平成29年度~校長室

平成29年度~校長室

産業教育フェア

 11月11日(土)、12日(日)、大宮ソニックシティを会場に第27回産業教育フェアが開催されました。商業や農業などの専門高校がわかる展示や体験教室、同時に高校生による再演すフェアも開催されました。本校はパネルによる展示発表のほかに、羽実まなびやを出店し、ふだんはインターネット販売している商品を生徒が来場されたお客様に販売をしました。日曜日は風が強く、肌寒かったですが、昨年度より売り上げが伸びました。貴重な体験を積むことができました。
 
 

0

1日体験入学

 本日、体験入学を実施しました。多くの中学生と保護者の方々に参加いただき、商業5つ、農業4つの高校の授業を体験をしてもらいました。商業系の授業はパソコンや電卓を活用することが多く、戸惑いもありましたが、すぐに慣れて課題にチャレンジ! 農業系は活動や作業の時間が多く、興味津々で臨んでいました。
 中学生や保護者の方々に学校を知ってもらい、高校選択の機会とすることができました。
 
    どの授業かな?           全体説明会
 
    総合実践の授業         情報処理の授業
 
     簿記の授業        ビジネス情報の授業
 
    食品製造の授業        グリーンライフの授業
 
    フラワーの授業        農業収穫体験の授業
0

家庭科で減塩推進の授業をおこないました

 本日の3、4限の家庭科の調理の授業に、羽生市と羽生市食生活改善推進員協議会の方々を講師にお招きし、生活習慣病予防ための減塩推進スキルアップの授業をおこないました。初めに講師の先生からは朝食をきちんと食べること、1日に野菜を350gしっかり採ることの指導をいただき、塩分の採り過ぎがさまざまな生活習慣病を招くことを学びました。
 
 その後、減塩のメニューとして焼うどんとカレースープを作りました。講義を受けた生徒たちは、塩分や他の調味料もきちんと量を量り、ヘルシーな野菜たっぷり、塩分控えめのメニューが美味しくできました。
 減塩などまだまだと考えていた生徒もいるかと思いますが、今回の講義・実習を機に、健康な食生活をしっかりと考えて、実行してもらえればと思いました。
 


0

天高く馬肥ゆる秋とは

 天高く今肥ゆる秋。聞いたことのある人が多いと思います。秋は空気も澄んでいて、空も高く感じられ、馬も肥えるような収穫の季節です。秋の季節の素晴らしさをいう句で、空は澄み渡って晴れ、馬が食欲を増し、肥えてたくましくなる秋。秋の好時節をいう言葉です。天を地球の回りにある空気の部分と仮定すると、暑い太陽光線を受けて空気が膨張する夏が最も高く、冬に低くなるので、秋は中ぐらいの高さと言えます。それなのに、秋の空が高いと言われるのは、夏の間の湿気の多い空気に変わって、大陸育ちの乾燥した空気が日本を覆い、視界が良くなるために空が高く見えるからです。「天高く馬肥ゆる秋」は、漢語で「秋高馬肥」といい、中国北西部の農民にとっては恐ろしい警告を意味することわざです。紀元前、中国の北方に匈奴(きょうど)と呼ばれる騎馬民族が遊牧生活を営んでいました。彼らの住む土地(モンゴル高原)では冬の寒さが厳しく、その期間は食料が全くとれませんでした。匈奴の人々は馬に春や夏、十分に草を食べさせ肥えさせ、秋になり(中国側で)農耕を営む人々が収穫の時期を迎えると、その収穫物を強奪するために(たくましく肥えた)馬を駆って一斉に南下しました。中国の王はそれを見抜き、「馬が肥ゆる秋には必ず事変が起きる、今年もその季節がやってきた」と、警戒の言葉として言ったことに由来します。つまり、「天高く馬肥ゆる秋」とは、「秋には北方騎馬民族の侵略を警戒せよ」という戒めの言葉であり、「秋には必ず異変が起きる」という意味の故事成語なのです。
 
0

紅葉狩り

 
 関東地方の平野部でも、少しずつ紅葉が進んでいるようです。紅葉を鑑賞する習慣は、奈良時代から始まったといわれ、「万葉集」にも登場しています。平安時代の頃には貴族の間で広まり、紅葉を愛でながら宴を開いていたようで、その様子は「源氏物語」にも描かれています。その後、江戸時代には庶民も楽しむようになり、季節の行事として定着していきました。紅葉を鑑賞するのに「紅葉狩り」というのはどうしてでしょう。「狩る」とは獣を捕まえるということですが、花や草木を探し求めるという意味もあるそうで、果物を採る場合にも使われます。「いちご狩り」や「ぶどう狩り」って言いますよね。採集するわけでもなく、紅葉を鑑賞するのに「紅葉狩り」というのは、狩猟を好まない貴族が自然を鑑賞するすることを狩りに例えたといわれていますが、定かではありません。春の桜は「花見」といい桜狩りとは言いませんよね。やはり狩猟のシーズンの秋だから「狩り」という言葉を用いたのでしょうか。また、元々は紅葉を集めて楽しんでいたのが、眺めることに変わっていったという説もあります。
 
0

 秋を代表する花といえば、やはり菊でしょうか。あちらこちらで、菊花展や菊人形の催しが開かれています。菊は皇室の紋章でもある日本を代表する花の一つで、葬祭にもひんぱんに用いられるとてもなじみの深い花ですが、元から日本にあった訳ではありません。奈良時代に薬用として中国から入ってきたもので、万葉集には見られず、古今集の頃から文字として現れます。菊は漢名で、キクはその音読み。和名では加波良与毛木(かわらよもぎ)、寿客(じゅかく)などとも呼ばれます。また、翁草、齢草(よわいぐさ)、千代見草の別名を持っており、古代中国では、菊は仙境に咲いている花とされ、邪気を払い長生きする効能があると信じられていました。菊と長寿との結びつきには、昔、中国の山奥で、慈童(じどう)という少年が経文を書いた菊の葉にこぼれた露を飲み、700歳以上も生き続けたという、「菊慈童(枕慈童)」の説話が元になっています。麗懸山の麓から薬の水が湧き出たというので、勅令を受けた魏の文帝の臣下達が山中深くやって参りますと、その山奥の菊の咲き乱れた仙境に、慈童という童顔の仙人が現れました。慈童は太古の周の穆王(ぼくおう)に仕えてい者だが、王の枕をまたいだ罪でこの山に流されたのだといいます。枕は、眠るときに魂が体を離れて枕の中に宿る神聖なものとされ、日本でも、万葉の頃に妻は旅先の夫を想い、留守中の夫の枕と枕をくっつけて眠りについたという歌も残されていて、一説に枕の語源は魂倉(たまくら)だもいわれています。その神聖な王の枕をまたいでこの地に流されたのですが、王は、慈童を哀れんで、法華経の「二句の偈」を枕に書いて賜ったといいます。そして、その妙文を菊の葉の上に写して書くと、その葉の露が霊薬となり、それを飲んでいたため、少年は七百年後の今でも若いままで生きながらえていたというのです。もちろん空想の話ですが、菊に対する人々の畏敬の念が感じられます。
 
0

木枯らし

 風が肌に寒く感じる時期となりました。木枯らしが(こがらし)が吹く季節です。木枯らしとは、日本の太平洋側地域において晩秋から初冬の間に吹く風速8m/s以上の北寄り(北から西北西)の風のことで、冬型の気圧配置になったことを示す現象です。凩とも表記します。日本の気象庁では、10月半ばから11月末にかけて西高東低の冬型の気圧配置になった時、北よりの風速8m/s以上の風が吹くと、その風を「木枯らし」と認定します。そして毎秋最初の木枯らしを木枯らし一号として発表します。関東地方における1992年から2001年の10年間の平均では11月7日頃ですが、今年は10月30日になりました。「木枯らし二号」や「木枯らし三号」もあり得えますが、発表は行われていません。なお、「木枯らし一号」は関東地方と近畿地方でしか発表されません。
 
0

立冬(りっとう)

 今日は今年一番の冷え込みでほんと寒いですね。冬の到来を感じます。立冬とは二十四節気の1つで、今年は明日11月7日になります。及び、この日から小雪までの期間を言います。太陽黄経が225°の時で、初めて冬の気配が現われてくる日になります。『暦便覧』では「冬の気立ち始めて、いよいよ冷ゆれば也」と説明しています。立冬の期間の初候には、ツバキが初めて開き、山茶花(さざんか)が咲き始めます。次候では地が初めて凍り始めます。末候には金盞香(きんせんか)や 水仙の花が咲きます。最近は温暖化が進み、“冬来たる”と言えど11月初めはまだまだ秋。しかし、日中の陽射しは幾分弱まり、日暮れが早くなって朝夕には空気の冷たさを感じ始める頃です。季節感がなくなって久しい現代人の暮らしですが、古来より大切にされてきた日本人の自然観はまだこんな言葉に残されているようです。
 
0

秋祭り

 秋はお祭りシーズン。今日も各地で秋祭りが開催されていることと思います。秋祭りには、浴衣を着て出かける夏の祭りとはひと味違う楽しみがあります。でも、よく考えてみるとどうして秋に祭りをするのでしょう? 「まつり」という言葉は「まつる(祀る)」の名詞形で、感謝、祈り、慰霊のために神、仏、祖先をまつる行為をいいます。「祭」という漢字は、切った肉の象形である「月」と、手の象形である「又」、祭壇の象形である「示」からできており、いけにえの肉を祭壇にまつる様子を表しています。つまり、本来「祭り」というのは祭祀なのです。日本にはたくさんの祭りがありますが、昔から続いている祭りは祭祀の性格をもっており、感謝・祈り・鎮魂など、日本人が生きていく上での思いが表れています。しかし、近年は祭祀の性格をもたないイベントや町おこしなどの要素が強い賑やかな行事も「祭り」と呼ぶようになりました。日本の祭りを語る上で欠かせないのが、農耕です。農耕を主としてきた日本では、春に種を撒き、夏に育て、秋に収穫をして、冬は籠る(こもる)という生活を繰り返してきました。こうした営みが祭りに反映されているので、春夏秋冬で祭りの性格が異なります。秋祭りには収穫に感謝する意味があります。豊作祈願の春の祭りと対になる関係で、御田植祭に対する「新嘗祭」が、伊勢神宮を筆頭に各地で行われています。農村部では田の神に感謝し送り出す祭りがみられます。神も人と一緒に祭りを楽しむと考えられたため、神をもてなすために音楽や踊りを披露するようになり、神楽や田楽などが生まれました。伝統的な日本の祭りは、大変奥が深いもの。それぞれの祭りの意味や由来を知ることで、楽しみ方も深まります。また、祭りには文化を伝承したり、地域社会で「横の絆」を結び、暮らしの基盤を整えたりする役割があるので、「行事育」の観点でも見逃せません。
 
0

文化の日

 明日は文化の日で、国民の祝日です。国民の祝日に関する法律(祝日法)では「自由と平和を愛し、文化をすすめる」ことを趣旨としています。1946年に日本国憲法が公布された日であり、日本国憲法が平和と文化を重視しているということから、1948年公布・施行の祝日法で「文化の日」に定められました。この日、皇居では文化勲章の授与式が行われます。またこの日を中心に、文化庁主催の芸術祭が開催されます。戦前から文化の日の制定までは、明治天皇の誕生日であることから明治節(明治時代には天長節)という祝日になっていましたが、これとは関係なく定められたということになっています。またこの日は晴れの特異日となっていて、晴れになる確率が高いです。
 
0

11月の風景①

 11月になりました。さすがに「暑い!」という日はなくなりましたが、紅葉の声はまだまだのところが多く、温暖化がすすんでいることを感じます。
 さて、日本では旧暦11月を霜月(しもつき)と呼び、現在では新暦11月の別名としても用いています。「霜月」は文字どおり霜が降る月の意味ですが、他に「食物月(おしものづき)」の略であるとする説や、「凋む月(しぼむつき)」「末つ月(すえつつき)」が訛ったものとする説もあります。英語での月名、Novemberは、「9番目の月」の意味で、ラテン語で「第9の」という意味の「novem」の語に由来しています。ところで、10月に出雲に送り出した氏神様や山に戻った田の神様はどうしているのでしょう。11月の風習には、移動する神々をもてなす心意が見えます。11月は各地の神社で神楽を奏上することが多いため、別名「神楽月」と呼ばれています。田の神は春に山から降りて田を守り、冬に入ると再び山に登って山の神になりますが、柳田国男は『年中行事覚書』の中で「刈り入れ直後の祝いの日に、すでに田の神のお帰りを送った地方でも、なおもう一度この霜月の祭りの日を、何もしないでは過ごすことができなかった」としています。霜月神楽は出雲や山から帰ってきた氏神様をもてなすためのものなのでしょうか。出雲で大仕事を終え、新たな1年を迎える思いを表しているのかもしれません。秋真っ盛りと言えますが、冬の準備も始める時期になったのですね。寒くなってきたので、空気もひんやりと乾燥してきました。
 昨日も記しましたが、風邪や体調不良に注意してがんばりましょう!
 
0

文化祭閉祭式

 「強者(つわもの)どもが夢の跡(あと)」ではありませんが、先日の華やかだった装飾を片付けていると、祭りの後の侘しさを感じます。朝から後片付けをおこない、11時20分から体育館で閉会式・表彰式をおこないました。生徒会長の挨拶の後、今年のテーマ「空前絶後の超絶楽しい羽実祭」を発表した2年生の小川さん、クラスと部活動の企画で羽実賞をとなった3年2組と書道部の表彰をおこないました。その後、校長より好評があった後、文化祭実行委員長が閉祭宣言をしました。
 明日から11月です。寒くなってきたので、風邪や体調不良に注意してがんばりましょう!
 
0

文化祭2日目

 文化祭2日目です。朝から曇りで少し肌寒く感じますが、校内は一般公開に向けて熱気があります。この日のために1・2年生は駄菓子屋やお化け屋敷、3年生は飲食店を中心に、部活動・同好会は日ごろの成果を発揮するべく力を入れてきました。10時より一般公開をおこなうと、まず野菜や果物、草花を扱う農産物販売に多くの人々にお越しいただきました。市販価格より安めの設定で白菜や大根、ブロッコリーなどがすぐ売れました。
羽生市の河田市長様にも午前中に見学に来場していただき、生徒の活躍を確認していただきました。校内に目を向けると、保護者の方々や中学生が催しを覗いたり、参加をしたり楽しんでいました。生徒の中学校時代の同級生も多数来校し、旧交を暖め合っていました。また、本日は第2回学校評議員会を開催し、5名の学校評議員の皆様に学校や生徒の状況を確認していただくとともに、催しの見学をしていただきました。午後雨模様となったのは少し残念でしたが、よい羽実祭とすることができました。
 
   今年のテーマは「空前絶後の超絶楽しい羽実祭」
 
         お客様を迎える準備に大忙し
 
   まだかな~~ぁ?        準備、できたよ~~
 
  さあ、なかへどうぞ!      受付をお願いしま~~す 
 
        これはなかなかがんばっているね
 
          さあ、もりあがろうぜ~~~
 
        是非、うちにおいで下さ~~~~い
 
         お化けたちも待ってるよ~~~
 
 
        香りも目も楽しませま~~~す
 
 
   東日本大震災の復興支援の協力、お願いしま~~~す
0

文化祭1日目

 今日は文化祭1日目です。午前中に開会式をおこない、校内祭となります。開会式では校長、文化祭実行委員長、生徒会長の挨拶の後、有志団体によるステージ発表がありました。ブラスバンド部やダンス、先生によるパフォーマンスがあり、最後の準備の時につくった動画を全員で見ました。午後は昨日に続き、明日の一般公開に向けての最後の準備に各団体があたります。校内をきれいにし、おもてなしの心を持って、来場者の皆様を迎えられるよう、がんばります!
 
