は寒露です。寒露とは、晩夏から初秋にかけて野草に宿る冷たい露のことを指し、秋分から数えて15日目ごろになります。秋の長雨が終わり、本格的な秋の始まりになります。この頃になると五穀の収穫もたけなわで、農家では繁忙を極めます。梅雨が冷たい空気と接し霜に変わる直前で、紅葉が濃くなり、燕などの夏鳥と雁などの冬鳥が交代される時期でもあります。この頃は、大気の状態が安定して空気が澄んだ秋晴れの日が多くなります。夜には月も美しく輝いて見えます。寒露の頃になったら、空を見上げてみてはいかがでしょう。これまでと違った、秋の清々しさと趣を感じる空に出会えるはずです。

 

0

月うさぎの話

 何気なく見上げた夜空。輝く月......ただ、それを眺めているだけで心が和んできます。でも、そんな時ふっと思い浮かぶのが「月うさぎ」。月でお餅をついているという、あの月うさぎです。でも「月うさぎ」ってどれ? なぜ月にうさぎがいるのでしょう?  月の模様の黒い部分は「海」と呼ばれる低地。その黒い部分で「餅をついているうさぎ」の姿を見立てます。こうして見ると...確かに月うさぎはお餅をついています。意外と知らない月うさぎ伝説。月うさぎ伝説にも諸説ありますが、一般的に言われているのは次のようなお話です。『昔、あるところにうさぎときつねとさるがおりました。ある日、疲れ果てて食べ物を乞う老人に出会い、3匹は老人のために食べ物を集めます。さるは木の実を、きつねは魚をとってきましたが、うさぎは一生懸命頑張っても、何も持ってくることができませんでした。そこで悩んだうさぎは、「私を食べてください」といって火の中に飛び込み、自分の身を老人に捧げたのです。実は、その老人とは、3匹の行いを試そうとした帝釈天(タイシャクテン)という神様。帝釈天は、そんなうさぎを哀れみ、月の中に甦らせて、皆の手本にしたのです。』これは、仏教説話からきているお話です。また、このお話には続きがあり、『うさぎを憐れんだ老人が、その焼けた皮を剥いで月に映し、皮を剥がれたうさぎは生き返る』という説もあります。だから、月の白い部分ではなく、黒い部分がうさぎなのです。では、なぜ餅をついているのでしょうか?「うさぎが老人のために餅つきをしている」とか「うさぎが食べ物に困らないように」という説がありますが、中秋の名月が豊穣祝いであることを考えると、たくさんのお米がとれたことに感謝する意が込められているようです。

  

0

体育祭


 本日、体育祭を実施しました。朝から雨が降り続けていましたが、午後から晴れるという予報で、まず体育館で大縄跳びを実施し、10時半すぎよりグラウンドに出て競技。開会式は1時間以上遅れての開始となりました。昨日の予行では綱引きで優勝した3年4組が得点でトップでしたが、3年1組が各競技に安定して得点を挙げ優勝、2位は2年5組、3位は3年4組でした。なお、最後の種目1000mリレーでは、教員チーム2チーム参加し、2年と3年のリレーに出て盛り上げました。気温もそれほど上がらず午後はいい条件で実施でき、大きな怪我もなく、生徒のやる気が感じられた体育祭だったと思います。応援に来た多くの保護者の皆様も子どもたちのがんばりに満足していただけたと思います。

 

   まずは体育館で大縄跳び        これよりグラウンドでの競技

 

     男子200m走            女子80m走

 

     二人三脚リレー         うちのクラスはどうかな?

 

      電卓計算リレー           今の得点は?

 

  放送部もがんばっています!         一輪車レース

 

    男女7人スウェーデンリレー         ハリケーン

 

 いよいよ大洲目、うちのクラスは?  男女1000mリレー、スタート!

   

       閉会式           みんなでがんばりました!

