平成29年度~校長室

平成29年度~校長室

自転車安全運転伝達講習会

 本日4時間目、自転車安全運転伝達講習会をおこないました。これは埼玉県が高校生の自転車のマナーアップのため毎年おこなっているもので、参加した生徒たちがそれぞれの高校で全校生徒にその内容を還元するものです。参加した3年1組の岡崎さん、山下さんからは、自転車は軽車両という車両の1つであり、交通ルールに従って乗車しなければならないこと、埼玉県は高校生の死傷者が全国ワースト4位であり、1日に2名が自転車事故に会っていること、交通事故が起こると被害側にも加害側にも精神的、経済的、金銭的な負担がかかること、交通事故防止のためルールやマナーを守ることの大切さや思いやり、周囲に気遣った安全運転を心がけることなどが伝えられました。現在では事故の損害賠償額が1億円に近い事例もあるので、自転車保険に加入する必要があることも報告されました。安全運転に十二分に注意するよう心掛けていきたいです。

 

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かぶ

 かぶは冬の代表的な野菜で世界中で栽培されています。原産地についてはヨーロッパもしくは中央アジアと言われています。かぶの語源は諸説あり、頭を意味する「かぶり」、根を意味する「株」、またはカブラの女房言葉である「オカブ」からとされています。歴史は古く、中国では詩経に記載され、ヨーロッパ系も古代ギリシャの史料にみられます。ただし、ヨーロッパで広く普及したのは16世紀からで、飼料用途が多かったようです。 東ヨーロッパなど寒冷な地では冬場の貴重な食料源や救荒植物として活用されました。 日本では、古事記の「吉備の菘菜(あおな)」がかぶのことと見られるほか、日本書紀に持統天皇が栽培を推奨したと記されています。京野菜など西日本で見られる中国伝来のアジア系とともに、東日本でヨーロッパ系(野沢菜など関連する変種も含む)が在来種として確認され、シベリア経由と見られています。 根の部分の栄養素はダイコンとほぼ同じで、葉にはカロテン、ビタミンC、食物繊維が豊富に含まれています。アブラナ科に共通する苦味や辛味はありますが、かぶはなかでも甘味が強く、寒い時期ほど甘味は強まります。主要産地は千葉県で3割を占め、これに次ぐ埼玉県、青森県で全国生産量の約半分を占め、ほぼ全てが小かぶです。日本のかぶは味がよく、固いため、生食より煮物や味噌汁・シチューの具材として利用が多いですが、一部では蕎麦の薬味として大根おろしの様に利用されることもあります。加熱すると一転して非常に柔らかくなるため、ダイコンのようにじっくり煮込む料理には向いていません。日本料理では風呂吹きにも利用され、浅漬け、糠漬け、千枚漬け(聖護院かぶら)、酸茎などの漬物に加工されます。 かぶな、すずなはともに冬の季語で、その白さを降雪に関連づけた詩歌が見られます。 カブの葉はスズナ(鈴菜、または菘。根の形を鈴に見立てた)として、春の七草にも数えられていて、現代でも葉が付いた状態で販売されている事が多いです。

 