  文化祭実行委員長の挨拶       生徒会長の挨拶
 
  先生のパフォーマンス      生徒のパフォーマンス
 
    流行歌を熱唱        ブラスバンド部の演奏
 
   有志によるダンス         先生の弾き語り
 
   有志によるダンス       最後に動画を見ました
0

文化祭準備2日目

 昨日に続き、今日も文化祭準備です。風のない穏やかな日となり、準備も順調にすすんでいるようです。3年生の教室をのぞくと、皆で仲良く、手際よく催しものの準備を進めていました。ただ、土曜日の天気が「曇り時々雨」の予報となっており心配です。また、台風22号が31日(月)から1日(火)にかけて日本付近を通過する予報も出ています。31日は文化祭の振替なので休みとなりますが、雨がそれ程降らなければいいですね。
 
 
 
 3年生は最後で3回目の文化祭。段取りよく準備を進めています。
0

文化祭準備1日目

 今日は肌寒い、雨模様の日となりました。学校では28日(土)の文化祭本番に向けて、今日より準備に入りました。午前中はまず体育館で全国集会。生徒会長がパソコンを使って、準備上の注意を全校生徒に説明。その後、暗幕の貸し出しや会場を飾るための買い出しに出かける生徒も。
 今日は準備初日でもあり、各クラスや部活動で話し合いをして、明日以降の段取りの確認をしているところも多くありました。だんだん、気持ちが入ってくると思います。明日天気がよいといいですね。
 
   PCで準備の説明     みんな、真面目に聞いています
 
 買い出しに行ってきま~~す  段ボール、もらってきました!
0

もうすぐハロウィン

 町にハロウィンの色彩が目立つ時期になってきました。10月31日はハロウィンです。最近では日本でも知られるようになりましたが、ハロウィンはキリスト教の聖人の祝日「万聖節」(11月1日。すべての聖人と殉教者をまつる日。All Hallo)の前夜(All Hallo Eve)を略したものです。昔、イギリスに住んでいたケルト人の間では10月31日が大晦日にあたり、この夜は先祖の霊だけでなく悪霊までやってくると信じられていました。やがてキリスト教で悪霊を追い出す祭が始まりますが、その祭を子どもたちが怖がるので、ヨーロッパからアメリカに移住した人々が子どもたちも楽しめる行事にアレンジし、現在のようなイベントになりました。アメリカでは、ハロウィンの夜、家々にジャック・オー・ランタン(かぼちゃのおばけのランプ)の灯りが灯る頃、子どもたちはゴーストや魔法使いなどのキャラクターの仮装をして近所を訪ねてまわります。仮装するのは、悪霊そのものをあらわしているとも、悪霊がその格好を見ておどろいて逃げるようにとも言われています。そして、子どもたちが「Trick or Treat !(トリック オア トリート)」(お菓子をくれなきゃいたずらするぞ!)と声をかけて玄関をたたくと、その家の人が「Happy Halloween !(ハッピー ハロウィン)」 といってお菓子を渡し、霊を鎮めます。日本では近所を練り歩くことはありませんが、おうちでみんなでハロウィン・パーティーを楽しむのがいいですね。仮装アイテムも売っていますが、身近な材料でお化けの格好をして、シーツに色紙で顔をつけてかぶったり、黒い布をマントにしたり。好きなマンガのキャラクターになりきっても楽しいかも・・・。
また、「お菓子をくれなきゃいたずらするぞ!」と言って、この日ばかりは堂々とお菓子をもらっちゃいましょう! でも、食べ過ぎて腹痛を起こさないように。
 
0

蕎麦(そば)

 蕎麦は、産地によって夏から秋に収穫されます。いずれも収穫したては新蕎麦ですが、一般に「新蕎麦」といえば、秋に収穫された蕎麦をさすことが多いようです。緑がかった美しい色で、香りも良い秋の新蕎麦は、江戸の頃から人気の品でした。新蕎麦は秋の季語でもあり、様々な句に詠まれています。元禄時代に発刊された「本朝食鑑」には、「少しでも早く出回るそばを珍重し、手に入れたがる。時期はずれのものは実が十分入らず味も良くないのに、ただ早く出回るのを賞味・珍重するのである」というような記述があります。江戸っ子の初物好きは「新蕎麦」にも発揮されていたようです。蕎麦は種をまく時期によって「夏蕎麦」と「秋蕎麦」に大別されます。蕎麦は、種をまいてから収穫までの期間が稲、麦などに比べ短く、70~80日で収穫できます。気候への適応性もあり、火山灰地や開墾地などのやせ地でもよく生育するので、短期間で収穫できる救荒作物でもありました。さらに土壌の乾燥に強く、吸肥性が強いなどの特徴もあります。ただし、霜には弱いので霜の降りる前に収穫します。一般に、蕎麦は秋に収穫され、秋の新蕎麦を略して「秋新(あきしん)」と呼びます。10月末ごろから出回る新蕎麦は、香り、色、味が優れ、粉に挽いても、貯蔵状態が良ければ変質しにくいという特徴があります。8月の終わり頃から「新蕎麦」のビラを店頭で見ることがありますが、この頃の蕎麦は「夏蕎麦」です。蕎麦は、白米や小麦粉に比べて良質なたんぱく質を多く含みます。ビタミンB群やミネラルも豊富。食物繊維も豊富に含まれています。大きな特徴としては多量の「ルチン」を含みます。ルチンはポリフェノールの一種で、 毛細血管を強化し、血管を拡張する事で血流を良くする作用があります。記憶細胞の保護、活性化にも有効といわれています。蕎麦を常食とする山村に長寿の方が多いといわれるのは、このような蕎麦の栄養が一役買っているのかもしれません。
 
0

芋煮会

 今日の台風21号は風がすごかったですね。あちらこちらで木の枝が折れたり、ごみが散乱したりで、学校に来るのが大変でした。皆さんも無事に着きましたか?(ホームページもなかなか接続できませんでした)身体が冷え切ったという人もいると思います。そのような時に体が暖まる芋煮はいかがですか? 芋煮とは里芋やこんにゃく、ねぎ、きのこ、季節の野菜などを主な具材とした鍋料理です。近所の人達と、河原で材料を持ち寄って大鍋で芋煮を作る野外パーティーが芋煮会。芋煮会は東北各地で行われていますが、有名なのは山形の芋煮でしょう。芋煮の起源には諸説あります。古くは江戸時代、上方からの物資を運んできた最上川舟運の終点が今の山形県中山町付近で、荷物の引き渡しで長逗留することになった船頭たちが、この地の名産の里芋を鍋で煮て食べたことが芋煮の始まりという説が伝えられています。その後も芋煮の風習は受け継がれ、明治になって身近な河原で集まって楽しむようになったとされます。現在も豚肉を用いる庄内風、牛肉を用いる内陸風など、地域によりさまざまな形で芋煮が受け継がれています。家庭料理として年中食べられていますが、芋煮会は秋の実りに感謝しつつ、仲間と和気あいあいと楽しめる人気の行事です。また、山形では毎年9月の第1日曜日に、「日本一の芋煮会フェスティバル」が開催され、年中行事になっています。馬見ヶ崎河川敷の会場に直径6mの大鍋が設置され、材料となる里芋3t、牛肉1.2t、その他の材料も驚くほど大量に使われる日本一スケールの大きい芋煮会です。
 一度味わってみたいものですね。
 
0

AED講習会

 本日、AED講習会を午後2時より格技場1階の柔道場でおこない、本校職員、運動部の生徒、PTAの方々約50名が参加しました。講師は羽生消防署の方々です。AEDとは自動体外式除細動器のことで、心室細動を起こした人に電気ショックを与えることで正常なリズムに戻すための医療機器です。心室細動を起こした心臓は、ポンプとしての機能を失い、脳や身体に血液を送ることができなくなります。そのため脳や体内に酸素が供給されなくなり、やがては心臓が完全に停止して死に至ります。心室細動を起こした場合、唯一の治療方法が電気ショックを与え、心臓のリズムを正常に戻すことです。処置が1分遅れるごとに10%ずつ救命率が低下すると言われているので、できるだけ早く電気ショックを行うことで救命率も、その後の社会復帰率も向上します。AEDの使用は、2004年7月から一般市民でも使用できるようになりました。同時に普及にも力が入れられ、現在では空港や駅、学校、公共施設、企業など人が多く集まるところを中心に約20万台が設置されています。機種によって操作に多少の違いはありますが、初めての人でも簡単に使用できるように音声が使い方を指示する仕組みになっていますが、緊急の場合に冷静に対応することは難しいので講習会を開きました。
 初めてAEDを扱う方も多く、不安を持っていたようですが、消防所の方のていねいな説明と適切な指導でみな積極的に参加し、実りのある講習となりました。特に重要なのは、AEDを使うことよりも心肺蘇生(胸骨圧迫)をしっかりとおこなうことだと再確認しました。
 AEDを使う場面は起こってほしくないですが、まさかのための対応は必要だと改めて思いました。
 
   心肺蘇生とは・・・       消防所の方の実演
 
   生徒も保護者もチャレンジ! 力の入れ方が難しい!
0

栗(くり)

 「栗」は秋の味覚の代表格。洋菓子店や和菓子店にさまざまな栗のお菓子が並び、甘党にはわくわくする季節です。栗御飯や渋皮煮なども、ぜひ味わいたい秋の味覚です。
 
 栗と日本人のつながりは古く、縄文時代にまでさかのぼります。青森県青森市にある三内丸山遺跡の発掘で、原始的な狩猟生活をしていたと考えられていた縄文時代の人々は、実は集落をつくって暮らし、その周りに栗やクルミの木の林を作って、その実を主食にしていたことがわかりました。福井県三方町の鳥浜貝塚でも、栗の木が整然と植えられていた跡が発見されています。栗は大事な食料であり、縄文時代から栽培されていたのです。弥生時代以降、雑穀の栽培や稲作が始まっても、栗は飢饉などに備える救荒作物として植えられてきました。
また、栗の実を干し、臼でついて殻と渋皮を取り除いたものを「搗ち栗(かちぐり)」といい、保存食として用いられてきました。臼でつくことを「搗つ」といい、それが「勝つ」に通じることから「勝ち栗」とされ、勝利を祈願する縁起物として戦国武将が戦の前に食べたといわれます。二ホングリは日本原生の野生種で、柴栗(シバグリ)と呼ばれ、今も山野に自生しています。栽培種は果実が大きく、味も良いのが特徴です。有名な「丹波栗」は京都の丹波地方で採れる大栗の総称で、江戸時代には将軍家や御所にも献上されたそうです。チュウゴクグリは「天津甘栗」としておなじみの栗です。小粒ですが、渋皮がむきやすく、焼き栗で食べるとおいしいです。ヨーロッパグリは樹勢が強く大木になりますが、果実の大きさは二ホングリより小さめです。渋皮がむきやすいのも特徴です。街角のあちこちで焼き栗として売られており、お菓子や料理にもよく使われます。
          
 栗にはカリウム、カルシウム、マグネシウム、リン、亜鉛、鉄など私たちの健康に欠かせないミネラルが豊富に含まれています。また、葉酸などのビタミンB群や食物繊維も多く含んでおり、栄養的にも優れた食べものです。
 また、栗の木は他の木材に比べて、耐水性や耐久性にすぐれているので、昔から家の屋根や床板、柱などに重用されていました。明治時代になって鉄道が開設されると、枕木として利用されたのが栗の木です。鉄道が日本中に伸びていったこの時期、全国の莫大な量の栗の木が伐採されていきました。コンクリート製の枕木が登場するまで、日本の鉄道発展の陰には栗の木の多大な貢献があったのです。

0

わらの活用

 稲は米以外にもたくさんの副産物を人々にもたらしてきました。特に茎の部分、「わら」はさまざまなな方法で利用されてきました。日本人が稲作を始めたのは縄文時代と言われています。その頃の収穫は、穂だけを刈り取る「穂苅り」で、田んぼに残ったわらはそのまま土に還っていました。7~8世紀頃になると、収穫に鉄製の鎌などが使われるようになり、稲を根元から刈り取る「根刈り」に変化しました。刈り取られた稲を脱穀して米を収穫し始めたことで、大量のわらが残ることになり、そのわらを使ってさまざまな生活用品が作られ、利用されてきました。特にわらの文化が発展したのは江戸時代です。江戸時代には多くの農書が残されていますが、当時使われていたわらで出来たさまざまな生活用品が紹介されています。わらは、そのまま燃料や飼料、畜舎の敷きわらなどにも使われます。ハカマを取った「すぐりわら」は、屋根葺きや土壁に使われますし、しめ縄やしめ飾りにも使われます。このすぐりわらを叩いて加工しやすくしたものが「叩きわら」です。これを使って作られたさまざまな道具の例を挙げてみました。今は使われなくなったものもたくさんありますね。着るものとしてはわらじ、わらぐつ、かさ、みのなど。生活用品としてはわら縄、かご、いずめ(おひつ入れ)、鍋敷き、べんけい(串をさすもの)、円座、むしろ、畳床、縄袋、縄のれん、わら細工の馬などの飾り物など。この他、煮豆をわらで包んで発酵させた納豆は、わらがなければ生まれなかった食べ物です。様々な形で使われたわらの加工品は、傷むと補修されながら使われ、最後には燃料として燃やされたり、田畑の肥料にされたりして土に還りました。そして、また新しい稲を育むもとになったのです。
 このように、日本人は稲を上手に利用し、使い尽くす無駄のない生活をしてきたのです。最も、最近では、若者の間では米のわらよりも、ワンピースの「麦わらのルフィ」のほうが有名でしょうか?
        
0

稲刈り

 稲刈りが学校の周りの田んぼでおこなわれています。稲刈りは古来より日本の農村部における秋の代表的な風物誌です。秋祭りは、その年の稲が無事に収穫されたことを祝い、来年も豊作であることを祈願する祭りです。日本では第二次世界大戦後も久しく、鎌を用いて手作業で稲刈りが行われました。稲刈りに使用する鎌は、刃先が鋸になった特殊なもので、イネの茎の切断が容易に出来るよう工夫されていました。しかし、稲刈りの作業は近年のコンバインの登場によって大きく様変りしました。コンバインは1940年代に初めて登場し、高度経済成長期以降徐々に普及しました。稲刈りから脱穀までの作業を一貫して行えるのがコンバインの特徴です。稲刈りから脱穀をまとめて行いますが、その間籾の乾燥工程がないので、脱穀された籾は直ちに専用の穀物乾燥機にかけられます。現在でも、山間地や棚田など大型の農業機械の導入が困難な田んぼや、米の栄養や旨味を増したいと言う目的で、バインダーで刈り取り、稲木にかけて乾燥、ハーベスターで脱穀するという組み合わせで収穫するか、もしくは鎌を用いた従来通りの作業方法が採られています。コンバインの普及により作業時間は大幅に短縮されたが、車両後方に排出される藁のくずが皮膚に付着すると、比較的大きな痒みや肌荒れが起きる為、コンバイン搭乗者以外の作業従事者は作業時の風向きに十分注意する必要があります。稲刈りを行っている農家が顔を覆うようにタオルや手ぬぐいを着用しているのは、その痒みを事前に防ぐ為である事が多いようです。近年は高価ではあるがキャビン付きの車両も登場しており、搭乗者の負担は大幅に減少しているようです。刈り取られた稲は水分が多いので、稲架にかけて天日干しされ、十分乾燥した頃に脱穀をおこないます。人力のみに頼った頃は、多人数が必要であったため、当然のように子供も動員されました。そのため、農村域では学校でも休暇を設定しているのが普通でした。農繁休暇と呼ばれましたが、一般には稲刈り休みと呼んでいました。神社で神に捧げる少量の稲を神職や氏子などの手により作られている場合もあり、この場合、稲刈りは大体手作業で行われます。皇居でも生物学御研究所脇に御田があり、毎年9月下旬に天皇が自ら手作業で稲刈りをおこないます。この行事は昭和天皇が始めたもので、今上天皇にも引き継がれています。収穫した稲は伊勢の神宮に納めたり、皇居内の神事に使うほか、天皇一家の食事にも使用されているそうです。
 
0

鮭(しゃけ、サケ)

 「食欲の秋」の第2弾として鮭について調べてみました。秋の味覚といえば鮭。塩焼きやムニエル、スモークサーモン、寿司も美味しいですね。鮭は9~11月に川を上ります。主に東北・北海道沿岸によってきた鮭を「秋鮭」「秋味」と呼びます。鮭は川で誕生して海に下り、産卵までの数年間は北の海で成長し、産卵期の秋に再び生まれた川を上り、一生を終える代表的な回遊魚。なぜ、生まれた川に戻ってこれるのかは未だ謎ですが、川に遡上する直前の秋鮭は脂が乗って、最高に美味しい状態です。鮭は身が赤いので、赤身魚と思われがちですが、じつは白身魚です。あの赤は、白身魚特有の速筋で、エビやカニを餌にしているうちに赤くなっていきます。鮭には色々種類があります。「○○鮭」と呼ばれているものだけに限定すると、「銀鮭」「紅鮭」「白鮭」の3種類になりますが、一般的に日本で鮭というと「白鮭」になり、「銀鮭」「紅鮭」は日本の川には上りません。秋鮭も「白鮭」の一種です。産卵シーズンの9~11月に東北・北海道沿岸に寄ってきたものを秋鮭、秋味と呼び、5~7月頃にとれる鮭は、季節外れという意味で時鮭、時不知(トキシラズ)と呼ばれます。平安時代中期に律令について記された「延喜式」に、越後の国から朝廷に納める税として、鮭が献上されていたことが書かれているそうです。産地で加工されてから運ばれてきたようで、部位によって呼び名は様々。鮭、鮭子(さけこ)、内子鮭(こごもりざけ)、氷頭(ひず)、背腸(せわた)、鮭児(けいじ)、楚割鮭(すはやりざけ)などがあります。平安時代の記録にも残っているように、昔から鮭は「捨てるところがない」と言われています。牛肉や豚肉と比べ、低カロリー低脂肪で、たんぱく質は消化吸収がよく、子供・病人・高齢者に最適だそうです。脳の活性化に良いといわれているDHAもたっぷり。注目すべきは、鮭の赤色の色素でもあるアスタキサンチン。この成分は非常に強力な抗酸化作用を持っています。
 これから、ますます美味しくなる栄養たっぷりな「秋鮭」を、色々な味で楽しみたいですね。
 
0

 さて、今日は「食欲の秋」の第1弾として柿について考えてみます。秋が深まり、柿の木に色づき始めた柿の実がなっているのをよく見かけます。
 
 「甘いのかな?渋いのかな?」と気になりませんか。なぜ、柿は甘かったり渋かったりするのでしょうか。柿には「甘柿」と「渋柿」がありますが、この違いは柿に含まれる渋み成分「タンニン」が口の中で溶けるかどうかによって決まります。未熟なうちは甘柿も渋柿も「可溶性」タンニンを含んでいますが、甘柿は成熟するとタンニンが「不溶性」(水に溶けない性質)になるため、渋く感じません。一方、渋柿は成熟してもタンニンが可溶性(水に溶ける状態)のままなので渋く感じるのです。おいしい柿を選ぶポイントは①へたがきれいで、へたが実に張りついていて、実との間に隙間がないもの。②色むらがなく、全体が濃い柿色。薄い色のものは甘みが少ない。③皮に張り、つやがある。皮にしわやシミがあるものは鮮度が落ちているものがよいと思います。一方、渋柿も渋抜きをすることで、甘くなって食べられるようになります。一般家庭でもよく用いられているのが、アルコールを使った方法で、渋柿のヘタの部分にアルコール濃度の高い焼酎やブランデーなどを塗って数日間置いておきます。干し柿にすると渋みは自然に抜けます。昔話などにもよく登場する「柿」。日本人にとってはなじみの深い果物といえます。古来から日本にあり日本原産のようなイメージですが、元々は古代に中国から伝わったとされています。その後改良が進み日本の風土に合った現在の柿の形になりました。柿にはビタミンCやビタミンA、カロテン、タンニン、カリウムなどの栄養素が豊富に含まれています。また特徴的なものとしてアルコールデヒドゲナーゼという酵素が含まれており、このアルコールデヒドロゲナーゼこそが二日酔い解消に効果を発揮する重要な成分といわれています。旬のこの時期に思いっきり味わいたいですね。
 
0

10月の風景②

 10月も中旬になりました。稲刈りや秋の収穫の声が聞こえてきます。並行して山々では紅葉も少しずつすすんでいます。今年は10月に入って涼しい日が続き、紅葉が楽しみです。他の国でも紅葉が見られますが、日本の紅葉は格別と言えます。京都や日光など紅葉の名勝には事欠きません。世界の国々の中でもとりわけ日本の紅葉が美しいと言われているのは、日本の気候風土のなせる技! そもそも、紅葉が見られるのは落葉樹と呼ばれる種類の木だけですが、世界の国々でも落葉樹林がまとまっているのは、東アジアの沿岸部と北アメリカ大陸の東部、ヨーロッパの一部にすぎません。日本は国土のおよそ7割が森林でさまざまな落葉樹があり、寒暖の差が結構ありますから、至るところで美しい紅葉を楽しむことができる訳です。ちなみに、明け方の最低気温が6℃~7℃位になると紅葉が始まり、およそ20日~25日後に見頃を迎えます。こうした条件と照らし合わせながら、紅葉をチェックしてみるのも楽しみですね。でも、秋の一番の楽しみは「食欲の秋」かな?
 