0

体育祭予行

 本日、体育祭予行をおこないました。体育館に集合して、まず準備体操。その後綱引きをおこないました。特に気合の入っていたのは3年生。最後の体育祭とあって力の入れようがすごかったと思いました。優勝したのは3年4組。優勝決定の決勝3本目は3年生のプライドと意地が出た結果かと思います。2位は健闘した1年1・2・3組。来年が楽しみです。3位は2年5組、4位は3年1組が入りました。その後、全員で体育祭に向けた取り組みのようすをスライドで鑑賞しました。一生懸命頑張っている姿は素晴らしい! 午後は体育委員と運動部の生徒を中心に明日の準備。明日が体育祭本番です。天気が少し心配ですが、生徒のパワーで雨を吹き飛ばしてもらえればと思います。

 

  これから体育祭予行をおこないます     まずは全員で準備運動

 

    まもなく競技開始です         準備はいいかあ?

  

   腰を落として(1年生)        全員で力を合わせ(2年生)

 

   心をひとつに(3年生)         仲間にエールを!

 

     優勝は3年4組!       みんなで振り返り。明日もがんばろう!

0

10月の風景

 10月は旧暦で神無月(かんなづき)と呼ばれます。「かみなづき」「かむなづき」とも言います。でも、あるところでは「神在月」(かみありつき)と逆の意味で呼ばれています。さて、それはなぜでしょうか? それは、かつて10月が全国の八百万の神様が一部の留守神様を残して出雲大社(島根県出雲市)へ会議に出かけてしまうと考えられてきたからです。その為、神様が出かけてしまう国では神様がいないので「神無月」、反対に出雲の国(島根県)では神様がたくさんいらっしゃるので「神在月」という訳です。秋の深まりとともに、野山が少しずつ赤や黄色で彩られる季節になりました。その彩りに誘われて出かけてみてはいかがでしょう? 空気も食事も景色も美味しくて、日本の秋に感謝したくなりますね。

 

0

衣替え

 今日から衣替えです。「衣替え」は、10月1日を目安に夏服から冬服へ、6月1日を目安に冬服から夏服へと替える風習です。でも考えてみると、どうして一斉に服を替えるようになったのでしょう? 衣替えは、平安時代に中国から伝わった習わしで、宮中行事として、年に2回衣を替えるようになりました。当初は「更衣(こうい)」といいましたが、女官の役職名に用いられるようになったため、「衣更え(衣替え)」と呼ばれるようになりました。江戸時代になると着物の種類が増えたため、気候に合わせて年に4回衣替えをするよう、武家社会で定められました。これが庶民にも広がっていきました。明治時代に洋服が取り入れられると、役人や軍人などが制服を着るようになり、暦も新暦に変わったため、夏服と冬服を年に2回替えるようになりました。すると、学校や家庭にも衣替えの意識が浸透し、現在に至っています。制服の場合は、ある一定の組織や集団に所属する者が着用するように定められている服装なので、一斉に衣替えをするのも道理です。とはいえ、地域によって気候風土が違うので、衣替えの日程を調整したり、春・秋用の合服を採用したりしながら、衣替えを実施しています。家庭の場合は、衣替えの日を目安に季節に合わせた衣服を着用するようになりました。その背景には、日本ならではの感性があります。日本人は、古来より、服装というのは自分のためだけのものではないと考え、着ている服が周りの人に与える影響も考慮しながら暮らしてきました。特に、大事にしてきたのが季節感で、季節を先取りするのは良いけれど、過ぎた季節をひきずるのは野暮なこととされてきました。たとえば、10月1日に全てを冬物にする方はほとんどいないと思いますが、10月に入ったら、秋らしい装いを心掛けるようになりませんか。Tシャツでも、いかにも涼しげな夏の絵柄ではなく、秋らしい色柄にしたほうが馴染むでしょう。「秋らしい」、「春っぽい」と言うのは褒め言葉ですが、その季節に合わないと、「暑苦しい」、「寒々しい」などと言うように、何気ない一言からも、私たちが日ごろから季節感を意識していることに気付きます。ですから、季節に応じた装いができるよう、家庭でも10月1日を目安に夏物と冬物を入れ替えるようになったのです。このように、衣替えには日本の感性が息づいており、衣替えを通じて衣服の季節感を養ったり、衣服の手入れ・管理・整理整頓のしかたを身につけたりしてきました。暮らしの行事は季節の巡りとともに繰り返されるので、子ども達にとっては、大変意義のある「行事育」でもあるのです。今は合理的な収納のおかげで、服の入れ替えをしない家庭もあります。また、エアコンが整っているので、1年中同じような格好の方もいます。しかし、衣替えには日本人が育んできた季節感や文化があるということを、忘れないでいて欲しいと思います。