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忠臣蔵

 最近の若い方はあまり知らないかもしれませんが、テレビの番組欄を見ると、例年12月14日前後に「忠臣蔵」という(あるいはこれに関連した)番組を見つけることが出来るのではないでしょうか? 今から300年以上前の、江戸時代の元禄14年3月14日(1701年4月21日)、江戸城殿中松之大廊下で現在の兵庫県にあった赤穂藩藩主・浅野長矩(内匠頭)が、高家肝煎・吉良義央(上野介)に刃傷に及んだことに端を発します。この一件で加害者とされた浅野は幕府の裁定で即日切腹となり、被害者とされた吉良はお咎めなしとなりました。その結果を不服とする赤穂藩国家老・大石良雄(内蔵助)をはじめとする赤穂浪士(赤穂藩の旧藩士)47名、いわゆる「赤穂四十七士」は、紆余曲折のすえ、元禄15年12月14日(1703年1月30日)未明に江戸の吉良邸へ討ち入りをし、見事その首級をあげ、主君の仇をうちました。そして、その後の浪士たちの切腹までの一連の事件を総称して、今日の史家は「赤穂事件」と呼んでいます。主君の遺恨を晴らすべく命をかけて、吉良邸に討ち入った赤穂浪士四十七士の行動は民衆から喝采を持って迎えられました。平和な時代が百年近く続いた元禄の世において、すでに過去のものになりつつあった武士道を彼らが体現したからです。彼らは主君の恨みを晴らした忠実な家臣とみなされました。江戸幕府は、武家社会の事件を文芸や戯曲で取り上げることは禁じられていたので、赤穂事件についても幕府をはばかって舞台を別時代とし、事件を扱った物語が歌舞伎、人形浄瑠璃、講談、戯作などありとあらゆる分野で幾度となく作られてきました。映画評論家の佐藤忠男は、「吉良邸討ち入りは「忠義」を名目にしているものの、本質的には武士の意地を示す行動であり、民衆もその意地に感動したのだ」と言い、歴史学者の山本博文は、幕府への抵抗としての側面があることにふれた上で、「忠臣蔵に私たちが感動しているのは、何か目標の為に、命を捨てて行動する「自己犠牲の精神」があるという単純な理由からなのではなかろうか」と指摘しています。彼らを称賛する意見が多数を占めているようです。もちろん、現在の常識からいえばいけない行為ですが、時代が違うと考えも思想も異なることがわかります。

  

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ポインセチア

 ポインセチア(英名poinsettia)は常緑性低木で、日本では11月から12月ごろに茎の上にある葉が赤や桃色や乳白色に美しく色付きます。クリスマスが近くなると花屋に鉢物が出回ることから「クリスマスフラワー」とも呼ばれています。そのため日本では仲冬(大雪から小寒の前日まで)の季語ともされています。葉は薄く楕円形で、花はいわゆる杯状花序である。その下に着く葉の形の苞葉が赤く染まるのが鑑賞の対象となります。その赤さはキリストの血の色に例えられます。原産国とされるメキシコでは、「ノーチェ・ブエナ」(原義は「素晴らしい夜」だが、通称として「クリスマス・イヴ」の意味を持つ)と呼ばれています。メキシコの伝説がアメリカ合衆国の初代メキシコ公使であったJ・R・ポインセットの知れるところになり、また真冬に花を咲かせることから、アメリカに伝わり、彼の名前がつけられました。日本には明治時代に来ました。和名はショウジョウボク(猩々木)で、大酒飲みの赤い顔が特徴の伝説上の動物である猩々に似ていることから名付けられたと言われています。観葉植物としてクリスマスの時期にあわせて短日処理をして、紅葉させて緑色の葉色とのコントラストを楽しみます。ただし0℃を下回るような場所に放置すると葉が落ちてしまうので、クリスマス時期の管理には注意が必要です。増やし方は、水を張った容器や土に挿し木をすれば発根します。園芸品種が近年多様化しており、従来の紅色に加えて、乳白色、淡い黄緑、ピンク、斑入りなどのバリエーションが楽しめます。

  