0

PTA県外研修

 10月7日(土)、PTA県外研修をおこないました。本校のPTAでは毎年10月に県外研修を実施し、会員間の親睦を深めています。今回は千葉方面の視察で、南房総市で海鮮料理を満喫、袖ケ浦市で落花生の収穫体験をしました。保護者、教職員30数名が参加し、天気は出発時には小雨がぱらついていましたが、千葉県に入った10時頃にはあがり、秋の一日を楽しみました。
 帰り途中に、東京湾アクアラインの海ほたるPAで休憩をしました。デッキから東京湾を眺めていると、潮風にふかれ、「海はいいなぁ~~。」と感じました。
 
 
0

運動会について

 
 かつて、10月10日は体育の日で、日本各地で運動会が開催されることが多くありました。運動会は学校、会社、地域団体(地域社会、児童生徒)などの参加者および運営による協力により、規定プログラムに従って遂行される体育的な活動行事です。体育祭などと称することもあります。元々は、イギリスやドイツの職工体育的行事に起源が有りますが、日本における運動会の発足は「国威発揚」「富国強兵」「健康増進」を目的として、明治末期から社会的に広く普及]したものであることから、「近代日本独特の体育行事」であるとされています。運動会は、日本が近代国家を形成する過程において、運動会は大きな役割を果たしたと言われます。1つには、地方自治制度の整備や産業化の進展による、伝統的地域社会の再編成がすすむなかで、地域社会の統合に寄与したことが挙げられます。在学生だけではなく、その地域の大人たち、しかも子供を学校に通わせていない大人たちをも含めて、運動会に積極的に参加することで、学校を中心とする地域社会の連帯を再確認し、強固にすることが可能となりました。運動会は、従来のムラにおける「ハレ」の場に代わる役割を果たしつつ、地域社会の連帯感の強化に大きな意味を持ちました。
 しかし、時代が変わるなかで、競技による怪我や少子化に伴う保護者の未参加など、さまざまな課題も出てきて、運営には苦労が絶えません。ちなみに、本校の運動会(体育祭)は先日10月6日(金)に実施しました。
 
0

体育祭

 本日、体育祭を実施しました。天気予報では午後から雨で進行が心配でしたが、生徒が気合一杯にがんばり、競技がスムーズに進んだ結果、全競技を予定どおりおこなうことが出来ました。昨日の予行では綱引きで優勝した3年5組が得点でトップでしたが、午前終了の段階では2年2組が逆転、午後の競技までもつれましたが、最終的に3年5組が優勝、2年2組はおしくも2位、3位は3年3組でした。
 肌寒いなかでの体育祭で、頑張りすぎて足を痛めたり、体調不良を訴えた者もいましたが、大きな怪我もなく、生徒のやる気が感じられました。応援に来た多くの保護者の皆様も子どもたちのがんばりに満足していただけたと思います。
 
  今日の天気、大丈夫かな?      まずは準備体操
 
   やっぱ、寒いよね?        女子200m
 
    男子200m           女子80m
 
     男子80m            二人三脚R
 
     二人三脚R       保護者の方々も熱心に応援!
 
       電卓計算R。意外と計算が難しい?
 
       大縄跳び。クラスの団結力の見せ所。
 
        スウェーデンR。一歩でも先に!
 
   一輪車レース。ボールが落ちないように気をつけて!
 
    男女1000mR。ゴールを目指して全力で!
 
      ハリケーン。みんなでがんばりました!
0

体育祭予行

 体育祭の予行をおこないました。今日は体育館に集合して、まず準備体操。その後綱引きをおこないました。特に気合の入っていたのは3年生。多くのクラスが最後の体育祭でハッスルし、なかでも圧倒的な力で勝ち進んだ3年5組が優勝しました。2位は健闘した2年2組。来年が楽しみです。3位には意地を見せた3年4組が入りました。明日が体育祭本番です。天気が少し心配ですが、生徒のパワーで雨を吹き払ってもらえればと思います。
 また、予行終了後に、8月末に行われた学校農業クラブ連盟フラワーアレンジメント競技会県大会で1・2位となり、10月下旬に秋田県でおこなわれる全国大会に出場する飯島さんと小川さんの壮行会を開きました。全国でも力を出してもらえればと思います。
 
 集合~~、予行を始めます。    しっかりと準備運動を!
 
  綱引きを始めま~~す。      1年生はがんばる!
 
   2年生もがんばる!      決勝! 3年生の底力!
 
 優勝~~~! おめでとう!  これまでのがんばりを振り返る
 
 壮行会。生徒会長激励のことば。  全国大会でもがんばります!   
0

月見だんごとススキ

 月見と言えば、だんごがつきものです。月見だんごは地域によって形が異なります。関東では満月に見立てた丸型、関西では里芋を模しただんごがお供えされます。関西の月見だんごが里芋に似せてつくられるのは、旧暦の8月15日の十五夜がちょうど里芋の収穫期であり、芋名月といわれ、里芋をお供えする風習があったからです。里芋型の月見だんごにはあんこをつけますが、月にかかった雲や皮つきの里芋料理の衣かつぎの皮を表現していると言われています。月見だんごは、地域によってお供えする数が異なるます。十五夜には十五個、十三夜には十三個、または三個お供えする地域があります。本来は「三方(三宝)」という台に白い紙を敷き、月が見える軒先や玄関などにお供えしますが、お盆や皿に積み上げてもかまいません。また、月見だんごや秋の収穫物とともにお供えするのがススキです。本来、月の神様を招き、月の神様が宿る稲穂ですが、十五夜や十三夜は稲の収穫期には早いため、形が似ているススキを飾るようになったと言われています。古来、ススキには魔除け、厄除けの力があると信じられ、月見にお供えしたススキを軒先に吊るしておくと、一年間病気にかからず健康に過ごせると信じられていました。
 ものごとには、いわれのあることがたくさんありますね。
 
0

月見(十五夜)

 お月見といえば「十五夜」の「満月」を思い浮かべます。 十五夜とは本来は満月のことですから、年に12回または13回めぐってきます。中でも旧暦の8月は1年の中で最も空が澄みわたり月が明るく美しいとされていたため、平安時代から観月の宴が開催され、江戸時代から収穫祭として広く親しまれるようになりました。十五夜は旧暦の8月15日をさすので、新暦では月遅れの9月15日と思っている方も多いでしょう。しかし、月の満ち欠けを基準にしていた旧暦と、太陽の動きを基準にしている現在の暦にはズレが生じます。そのため、実際には毎年9月中旬~10月上旬の間に旧暦の8月15日がやってきます。ちなみに今年の中秋の名月は、今日10月4日(水)です。満月の2日前ですね。月見(つきみ)とは、満月など月を眺めて楽しむことで。観月(かんげつ)とも言います。狭義には、旧暦の8月15日(十五夜)と9月13日(十三夜)の夜の月見を指します。十五夜(太陽太陰暦では常に満月)は旧暦の秋のちょうど中頃なので中秋の名月または仲秋の名月とも言います。望月古来より、旧暦8月(グレゴリ暦9月ごろ)は観月に最も良い時節とされていました。この夜は、月が見える場所などに祭壇を作り、すすきを飾って、月見団子・里芋・枝豆・栗などを盛り、御酒を供えて月を眺めました。このことから芋名月とも言います。十三夜は日本独自の風習であり、ちょうど食べ頃の大豆や栗などを供えることから、この夜の月を豆名月または栗名月と言います。十五夜と十三夜、どちらか片方の月見しかしないのは「片月見」と言って嫌われました。秋や冬は空気が乾燥して月が鮮やかに見え、かつ、秋は湿度も低く夜でもそれほど寒くないため、名月として鑑賞されるようになりました。 中国、日本では、月を愛でるという習慣が古くからあり、日本では縄文時代ごろからあるといわれ、平安時代ごろから中国から月見の祭事が伝わると、貴族などの間で観月の宴や舟遊び(直接月を見るのではなく船などに乗ったりして水面に揺れる月を楽しむ)など歌を詠んだり酒を飲んだりしました。ヨーロッパでは満月は人の心をかき乱し、狂わせるものであったようで、月の女神が死を暗示したり、狼男が月を見て変身するというのは、その典型的な例で、とても月を眺めて楽しむという気分にはなれなかったようです。
 
0

10月の風景①

 
 10月は旧暦で神無月(かんなづき)と呼ばれます。「かみなづき」「かむなづき」とも言います。でも、あるところでは「神在月」(かみありつき)と逆の意味で呼ばれています。さて、それはなぜでしょうか? かつて10月が全国の八百万の神様が一部の留守神様を残して出雲大社(島根県出雲市)へ会議に出かけてしまうと考えられてきたからです。その為、神様が出かけてしまう国では神様がいないので「神無月」、反対に出雲の国(島根県)では神様がたくさんいらっしゃるので「神在月」という訳です。
 秋の深まりとともに、野山が少しずつ赤や黄色で彩られる季節になりました。その彩りに誘われて出かけてみてはいかがでしょう? 空気も食事も景色も美味しくて、日本の秋に感謝したくなりますね。
 
0

衣替え

 今日から衣替えです。「衣替え」は、10月1日を目安に夏服から冬服へ、6月1日を目安に冬服から夏服へと替える風習です。でも考えてみると、どうして一斉に服を替えるようになったのでしょう? 衣替えは、平安時代に中国から伝わった習わしで、宮中行事として、年に2回衣を替えるようになりました。当初は「更衣(こうい)」といいましたが、女官の役職名に用いられるようになったため、「衣更え(衣替え)」と呼ばれるようになりました。江戸時代になると着物の種類が増えたため、気候に合わせて年に4回衣替えをするよう、武家社会で定められました。これが庶民にも広がっていきました。明治時代に洋服が取り入れられると、役人や軍人などが制服を着るようになり、暦も新暦に変わったため、夏服と冬服を年に2回替えるようになりました。すると、学校や家庭にも衣替えの意識が浸透し、現在に至っています。制服の場合は、ある一定の組織や集団に所属する者が着用するように定められている服装なので、一斉に衣替えをするのも道理です。とはいえ、地域によって気候風土が違うので、衣替えの日程を調整したり、春・秋用の合服を採用したりしながら、衣替えを実施しています。家庭の場合は、衣替えの日を目安に季節に合わせた衣服を着用するようになりました。その背景には、日本ならではの感性があります。日本人は、古来より、服装というのは自分のためだけのものではないと考え、着ている服が周りの人に与える影響も考慮しながら暮らしてきました。特に、大事にしてきたのが季節感で、季節を先取りするのは良いけれど、過ぎた季節をひきずるのは野暮なこととされてきました。たとえば、10月1日に全てを冬物にする方はほとんどいないと思いますが、10月に入ったら、秋らしい装いを心掛けるようになりませんか。Tシャツでも、いかにも涼しげな夏の絵柄ではなく、秋らしい色柄にしたほうが馴染むでしょう。「秋らしい」、「春っぽい」と言うのは褒め言葉ですが、その季節に合わないと、「暑苦しい」、「寒々しい」などと言うように、何気ない一言からも、私たちが日ごろから季節感を意識していることに気付きます。ですから、季節に応じた装いができるよう、家庭でも10月1日を目安に夏物と冬物を入れ替えるようになったのです。このように、衣替えには日本の感性が息づいており、衣替えを通じて衣服の季節感を養ったり、衣服の手入れ・管理・整理整頓のしかたを身につけたりしてきました。暮らしの行事は季節の巡りとともに繰り返されるので、子ども達にとっては、大変意義のある「行事育」でもあるのです。
 今は合理的な収納のおかげで、服の入れ替えをしない家庭もあります。また、エアコンが整っているので、1年中同じような格好の方もいます。しかし、衣替えには日本人が育んできた季節感や文化があるということを、忘れないでいて欲しいと思います。
 
0

羽生市吹奏楽フェスティバル

 昨日、羽生市産業文化会館ホールで羽生市吹奏楽フェスティバルが開催され、本校のブラスバンド部が参加しました。ブラスバンド部は現在は6名と少人数ですが、みんなで仲良く練習に励んでいます。演奏順はなんと1番! 生徒たちは緊張しながらも、ふだん練習した「ルパン3世のテーマ」をはじめ4曲を演奏しました。
 日々の成果を発揮できたと思います。
 
 
0

学校説明会

 
 本日、学校説明会を実施しました。200名近くの中学生・保護者に参加をしていただきました。
 
 体育館で学校全体・入試に関すること、及び商業科・農業科の説明をおこなった後、希望者ごとに体験講座(商業系で簿記・総合実践、農業系でナシの品質調査・グリーンライフ)、施設見学、個別相談に参加していただきました。
 
   講座:ナシの品質調査      講座:グリーンライフ     
 
    講座:簿記          講座:総合実践

中学生や保護者の方々に学校を知ってもらうよい機会とすることができました。

0

秋の深まり

 
 お彼岸が過ぎ、夜の時間が昼よりも長くなりました。1か月前は6時頃だった夕暮れも5時半頃になり、夕方になると虫の鳴き声が響きます。朝夕ずいぶんと涼しくなり、日中は気温の高い日もありますが、空の色は8月までとは違うように感じます。
 早いもので9月も終わりに近づき、10月を迎えようとしています。10月は生徒の楽しみ?にしている体育祭や文化祭があり、活躍の場が広がります。スポーツの秋、食欲の秋、読書の秋、収穫の秋など、さまざまな秋が喜びを与えてくれます。
 皆さんはどのような秋を楽しみますか?
 