 

0

秋の深まり

 朝の最低気温が20°を下回り、お彼岸が過ぎ、夜の時間が昼よりも長くなりました。1か月前は6時頃だった夕暮れも5時半頃になり、夕方になると虫の鳴き声が響きます。朝夕ずいぶんと涼しくなり、日中は気温の高い日もありますが、空の色は8月までとは違うように感じます。早いもので9月も終わりに近づき、10月を迎えようとしています。10月は生徒の楽しみ?にしている体育祭や文化祭があり、活躍の場が広がります。スポーツの秋、食欲の秋、読書の秋、収穫の秋など、さまざまな秋が喜びを与えてくれます。皆さんはどのような秋を楽しみますか?

 

 

 

0

学校説明会

 本日、今年度1回目の学校説明会を実施しました。朝から曇っていますが、気温は低めで過ごしやすく感じます。9時からの説明会に160名ほどの中学生・保護者の方に参加をしていただきました。説明会では学校全体や入試に関すること、商業科・農業科の説明をおこない、その後、希望者ごとに体験講座(商業系で簿記・総合実践、農業系で果樹の講座、グリーンライフ)、施設見学、個別相談に参加していただきました。中学生や保護者の方々に本校を知ってもらうよい機会とすることができました。

 

     受付を始めます        駐車誘導は野球部の生徒が担当

 

    全体会・商業科の説明        全体会・農業科の説明

 

      講座:簿記             講座:総合実践

 

講座:グリーンライフ(いがまん作り)   講座:果樹(なしの収穫等)

0

金木犀(きんもくせい)

 最近近くを通ると、ふいに香ってくる甘い香りで「あ、金木犀が咲いているな」と気がつくことがあります。金木犀は、その姿より先に香りで気づかれるほどの豊かな芳香が特徴です。金木犀はモクセイ科モクセイ属の常緑小高木樹で、9月下旬から10月上旬に小さなオレンジ色の花をたくさん咲かせます。高さは3~6mに育ち、刈り込んで垣根にもできるので、庭先や公園などでもよく見かけます。特徴は何といってもその香りで、梔子(くちなし)、沈丁花(じんちょうげ)とともに「三香木(さんこうぼく)」と呼ばれています。金木犀と沈丁花の香りはよく似ていますが、春先に香るのは沈丁花、秋の訪れとともに香るのは金木犀です。金木犀の花ことばは、「謙虚、謙遜」「真実、真実の愛」「初恋」「陶酔」。その香りのすばらしさに比べて、花が控えめなところから「謙虚、謙遜」。また、金木犀の香りは甘くて官能的なところから「陶酔」という花ことばもぴったりです。一度嗅ぐと忘れられないような芳香は「真実の愛」「初恋」にも通じるものかもしれませんね。金木犀の香りはリラックス効果が高く、不安感やイライラを鎮めてくれるそうです。金木犀の香りは、合成されてトイレ用消臭剤にも使われたので、そのイメージが強いのが少し残念ですが、本物の花の香りはやさしく心が落ち着きます。金木犀は中国原産で、中国ではモクセイの花を「桂花(けいか)」と呼びます。原産地として地名の由来にまでなっている「桂林」の桂花樹は有名です。奇岩がそそり立ち水墨画のような風景で知られる漓江(りこう)のまわりにもたくさん植えられています。金木犀は、花は咲くものの実がなりません。金木犀には雄株と雌株があり、日本に伝えられたのが金木犀の雄株ばかりだったためといわれています。名前の由来は、樹皮が動物のサイ(犀)の皮に似ていて、金色の花を咲かせるからと言われています。いつ頃から木犀と呼ばれたのかはわかりませんが、その当時サイをどこでみたのかなぁと不思議な気持ちになります。

 