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かぼちゃ

 かぼちゃは保存が効き、保存中の栄養素の損失も他の比べて少ない野菜です。そのため、冬至の時期の貴重な栄養源でもありました。かぼちゃは、中央アメリカから南アメリカ北部を原産地とするウリ科の植物です。日本かぼちゃは、16世紀中頃ポルトガル船によってカンボジアからもたらされ、「かぼちゃ」の名はこの時の伝来先に由来しており、江戸時代中期から風邪や中風の予防にかぼちゃを冬至に食べる風習が根付いたといわれています。ビタミンAを豊富に含み、皮は硬いが長く煮ることでやわらかくして食べることができます。サツマイモと同様にデンプンを糖に変える酵素を含んでおり、貯蔵によってあるいは低温でゆっくり加熱することによって甘味が増します。従って、収穫直後よりも収穫後、約1か月頃が糖化のピークで食べ頃となります。保存性に優れ、常温で数か月の保存が可能な数少ない野菜ですが、保存がきくのは切っていない場合で、切って果肉が空気に触れると数日で腐ってしまいます。甘みの強い品種は菓子作りにも向いており、パンプキンパイや、南アメリカのフランやタイの「サンカヤー・ファクトン」などのプリンなどに加工されます。 フランスではスープの材料として使われることが一般ですが、南部ではパイやパンに料理されます。アルゼンチンでは中をくりぬいたカボチャにシチューを入れます。 種子(パンプキンシード)も食品として市販されており、ナッツとして扱われます。パンや洋菓子のトッピングとして用いられることが多くあります。メキシコにはカボチャの種子をすりつぶしたソースで肉や野菜を煮込んだ、ピピアン (pipian)という伝統料理があります。また、種子から食用油(パンプキンシードオイル)が取れます。 アメリカではシナモンやクローブなど、パンプキンパイに用いる香辛料とカボチャを使って醸造したビールが生産されています。日本では北海道での生産量が多く、アイヌの人々もカボチャを栽培しており、北海道での栽培の歴史は古いです。

  

 

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羽生市内県立高校合同出前授業

 羽生市「学びあい夢プロジェクト」協議会事業で、羽生市内の県立高校4校が合同出前授業を12月9日(月)に羽生南中、10日(火)羽生西中、11日(水)羽生東中でおこないます。今日の西中での授業を見学しました。本校からは、商業の授業として「電卓を利用した計算」と、農業の授業として「ポップコーンづくり」をおこないました。中学生たちは、初めての高校の先生の授業で最初緊張していたようでしたが次第に興味・関心を示し、いづれも積極的に取り組んでいました。他の高校の先生方も工夫をして中学生が興味を持ちやすいよう、気さくに話しかけ、高校の授業を体験してもらいました。高校のことを知ってもらうよい機会とすることができました。

 

   商業の授業:電卓で計算       農業の授業:ポップコーンづくり

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水仙

 水仙は、花の少ない冬に可憐な花を咲かせ、香りもよく、日本人に古くから親しまれています。水仙には多くの種類がありますが、日本では水仙といえば「ニホンスイセン」を指すことが多いです。庭植えや切り花などにするほか、日本各地に群生地があり、私たちの目を楽しませてくれます。水仙の原産は地中海沿岸からアフリカ北部で、色や形の異なる様々な園芸品種があります。日本には平安末期または室町時代頃にシルクロードを通り、中国を経由して渡来したとされています。水仙の名前の由来は、「仙人は、天にあるを天仙、地にあるを地仙、水にあるを水仙」という中国の古典から「水仙」となったと言われています。日本では単に水仙というと、古来より日本で野生化している「ニホンスイセン」を指すことが多く、庭植えや切り花などでよく目にすることができますし、各地に群生の名所もあります。地域によって違いますが、12月から2月が開花時期で、寒い季節に雪の中でも健気に咲くので「雪中花(せっちゅうか)」とも呼ばれます。1月の花にもなっており、春の訪れを告げる花として、正月の飾りに使われることも多いですね。水仙は、可憐なその姿からは思いもよりませんが、実は毒のある植物です。特に葉や球根は毒性が強く、食べると悪心、嘔吐、下痢などの食中毒症状を起こしたり、触ることで皮膚炎になったりすることがあります。葉がニラやノビルに、球根が玉ねぎに似ているので間違って食べてしまう例がよくあるそうですから、気をつけてましょう。

 