0

金木犀(きんもくせい)

 最近近くを通ると、ふいに香ってくる甘い香りで「あ、金木犀が咲いているな」と気がつくことがあります。
 
 金木犀は、その姿より先に香りで気づかれるほどの豊かな芳香が特徴です。金木犀はモクセイ科モクセイ属の常緑小高木樹で、9月下旬から10月上旬に小さなオレンジ色の花をたくさん咲かせます。高さは3~6mに育ち、刈り込んで垣根にもできるので、庭先や公園などでもよく見かけます。特徴は何といってもその香りで、梔子(くちなし)、沈丁花(じんちょうげ)とともに「三香木(さんこうぼく)」と呼ばれています。金木犀と沈丁花の香りはよく似ていますが、春先に香るのは沈丁花、秋の訪れとともに香るのは金木犀です。金木犀の花ことばは、「謙虚、謙遜」「真実、真実の愛」「初恋」「陶酔」。その香りのすばらしさに比べて、花が控えめなところから「謙虚、謙遜」。また、金木犀の香りは甘くて官能的なところから「陶酔」という花ことばもぴったりです。一度嗅ぐと忘れられないような芳香は「真実の愛」「初恋」にも通じるものかもしれませんね。金木犀の香りはリラックス効果が高く、不安感やイライラを鎮めてくれるそうです。金木犀の香りは、合成されてトイレ用消臭剤にも使われたので、そのイメージが強いのが少し残念ですが、本物の花の香りはやさしく心が落ち着きます。金木犀は中国原産で、中国ではモクセイの花を「桂花(けいか)」と呼びます。原産地として地名の由来にまでなっている「桂林」の桂花樹は有名です。奇岩がそそり立ち水墨画のような風景で知られる漓江(りこう)のまわりにもたくさん植えられています。金木犀は、花は咲くものの実がなりません。金木犀には雄株と雌株があり、日本に伝えられたのが金木犀の雄株ばかりだったためといわれています。名前の由来は、樹皮が動物のサイ(犀)の皮に似ていて、金色の花を咲かせるからと言われています。いつ頃から木犀と呼ばれたのかはわかりませんが、その当時サイをどこでみたのかなぁと不思議な気持ちになります。
 
0

放生会(ほうじょうえ)

 放生会(ほうじょうえ)とは、旧暦の8月15日(今年は10月4日)におこなわれる儀式で、人間が捕えた生き物を放し、自然界に返してあげることにより、殺生つまり生き物を殺すことを戒め、生き物の命の重さを説く仏教の儀式です。仏教の戒律である「殺生戒」を元とし、日本では神仏習合によって神道にも取り入れられていました。収穫祭・感謝祭の意味も含めて、春または秋に全国の寺院や宇佐神宮(大分県宇佐市)を初めとする全国の八幡宮(八幡神社)で催されています。江戸時代には庶民の間に広まり、放生会の日になると人々は飼っている動物や魚、カメなどを空や川、海、森などに放して自由にしてあげました。但し、動物を飼っていない人も大勢いたので、寺社の境内や門前、川沿いの露店や行商人が逃がしてやるための「放し鳥」や「放しうさぎ」などを売り、わざわざお金を払って、買った鳥やうさぎを川や野原に逃がしたこともありました。人間に捕獲された生き物を自然に戻してあげることで、人々は功徳を積み、家内安全や商売繁盛を期待しました。
 
0

今日は開校記念日

 
 今日は開校記念日で、生徒たちはお休み。午前中停電もあり、部活動も陸上部、バスケットバール部、ソフトテニス部、ブラスバンド部が活動している程度で、校内は静かです。気温は高めですが、日陰はかなり涼しく、よく見てみると、秋の気配が漂ってきます。
 来月は体育祭、文化祭があり、生徒の活躍の場面が多くなります。今週はその前の静かさといった感じがあります。
 
 
0

きのこ

 秋がすすんでいるなという空気が漂っています。秋は食欲の秋でもあります。きのこの美味しい季節ですね。一般に流通しているきのこ類は、栽培品が主流ではありますが、それでも秋が旬です。きのこは低カロリーで、ビタミンB群・ビタミンDなどのビタミン類や、カリウムなどのミネラル、食物繊維も豊富。種類もたくさんあり、煮たり、焼いたり、炒めたり、鍋物にもピッタリの秋の食材です。秋のきのこの香り、食感、味わいを楽しみましょう。しめじは、「香り松茸、味しめじ」といわれるように、味の良いことで知られていますが、このしめじは「本しめじ」(シメジ科シメジ属)のこと。アカマツなどに生える希少品で珍重されています。最近になってようやく人工栽培が可能になり、店頭にも並ぶようになりました。一般的に流通している「しめじ」は「ぶなしめじ」(シメジ科シロタモギタケ属)の栽培物です。天然物はブナやトチノキなどの倒木に生えますが、流通量は多くありません。また、よく似たきのこに「ひらたけ」があります。しめじとして販売されていたこともありましたがヒラタケ科のきのこです。最近は「ひらたけ」として販売されています。ぶなしめじはカサが開きすぎず、ふっくらとして密集しているものを選びましょう。全体的に弾力があり、軸が白く、太めでしっかりしているかどうかも要チェックです。一方、しいたけ(ホウライタケ科シイタケ属)は、日本では鎌倉時代には食べられていたようですが、栽培が行われるようになったのは江戸時代で、生産量が増えるにつれて広まっていきました。明治時代の中頃にはクヌギやコナラなどの丸太に種菌を植える「原木栽培」、昭和中期頃からは、おがくずに米ぬかや小麦ふすまなどを混ぜて作った培地に植えて育てる「菌床栽培」が始まり、現在もこの2種類の栽培法が用いられています。
 
0

おはぎ・ぼたもち

 お彼岸のお供えものの定番といえば「おはぎ」や「ぼたもち」。いずれも、もち米とうるち米を混ぜて炊き、適度につぶして丸めたものを小豆あんで包んだ和菓子ですが、季節によって呼び名や作り方が変わります。その違いを比べてみると・・・。春に咲く牡丹の花にちなみ、春は「ぼたもち」といい、「牡丹餅」と書きます。牡丹は大きくて丸い花。そこで「ぼたもち」は大きめで丸い形に作ります。材料となる小豆は秋に収穫されるので、冬を越した春は、固くなった小豆の皮を取ってこしあんにして使っていました。だから「ぼたもち」はこしあん。一方、秋は萩の花にちなんで「おはぎ」といい、「御萩」と書きます。萩は小さくてやや細長い花。そこで「おはぎ」は小ぶりで俵の形に作ります。材料となる小豆は秋に収穫されます。とれたての小豆が使える秋は、皮ごと使った粒あんを使っていました。だから「おはぎ」は粒あん。
 現在は、こうした違いにこだわらないものが多くなりましたが、本来は春と秋で区別していたのです。粒あんを使った「おはぎ」は意外と簡単に手作りできますので、ご先祖様に思いを馳せながら「手作りおはぎ」に挑戦してみませんか?
        

0

目指せプロフェッショナル事業講演会

 本日5・6限、2年生の1~3組の商業系のクラスを対象に、目指せプロフェッショナル事業の講演会をおこないました。講師として本校OBで、株式会社スーパーケンゾー取締役社長の木村健造様にお越しいただき、「仕事は人生だ」という演題で講演いただきました。講演では、会社ではベトナムの方ががんばっていて、日本人の数倍がんばること。このままでは日本人は負けてしまうという喚起や、今後ロボット化がすすみ、多くの職種がなくなるので、就職を真摯に受け止めよなどの話、高校時代の思い出等を語っていただきました。中でも印象に残ったのは、人の話を真面目に聞くことが大切、いい加減だと誰にも相手にされなくなり無視されるので、いろいろな勉強をすることが大切だとの話でした。時にやさしく、時に厳しく話をしていただき、初めはあまり真剣でなかった者も途中から話に食い入るように聞いていました。
 今回の講演が、生徒が真剣に自分の将来を考え、その目標実現のための機会になればと思いました。
 
0

彼岸花(ひがんばな)

 朝夕過ごしやすい風が吹くようになりました。この頃になると、道端に彼岸花(ひがんばな)が咲くようになります。秋の彼岸頃に咲くのでこの名前になっています。曼珠沙華(まんじゅしゃげ)と呼ばれることもあります。
 
 田舎道の脇に群生していたりしますが、町中でも空き地や家庭の庭等に見かけます。根のにはリコリンという毒がありますが、この毒は水で何回もさらせばとれるので、昔の人はこの根の部分からデンプンをとって飢饉の際の食料としました。彼岸花はまっすぐな茎の上に花だけをつけます。葉は花が散った後にゆっくり生まれ出ます。韓国名はロマンチックで、サンシチヨと呼び「想思華」と書きます。1本の茎を共有しながら花と葉は決して出会うことはありません。花は葉を想い、葉は花を思い焦がれているから「想思華」という訳です。
 彼岸花が野や里に朱を散らすと、爽やかな風とともに秋がやってきます。
 
0

彼岸

 今日は彼岸(ひがん)の入りです。彼岸とは雑節の一つで、春分・秋分を中日とし、前後各3日を合わせた7日間のことです。また、この期間に行われる仏事(彼岸会)のことでもあります。最初の日を「彼岸の入り」、最後の日を「はしりくち」と言います。元々は、煩悩を脱した悟りの境地のことで、煩悩や迷いに満ちたこの世をこちら側の岸「此岸」(しがん)と言うのに対して、向う側の岸「彼岸」と言います。彼岸の仏事は浄土思想に由来します。浄土思想で信じられている極楽浄土(阿弥陀如来が治める浄土の一種)は西方の遙か彼方にあると考えられていました(西方浄土ともいう)。春分と秋分は、太陽が真東から昇り、真西に沈むので、西方に沈む太陽を礼拝し、遙か彼方の極楽浄土に思いをはせたのが彼岸の始まりです。元々は中国から伝わったもので、心に極楽浄土を思い描き浄土に生まれ変われることを願ったもの(念仏)ですが、日本に伝来後いつの間にか法要を営み祖先を祀る行事へと変化しました。806年(大同1年)、日本で初めて彼岸会が行われました。この時、崇道天皇のために諸国の国分寺の僧に命じて「七日金剛般若経を読まわしむ」と日本後紀に記述されています。不思議なことに、彼岸は現在のインド、中国にはみられず、日本固有の行事なのです。そこには日本古来の農耕儀礼や、祖霊崇拝と仏教を結びつけて、親しみやすくし、なんとか人々に仏教を歩ませようとした先人の願いが感じられてきます。
 
0

松茸(マツタケ)

 残暑も少なくなったこの頃、松茸のニュースが流れてくるようになりました。松茸は、キシメジ科キシメジ属キシメジ亜属マツタケ節のきのこで、海外でも”Matutake(マツタケ)”と呼ばれています。言わずと知れた、日本でのキノコの最高峰です。マツタケは比較的日当たりのいい主にアカマツの林に生えますが、それ以外でも針葉樹が多い林でも生える事があります。香りの成分はマツタケオールと呼ばれ、マツタケの独特の特徴となっています。マツタケの仲間は数種類ありますが、どれも食用になり、毒を持つものはありませんので、マツタケの香りがするキノコは基本的に食べて大丈夫と言う事になります。ところが、このマツタケ、好んで食べるのは日本人くらいのようで、海外ではこの香りが逆に臭いと感じられるようです。ヨーロッパのトリュフのようですね。シメジやシイタケのように人工栽培する事が難しく、今なお、自然発生している物を採取し出荷されているため、非常に高価なキノコとなっています。
 かつては、全国各地の山間地で人の手が加えられた里山が広がっていて、アカマツなども燃料などとして活用されていたので、マツタケが生育する環境が整っていたことから、今よりもみっともっと身近な秋の味覚だったようです。しかし、現在ではアカマツなどの利用もなくなり、過疎化が進むにつれ、里山が自然の状態に戻り、落ち葉などが堆積したままになるなどマツタケにとっては生育しにくい状態になっています。そして、マツタケは人工栽培が今なおできないので、自然に発生したものを収穫するしかないからです。松茸の生産地は長野県が最も生産量が多く、岩手や山形、それに近畿では京都、兵庫、和歌山、岡山、広島などが産地として有名です。松茸ごはんや土瓶蒸しなどさまざまな調理方法で味覚を味わえます。ただ、値段は高価なのでいい香りを今年は楽しめるか・・・?
 
 どんぐりも見られるように     今年は食べられるかな?
0

敬老の日

 9月18日は敬老の日です。敬老の日は、聖徳太子が現在の大阪市に悲田院(ひでんいん)という身よりのない老人や病人を収容する救護施設を設立したと伝えられる日にちなむものです。現在の敬老の日は1954年(昭和29年)に「としよりの日」として設けられたのが始まりです。この呼び方に各界から異議が起こり「老人の日」に。そして1966年(昭和41年)に現在の「敬老の日」と改められ国民の祝日となったのです。 ちなみに、英語では敬老の日を「Respect for the Aged Day」、「敬老」は「respect for the elderly [aged]」と言います。ところで、長寿のお祝いは数え年で61歳(満60歳)になる還暦からお祝いするのが習わしとなっています。60歳は人生で5回目の年男、年女になる年。生まれた干支に還って赤ちゃんに戻るという意味で、赤いチャンチャンコとずきんを送るというのがしきたりでした。
 超高齢化社会に向かっていますが、やはり場面によっては年配者(年寄り)の知恵が欠かせないことも多々あります。若いと思っているみなさんもいずれは年寄りに・・・。敬うことを忘れなければそうなった時に敬われるはずです。
 
0

就職試験直前指導

 本日6時間目、3年生の就職試験直前指導を格技場1階の柔道場でおこないました。同じ時間、進学希望者は格技上の2階で進学指導をおこないました。就職指導では校長の就職試験に向けての話の後、進路指導主事の飯田先生から全般的な話、学年主任の關先生から3年生に向け、叱咤激励の話がありました。はやい生徒で、明後日から就職試験があります。指導を受けて万全の態勢で臨むとともに、自分の力を十二分に発揮して、希望者全員が就職を決めてもらえればと思いました。
 
   進路指導主事の話         学年主任の話 
0

コスモス(秋桜)

 9月14日は「コスモスの日」です。2月14日のホワイトデーから半年たった恋人同士が、コスモスを添えたプレゼントを交換して愛を確かめ合う日といわれています。 
 
 コスモスの和名は「秋桜(あきざくら)」という、いかにも日本らしい名前ですが、実は明治のはじめごろに渡来した外来種です。容易に栽培でき、丈夫で手間がかからないので、明治の末には全国的に広まったようです。原産地はメキシコなので、栄養分が少ない乾燥した土地を好みます。水やりや施肥をする必要がないので、園芸初心者にもおすすめです。在来種は白、ピンク、赤の3種類ですが、今では品種改良により、黄色や黒(チョコレート色)など、さまざまな種類のコスモスも増えています。夏の早咲きから秋の遅咲きまで、咲く時期もいろいろですが、「秋桜」の名の通り、秋の季語です。花言葉は「調和」「謙虚」「美麗」。群生が似合う花に似つかわしい花言葉です。「コスモス」の語源は、ギリシャ語の「kosmos」に由来します。これは、「秩序」「美しい」「調和」などを意味します。宇宙を、統一された調和のとれたシステムととらえる時に、「コスモス」という使い方をします。「カオス(混沌)」の対義語であるといえば、わかりやすいかもしれません。宇宙は「コスモス」以外にも、「スペース」や「ユニバース」とも呼ばれます。「スペース」は、空間としての宇宙、「ユニバース」は、観測できるすべてを含めた宇宙を表します。「コスモス」という呼び方は、どちらかといえば思想的・哲学的なニュアンスが含まれます。一方、群生で咲いていることが多い花のコスモス。同じ時期に、同じくらいの高さで、整然と咲く様子は、まるで秩序だった宇宙のシステムのように見えるのでしょうか。宇宙と花。意外なところでつながっていました。 
 
 コスモスは外来種なので、和名が「秋桜」であっても、それを「コスモス」とは読みません。「秋桜」と書いて「あきざくら」と読みます。逆に、日本に古くからある「女郎花(おみなえし)」や「百日紅(さるすべり)」などは、当て字の漢字があり、古くは万葉集や古今集などでも詠まれています。では、なぜ「秋桜」と書いて「コスモス」と読むようになったのでしょうか。それは、昭和52年に歌手の山口百恵さんが歌った「秋桜」という歌謡曲が大ヒットしたからなのです。嫁ぐ娘が母を思う気持ちを歌った歌で、当時の山口百恵は18歳でした。作詞・作曲はさだまさしさん。曲のタイトル「秋桜」を「コスモス」と読ませ、歌詞の中でも「秋桜」と表記して「コスモス」と読ませました。「秋桜」と書いて「コスモス」と読ませる…。当時の歌謡曲は、キーワードとなる漢字を違う読み方で読ませるのが流行っていて、有名なところでは「本気」と書いて「マジ」、「恋敵」と書いて「ライバル」、「運命」と書いて「さだめ」などなど。これら3つは幾分「無理矢理感」が感じられますが、「秋桜」と書いて「コスモス」は図鑑や難読漢字にも取り入れられるほどで、歌の世界から抜け出し、ほぼ一般化しています。
 今では「秋桜」を何の疑問もなく「コスモス」と読む人が多いのではないでしょうか。 

0

秋の七草

 皆さんは、秋の七草を全部知っていますか?  春の七草は、「セリ、ナズナ、オ(ゴ)ギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロ、これぞ七草」という歌とともに七草粥を食べるという行事が今でも、行われるところから、ご存知の方も多いと思いますが、意外とご存じないのが秋の七草です。最近の若い人の中には、秋にも七草粥があってそれに入れるものだと思っている人もいるようです。(^_^) 秋の七草は、秋の野に咲く花をさしています。お粥に入れて食べられませんよ。秋の七草の由来は、万葉集の山上憶良が詠んだ歌に、「秋の野に咲きたる花を指折りかき数ふれば七草の花。萩の花、尾花(ススキ)、葛花(クズ)、撫子の花(ナデシコ)、女郎花(オミナエシ)また藤袴、朝貌(キキョウ)の花」というのがありますが、これが秋の七草です。秋の七草とは言いますが、実は夏の花が多いのです。暦の上では、立秋といえば8月初旬ですから、8月に咲く花が秋の花といっても差し障りはないのですが、桔梗は6月下旬から咲き始めますから、秋の花というのは不自然な気がしますが、ひょっとしたら、今とその頃では気候も違うでしょうし、種類的にも若干違う種類なのかも知れないので、その頃は秋に咲いていたのかもしれません。この秋の七草が今ピンチなのです! 
 さて、残念なことですが、秋の野に出てもこれらの花を見かける事が少なくなっているようです。藤袴、桔梗は、絶滅危惧のレッドリストに絶滅危惧類として登録されています。
秋の七草がなくなるなんてさびしいですね。何で絶滅の危機かはわかりませんが、何とか家で栽培するなどして絶滅を防ぎたいですね。
 
     萩(はぎ)            ススキ
 
     桔梗(きよう)           ナデシコ
  
  葛(くず)      ふじばかま   女郎花(おみなえし)
0

サンマ(秋刀魚・さんま)