0

おはぎ・ぼたもち

 お彼岸のお供えものの定番といえば「おはぎ」や「ぼたもち」。いずれも、もち米とうるち米を混ぜて炊き、適度につぶして丸めたものを小豆あんで包んだ和菓子ですが、季節によって呼び名や作り方が変わります。その違いを比べてみると・・・春に咲く牡丹の花にちなみ、春は「ぼたもち」といい、「牡丹餅」と書きます。牡丹は大きくて丸い花。そこで「ぼたもち」は大きめで丸い形に作ります。材料となる小豆は秋に収穫されるので、冬を越した春は、固くなった小豆の皮を取ってこしあんにして使っていました。だから「ぼたもち」はこしあん。一方、秋は萩の花にちなんで「おはぎ」といい、「御萩」と書きます。萩は小さくてやや細長い花。そこで「おはぎ」は小ぶりで俵の形に作ります。材料となる小豆は秋に収穫されます。とれたての小豆が使える秋は、皮ごと使った粒あんを使っていました。だから「おはぎ」は粒あん。現在は、こうした違いにこだわらないものが多くなりましたが、本来は春と秋で区別していたのです。粒あんを使った「おはぎ」は意外と簡単に手作りできますので、ご先祖様に思いを馳せながら「手作りおはぎ」に挑戦してみませんか?

  

0

今日は開校記念日


 今日は開校記念日で、生徒たちはお休み。朝からさわやかな風が吹き、気温は30°近くまで上がりそうですが、秋の気配を校内のいたるところで感じられます。部活動もウエイトリフティング部、バドミントン部、ソフトテニス部の女子、吹奏楽部が活動している程度で、校内は静かです。
 100年前のこの日、羽生実業高校は農業学校として開校し、その後商業科を加え、戦後県立に移管し、学科を変遷させながら、現在はビジネス会計科、商業科、情報処理科、園芸科、農業経済科の5学科で運営しています。来月は体育祭、文化祭があり、生徒の活躍の場面が多くなります。今週はその前の静かさといった感じがあります。

 

 

0

吹奏楽部ミニコンサート

 一昨日、館林市のアゼリアモールで本校のブラスバンド部がミニコンサートをおこないました。今回のコンサートは引退する3年生が是非おこないたいという要望があり、実現しました。ブラスバンド部は現在7名と少人数で、3年生が5人と引退すると活動が厳しくなりますが、みんなで仲良く練習に励んでいます。この日は11時と14時の2回のコンサートを実施予定で、11時のコンサートに参加しました。多くの来場者があり、生徒たちは緊張しながらもしっかりと演奏ができました。

 

 

 

0

お月見

 空が澄み、お月見にぴったりの時季となりました。お月見といえば「十五夜」の「満月」を思い浮かべますね。十五夜とは本来は満月のことですから、年に12回または13回めぐってきます。中でも旧暦の8月は1年の中で最も空が澄みわたり月が明るく美しいとされていたため、平安時代から観月の宴が開催され、江戸時代から収穫祭として広く親しまれるようになり、十五夜といえば旧暦の8月15日を指すようになりました。しかし、十五夜には思わずびっくりの秘密があるのです。旧暦の十五夜を新暦に置き換えて、9月15日と思っている方も多いでしょう。しかし、月の満ち欠けを基準にしていた旧暦と、太陽の動きを基準にしている現在の暦にはズレが生じます。そのため、実際には毎年9月中旬~10月上旬の間に旧暦の8月15日がやってきます。これだけ幅があると何かと大変なため、十五夜関連の行事を毎年9月15日に固定化している場合もありますが、正確には違うのです。ところで、十五夜は満月だと思い込んでいませんか? 実は1~2日ずれることが多いのです。これは月と地球の公転軌道の関係で新月から満月までの日数が14日間~16日間と日数に差があり、満月になるまでの日数が違うため。十五夜が満月にあたるとは限りませんが、十五夜にお月見をするのが習わしです。また、十五夜を「ちゅうしゅうのめいげつ」と言いますが、「中秋の名月」と書いても「仲秋の名月」と書いても正解。漢字によって意味が違うのです。旧暦の秋は7月・8月・9月。7月を初秋、8月を仲秋、9月を晩秋といいました。つまり仲秋とは8月の別称で、仲秋の名月=8月の名月という意味になります。一方、中秋の名月とは、秋のちょうど真ん中の日を中秋といい、8月15日が中秋にあたります。そのため、中秋の名月=8月15日の名月という意味になり、十五夜のときは中秋の名月と書く場合が多いのです。「中秋の名月・十五夜」はひときわ美しいと言われますが、他にも十三夜、十日夜(とおかんや)のお月見行事があるのをご存知ですか? 十三夜は聞いた事があるけど、十日夜は知らないという方も多いと思いますが、昔からこの3日間が晴れると良いことがあるとされています。十三夜は後日説明します。