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針供養

 「針供養」とは、折れたり、錆びたり、曲がったりして使えなくなった針を豆腐やこんにゃくなどに刺して供養する行事です。針供養は、東日本では2月8日、西日本では12月8日に行うことが多かったようですが、地域に関わらずどちらか一方の日に行うところや、両日行うところもあります。この日付の違いには、背景にある「事始め・事納め」の捉え方が影響しています。「事始め・事納め」とは、コトノカミという神様を祀るおまつりです。元々、「事」という字は、神様への祈りの文である祝詞を入れた器をつけた木を高く捧げて祖霊をまつるという意味の「史」と、吹き流しを組み合わせた形で、「まつり」を意味していました。コトノカミのまつりは、2回あり、12月8日が「事始め」で2月8日が「事納め」になる場合と、2月8日が「事始め」で12月8日が「事納め」という場合があります。この違いはコトノカミが「年神様」か「田の神様」かという違いです。この時に行う「事」が新年に迎える神様の事なのか、田畑を耕し農耕に勤しむ人の事かという違いで、日付けが逆転するのです。年を司る年神様を迎えるための神事を始めるのが12月8日の「事始め」で、すべてを終えるのが2月8日の「事納め」です。こうして年神様に関する一連の神事を終えると、人々の日常が始まります。また、田の神様を迎えて人の日常が始まるのが2月8日の「事始め」で、すべてを終えるのが12月8日の「事納め」です。このように、年神様をまつる神事の期間と、田の神様をまつって働く人の日常の期間とに分けるとすれば、一方の始まりの日はまた一方の終わりの日になるわけです。そして、2月8日と12月8日のことを、「事八日」(ことようか)、「事の日」などと呼びます。「事八日」には、お世話になった道具を片付け、感謝する風習があります。代表的なのが「針供養」で、前述したように、2月8日と12月8日のどちらか一方の日か、両日に行います。針供養の起源は定かではありませんが、中国の「社日(土地の神様をまつる日)に針線(針仕事)を止む」という習わしに起因するという説があります。平安時代には貴族の間で行われるようになったと考えられており、江戸時代に針の労をねぎらい、裁縫上達を願うまつりとして広がりました。針仕事は女性にとって重要な仕事だったため、折れた針や古くなった針に感謝の気持ちを込めて柔らかい豆腐やこんにゃく、もちに刺し、川に流したり、土に埋めたり、神社に納めたりして供養し、裁縫の上達を願いました。豆腐など柔らかいものに刺すのは、これまで硬い生地などを刺してきた針に対し、最後は柔らかいところで休んでいただきたいという気持ちや、供物としての意味があるといわれています。昔はそれぞれの家庭で針供養を行っていたそうですから、豆腐やこんにゃくに針を刺し、身の回りの道具を大事にする気持ちを大切にしてはいかがでしょう。最近は古くなったり、切れたりした物はすぐ捨てることも多いですが、かつては家庭でていねいに修繕して、いろいろなものを使い回していました。ほんと、針に感謝です。

  

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椿(ツバキ、つばき)

 ツバキ(椿)(学名: Camellia japonica)は、ツバキ科ツバキ属の常緑樹で、照葉樹林の代表的な樹木です。日本内外で近縁のユキツバキから作り出された数々の園芸品種、ワビスケ、中国・ベトナム産の原種や園芸品種などを総称的に「椿」と呼びますが、同じツバキ属であってもサザンカを椿と呼ぶことはあまりありません。ツバキとサザンカはよく似ていますが、次のことに着目すると見分けることができます(原種は見分けやすいが、園芸品種は多様性に富むので見分けにくい場合があります)。
・ツバキは花弁が個々に散るのではなく萼と雌しべだけを木に残して丸ごと落ちるが(花弁がばらばらに散る園芸品種もある)、サザンカは花びらが個々に散ります。
・ツバキは雄しべの花糸が下半分くらいくっついているが、サザンカは花糸がくっつきません。
・ツバキは、花は完全には平開しない(カップ状のことも多い)が、サザンカは、ほとんど完全に平開します。
・ツバキの子房には毛がないが(ワビスケには子房に毛があるものもある)、サザンカ(カンツバキ・ハルサザンカを含む)の子房には毛があります。
・ツバキは葉柄に毛が生えません(ユキツバキの葉柄には毛がある)が、サザンカは葉柄に毛が生えます。
 ツバキもサザンカもいづれも冬から春に花を咲かせ、目を楽しませてくれます。