 サンマ(秋刀魚・さんま)は、秋の味覚を代表する魚です。秋のサンマは脂肪分が多く美味であり、特に塩焼きは日本の「秋の味覚」の代表とも呼ばれています。日本では、塩焼きにしてカボスや、スダチ、ユズ、レモン、ライムなどの搾り汁やポン酢、醤油などをかけ、大根おろしを添えて食べることが多く、内臓に独特のクセはあるがえぐみは少なく、塩焼きのはらわたを好んで食べる人も多くいます。蒲焼きの缶詰は水産物缶詰のなかでも人気が高く、近年では刺身としても流通しており、脂の乗り切らない初秋が食べ頃とされ、他の青魚と同様に酢じめして食べる事もあります。また、押し寿司としても利用されています。サンマには、血液の流れを良くするといわれるエイコサペンタエン酸が含まれており、脳梗塞・心筋梗塞などの病気を予防する効果があるとされています。また、ドコサヘキサエン酸も豊富に含まれており、体内の悪玉コレステロール(LDL)を減らす作用、脳細胞を活発化させ、頭の回転を良くする効果もあるとされています。生のサンマの鮮度の見極めは、尾を持ちサンマの頭を上に向けたとき、体が曲がらずにできるだけまっすぐに立つもの。目が濁っていないもの。口先がほんのり黄色いことなどと言われています。おいしいサンマは口先だけでなく尾も黄色く、極まれに全身が黄色のサンマも獲れます。これらは高級魚として高値で取り引きされています。サンマにはアニサキスが寄生している場合もあり、生食やそれに近い調理方法には注意が必要とされます。焼き魚として調理する場合、取り除くべき大きな鱗を持たず、内臓やえらを取り出すことも少ないので包丁を必要とせずに扱いやすく、料理書で入門用鮮魚とされることがあります。沿岸漁業で、サンマが獲れる地域が日本近海に限定されるため、サンマを食べる習慣があるのは日本とロシアのサハリンとカムチャツカ半島周辺に限られていましたが、近年では中国などでも和食ブームでサンマを出す日本食レストランが増え、人気が高まっています。初競りの際には1匹で万単位の価格が付くこともあり、この時だけ超高級魚の扱いを受けると言います。
 今年は漁獲高が少なくなることが懸念されており、秋の味覚はさらに高いものになるかもしれません。
 
0

高校生インストラクター講座

 9月9日(土)、羽生市教育委員会の主催で、本校で高校生インストラクター講座をおこないました。本日の講座では、パソコンでのカレンダーや年賀状の作り方について、本校のコンピュータ部の生徒が講師となって、市内の方々につくり方のレクチャーをおこないました。
 コンピュータ部の活動を紹介します。ふだん情報処理棟1階で活動しており、毎日の活動は高度な資格取得のための勉強や、情報処理競技大会やワープロ競技大会で好成績をあげるための練習を行っています。情報処理競技大会やワープロ競技大会では、全国大会に出場した実績もあります。また、卒業した先輩達のなかには、高度な資格を多数取得し、有名私立大学に進学した者も数多くいます。今年度も全国大会出場、上位進出を目指し、毎日遅くまで頑張って練習をしています。
  
 この日は、午後1時30分から開校式をおこなった後、さっそく講座をおこないました。参加した方々は、ふだんはあまり使わないパソコンの使い方に初めは苦労していましたが、生徒や先生方がていねいに指導する中で、次第に操作に慣れ、最後は作品を作り上げることが出来ました。
 
 
 この後、12月16日(土)にもフラワーデザインのインストラクター講座をおこなう予定です。皆さまの参加をお待ちしております。

0

PTA後援会親善スポーツ大会

 9月9日(土)本校体育館で、PTA後援会親善スポーツ大会をおこないました。競技種目は4人制のソフトバレーボールで、8あるPTA支部の対抗戦に、教員も2チームエントリーして臨みました。この日は各支部から多くの保護者の方々に参加いただき、予選リーグ、決勝トーナメントをおこないました。接戦あり、熱戦ありのなかで、第1支部が優勝しました。お疲れ様でした。
 また、バレーボール部の生徒が審判、補助員として活躍してくれました。ありがとうございます!
 

0

重陽の節句

 暑い日があったかと思うと涼しい日となったりと、不安定な天気が続きます。この時期、雨が降って湿度が上がり不快指数が増しますが、気持ちは前向きにいきたいです。さて、明日9月9日は重陽の節句です。五節句とは江戸時代に定められた5つの式日(今でいう祝日)を言い、1月7日の人日の節句(七草粥)、3月3日の上巳の節句(桃の節句/雛祭り)、5月5日の端午の節句、7月7日の七夕の節句、9月9日の重陽の節句をさします。古来より、奇数は縁起の良い陽数、偶数は縁起の悪い陰数と考え、その奇数が連なる日をお祝いしたのが五節句の始まりで、めでたい反面、悪いことにも転じやすいと考え、お祝いとともに厄祓いもしていました。中でも一番大きな陽数(9)が重なる9月9日を、陽が重なると書いて「重陽の節句」と定め、不老長寿や繁栄を願う行事をしてきました。こうした節句は、行事と関係する植物の名前を冠して呼ばれることも多く、1月7日は七草の節句、3月3日は桃の節句、5月5日は菖蒲の節句、7月7日は笹の節供、そして9月9日は菊の節句と呼ばれています。菊は古来より薬草としても用いられ、延寿の力があるとされてきました。菊のおかげで少年のまま700年も生きたという「菊慈童(きくじどう)」伝説もあります。また、他の花に比べて花期も長く、日本の国花としても親しまれています。菊といえば晩秋の花という印象ですが、旧暦の9月9日は新暦の10月中ごろにあたり、まさに菊の美しい季節でした。このころは農繁期であることや、新暦に替わって季節感が合わなくなったことなどから次第に廃れてきましたが、寿命を延ばすと信じられていた菊を使い、さまざまな風習が伝えられています。また、庶民の間では「お九日(くんち)」と呼ばれて親しまれ、秋の収穫祭と合わせて祝うようにもなりました。
 「9は苦につながる」という人もありますが、上記のようなこともあるのですね。物事は前向き、肯定的にとらえていくほうがいいと思います。
 
0

防災について考える

 昨日、防災について少しふれました。防災は災害を未然に防ぐために行われる取り組みです。災害を未然に防ぐ被害抑止のみを指す場合もあれば、被害の拡大を防ぐ被害軽減や、被災からの復旧まで含める場合もあります。災害の概念は広いので、自然災害のみならず、人為的災害への対応も含めることがあります。災害時の対応は主体の違いにより、自ら対応する「自助」、ご近所などの共同体で助け合う「共助」、消防や自治体に助けてもらう「公助」の3つに区分することができます。市民と行政の役割分担が強化された現代では、日常生活で行政に依存する部分があり、災害時にもこの延長として市民は「公助」が機能することを期待します。しかし、ある調査で災害時には自助 : 共助 : 公助の割合が7 :2 :1になると報告されているように、災害時には「公助」は限定的にしか機能しないうえ、災害が深刻であるほど「公助」の機能は低下します。特に、瞬時に大量の被災者が生じる地震の場合は顕著です。例えば、阪神・淡路大震災では、家屋などの下敷きとなった16万4千人のうち、12万9千人(8割)が自力で脱出、2万7千人(16%)は近隣住民が救出、7900人は警察・消防・自衛隊が救出しましたが、近隣住民により救出された人は約8割が生存していたのに対し、警察等により救出された人の生存率は約50%です。そのため、「自助」「共助」の重要性は高いと言えます。ちなみに被災後、数週間ほどたってから、水や食料が比較的充分に供給されていた避難所で、支援物資として実際に持ち込んで、喜ばれた(役に立った)品々を列挙すると以下のようになります。
・携帯充電機能付簡易ラジオ
・マスク(不足気味だった)
・ウェットティッシュ(大判のもの)
・作業用長靴(自宅整理用)
・菓子類
・洗面道具
・化粧品、生理用品、オムツ
・下着類(特に女性用)
 被災後数日、数週間、数カ月後、被災地では必要なものというのはどんどん変化していくもの。最初は水とオニギリさえあればよかったけれど、そのうちに色々なものが必要になってきます。缶詰やレトルト食品も一週間もすれば辛くなってくる。風呂にも入りたい。清潔な物も着たい。希望はどんどん変わってくるものだからです。その日のためにどれだけ準備していたかで自分や家族の避難所生活は大きく変わってしまうということを今一度思いおこしておくことが必要です。また、支援をする場合には本当に必要なものを、きちんと調べてから新品を送ることが災害時には必要です。
 
0

9月の風景②

 朝夕すっかり涼しくなりました。夕陽は午後6時ごろ沈むようになり、秋の気配が日に日に増しています。9月は空が澄み、実りの季節の始まりを告げる月ですが、じつは梅雨と並んで雨が多い月なのです。秋の天気の特徴は、大陸からの移動性高気圧や低気圧が交互に日本付近を通るため、3~4日程度の間隔で天気が周期的に変化します。シトシト降る「秋雨」の後、澄み渡ったさわやかな天気となる「秋晴れ」が特徴です。秋の長雨はその年によって差がありますが、だいたい9月半ばから10月の初めにかけてのおよそ1か月間です。梅雨と比べて、東日本や北日本で影響を受けやすくなります。また、秋の長雨はシトシトと弱い雨が降り続くのが特徴です。「秋晴れ」のイメージが強い秋ですが、じつは昔から梅雨と並ぶ、第二の雨の季節だったのです。これからの季節、新聞などの天気図で、東西に延びる前線が出現したら要注意です。数日間にわたって雨が降り続く可能性があります。多すぎる雨は植物にとっても大敵。根腐れなどには十分注意しなければなりません。根腐れを起こしやすい植物は鉢植えにして、雨の当たらない軒下などに移動させましょう。また、これから来春の草花のタネまきの時期になります。せっかくまいたタネが流されてしまっては、元も子もないですから、タネまきのタイミングも慎重に検討したいものです。秋雨前線が現れる前が狙い目かもしれません。
 8月に台風も来ましたが、家庭でも災害用の食料や必要品を確認するなど、もう一度自分たちの足元、周りを確認しておきましょう!
 
0

虫の声

 夏の暑さがやわらぎ、秋の足音が聞こえ始めると、緑に彩られた草むらや公園、森などからさまざまな虫の鳴き声が聞こえてくるようになります。リーンリーンと鳴く鈴虫、チンチロリンの音色を奏でる松虫など、美しい虫の声が増すほどに、秋の訪れや深まりを感じる人は多いと思います。日本人には心地よい虫の鳴き声ですが、アメリカやヨーロッパの人々には雑音と聞こえるようです。一説によると、初秋の月を眺めながら虫の音に耳を傾ける文化は、世界でも日本や中国などアジアの一部の地域に限られているようです。日本では、平安時代に一部の貴族の間で虫をペットとして飼育することが始まりましたが、江戸時代後期になると、庶民もさまざまな種類の鳴く虫を竹製のかごに入れて、縁側や軒先に吊るして飼ったり、虫の鳴き声の名所にわざわざ足を運び、秋の夜長に虫の音色を楽しみました。なかでも、東京都荒川区西日暮里にある道灌山(どうかんやま)は、鈴虫や松虫をはじめとして多くの種類の虫が美しい音色を響かせ、虫の名所として知られていました。
 皆さんの家の周りでも虫の音色は楽しめると思います。静かに耳を傾けてみてはいかがですか?
 
0

9月の風景①

 9月に入り、4日となります。8月は台風や降雨の影響等で涼しく、雨の降る日が多くありましたが、今後晴れの日、過ごしやすい日が続いてほしいと思います。9月はグレゴリオ暦で年の第9の月にあたり、30日あります。日本では、旧暦9月を長月(ながつき)と呼び、現在では9月の別名としても用いています。長月の由来は、「夜長月(よながつき)」の略であるとする説が最も有力です。他に、「稲刈月(いねかりづき)」が「ねかづき」となり「ながつき」となったという説、「稲熟月(いねあがりづき)」が略されたものという説があります。英語での月名、Septemberはラテン語表記に同じで、これはラテン語で「第7の」という意味の「septem」の語に由来していますが、不一致が生じているのは、紀元前153年にそれまで3月を年の始めとしていたのを1月を年の始めとすると改めたにもかかわらず名称を変えなかった為です。日本の学校年度は4月から始まりますが、世界に目を向けると9月を採用している国が多いです(アメリカ、カナダ、ヨーロッパ、中国など)。
 先日も記しましたが、生徒の活躍する機会が増えます。今まで培った力を存分に発揮してくれればと思います。
 
0

始業式

 2学期が始まりました。始業式に多くの生徒が登校し、元気に日焼けした笑顔で友だちと再開を喜び合っていました。始業式では校長講話の後、関東大会で活躍したウエイトリフティング部の柿本君、平井君、農業クラブのフラワーアレンジメント競技会で1、2、3位を獲得した2年生の飯島さん、小川さん、3年生の飯嶋さんの表彰式をおこないました。1、2位の飯島さん、小川さんは、10月に秋田県で開催される全国大会へ出場します。
 2学期は体育祭や文化祭、修学旅行など行事が盛りだくさんで、部活動の新人戦や各種コンクール・発表会もあり、生徒の活躍する機会が増えます。今まで培った力を存分に発揮してくれればと思います。
 
始業式での「校長講話骨子」

 「皆さん、おはようございます。長い夏休みが終わって、また元気な顔を見ることができ、とてもうれしく思います。充実した夏休みが過ごせましたか。十分に過ごせた人も、不十分な人もいると思いますが、何事も経験と思い、今後に生かしてもらえればと思います。

  今年の夏は、当初猛暑の予報も出ていましたが、8月初めの台風5号や、その後の低気圧の日本列島への居座りもあり、雨が多く、涼しい日が多い年となりました。涼しさゆえに、身体へのダメージは例年より少なかったかもしれませんが、農産物が十分成長できず、今後野菜などの価格高騰が懸念されます。また、海水浴場やプールも利用者が激減して、利益が上がらず、厳しい経営状況があるようです。

  今話したように、どこかがよければ、どこかで悪いところが出てくる。我々人間が生きている地球社会は100%よくて、100%悪いということはありません。よし悪しのバランスの上に成り立っています。

 我々も100%完璧で、100%悪いということはありません。健康なら健康で、バランスの上に立ち、「今日はいい。」、「今日は悪い。」の間で動いています。

  今、日本は北朝鮮のミサイルのことで連日さまざま報道が流れてきます。心配がされますが、この騒ぎの根底にあることはどんなことなのか、考えたことありますか。アメリカ、北朝鮮、韓国、中国、ロシア、そして日本。どの国も自分が100%よくて、100%間違った行動はないでしょう。

  今後どうしていけば解決できるのか。よりベターな方策を探すのは難しい。ただ、「自分としては○○が○○だから○○だと思う。」という意見はしっかりと持ってほしいと思います。たとえ身の周りの些細な出来事も、もしかしたら大きな問題に密接に関連しているかもしれません。特に、このあと就職や進学を控えている3年生は、面接の時に「自分のことばで自分の考えをはっきりと言える。」ことが求められます。新聞やニュースに注意して、自分が進む進路のニュースに関心を持ち、自分自身の意見を持ってほしいと思います。

  最後に、2学期は体育祭や文化祭、修学旅行など行事が盛りだくさんで、部活動の新人戦や各種コンクール・発表会もあり、皆さんの活躍する機会が増えます。今まで培った力を存分に発揮してもらえればと思います。また、次の段階に進む力を蓄える時期にもなります。物事への関心を高め、集中力を身に着け、切り替えをうまくおこない、自分の意見を持つようにして、2学期に臨んでください。」

 

0

8月の風景④

 夏休みも今日までです。すでに2学期を迎えている学校もあり、晩夏の侘しさを感じる時期となりました。今年は8月に涼しく、また雨の降る日が多く、野菜の成長の不十分や価格高騰が心配されます。ただ、随所に「夏だなぁ。」と感じる日も多く、夏休みのありがたさを感じることも多々ありました。
 明日からは2学期が始まります。生徒たちが元気に登校することを祈念します。
 
0

素麺(そうめん)

 食欲が下がるこの暑い時期、するするっと喉をとおってくれるのが素麺です。素麺(索麺、そうめん)は、小麦粉を原料とした日本および東アジアの麺のひとつです。主に乾麺として流通するため、市場で通年入手できますが、冷やして食することが多く、清涼感を求めて夏の麺料理として食するのが一般的です。奈良県桜井市三輪地区で生産される三輪素麺は、最も素麺作りの歴史が長く、全国に分布する素麺産地の源流はほとんどが三輪からであり、古く素麺の相場は三輪で決められていました。天保年間に書かれた「鹿児島風流(ぶり)」という旅行記には「夏は素麺流しとして、水上より素麺を流し、下にてすくい食う。石の上の酒宴、甚だ興あり。最も紅葉の名所なり。」と書かれており、竹製の樋(とい)を使って素麺を流し、箸で捕まえてめんつゆ等に付けて食べる流し素麺は夏の風物詩とされています。宮崎県の高千穂峡が商業化として発祥であるとされています。
 素麺は祝い事や忌み事の席で食べられる例が多く、祝食としては、長崎県の壱岐を中心とした九州地方で食べられる鯛素麺や広島県の婚礼に供される「鯛麺」、滋賀県の長浜市を中心とした湖北地方で食べられる焼鯖素麺が有名です。他に禅宗寺院では「祝麺」と呼んで祝い事の昼食に素麺を食べる習慣があります。忌み事としては、通夜ふるまいや法事の斎席で「にゅうめん」が出される地方が見られます。盂蘭盆会の精霊膳やえびす講の供膳にそうめんを供する習慣は全国に見られ、祖霊や神仏に供えられると共に親類縁者が集まって食べる例が多いです。仙台市などでは七夕に魔除けや子供の健康を願って素麺を食べる習慣がありますが、これは、幼くして死んだ子供が幽鬼となって疫病を流行らせたので、生前好物だった索餅を供えて供養したところ災厄が治まったという中国の故事に由来しています。
 しっかりと食べて、夏バテをなくしましょう!
 
 
0

農業クラブ フラワーアレンジメント大会で活躍!

 8月28日(月)、鳩ヶ谷高校で埼玉県学校農業クラブ連盟フラワーアレンジメント競技会県大会が開催されました。今年度の県農業クラブ競技大会の最後の大会となります。この大会では本校の生徒は昨年度までも常に上位に入り、全国大会に出場しています。今年度は3年生の飯嶋さん、2年生の飯島さん、小川さんの3名が参加し、日頃の努力を花開かせる機会です。午前中はスパイラルとリボン、午後はラウンドアレンジの競技がおこなわれ、最終的に1位が飯島さん、2位小川さん、3位飯島さんと上位を独占しました。1学期から夏休みにかけて努力した成果が十二分に発揮でき、3人とも感動していたようです。全国大会には上位2人が出場します。全国でもがんばってもらえればと思います。
 
   諸注意をよく聞いて         競技開始!
 