 

0

秋分の日

 毎年9月23日頃を「秋分の日」と言い、「祖先を敬い、亡くなった人をしのぶ日」として1948年に法律で制定されました。また秋分の日は、祝日法の上で「秋分日」とされています。秋分の日は春分の日と同様に、昼と夜の長さが等しくなる日です。しかし、春分の日よりも昼の平均気温は10°程高く、まだ夏の気配が残ります。秋分の日を中心とした一週間を「秋彼岸〔あきひがん〕」と言います。各家々では家族そろってお墓参りに行ったり、祖先を供養する「法会〔ほうえ〕」が行われたりします。 元々、農村部では春分の頃に豊作を祈り、秋分の頃に豊作を祝う自然信仰があり、山の神様である祖先の霊を春分以前に山から里に迎え、秋分以降に里から山へ送る儀式が行われていました。しかし、仏教の浸透とともに秋分は「秋の彼岸」として祖先を供養する意味を持ち始めました。明治時代に秋分の中日を「秋季皇霊祭〔しゅうきこうれいさい〕」と定め、宮中において祖先をまつる日となった事がきっかけで、一般市民の間でもそのように定着していきました。秋分(春分)の3日前の日を「彼岸の入り」といい、3日後を「彼岸の明け」と言い、その7日間を彼岸と言います。秋分・春分はその中間に位置するため「彼岸の中日」と呼ばれています。また「彼岸」とは元々仏教用語で「煩悩に満ちた世界から解脱した悟りの世界」を指します。これは、簡単に言えば「亡くなった先祖達の霊が住む世界」のことです。その祖先の霊を供養するために、私たちはお彼岸になると「お墓参り」へ行くようになりました。祖先がいたからこそ現在の自分たちとがいることを忘れてはいけません。

 

0

園児と野菜苗の植え付け

 本日午前、農業経済科環境資源コースの2年生9名が近くのとねの会子ども園を訪問し、園児たちと一緒にブロッコリー、カリフラワー、カブの植え付けをおこないました。朝から青空が広がり、風もさわやかで、絶好の作業日和です。生徒たちは園児たちに植え方や土の盛り方を教えながら、苗と種の植え付けに汗を流しました。皆でがんばったので、作業はあっという間に終わりました。秋が深まった頃収穫が出来そうです。生徒たちも先生役をうまくすることが出来、いい交流になりました。

 

0

お彼岸(おひがん)

 明日は彼岸(ひがん)の入りです。彼岸とは雑節の一つで、春分・秋分を中日とし、前後各3日を合わせた7日間のことです。また、この期間に行われる仏事(彼岸会)のことでもあります。最初の日を「彼岸の入り」、最後の日を「はしりくち」と言います。元々は、煩悩を脱した悟りの境地のことで、煩悩や迷いに満ちたこの世をこちら側の岸「此岸」(しがん)と言うのに対して、向う側の岸「彼岸」と言います。彼岸の仏事は浄土思想に由来します。浄土思想で信じられている極楽浄土(阿弥陀如来が治める浄土の一種)は、西方の遙か彼方にあると考えられていました(西方浄土ともいう)。春分と秋分は太陽が真東から昇り、真西に沈むので、西方に沈む太陽を礼拝し、遙か彼方の極楽浄土に思いをはせたのが彼岸の始まりです。元々は中国から伝わったもので、心に極楽浄土を思い描き浄土に生まれ変われることを願ったもの(念仏)ですが、日本に伝来後いつの間にか法要を営み祖先を祀る行事へと変化しました。806年(大同1年)、日本で初めて彼岸会が行われました。この時、崇道天皇のために諸国の国分寺の僧に命じて「七日金剛般若経を読まわしむ」と日本後紀に記述されています。不思議なことに、彼岸は現在のインド、中国にはみられず、日本固有の行事なのです。そこには日本古来の農耕儀礼や、祖霊崇拝と仏教を結びつけて、親しみやすくし、なんとか人々に仏教を歩ませようとした先人の願いが感じられてきます。また、この時期に咲く曼珠沙華(まんじゅしゃげ)は、秋のお彼岸頃に咲くので彼岸花とも呼ばれます。田舎道の脇に群生していたりしますが,町中でも空き地や家庭の庭等に見かけます。根のところにはリコリンという毒がありますが、この毒は水で何回もさらせばとれるので、昔の人はこの根の部分からデンプンをとって飢饉の際の食料としました。彼岸花はまっすぐな茎の上に花だけをつけます。葉は花が散った後にゆっくり生まれ出ます。韓国名はロマンチックで、サンシチヨと呼び「想思華」と書きます。1本の茎を共有しながら花と葉は決して出会うことはありません。花は葉を想い、葉は花を思い焦がれているから「想思華」という訳です。彼岸花が野や里に朱を散らすと、爽やかな風とともに秋がやってきます。