 

 

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山茶花(サザンカ、さざんか)

 サザンカ(山茶花、学名: Camellia sasanqua)は、ツバキ科ツバキ属の常緑広葉樹で、童謡『たきび』の歌詞に登場することでもよく知られています。漢字表記の山茶花は中国語でツバキ類一般を指す山茶に由来し、サザンカの名は山茶花の本来の読みである「サンサカ」が訛ったものといわれています。元は「さんざか」と言いましたが、音位転換した現在の読みが定着しました。秋の終わりから冬にかけての寒い時期に、花を咲かせます。野生の個体の花の色は部分的に淡い桃色を交えた白色であるのに対し、植栽される園芸品種の花の色は、赤色や白色やピンクなど様々です。日本では山口県、四国南部から九州中南部、南西諸島(屋久島から西表島)等に、日本国外では台湾、中国、インドネシアなどに分布しています。なお、ツバキ科の植物は熱帯から亜熱帯に自生しており、ツバキ、サザンカ、チャは温帯に適応した珍しい種であり、日本は自生地としては北限です。サザンカは生垣によく利用され、学校にも多く植えられています。

 

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柚子(ユズ、ゆず)

 寒くなると、鍋物が恋しくなると前日記しましたが、そのような時に欠かせないのがユズなどをベースにしたポン酢です。ユズ(柚子、学名:Citrus junos)はミカン属の常緑小高木で柑橘類の1つです。ホンユズとも呼ばれ、消費・生産ともに日本が世界最大です。柑橘類の中では耐寒性が強く、極東でも自生できる数少ない種で、柑橘類に多いそうか病、かいよう病への耐久があるため、ほとんど消毒の必要がなく、他の柑橘類より手が掛からないこと、無農薬栽培が比較的簡単にできることも特徴のひとつです。成長が遅いことでも知られ、「桃栗3年柿8年、ユズの大馬鹿18年」などと呼ばれることがあります。このため、種子から育てる実生栽培では結実まで10数年掛かってしまうため、結実までの期間を短縮するため、カラタチへの接ぎ木により、数年で収穫可能にすることが多くなっています。ユズの果汁は、日本料理等において調味料として、香味・酸味を加えるために用いられます。また、果肉部分だけでなく皮も七味唐辛子に加えられるなど、香辛料・薬味として使用されています。いずれも、青い状態・熟れた状態の両方とも用いられ、九州地方では柚子胡椒と呼ばれる調味料としても使用されています。これは柚子の皮に、皮が青い時は青唐辛子、黄色く熟している時は赤唐辛子と塩を混ぜて作るもので、緑色または赤色をしています。熟したユズでも酸味が非常に強いため、普通は直接食用とすることはありません。薬味としてではなく、ユズ自体を味わう調理例としては保存食としてのゆべしの他、韓国の柚子茶のように果皮ごと薄く輪切りにして砂糖や蜂蜜に漬け込む方法などがあります。果汁はチューハイ等にも用いられ、ユズから作られたワインもあります。柚子の果実のうち、果肉の部分をくりぬいて器状にしたものは「柚子釜」と呼ばれ、料理の盛りつけなどに用いられます。近年では、スペインの著名なレストランであったエル・ブジが柚子を大々的に喧伝したのが発端となり、フランス料理を始めとした西洋料理にも柚子の使用が広まりつつあります。

 

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鍋物(なべもの)