   午前中の作品です        午後の競技開始!
 
   最後まで集中して       会心の作品ができました
0

PTA全国大会に参加しました。

 8月24日(木)、25日(金)に、第67回全国高等学校PTA連合会大会静岡大会が静岡県袋井市を中心に開催され、参加をしました。24日は会場の袋井市のエコパアリーナで開会式がおこなわれ、静岡大学名誉教授の小和田哲男さんが「戦国武将に学ぶ子育てと人づくり」と題して、戦国武将のエピソードを交えながら今にも通じる子育てのヒントを講演していただきました。その後、会場を静岡市の文化会館に移動して「有徳の人を育てる「命を守る教育」の推進」のテーマで、4つの高校の実践発表がありました。
 25日は再び会場を袋井市のエコパアリーナに移して、俳優の筧利夫さんの「これがオレの生きザマだ」というテーマでトークショーがあり、ざっくばらんで豪快な生き方に多くの人が感動を覚えました。暑くて、移動が多く疲れもありましたが、貴重な経験をすることができました。
 
 
0

世界キャラクターサミットin羽生カウントダウンイベントに参加

 8月19日(土)、羽生市のイオンモール羽生で世界キャラクターサミットin羽生ダウンイベントがイオンモール羽生にて行われました。このイベントに北は北海道、南は九州まで約50のキャラクターが参加しました。本校では、キャラクターのアテンドとフラワーアレンジ体験に関わり、生徒・職員延べ約50名が参加しました。多くの方々が会場に足を運んでくれました。羽実を紹介するステージが10分間用意され、羽実の魅力をアピールしました。お疲れさまでした。本番のサミットは11月25、26日におこなわれます。

またこの度、世界キャラクターサミットin羽生がCOOL JAPAN AWARD2017 特別表彰授与が決定しました。この受賞は、自治体として地域活性化を主軸に、羽生市と地域の方々、地元高校生である羽生実業高校の生徒などの協力により7年間開催し続け、かつ地元に愛され、多くの観客が来場するイベントであることから表彰されました。

COOL JAPAN AWARDとは、世界各国の100人の外国人審査員が選定し、世界が共感する“クールジャパンを発掘・認定しています。日本のポテンシャルを引き出し、日本の力強い成長に寄与することを目的に、20156月、第1回目となる「COOL JAPAN AWARD2015」を開催し、スカイツリーのライティングデザインや昭和の町並みなどが表彰され、本年度で第2回目の開催です。受賞対象者は、プロダクトを中心とした「モノ」から、まちづくり・文化といった「コト」まで多岐に及び、総合的なデザイン評価・推奨により、受賞者が事業の海外展開・地域のインバウンド戦略に当アワードを役立てることが出来ます。

本校も表彰されるにあたって貢献することが出来たことを大変光栄に思います。今後の活躍も楽しみにしています。

 
 
 

0

がんばろう!東北

 昨日、宮城県の南三陸町と女川町に行ってきました。両町は6年前の東日本大震災で津波による打撃を受け、多くの人々の命が奪われ、生活の基盤に大打撃を受けたことはよく知られています。
 この日はあいにくの雨模様で、まだ震災の影響で工事や修理をしているところもありましたが、女川駅前の商店街はきれいに再興され、輝いていました。高校野球でも、岩手県代表の盛岡打大付属高校や宮城県代表の仙台育英高校、福島県代表の聖光高校ががんばって勝ち進んでいます。私たちを含めて、何ごとにも前向きにがんばっていきましょう!
 
 
0

怪談

 今日も真夏らしからぬ雨&涼しい日。東京では8月に入って15日連続の降雨とのこと。学校の農作物も冷夏で成長が心配されます。
 本来なら、暑くてたまらないこの時期。エアコンも扇風機もない時代、人々は夏の暑さをしのぐため、さまざまな知恵を絞り、工夫を施しました。「怪談」といえば、恐怖心によって夏に涼を得るアイデアの1つに思われますが、実際にどうでしょうか? 実は、怪談はお盆と深い関係があります。旧暦7月15日のお盆には、先祖の霊があの世から現世に帰ってくるとされています。但し、すべての霊が生前に満たされた人生を送ってあの世に行った訳ではありません。無念の思いを抱いた霊、成仏できない霊も少なくなかったと思います。江戸時代、お盆の時期に行われた芝居では、そうした霊の恨みや苦しみ、復讐への想いを、鎮魂の意味を込めて語るようになりました。そうして誕生したのが怪談であり、なかでも「東海道四谷怪談」、「番町皿屋敷」、「牡丹灯籠」は日本三大怪談と称されるほどに知名度を高めました。お盆がきっかけとなって生まれたため、怪談が夏の風物詩となったのです。平和な江戸時代の夏に、あえて階段を聞いたり語ったりすることで恐怖を味わい、涼をとろうとした側面があったことは間違いではありませんが、それだけが夏に会談がとりあげられる理由ではなかったのです。
 
0

夏の風景③ 閑静な1日

 8月に入り暑い日もありますが、30°に届かず汗をかかない日も何日かあります。立秋を過ぎたせいでしょうか?
 学校もお盆を過ぎ、部活動で登校する生徒も以前に比べ、部活の夏休みに入ったのか、少ないようで、静かさを感じます。雨も降ったことで、今日は涼しさがいつもより増します。
 
  お盆に入り、校内も登校者、来校者も少なく、静かです。
 
   雨が降り、グラウンドで活動している生徒はゼロ!
 
  はなみづきや花壇の花は雨の影響でみずみずしい姿に!
0

お盆

 先祖や故人の霊を家に迎えて供養する日本独自の風習がお盆です。仏教が伝来する以前から日本でおこわれていた先祖の霊を迎える「御霊祭り」と、仏教で逆さ吊りにされるような苦しみに会っている死者を救うための法要「盂蘭盆会」が融合して誕生したといわれています。江戸時代以前、お盆は貴族や武士など上層階級だけの行事でした。一般庶民の間にお盆が普及したのは、仏壇や盆提灯に灯すろうそくが安価で手に入るようになった江戸時代以降のことです。お盆の迎え火は、先祖や故人の霊が迷うことなく家に戻れるように灯す火のことで、家の玄関先や縁側などに吊るした盆提灯に火を灯すのが一般的です。一方、送り火はお盆の最後の夜に先祖や故人の霊があの世に無事に帰れるように帰り道を照らす火のことです。また、最終日の夕刻に、灯籠やお盆のお供え物、盆棚の飾り物などを小舟に乗せて、海や川に流すことで先祖や故人の霊を再びあの世に送り出す行事が「精霊流し」です。
 
0

8月の風景② ゆり園

 台風5号が過ぎ、今日は37°の予報が出ています。聞いただけで暑くなる気温ですが、熱中症にならないように十分に水分を補給してください。
 先日、群馬県の尾瀬岩鞍のゆり園に行ってきました。ゆりの花が斜面に可憐に咲いていました。8月中旬まできれいに咲いているとのこと。涼しさを求め、出かけてみてはいかがですか?
 
  
 
 
0

山の日

 台風の進路が心配されますが、レジャーシーズンに入った感があります。ところで、8月11日の「山の日」は、昨年より施行される「山に親しむ機会を得て山の恩恵に感謝する」という趣旨の国民の祝日です。ほかの祝日と異なり、山に関する特別な出来事などの明確な由来があるわけではなく、「山の日」を国民の祝日にしようという様々な動きによってできました。日本は国土のおよそ7割が山地で、周りを海に囲まれているため、人々は山や海に畏敬の念を抱きながら生活し、それらの恵みに感謝しながら自然とともに生きてきました。1995年に「海の日」が国民の祝日になると、山梨県をはじめ複数の府県で「山の日」ができ、2002年の国際山岳年に「山の日」制定の構想が本格化しました。その後、2010年に日本山岳協会などの団体が「山の日」制定協議会を設立し、「山の日」を国民の祝日にする運動が全国に広がりました。こうした動きを受けて2014年に「山の日」が制定され、昨年より施行となりました。
 大人にとっては祝日が増えるのはありがたいですが、高校生は夏休みなので影響はなさそうですね。
 
※ インターハイ追報
 94kg級に出場した柿本和希君は、トータル25位の成績でした。
0

体験入学

 本日、体験入学を実施しました。180名ほどの中学生が商業4つ、農業5つの授業に参加し、ふだんとはちがう高校の授業を体験をしてもらいました。商業系の授業はパソコンや電卓を活用することが多く、戸惑いもありましたが、すぐに慣れて課題にチャレンジ! 農業系は活動の時間が多く、興味津々で臨んでいました。また、今年度初めて部活動体験も実施し、20名弱の生徒が卓球、バスケット、バドミントン、バスケット、バレーボール、野球、ソフトボール、ブラスバンド部の練習に参加しました。在校生も先輩として中学生をうまく導けたようです。
 中学生や保護者の方々に、学校を知ってもらうよい機会とすることができました。
 
   参加する授業は・・・    熱中症に気をつけましょう!
 
    情報処理の授業         総合実践の授業
 
     簿記の授業         ビジネス基礎の授業
 
  グリーンライフの授業       フラワーの授業
 
    食品製造の授業        部活動体験の受付
 
    バドミントン部        バレーボール部

      野球部
0

花火

 夏の風物詩といえば「花火」。全国各地で花火大会が催され、大勢の人で賑わいます。ドーンと言う大きな音に心が踊り、夜空に花咲く色とりどりの輝きにワクワクしてしまいますよね。また、家族や仲間で思い思いの花火を選び、庭先でするのも楽しいものです。
 
 さて、花火はいつ頃からあったのか、また、どんな種類があるのか、そんな豆知識を知っておくと、一味違った楽しみ方ができるかもしれません。花火のもとである黒色火薬は中国で発明され、相手を威嚇したり火事をおこしたりする武器として使われていました。やがて通信手段のノロシが夜にも用いられるようになり、火薬を煌かせる技術が花火へと発展していきました。鑑賞用の花火は、14世紀にイタリアで作られたといわれ、その後、大航海時代と共に世界中に伝わっていったのです。日本へは1543年、種子島に火縄銃とともに火薬が伝来しました。そして戦乱がおさまった江戸時代になってから、観賞用の花火が登場してきました。天正17年(1589年)に伊達政宗が鑑賞したとか、慶長18年に(1613年)イギリス国王の使者が駿府城の徳川家康を尋ね、持参の花火を見せたという記録があります。この時、家康が見たのは竹筒に火薬を詰めて火を噴くだけのものでしたが、三河地方に残る「手筒花火」はこの名残だといわれています。その後花火は急速に発展し、江戸で開花していったのです。花火は将軍家をはじめ諸大名の間で流行し、江戸の大川端(隅田川の下流右岸一帯の称。大川=現在の隅田川)の下屋敷での年中行事となりました。やがて町民の間にも流行し、花火師や花火売りが登場しましたが、花火が原因の火災が多発したため「花火禁止令」が出され、花火を行う場所は大川端のみ許可されることになりました。その後、享保177年(1732年)に全国的な飢饉とコレラが流行し多数の死者が出たため、翌年の川開きで慰霊と悪疫退散を祈願する水神祭が催され、盛大に花火が披露されました。これが「両国川開き花火」(隅田川花火大会の原型)の始まり、つまり花火大会のルーツと言えます。この両国川開き花火で活躍した花火師が、「玉屋」と「鍵屋」。当初は鍵屋六代目弥兵衛が打上げを担当していましたが、やがて鍵屋の番頭が暖簾分けをされて玉屋市兵衛を名乗ると、川の上流を「玉屋」、下流を「鍵屋」が担当し、二大花火師の競演となりました。これを応援するための掛け声が「たまや~」「かぎや~」だったのです。花火は光(色)、音、煙、形の4つの要素が織りなす真夏のスペクタクルとも言えます。この夏は花火大会に出かけて、お気に入りの花火を探してみてはいかがですか?
 
0

インターハイ速報

 福島市で行われている全国高等学校総合体育大会(インターハイ)ウエイトリフティング競技選手権大会の応援に、会場の福島県立福島明成高等学校まで行ってきました。出場したのは56kg級の平井翔悟君、94kg級の柿本和希君で、この日は平井君の試合がおこなわれました。ふだんの練習の成果を発揮して、前半は上位に食い込んでいましたが、後半の腰を痛め、最後の試技は棄権をせざるを得ませんでした。しかし、ふだんの成果や持ち味は十分に発揮してくれたと思います。また、柿本君の試合は8月6日(日)に実施される予定です。柿本君にも力を十分に発揮できるよう、がんばってもらえればと思います。
 
  こちらは53kg級の表彰式         いよいよ、出番!
 
     一時は上位に           力を出し切りました!

0

風鈴

 
 風に揺れて「ちりん、ちりん」と涼やかな音色を奏でる「風鈴」は、夏の風物詩。風鈴の音色を聞くと、ふと涼を感じるものです。風鈴市も各地で開催されます。暑い時期ですが、お気に入りの風鈴を軒先や室内の風の通り道につるして、爽やかに過ごすのも良いものです。風鈴のルーツは、仏教伝来とともにもたらされた「風鐸(ふうたく)」です。風鐸は、今の風鈴とは全く違う重い音色で、邪気を遠ざける魔除けの鐘としてつるされるものです。今でもお寺の軒先などに見ることができます。風鈴がいつから日本の夏の風物詩になったのかははっきりしませんが、江戸時代の浮世絵には、浴衣を着て涼んでいる美人とともに今と同じ形の風鈴が描かれています。青銅製が中心だった風鈴ですが、江戸時代に入ると、ガラス作りの技術がもたらされ、ガラス製の江戸風鈴が作られるようになりました。江戸の町にはたくさんの物売りがいて、売り声も高くにぎやかに売り歩いていましたが、「風鈴売り」だけは、風鈴の音色がよく聞こえるように声を上げずに売り歩いていたと言われます。また、全国各地で風鈴市も開催されます。川崎大師の風鈴市は関東では夏の風物詩として親しまれており、毎年大勢の人で賑わいます。オリジナル「厄除だるま風鈴」をはじめ、全国各地の風鈴900種類、3万個の風鈴が勢揃いします。素材も金属、陶磁器、ガラスや石など様々あり、珍しい風鈴もいろいろ。お気に入りの風鈴を探してみるのも楽しいですね。
 
0

8月の風景

 8月は1年で一番暑い月ですが、はっきりとしない天気が続きます。8月は旧暦8月で葉月(はづき)と呼ばれています。葉月の由来には諸説あります。木の葉が紅葉して落ちる月「葉落ち月」「葉月」であるという説が有名です。旧暦で8月は秋に当たります。他には稲の穂が張る「穂張り月(ほはりづき)」という説や、雁が初めて来る「初来月(はつきづき)」という説、南方からの台風が多く来る「南風月(はえづき)」という説などがあります。英語名Augustは、初代ローマ皇帝Augustus(アウグストゥス)に由来しています。7月Julyはユリウス暦を創った共和政ローマ末期の政治家、ユリウス・カエサル(Julius Caesar)からなので、2か月続きでローマの英雄から英語では月名を採ったのですね。もっともイギリスは2000年前はローマの属州だったので、その影響があって当然かもしれません。
 8月は空も大地もゆったりと時が流れる感じがします。
 
0

かき氷

 真夏の日差しが照りつける中、「氷」と書いたのぼりをみるとちょっと涼しさを感じますね。冷た~いかき氷を食べて一休み...夏ならではの楽しみです。「かき氷」は日本の夏の風物詩、夏の季語で夏氷(なつごおり)とも言います。実はこのかき氷、冷凍庫がある現代だけの食べものではありません。昔の人も、暑い季節にかき氷を食べて涼をとるのが大好きでした。
 
 昔は、製氷技術はなかったので、冬の間、池で凍った氷を切り出し、それをなるべく溶かさないように貯蔵しました。山の麓の穴蔵や、洞窟の奥などを利用してそこに大量に氷を入れて冷却効果を高め、さらに断熱効果を高めるためにおがくずなどをかけて保存しました。この貯蔵場所を氷室と呼びます。氷室については、『日本書紀』にこんな話が書かれています。額田大中彦皇子(ぬかたのおおなかつひこのみこ)が、闘鶏(つげ=現在の奈良県)へ狩りに出かけた時、氷室を発見。皇子は氷室所有者だった豪族に保存の方法や使い方を聞き、その氷を宮中に献上したところ、天皇は大いに喜ばれたそうです。それから蔵氷と賜氷という制度ができ、朝廷のために氷室を管理する要職が設けられるようになりました。また、清少納言の『枕草子』「あてなるもの」(上品なもの、よいもの)の段には、「削り氷にあまづら入れて、新しき金鋺(かなまり)に入れたる」と記述されています。意味は「削り氷にシロップのように蔓草の一種である甘葛(あまかづら・あまづら)の汁をかけて、新しい金属の器に入れてあるのが実に優雅です」。平安貴族が、涼やかなかき氷を楽しんでいた様子が伺えます。
 昭和初期に氷削機が普及し、かき氷が一般化していきました。戦前は、かき氷といえば、削った氷に砂糖をふりかけた「雪」か、砂糖蜜をかけた「みぞれ」、小豆餡をのせた「金時」などが定番のメニューでした。かき氷専用のシロップが販売されるようになったのは、戦後のことです。かき氷専用のシロップは「氷蜜(こおりみつ)」と呼ばれ、イチゴやレモン風味などさまざまな種類があります。また、砂糖水を略して水(すい)といい、「氷水」・「みぞれ」・「せんじ」・「甘露」とも呼ばれています。同一のものであっても、地域によって呼び名や盛りつけ方が異なりますし、地方によってユニークなかき氷があります。たとえば、抹茶に砂糖と水を加え、茶筅で泡立てたシロップをかき氷にかけ、小豆を載せた宇治金時。宇治が抹茶、金時は小豆のこと。また、ミルクをかけた「ミルク金時」もあります。氷あずきは、水のシロップに小豆をのせたもの。白くまの発祥は鹿児島県で九州の名物氷菓です。かき氷にミカンやパイナップルの缶詰などの果物を盛り込み、小豆をのせ、練乳をかけたもの。カップ入りの氷菓やアイスキャンディーもあります。
 