 

0

放生会(ほうじょうえ)

 放生会は、旧暦の8月15日におこなわれる儀式で、人間が捕えた生き物を放し、自然界に返してあげることにより、殺生つまり生き物を殺すことを戒め、生き物の命の重さを説く仏教の儀式です。仏教の戒律である「殺生戒」を元とし、日本では神仏習合によって神道にも取り入れられていました。収穫祭・感謝祭の意味も含めて、春または秋に全国の寺院や宇佐神宮(大分県宇佐市)をはじめとする全国の八幡宮(八幡神社)で催されています。江戸時代には庶民の間に広まり、放生会の日になると人々は飼っている動物や魚、カメなどを空や川、海、森などに放して自由にしてあげました。但し、動物を飼っていない人も大勢いたので、寺社の境内や門前、川沿いの露店や行商人が逃がしてやるための「放し鳥」や「放しうさぎ」などを売り、わざわざお金を払って、買った鳥やうさぎを川や野原に逃がしたこともありました。人間に捕獲された生き物を自然に戻してあげることで、人々は功徳を積み、家内安全や商売繁盛を期待しました。

 

0

きのこ

 涼しい日もあり、秋がすすんでいるなという空気が漂っています。秋は食欲の秋でもあります。きのこの美味しい季節ですね。一般に流通しているきのこ類は、栽培品が主流ではありますが、それでも秋が旬です。きのこは低カロリーで、ビタミンB群・ビタミンDなどのビタミン類や、カリウムなどのミネラル、食物繊維も豊富。種類もたくさんあり、煮たり、焼いたり、炒めたり、鍋物にもピッタリの秋の食材です。秋のきのこの香り、食感、味わいを楽しみましょう。しめじは、「香り松茸、味しめじ」といわれるように、味の良いことで知られていますが、このしめじは「本しめじ」(シメジ科シメジ属)のこと。アカマツなどに生える希少品で珍重されています。最近になってようやく人工栽培が可能になり、店頭にも並ぶようになりました。一般的に流通している「しめじ」は「ぶなしめじ」(シメジ科シロタモギタケ属)の栽培物です。天然物はブナやトチノキなどの倒木に生えますが、流通量は多くありません。
また、よく似たきのこに「ひらたけ」があります。しめじとして販売されていたこともありましたがヒラタケ科のきのこです。最近は「ひらたけ」として販売されています。ぶなしめじはカサが開きすぎず、ふっくらとして密集しているものを選びましょう。全体的に弾力があり、軸が白く、太めでしっかりしているかどうかも要チェックです。一方、しいたけ(ホウライタケ科シイタケ属)は、日本では鎌倉時代には食べられていたようですが、栽培が行われるようになったのは江戸時代で、生産量が増えるにつれて広まっていきました。明治時代の中頃にはクヌギやコナラなどの丸太に種菌を植える「原木栽培」、昭和中期頃からは、おがくずに米ぬかや小麦ふすまなどを混ぜて作った培地に植えて育てる「菌床栽培」が始まり、現在もこの2種類の栽培法が用いられています。

 

 