 冬になると、食卓に欠かせないのが鍋物。鍋料理は惣菜を食器に移さず、調理に用いた鍋に入れたままの状態で食卓に供される日本の料理で、鍋物(なべもの)、あるいはただ鍋(お鍋)と呼ぶこともあります。複数人で鍋を囲み、卓上コンロやホットプレートなどで調理しながら、個々人の椀や取り皿、あるいはポン酢やタレなどを入れた小鉢に取り分けて食べるのが一般的です。通常は複数人で囲んで食べるため一抱えほどの大きさの鍋を用いますが、宴会や会席料理では小鍋で一人前ずつ供される事もあります。一人用の鍋も市販されており、この時は鍋から直接食べることもあります。日本の鍋料理に使用する鍋として、最もポピュラーなのは陶器製の土鍋です。土鍋は熱伝導性が低いため火がじっくりと通り、長時間の煮込みでも焦げ付いたりする危険性が低いために鍋料理に適しており、寄せ鍋をはじめとして、多くの鍋料理に対して用いられます。具材を煮込む前に焼く工程があるすき焼きなど、土鍋には向かない調理法がある場合は鉄、ステンレスなどの金属製の鍋(金属鍋)が使われます。もちろん、通常土鍋が使われる料理を金属鍋で代用することも可能です。最近の電磁調理器の普及に伴い、それに対応した土鍋風ホーロー鍋なども販売されています。また、ジンギスカン鍋、フォンデュなどそれ専用に作られた独特の形状の鍋を使用する料理も多くあります。鍋物はいろいろな具材を煮込んでいるため、スープには出汁が凝縮された状態になっています。このスープを利用しての食べ方にもいろいろありますが、一般的には雑炊が多く、うどんや素麺、中華麺(ラーメン)、餅などを入れ、鍋物のしめとすることが多いです。鍋物は、具材や調味料、火加減、調理時間などによって無限の種類ができます。是非、オリジナルの鍋物をつくってください!

 

 

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外部講師による製パン実習

昨日、農業経済科3年5組の5・6時間目の食品製造の授業で、外部指導者による「製パン」実習を実施し、講師として学校の前のパン工房「学舎」の濱田学先生に指導していただきました。先生には以前にも指導をしていただき、生徒のようすを理解していただいています。今回の実習では「バターシュガークッペ」と「ベーコンエピ」を作りました。行程は1 ミキシング、2 一次発酵、3 分解・丸め、4 ベンチタイム、5 成形、6 二次発酵、7 カット、8 焼成の8つです。先生の説明と実演を目に焼き付け、パンの制作開始! いざ作ってみると、成形や計量の難しさの難しいこと! 悪戦苦闘しながら何とかオーブンに生地を入れ、8分間焼くとふっくらとした美味しそうなパンが出来上がりました。実際に試食してみると、かなり美味い! 今回は大成功だったようです。生徒の中には卒業後調理学校に進学する者もいて、いい、美味しい経験となりました。

 

     実習を始めます         手をしっかり洗いましょう

 

    生地を切り分けます         8個のバターシュガークッペ

 

  ベーコンエピは4個つくります        焼きあがりました

 

  こちらはバターシュガークッペ、右はベーコンエピ、うまくできました

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こたつ

12月に入り、もうこたつを使っている家庭も多いと思います。こたつ(炬燵、火燵)は、皆さんにも馴染みの日本の暖房器具。床や畳床等に置いた枠組み(炬燵櫓、炬燵机)の中に熱源を入れ、外側を布団等で覆って暖かくします。熱源は枠組みと一体になっているものと、そうでないものがあり、かつては点火した木炭や豆炭、練炭を容器に入れて用いていましたが、現在は電気装置(電気こたつ)が多くなっています。現在は冬場の暖房器具としてだけではなく、夏期にはこたつ布団を外し、テーブル卓代わりとして通年利用されることが多くなっています。そのため暖房器具ではですが、通年商品となっています。形の主流は正方形から長方形になりつつあり、ごく最近に人気の出てきた一人用のミニコタツなどは正方形となっています。現在は大手メーカーは電気炬燵を生産しておらず、中小のメーカーが数多く参入しています。47都道府県のうち、山梨県が最もこたつの所有率が高く、一方北海道が最もこたつの所有率が低く、北海道では、近年オイルヒーター、パネルヒーターなどを利用することが増えています。こたつ布団の上には、四角い天板(こたつ板)を置くことが多くなっています。この板は食卓代わりに宿屋等で使われ始め、家庭に広まったとみられ、1960年頃から家庭でも一般化しました。以前は天板の裏がラシャ張りになっており麻雀卓として利用されていましたが、麻雀人口と正方形のこたつがともに減少したため、このような天板は稀になりました。