 雪くまは、夏の猛暑で知られている埼玉県熊谷市が、暑さを元気に乗り切れるようにとブランド化したかき氷。地元のおいしい水を使った氷で、雪のようにふんわりした食感に削り、オリジナルのシロップや食材を使っていることが条件だそうです。みかん氷・パイナップル氷は、横浜スタジアムで売られているかき氷で、缶詰みかんや缶詰パイナップルをのせ、その上に 缶詰のシロップをかけただけのシンプルなもの。
 こうしてみると、色々なかき氷がありますね。甲子園球場名物の「かち割り」のように氷を細かく砕いたものもかき氷と呼ぶそうです。どれもおいしそうなかき氷で、食べ比べしてみたいですが、食べ過ぎてお腹を冷やさないよう、注意しましょうね。

0

季節のたより「暑中見舞い」

 季節の挨拶状には、年始のご挨拶の「年賀状」、冬の「寒中見舞い」や「余寒見舞い」、夏の「暑中見舞い」や「残暑見舞い」があります。日頃の連絡は電話やメールで簡単にできますが、季節の便りが届いたらやはり嬉しいもの。堅苦しく考えないで、今年の夏は相手の笑顔を思い浮かべながら、暑中見舞いを出してみませんか。
「暑中お見舞い」は、夏を無事に乗り切るために相手の健康を思いやるたよりです。「暑中」とは、暑い最中と察しはつきますが、実は二十四節気の「小暑」と「大暑」をさします。「小暑」は7月7日頃~大暑までのおよそ15日間、「大暑」は7月23日頃~立秋までのおよそ15日間、この小暑と大暑を合わせたおよそ30日間が「暑中」です。従って、「暑中見舞い」は「暑中」の期間に出すもので、立秋(8月7日ごろ)を過ぎると、「残暑見舞い」になるわけです。ただ、さすがに梅雨の最中はさすがに的外れなので、「暑中見舞い」は梅雨明け後から立秋までに出しましょう。 立秋を過ぎたら「残暑見舞い」にして、8月末までに届くようにします。ご無沙汰している友人、お世話になった方、気になるあの人など...。例えば、おしゃれなポストカードを見つけた時に、送りたいなと心に浮かんだ方へ。出したい気持ちを大切にすれば、自分の言葉で書け、気持ちや様子も伝わります。絵はがきにすれば、文章も短くてすみ、形式にとらわれず書けます。一口に絵はがきといっても、市販の季節の絵はがきを使ったり、インターネットでフリー素材を見つけて印刷したり、デジタルカメラで撮った写真を貼り付けて印刷するなど、いろいろな方法がありますね。また、暑中見舞いグッズも豊富な時期です。選ぶのも楽しいですね。夏休みにあたる時期なので、旅行に行かれる方も多いでしょう。旅先から絵はがきを送れば、旅の話題も盛り込め、リラックスした雰囲気で書けます。下手なおみやげより喜んでもらえます。また、季節感のある絵柄の切手や、送る相手の好みにあった切手を貼るとさらに雰囲気がアップ! 特殊切手や季節にちなんだふるさと切手、グリーティング切手などもあるようですので、チェックしてみてはいかがでしょうか。
 
0

枝豆

 晴れが続くかと思えば、雨が降ったりと、梅雨が終わったのにはっきりしない日が続きます。でも暑さは相変わらず。こんな時は夏においしい枝豆。ビールのお供に欠かせないという方も多いはず(もちろん、生徒はだめです!)。その種類は400品種を超えるといわれ、おいしさや希少価値からブランド化している枝豆もあります。昔は、枝についたままゆでていたので「枝豆」と呼ばれたといわれています。おつまみの定番「枝豆」は、大豆をまだ青いうちに収穫したもの。通常は枝豆として未成熟時に収穫するのに適した品種を用いますが、完熟すると大豆になります。大豆は豆ですが、枝豆は野菜に分類されます。大豆にはないカロテンやビタミンCが豊富に含まれ、しかも大豆の栄養成分である良質のタンパク質や抗酸化成分も含んでいます。枝豆のタンパク質に含まれるアミノ酸の一種「メチオニン」は、ビタミンB1、ビタミンCとともにアルコールの分解を促し、肝機能の働きを助けてくれるので、「ビールに枝豆」は栄養的にも良い組み合わせなのですね。枝豆の種類は、大きく3つに分けられます。1つは白毛豆(青豆)。流通量が多く、一般的に出回っている種類で、鮮やかな緑色にうぶ毛が生えています。早生か晩生か、また粒の大きさの違いなどによってさまざまな品種があります。青森県津軽地方の在来種「毛豆」は、晩生ですが粒が大きく、コクと甘みがあり、津軽の秋の味覚となっています。2つめは茶豆。豆の薄皮が茶色いのが特徴です。豆は一つのさやに2粒と小さいながら、甘みが強く独特の風味もあります。山形県庄内地方の「だだちゃ豆」や新潟県黒崎村の「黒崎茶豆」などが有名です。3つめは黒豆。黒豆が成熟する前の未熟なもので、さやの中で黒くなる前に収穫するので、豆の薄皮がうっすらと黒みを帯びています。大粒で甘みとコクがありますが、生産量が少なく出回る時期も9月下旬から10月上旬と短いのであまり市場には出回りません。関西地方が主な産地で、「丹波黒豆」で有名な丹波篠山の黒大豆の枝豆は高級品とされています。
 枝豆は冷凍などもあり通年楽しめますが、収穫したての枝豆のおいしさは格別。旬の時期にはぜひ、新鮮な枝豆を手に入れてその日のうちにゆでて味わいたいものです。
  
0

小中学生対象農業体験講座

 本日、小中学生対象の農業体験講座をおこないました。今日は「目にやさしいブルーベリー収穫体験」です。朝から予想外の雨?でしたが、50名ほどの小学生、保護者の方に参加していただきました。
 
 担当よりブルーベリーの特徴や摘み方の説明の後、農場に移動し、ブルーベリー摘みを開始!腰をかがめ、雨露に濡れながらの体験でしたが、ケースに青色のブルーベリーの実を一杯にして、みんな満足そう・・・。トマトも合わせて摘み、貴重な体験をしていただきました。
 
 
0

土用の丑の日

 暑い日が続いて、身体がバテバテという人もいると思います。今日7月25日と8月6日は土用の丑の日です。この日にうなぎを食べると夏バテをしないといわれています。実はこの風習、江戸時代の万能学者であり、発明家でもある平賀源内が仕掛けたものだったんです。源内は知り合いのうなぎ屋さんが夏はうなぎが売れないと困っていたのを見て、店の前に「土用丑の日、うなぎの日」という貼り紙をしたのです。これが大当たりして、土用の丑の日にうなぎを食べる風習が広まりまったといわれています。元々、この日に梅干しやうどん、瓜など「う」のつくものを食べると病気にならないという言い伝えがありましたので、「う」のつく食べ物=「うなぎ」として定着したのでしょう。
 いずれも食が細くなる夏に食べやすいものです。このような言い伝えは先人たちのありがたいアドバイスともいえるわけです。スタミナをつけて夏の暑さ、ダルさを吹き飛ばしましょう!
 
0

蓮(はす)の花が咲く時期

 
 蓮(はす)の花が咲く時期となりました。蓮の原産地はインド亜大陸とその周辺で、地中の地下茎から茎を伸ばし水面に葉を出します。草高は約1メートルで、茎に通気のための穴が通っています。水面よりも高く出る葉もあります。葉は円形で葉柄が中央につき、撥水性があって水玉ができます。地下茎は「蓮根」(れんこん、はすね)といい、野菜名として用いられています。開花期は7~8月で、白またはピンク色の花を咲かせ、早朝に咲き、昼には閉じます。蓮の泥水の中から生じ、清浄な美しい花を咲かせる姿が、仏の智慧や慈悲の象徴とされ、様々に意匠されています。如来像の台座は蓮華をかたどった蓮華座であり、た厨子の扉の内側に蓮華の彫刻を施したりしています。主に寺院では仏前に「常花」(じょうか)と呼ばれる金色の木製の蓮華が置かれています。また、死後に極楽浄土に往生し、同じ蓮花の上に生まれ変わって身を託すという思想があり、「一蓮托生」という言葉の語源になっています。
  
 
 先日、行田市の古代蓮の里公園に行ってみました。行田市の“天然記念物”に指定されている行田蓮(古代蓮)は原始的な形態を持つ1400年~3000年前の蓮であると言われています。古代蓮の里にほど近い公共施設建設工事の際に、偶然出土した種子が自然発芽し甦り、池に開花しているのが発見されました。地中深く眠っていた多くの蓮の実が出土し、自然発芽して一斉に開花した事は極めて珍しいことといわれています。古代蓮の里では行田市のシンボルともなっている古代蓮を育てており、可憐な古えのピンクや白の花が楽しめます。一度お出かけになっていはいかがですか。但し、花の開いているのは午前中です。
 
0

彩の国進学フェア

 7月22日(土)、23日(日)、さいたまスーパーアリーナで開かれた「彩の国進学フェア」に参加しました。例年、中学生や保護者の関心が高く、23日は9時30分開場のの対応となりました。本校のブースにも多くの中学生や保護者の方が訪れ、学校の内容等を確認していただきました。本校の情報を発信する貴重な機会とすることができました。
 
 
0

バレーボール羽実杯

 7月22日(土)本校のバレーボール部主催の、第10回羽実杯小学生の部が、本校の体育館で近隣の小学生のバレーボール8チームを招いて開催されました。この日は朝から多くの小学生を送って保護者の方々が来校し、駐車場の確保に戸惑う、うれしい悲鳴?となりました。体育館で開会式の後、順次試合がおこなわれ、一日体育館では声援がこだましました。
 
 
0

祇園祭

  
 夏休みが始まりました。暑い日が続きますが、40日ほどの休みで何をしようか、楽しみにしている人も多いと思います。また、この時期は各地で夏祭りがさかんにおこなわれますが、そのなかでも祇園祭は最も規模のおおきなものの1つです。
 祇園祭は京都府京都市にある八坂神社の祭礼で、日本を代表する夏祭りのひとつです。山鉾行事はユネスコ無形文化遺産にも登録され、神田祭(東京都)、大阪天神祭(大阪府)とともに日本三大祭に数えられています。7月1日の「吉符入」で始まる祇園祭は、7月17日の山鉾巡行、神幸祭、7月24日の山鉾巡行、花傘巡行、還幸祭を中心に、7月31日「疫神社夏越祭」で幕を閉じます。平安時代、京の都に疫病が流行したとき、京の人々が牛頭天王(ごずてんのう)の怒りだとしておそれ、当時の国の数と同じ66の鉾を立てて神を祀り、神輿を送って厄災が去ることを祈ったのが祇園祭の始まりといわれています。祇園祭が行われる八坂神社の祭神は素戔嗚尊(すさのうのみこと)です。日本各地には八坂神社を総本社として素戔嗚尊をまつる神社がたくさんあり、そこで行われるお祭りには「祇園」という名前がつくものが多くあります。
 
 近隣の熊谷市では、7月20日から22日まで3日間行われる八坂神社例大祭のうちわ祭がおこなわれます。12台の山車・屋台が熊谷囃子とともに市街地を巡行する様子は、その絢爛豪華さから関東一の祇園祭と称されています。そして、クライマックスは3日目の夜。あちらこちらの街角で引き合わせ、叩き合いが繰り広げられながら、山車と屋台がお祭広場に集結します。ライトアップされた山車・屋台。数万人の人の波。夜空に響きわたるお囃子と歓声。訪れた人の誰もを熱く燃えさせます。3日間で数十万人の方が祭りを楽しみます。江戸時代の多くの祭りがそうであったように、赤い色が厄除けになるという理由から、熊谷でも各家で赤飯を炊いて親戚などに配っていましたが、ある時、市内の料亭の主人が思いついて、当時、生活必需品だった渋うちわを配るようにしたことから「うちわ祭り」と呼ばれるようになりました。熊谷うちわ祭に「うちわ」が現れた時代については諸説があり、文献によっては江戸時代とするものもあります。暑気払いに出かけてみてはいかがですか?

0

終業式

 今日は1学期の終業式。校長が1学期を振り返っての講話をした後、教務部の貫井先生から1学期の成績等について、生徒指導の網野先生から夏休みの生活等について話がありました。
 
 その後、8月の南東北で行われるインターハイに出場するウエイトリフティング部の56kg級の平井翔悟君、94kg級の柿本和希君の壮行会をおこないました。2人は今まで頑張って蓄えた力を存分に発揮してもらえればと思います。また、2人を含めすべての生徒がこの夏休みを自らの力を伸ばす機会、自己・進路実現の機会としてもらうことを祈念します。
 

【校長講話骨子】
 おはようございます。早いものでもう1学期の終業式です。始業式に3つの話をしました。1つは、自分の5年後、10年後の姿を考えてみてください。
2つ目は、将来への希望や夢を持ってください。3つめはやる気・本気・元気を持ってください。覚えていますか。その実現のために、1学期にどのようなことに努力をしてきたか、どれだけ自分が成長してきたでしょうか?

 「ふしありて、竹強し」という言葉があります。竹には「ふし」がある、だから曲がらず、折れず、真っ直ぐに成長します。高校生活には学期、学年という「ふし」があります。この学期というふしを迎え、自分を振り返ってみて、よかったことは何か、足りないものは何か、それを考えてみてください。

  先日、成績会議があり、先生方から皆さんの成績の報告がありました。かなり頑張ったなと思える生徒、手を抜いてしまったかなと思える生徒、それぞれがいました。高校で学ぶ科目には、皆さんの実力を高め、人格を形成していくうえで不必要なものは1つもありません。苦手であっても、得意でなくてもやらなければならない、最低のラインがある。手を抜いてしまった、失敗してしまった者はこの夏休みで挽回し、他の者に追いつくようにしましょう。

  次に日常の生活態度はどうだったでしょう? 人は弱い生き物です。快楽や手抜きなど心の弱さを持っています。さまざまな曲がり角や局面で、自分の心にブレーキを掛けられたか? 心にブレーキを持っていなければ、他人に害を及ぼすとともに自分自身に害をもたらす。心のブレーキとは自制心です。本校の校訓「誠実」、「協調」につながります。不当な欲望を抑え、相手をいたわり、人間性を高めてください。

  また、健康増進はどうだったか。規則正しい生活をして、心と体両方を鍛錬できたか。

 明日から夏休みに入ります。3年生は進路実現の本番です。特に、就職希望者は、すぐにも会社見学が始まります。しっかりとした気持ちで訪問をし、はきはきとした態度、笑顔を忘れずに、己を正して、頑張ってください。

 1・2年生は部活動、あるいは、商業、農業等の専門教科で必要になる勉強や、この時期にしかできないことにも挑戦してください。

 よい計画を立てて、実施し、その成果をあげる皆さんに9月1日の終業式に会うことを期待して、終業式の講話とします。

 

0

避難訓練

 本日、避難訓練を実施しました。9時10分地震が発生し、1号館階段付近で出火した想定で、全校生徒が南グラウンドに避難しました。点呼が終了するまでに10分ほどかかりましたが、ほとんどの生徒が5分ちょっとでグラウンドには着いていました。
 
 その後、消火器の訓練をおこないました。ふだんあまり使用しないものですが、まさかの時には使うものです。3年生のHR委員と有志の生徒が体験しました。
    災害はいつ、どこで、どのように起こるかわかりません。ふだんから災害が発生した場合の対応を考えておくことを改めて感じました。
 
   消火器の使い方の説明と消防署員による消火のようす
 
    生徒たちもしっかりと消火訓練に取り組みました!
0

非行防止教室

 本日、非行防止教室をおこないました。今回は生徒の多くが持っているスマートフォン等に係るトラブルに対応するため、埼玉県警察本部生活安全部サイバー対策課の菊池様を講師としてお招きし、生徒への講和等をお願いしました。菊池様は、DVDとパワーポイントの視聴覚機材を活用して、スマフォやインターネットのトラブルの例をあげ、1度掲載した情報は完全に消去するのは難しいなどネットトラブルの恐ろしさを説明し、個人情報の安易な掲載をやめ適切な利用(ネチケットを守る)、自分の身は自分で守る、人のいやがることはしないこと等お話くださいました。
 全員がこれらのことを肝に命じ、きちんとした使用をすることを期待します!
 
みなさん、スマフォの使い方は大丈夫ですか?
 