0

敬老の日

 敬老の日は、聖徳太子が現在の大阪市に悲田院(ひでんいん)という身よりのない老人や病人を収容する救護施設を設立したと伝えられる日にちなむものです。現在の敬老の日は1954年(昭和29年)に「としよりの日」として設けられたのが始まりです。この呼び方に各界から異議が起こり「老人の日」に。そして1966年(昭和41年)に現在の「敬老の日」と改められ国民の祝日となったのです。ちなみに、英語では敬老の日を「Respect for the Aged Day」、「敬老」は「respect for the elderly [aged]」と言います。ところで、長寿のお祝いは数え年で61歳(満60歳)になる還暦からお祝いするのが習わしとなっています。60歳は人生で5回目の年男、年女になる年。生まれた干支に還って赤ちゃんに戻るという意味で、赤いチャンチャンコとずきんを送るというのがしきたりでした。超高齢化社会に向かっていますが、やはり場面によっては年配者(年寄り)の知恵が欠かせないことも多々あります。若いと思っているみなさんもいずれは年寄りに・・・。敬うことを忘れなければそうなった時に敬われるはずです。

 

0

コスモス(秋桜)

 明日9月14日は「コスモスの日」です。2月14日のホワイトデーから半年たった恋人同士が、コスモスを添えたプレゼントを交換して愛を確かめ合う日と言われています。コスモスの和名は「秋桜(あきざくら)」という、いかにも日本らしい名前ですが、実は明治のはじめごろに渡来した外来種です。容易に栽培でき、丈夫で手間がかからないので、明治の末には全国的に広まったようです。原産地はメキシコなので、栄養分が少ない乾燥した土地を好みます。水やりや施肥をする必要がないので、園芸初心者にもおすすめです。在来種は白、ピンク、赤の3種類ですが、今では品種改良により、黄色や黒(チョコレート色)など、さまざまな種類のコスモスも増えています。夏の早咲きから秋の遅咲きまで、咲く時期もいろいろですが、「秋桜」の名の通り、秋の季語です。花言葉は「調和」「謙虚」「美麗」。群生が似合う花に似つかわしい花言葉です。 「コスモス」の語源は、ギリシャ語の「kosmos」に由来します。これは、「秩序」「美しい」「調和」などを意味します。宇宙を、統一された調和のとれたシステムととらえる時に、「コスモス」という使い方をします。「カオス(混沌)」の対義語であるといえば、わかりやすいかもしれません。宇宙は「コスモス」以外にも、「スペース」や「ユニバース」とも呼ばれます。「スペース」は、空間としての宇宙、「ユニバース」は、観測できるすべてを含めた宇宙を表します。「コスモス」という呼び方は、どちらかといえば思想的・哲学的なニュアンスが含まれます。一方、群生で咲いていることが多い花のコスモス。同じ時期に、同じくらいの高さで、整然と咲く様子は、まるで秩序だった宇宙のシステムのように見えるのでしょうか。宇宙と花。意外なところでつながっていました。 コスモスは外来種なので、和名が「秋桜」であっても、それを「コスモス」とは読みません。「秋桜」と書いて「あきざくら」と読みます。逆に、日本に古くからある「女郎花(おみなえし)」や「百日紅(さるすべり)」などは、当て字の漢字があり、古くは万葉集や古今集などでも詠まれています。では、なぜ「秋桜」と書いて「コスモス」と読むようになったのでしょうか。それは、昭和52年に山口百恵さんが歌った「秋桜」という歌謡曲が大ヒットしたからなのです。嫁ぐ娘が母を思う気持ちを歌った歌で、当時の山口百恵さんは18歳でした。作詞・作曲はさだまさしさん。曲のタイトル「秋桜」を「コスモス」と読ませ、歌詞の中でも「秋桜」と表記して「コスモス」と読ませました。「秋桜」と書いて「コスモス」と読ませる…。当時の歌謡曲は、キーワードとなる漢字を違う読み方で読ませるのが流行っていて、有名なところでは「本気」と書いて「マジ」、「恋敵」と書いて「ライバル」、「運命」と書いて「さだめ」などなど。これら3つは幾分「無理矢理感」が感じられますが、「秋桜」と書いて「コスモス」は図鑑や難読漢字にも取り入れられるほどで、歌の世界から抜け出し、ほぼ一般化しています。今では「秋桜」を何の疑問もなく「コスモス」と読む人が多いのではないでしょうか。

 

 

0