    

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12月の風景

 今年もあとひと月となりました。12月に入り、寒さが一段と厳しくなってきました。12月はグレゴリオ暦で第12の月(最後の月)に当たります。日本では旧暦12月を「師走」、「師馳」(しわす・しはす)又は「極月」(きわまりづき・ごくげつ・ごくづき)と呼んできました。今では「師走」及び「極月」は、新暦12月の別名としても用いられています。十二月を師走とした一番古い文献は、『日本書紀』の桓武天皇紀で「十有二月」と書いて「しわす」と読ませています。語源については、『奥義抄』によると、十二月は僧を迎えてお経を読ませるので、僧が東西に忙しく走り回ることから「師走り月」。また、『類聚名物考』では、春夏秋冬四季のおしまい、つまり「四季はつる月」からきているとしています。英語での月名、December(ディセンバー)は「10番目の月」の意味で、ラテン語で「第10の」という意味の「decem」の語に由来しています。 実際の月の番号とずれているのは、紀元前46年まで使われていたローマ暦が3月起算で、3月から数えて10番目という意味です。寒さだけではなく、風邪やインフルエンザの流行る季節となりました。うがい・手洗いをこまめにおこない、マスクを着用しましょう!

   

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修学旅行報告(3・4日目)

 3日目は各民宿での活動。風が強く、農作業などは大変? 先生方はそれぞれ自転車で生徒のようすを見たり、島の各地を訪問したりします。伊江島は周囲22kmほどのそれ程大きくない島なので、軽く自転車で1周出来そうと思いましたがとんでもない間違いで、アップダウンが多く、風も強くて何度も自転車が前に進まない! 北部の湧出展望台までふつう40分くらいのところを1時間以上もかかり、へとへと・・・。生徒たちは民宿の方に連れられて雄大な沖縄の海を満喫していました。

 

 

 

 4日目、最終日は伊江港で離村式。民宿の人に教わった沖縄舞踊を披露してお別れです。12時過ぎに那覇空港に到着し、2時5分の飛行機で一路羽田へ。羽田には予定通り4時25分に到着し、出口を出て解散しました。4日間、天気は曇りがちでしたが、多くの生徒は元気一杯で沖縄を満喫していました。怪我をした生ともいましたが体調不良者はほとんど出ず、全員が健康に気を使っていました。生徒たちは埼玉県では経験、感じ取れない沖縄を体験し、今後の生活に活かしてくれるものと思いました。

 

 

 

 

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修学旅行報告(1・2日目)

 11月26日(火)から11月29日(金)まで3泊4日の行程で2年生が修学旅行に行って来ました。まず、1日目・2日目のようすをお知らせします。
 集合は26日(火)羽田空港第2ターミナルに8時30分。少し遅れてきた者もいたので先行きやや不安? 

       

 何とか全員そろって飛行機に乗ることが出来ました。10時35分に羽田を出発して13時30分に那覇空港に到着。羽田では肌寒さがありましたが、曇りがちでも那覇は暖かい! この日はまず沖縄平和祈念資料館を訪問し、多くの人々が先の戦争で亡くなったことを実感し、戦争の悲惨さを改めて感じました。

 
 

 次にめゆり資料館を訪問し、学校でみんなで折った千羽鶴を捧げました。その後、宿舎のホテルに移動し、2日目以降の日程を確認して午後10時30分に就寝。ホテルではアイスを購入する生徒がたくさんいました。 

 
 

       

 2日目はまず恩納村の御菓子御殿を訪問。紅いもタルトをはじめとするスイーツをお土産として購入し、次に美ら海水族館を訪問。ジンベイザメなど多くの魚のようすを見ました。

 

 

 