使い方をしっかり理解して、トラブルのないようにしましょう!
0

PTA支部会

 7月15日(土)、今年度のPTA支部会が始まりました。今日は、午後1時30分より第1・2・3の合同支部会を羽生市のワークヒルズ羽生でおこないました。30°をはるかに超えるなか、多くの保護者の方々に御参会いただき、PTA会長、校長の挨拶の後、学校のほうから1学期の成績、夏休みの過ごし方、進路の状況についての説明をおこない、その後学年別に分かれて懇談会を実施しました。学年別では、この後会社見学や大学等の選択を控える3年生が最も活発に意見・情報交換を交わしていました。
 今日は午後1時30分より第4・5・7支部会を加須市のパストラル加須で、第6・8支部会を行田市のグリーンアリーナで開催する予定です。
また、7月22日(土)には午前10時から学校で上記の会に参加できなかった保護者の方々を対象に支部会を開催いたします。御参加をお待ちしております。
 
0

球技大会

 今日は球技大会。男子はグラウンドでサッカー、女子は体育館でバスケットボールで、学年別・クラス別の対抗戦です。
 
 グラウンドでも体育館でも生徒たちの熱気と応援の歓声が響きます。
 
 グラウンドでは、11時ごろかなり激しい通り雨があり、進行が心配されましたが、生徒たちの熱い思いで雨はあっという間に通り過ぎ、最後まで熱戦が展開されました。
 
 試合結果は、後日報告します。
 
0

蛍狩り

 蒸し暑い日が続き、うんざりしている人もいると思いますが、この時期に目を楽しませてくれるのが蛍。どんより曇った梅雨の夜、甘い水を求めて草から草へと飛び回る蛍たち。その幻想的な光景を楽しむのが「蛍狩り」です。「狩る」といってもホタルを捕まえることではありません。「狩る」という言葉には、動物を捕まえるという意味のほかに、「紅葉狩り」などと同じく季節の風物を楽しむ、鑑賞するという意味があります。ホタルの成虫は、腹部後方に発光器があり、発光物質が光ることで光が発生します。この光は、蛍のラブコール。オスは光を発しながら飛び回り、メスは草や木の葉の上で弱く光ります。お互いを見つけて両方が強く光れば婚約成立です。実は、蛍の成虫期間は約1~2週間。この間、エサを食べずに夜露だけで過ごしてパートナーを探します。そして、繁殖が終わると死んでしまいます。また、蛍でも発光しない種類もあります。日本には40種類以上の蛍がいるといわれますが、代表的な蛍は源氏蛍(ゲンジボタル)、姫蛍(ヒメホタル)、平家蛍(ヘイケボタル)の3種類です。ホタルが好むのは、きれいで流れがゆるやかな川や水田などの水際の草むらで、水温は15~20°くらい、エサになるカワニナがいるところです。ホタルが好むのは気温は20℃以上で生暖かく、曇って風のない夜。どんより曇った梅雨の夜は蛍狩りに最適です。雨が降っていたり、風邪が強い日や冷え込む日は、蛍はあまり飛びません。ホタルが飛び回るのは日没1~2時間後がピーク。夜の7時半位から9時頃までがおすすめのタイミングです。環境の変化により一時激減した蛍ですが、蛍の飛ぶ清流を取り戻そうという動きが、各地で起こっています。行政などの保護により、再び蛍の姿が復活しつつあります。
 「蛍狩り」の時期は地域によってさまざまですので、あらかじめ調べてから出かけてみてはいかがでしょう。
 
0

朝顔市

 朝顔市は、ほおずき市と並ぶ夏の風物詩です。朝顔市の朝顔は、青やピンクなど3~4色の大輪の花が一鉢に咲くように寄植えされた「あんどん仕立て」が主流です。「今日の朝顔は何色?」と夏の早起きは朝顔チェックで決まりですね! 
 
 朝顔はヒルガオ科のつる草で、支柱となるものに巻きつきながら成長していきます。巻き付く向きはなぜか左巻き。そして、朝顔は日没から10時間後に咲く、体内時計を持っています。それで、早朝に花を開き、日が出るとしぼんでしまうのです。
似たような名前の花に昼顔、夕顔がありますが、昼顔はその名の通り昼に咲き、夕方しぼみます。夕顔はウリ科のつる草で、その実からかんぴょうが作られます。朝顔の原産地は中国で、奈良時代に遣唐使によって日本に伝来したといわれています。当時は朝顔の種は「牽牛子」(けんごし)といって、下剤や利尿作用がある漢方薬として珍重されていました。朝顔の花が鑑賞用として栽培されるようになったのは江戸時代になってからの事です。朝顔市で有名な入谷(東京都台東区)は、入谷田圃の土が良かったことと、腕の良い植木屋が多く住んでいたことから、朝顔の名所として有名になりました。朝顔市の代名詞ともなっている入谷の鬼子母神の朝顔市は、明治初期からの歴史があります。世情の悪化から大正時代に一度姿を消しますが、戦後の昭和23年に江戸情緒豊かな夏の風物詩として再開されました。朝顔の中国名「牽牛花」(けんぎゅうか)にちなみ、牽牛といえば七夕伝説に出てくるあの牽牛、ということで七夕を挟んで3日間開催されます。東京・入谷の朝顔市は、入谷鬼子母神を中心に、言問通り沿いに市が立ち、毎年40万人もの人で賑わいます。朝顔は早朝に咲く花。朝顔市も朝5時スタートです。色よく咲いている花を品定めするには、やはり早起きして出かけたほうが良いですね。

0

ほおずき

 ほおずき(鬼灯) はナス科の多年草で、本では平安時代から薬として利用されてきました。東南アジアが原産とされていますが、その自生地ははっきりしていません。淡い黄色の花を6月から7月ころ咲かせます。この開花時期にあわせて、日本各地で「ほおずき市」が開催されます。日本の仏教の習俗であるお盆では、ガクに包まれたほおずきの果実を死者の霊を導く提灯に見立て、枝付きで精霊棚(盆棚)に飾ります。古くは薬草として利用され、子供の夜泣きやひきつけ、大人のお腹や胸の痛みを和らげる効能があるとされていました。中国では、根が「酸漿(サンショウ)」という生薬名で知られ、漢方医学では咳止めや解熱、利尿の薬として熱や黄疸の時に用いられます。また、ヨーロッパを中心にフルーツとして食べられている「食用ほおずき」は、イノシトールというビタミンBの1種を豊富に含み、体内に脂肪を溜め込まないようにする働きがあるとされています。コレステロールの低下や動脈硬化、ガンの予防に効果があります。
毎年7月9日、7月10日に東京都台東区浅草の浅草寺でほおずき市が催されています。約200年前の明和年間に始まったと言われています。ほおずき市といえば浅草寺、と言われるほど有名なほおずき市。7月10日に参拝すると、なんと四万六千日も毎日お参りしたのと同じだけのご利益があると言われています。ほおずき市としては全国でも最大規模で、毎年全国からも多くの人たちが訪れて、大変な賑わいになります。境内にはたくさんのほおずきを売る店、そして風鈴の涼やかな音色が響き、いかにも浅草といった江戸の下町の風情を感じることが出来ます。
 
0

関東高P連神奈川大会

 
 7月7日(金)、8日(土)、神奈川県横浜市のパシフィコ横浜で開催された関東高等学校PTA連合会大会神奈川大会に参加しました。7日は神奈川県の高校生によるアトラクションで始まり、高校生の演奏や演技で盛り上がりました。その後、全体会で今年度の大会宣言の採択、記念講演としてフリーアナウンサーの羽鳥慎一さんによる「聞くちから、話すちから」のがあり、高校生活の大切さや話すには相手の話を聞くちからが大切との話がありました。
 
 8日(土)は分科会「生徒指導とPTA」に参加し、今年創立100周年を迎える山梨県立甲府工業高校の取組、「自分で自分のの身を守る」DIG体験にPTAとして取り組んでいる神奈川県立二宮高校の話を伺いました。本校も2年後に百周年を控えており、貴重なお話を伺うことができ、大変参考になりました。

0

高校野球埼玉県大会1回戦報告

 7月9日(日)、熊谷運動公園野球場で夏の高校野球埼玉県大会の1回戦があり、本校はお隣の羽生第一高校と対戦しました。朝から夏の日差しが照りつけるなか、1・2回は無失点で押えましたが、3回に満塁のピンチからヒットを打たれ、ミスも絡まって4失点! 4回・5回も相手に大量得点を奪われて24-0で5回コールド負けとなりました。大敗はしましたが、しっかり守れれば1・2回のように互角の試合ができ、ちょっとしたミスから大量失点の教訓は改めて身に染みたと思います。ミスがあることはこれななくせば互角の試合となる証し。このことをしっかりと理解し、今後へつなげていければ勝利や成功に結びつくと信じて、がんばっていきましょう!
 選手の皆さん、応援の保護者・生徒の皆さん、暑い中お疲れ様でした。
 
0

七夕

 明日は七夕です。七夕といえば織姫と彦星の話が有名です。中国の伝説ですが、昔、天の川の西岸に織姫という姫君が住んでいました。織姫は機織りの名手で、美しい布を織り上げては父親である天帝を大変喜ばせておりました。そんな娘の結婚相手を探していた天帝は、東岸に住む働き者の牛使い彦星を引き合わせ、二人はめでたく夫婦になりましたが、結婚してからというもの、二人は仕事もせずに仲睦まじくするばかり。これに怒った天帝が、天の川を隔てて二人を離れ離れにしてしまいました。 しかし、悲しみに明け暮れる二人を不憫に思った天帝は、七夕の夜に限って二人が再会することを許しました。こうして二人は、天帝の命を受けたカササギの翼にのって天の川を渡り、年に一度の逢瀬をするようになったとのことです。
 
 一方、日本では、古来お盆に祖先の霊を迎える前の旧暦の7月7日、祓(はらえ)の行事がおこなわれていました。「棚機津女(たなばたつめ)」という衣を織る女性が神様に仕え、川などの清い水辺の機屋(はたや)に一晩こもって「棚機」という織り機で神様の衣装を織り、それを神棚に供えて、村人たちの穢れを払っていました。この2つが結びつき、7月7日の七夕の習慣が生まれました。七夕の習慣は江戸時代には庶民に広まりましたが、明治時代になると暦が太陽暦(新暦)になり、旧暦の7月7日が新暦では8月上旬となって1か月遅れるようになり、廃れていくようになりました。これに対して、昭和2年に大正時代から続く不景気を吹き飛ばそうと、仙台の商店街の有志たちが、伊達正宗も推奨したといわれる絢爛豪華な七夕飾りで名高い「仙台七夕まつり」を復活させ、これをきっかけに七夕まつりが夏の風物詩として日本各地で開催されるようになり、往年の輝きを取り戻しました。埼玉県では深谷市の七夕まつりが有名です。
 
0

梅干し

 商店の店先で収穫された梅の実が広げられていました。梅の実の収穫期はほぼ終わったようです。梅は「花よし、香りよし、果実よし」と三拍子揃った花木。早春にいち早く花開き、馥郁(ふくいく)とした香りを放ち、昔から人々に愛でられてきました。そして、梅の実も様々に加工され、盛んに利用されてきました。「梅干し」はその代表的な利用といえます。
 
 梅は中国が原産といわれています。中国の古書「斉民要術」には「鳥梅(うばい=中国語ではウメイ)」、「白梅(=梅干し)」、「蜜梅(=蜜漬けの梅)」などの梅の実の加工法が記されており、日本には奈良時代の遣唐使により、漢方薬として「烏梅」が伝来しました。「鳥梅」は、未熟な梅の実を燻製にしたもので、色は真っ黒。鎮痛、解毒、健胃、整腸などの薬として重宝されました。梅の語源は、この「鳥梅」から「ウメ」と呼ばれるようになったという説の他、「熟む実」から「ウメ」となったなど諸説あるようです。日本に現存する最古の医学書である平安中期の「医心方」で、「梅干し」の効用が取り上げられています。鎌倉時代以降、実の多くは梅干しとして食用にされ、戦国時代は薬効のある携帯食としても重宝したようです。江戸時代には庶民の食卓にも登場するようになり、大晦日や正月、節分には、梅干しにお茶を注いだ「福茶」として、正月には当時のおせち料理である「喰積(くいつみ)」にも祝儀ものとして用いられました。
 昔から「梅は三毒を断ち、その日の難を逃れる」といい、朝夕に梅干しを1個食べれば健康を保てるといわれてきました。「梅干し」と聞いただけで口の中に唾液が溜まってきますね。梅干しは唾液の分泌を促し、食欲を増進させてくれます。梅の酸っぱさの素は豊富に含まれるクエン酸。このクエン酸には疲労回復やカルシウムの吸収を助ける働きもあります。また、おにぎりやお弁当に、抗菌作用のある梅干しを入れると傷みにくくなります。さらに、梅干しを加熱すると「ムメフラール」という成分が発生し、これが血液をサラサラにして、からだを活性化するといわれています。この他、新たな研究結果として、胃潰瘍の原因の1つであるピロリ菌を抑制する成分や、血糖値の上昇を抑える成分が含まれていることもわかってきたそうです。
 いろいろと効能のある梅干しですが、口に入れるとどうしても口をすぼめてしまいます。
 
※ 上はウメの実と梅干し、下は学校で採れたモロヘイヤのお浸し、ウエイトリフティング部は今年もインターハイ出場を決めました(報告が遅くなり申し訳ありません)。
0

7月の風景②

 期末テストが始まりました。今日から7日(金)までの予定で、各学年とも1日に2~3科目受験します。「この暑い時期にさらに熱くさせるなんて」と言わずに、日ごろの学習の成果を発揮する前向きの気持ちで臨んでもらえればと思います。生徒たちの育てている植物も順調に成長しています。
 
 
0

7月の風景

  
 あっという間に3か月が過ぎ、7月になりました。7月は旧暦で文月(ふづき、ふみづき)と呼ばれています。文月の由来は、7月7日の七夕に詩歌を献じたり、書物を夜風に曝す風習があるからというのが定説となっていますが、七夕の行事は奈良時代に中国から伝わったもので、元々日本にはないもので、稲の穂が含む月であることから「含み月」「穂含み月」の意であるとする説もあります。また、「秋初月(あきはづき)」、「七夜月(ななよづき)」の別名もあります。文月は日本海軍の駆逐艦の名称にも用いられています。英語での月名、Julyはユリウス暦を創った共和政ローマ末期の政治家、ユリウス・カエサル(Julius Caesar)からとられています。
 明日から期末テストです。3か月学んだ成果を答案用紙につづってほしいと思います。
 
0

学校評議員会・学校評価懇話会

 6月30日(金)、5名の学校評議員の方々にお越しいただき、第1回学校評議員会・第1回学校評価懇話会を実施しました。学校評議員会では、学校のようすと今年度の学校自己評価システムシートの説明をおこない、休憩をはさんで佐藤生徒会長、小泉生徒会副会長、福満農業クラブ会長が加わり、学校評価懇話会をおこない、それぞれ活動や成果の報告をしました。評議員の方々からはいろいろ意見や激励をいただき、学校改善の機会とすることができました。
 

0

夏越の祓(なごしのはらえ)

 旧暦の6月末に行われる「夏越の祓(なごしのはらえ)」は、半年分のケガレを落とす行事で、この後の半年の健康と厄除けを祈願します。由来は神話の伊弉諾尊(いざなぎのみこと)の禊祓(みそぎはらひ)にまで遡るそうですが、新暦に移った現在でも、6月30日ごろ日本各地の神社で行なわれている伝統行事です。半年に一度の厄落としである6月の「夏越の祓」。さらに半年後の12月末には、同様に厄除けをする「年越の祓」があります。この2つは対になる行事で、心身を清めてお盆や新しい年を迎えるためのもの。大晦日の年越し行事のような派手さはありませんが、「夏越の祓」も大切な節目の行事とされています。その厄落としの方法として「茅の輪くぐり」が行われます。茅の輪とは、チガヤという草で編んだ輪のことです。神社の境内に作られた大きな茅の輪の中を「水無月の夏越の祓する人は、千歳(ちとせ)の命延(の)ぶというなり」と唱えながら8の字を書くように3度くぐり抜けます。茅の輪をくぐることで、病気や災いを免れることができるとされています。「茅の輪くぐり」については日本神話に基づいているといわれています。昔、ある兄弟のところに、一人の旅人が現れて一夜の宿を乞いました。裕福な兄は旅人を冷たく断り、貧しいながらも弟の蘇民将来(そみんしょうらい)は温かく旅人をもてなしました。数年後、旅人が恩返しにと再び蘇民を訪れますが、実はこの旅人はスサノオノミコトで、その教えに従って茅の輪を腰に付けたところ、疫病から逃れられ、子々孫々まで繁栄したということです。この故事に基づき、家の玄関に「蘇民将来札」という札を貼り、厄除けにするという風習も残っています。人形(ひとがた)とは、人の形を模した紙の形代(かたしろ)です。人形に自分の名前や年齢などを書き、それで体を撫でて人形に罪やケガレを移し、身代わりとして神社に納めます。人形を川に流したり、篝火を焚いたり、水や火を使う神事で清め、厄を落とします。紙だけでなく、藁などで人形を作るところもあります。また、お清めのために人が直接、川や海に入る地方もあります。
 
※ 写真は熊谷市の胎内くぐりのようす(熊谷市ホームページより)

 冷房も冷蔵庫もない時代、蒸し暑くなる7月はしばしば病気がはやりました。体力も消耗するので、甘く食べやすいお菓子でエネルギーを補給し、厄祓いをしていたようです。京都には「夏越しの祓」の日に食べる伝統的な和菓子があります。「水無月」と呼ばれ、ういろうの上に邪気を祓うあずきがのった三角形のお菓子で、三角形は削りたての氷を表しています。昔、宮中では旧暦6月1日に「氷の節句」が行われていました。冬にできた氷を山間の氷室(ひむろ)に貯蔵しておき、そこから取り寄せた氷を口にして夏を健康に過ごせるよう祈るというものです。しかし、庶民にとって氷は高嶺の花。そこで氷をかたどった三角形の生地に厄除けの小豆を散らしたお菓子が作られたのです。「水無月」は庶民の氷へのあこがれからできた銘菓。現在では夏越の祓の日の和菓子として親しまれています。
 
0