 その後、本部港からフェリーに乗り伊江島へ。伊江島では23の民宿で民泊体験をします。入村式の後、各民宿の送迎者に乗って2泊目、3泊目を過ごしました。

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蜜柑(みかん・ミカン)

 この時期、八百屋さんやスーパーの食品売り場の店頭を彩るのがミカン。蜜柑(みかん・ミカン)と言えば、ウンシュウミカン(温州蜜柑)を指すことが一般的で、さまざまなな栽培品種があり、食用として利用されています。その生産量は、和歌山県、愛媛県、静岡県が年間10万トン以上と多く、栽培は温暖かつ日当たり、風当たり、水はけが良い斜面の地形が条件であり、主な産地のほとんどが太平洋や、瀬戸内海に面した沿岸地となっています。近年は、保存技術の向上と共にビニールハウスや温室で栽培されたハウスみかんも多く流通し、ほぼ一年中目にすることが出来ます。ハウスみかんでは佐賀県、愛知県、大分県などが主産地となっています。柑橘の原種は、3000万年前のインド東北部のアッサム地方近辺を発祥とし、さまざまな種に分化しながらミャンマー、タイ、中国等へ広まったとされています。ミカンの美味しさは、含まれている糖と酸の量・バランスやホロの薄さなどによって決まります。糖度が高いことは重要ですが、酸の量も同様に味の決め手になります。生食されることが多く、内皮を丸ごと食べる人と食べない人で個性も分かれます。また、むき方も「へそ」からむく方法と、へたからむく方法と、刃物で切る方法とさまざまです。他に北陸地方、東北地方、九州地方など地域によっては焼きミカンといって焼いて食べる所もあります。また凍らせて冷凍みかんにしたり、お風呂に入れて食べたり、下記のように用途に応じて様々な加工品も作られている。ミカンの全生産量の約2割はジュースや缶詰に加工されています。食物繊維として含まれるペクチンには、整腸作用の他、消化酵素のひとつである膵リパーゼの働きを阻害する作用があります。これを食前に摂取することにより食物中に含まれる脂肪の吸収を抑制することができます。またシネフリンには体脂肪を減らす効果が高く、特に熟していない青い果実に多く含まれています。

 

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世界キャラクターさみっとin羽生

 11月23日(土)、24日(日)、世界キャラクターさみっとin羽生が羽生水郷公園で開催されました。今年で10回目となります。本校では、農産物の販売とボランティアで多くの生徒と先生が参加しました。今日は朝から雨で地面はぬかるみ、とても歩きづらい! 開会式のキャラクターの集合も中止となりましたが、多くの方々が朝早くから訪れ、キャラクターとの触れ合いを楽しんでいました。

 

 

 

※ 下の2枚の写真は昨年度のもの

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新嘗祭(にいなめさい)

 新嘗祭は、古くから天皇がその年に収穫された新穀や新酒を、天照大神をはじめとする天地の神に供え、農作物の恵みに感謝し、自らも食す儀式でした。律令制度のもと、11月の2番目の卯の日に新嘗祭を行うことになっており、天皇が即位した最初の新嘗祭を大嘗祭と呼び天皇の即位を天下に知らしめる大きな祭典となっています。新嘗祭がいつ頃から行われていたかははっきりとしないのですが、日本書紀で皇極天皇元年(642)11月16日に新嘗祭の記述があるのが文献に出てくる最初です。この日の干支は丁卯にあたり、すでにこの時代に11月の2番目の卯の日が新嘗祭と確立していたようです。明治以降、新嘗祭は11月23日に定められ国民の祝日となります。そして昭和23年より勤労感謝の日と名を変え「勤労をたっとび、生産を祝い、国民がたがいに感謝しあう」日として国民にすっかり定着した祝日となっています。本来、この新嘗祭は宮中だけで行われていた儀式ではなく、一般民衆の間でも新しい穀物を神に供え、それを食べて収穫を祝う習慣がありました。「風土記」や「万葉集」にもその様子が描かれており、現在も年迎え的な行事として、能登半島の「あえのこ」や関東地方で行われている「十日夜」が残っています。

  

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