平成29年度~校長室

平成29年度~校長室

こたつ

 11月も今日で最後。もうこたつを使っている家庭も多いと思います。こたつ(炬燵、火燵)は、皆さんにも馴染みの日本の暖房器具。床や畳床等に置いた枠組み(炬燵櫓、炬燵机)の中に熱源を入れ、外側を布団等で覆って暖かくします。熱源は枠組みと一体になっているものと、そうでないものがあり、かつては点火した木炭や豆炭、練炭を容器に入れて用いていましたが、現在は電気装置(電気こたつ)が多くなっています。現在は冬場の暖房器具としてだけではなく、夏期にはこたつ布団を外し、テーブル卓代わりとして通年利用されることが多くなっています。そのため暖房器具ではですが、通年商品となっています。形の主流は正方形から長方形になりつつあり、ごく最近に人気の出てきた一人用のミニコタツなどは正方形となっています。現在は大手メーカーは電気炬燵を生産しておらず、中小のメーカーが数多く参入しています。47都道府県のうち、山梨県が最もこたつの所有率が高く、一方北海道が最もこたつの所有率が低く、北海道では、近年オイルヒーター、パネルヒーターなどを利用することが増えています。こたつ布団の上には、四角い天板(こたつ板)を置くことが多くなっています。この板は食卓代わりに宿屋等で使われ始め、家庭に広まったとみられ、1960年頃から家庭でも一般化しました。以前は天板の裏がラシャ張りになっており麻雀卓として利用されていましたが、麻雀人口と正方形のこたつがともに減少したため、このような天板は稀になりました。


 

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冬支度(ふゆじたく)

 日に日に寒くなり、冬本番へと向かう時期となりました。冬服への入れ換え、こたつやストーブの準備に忙しくなる時期です。ところで、心も体も冬支度できていますか? 特に、働く女性を困らせる冬特有の体の悩みにはいろいろありますが、なかでも今回は「冬太り」を取り上げて、そのメカニズムと対策について、いろいろ調べてみました。冬は寒さから身を守るために脂肪がたまりやすい時期。とはいえ必要以上に太るのも困りものです。不健康な冬太りのメカニズムやその原因を知って予防しましょう。体内に摂取されたエネルギーが、体の代謝によって消費するエネルギーを上回った場合、余分なエネルギーは中性脂肪として脂肪細胞や肝臓に蓄えられます。この量が多いと肥満につながります。夏と冬では夏の方が汗をかくし、基礎代謝(じっとしていても消費されるエネルギー)は高いと思われがち。でも冬は気温が低く、体温も下がることから体は自ら体温を上げようとエネルギーを使用するため、実は夏よりも冬の方が基礎代謝は高いのです。ではなぜ太る? これは寒さによる冷えや運動不足による血行不良が原因と考えられます。血液は栄養素の運搬路。だから血行不良になると、酸素や栄養素をうまく運搬できずに内臓機能や基礎代謝の低下につながります。また栄養素が効率よく運搬されないと代謝が悪く、不燃焼型の身体になり、余分な栄養素を蓄積しやすくなります。クリスマス、忘新年会と外食の多い時期は、つい飲み過ぎ・食べ過ぎになりがち。余分なエネルギーが脂肪になるばかりか、食べ過ぎると内臓に血液が集中するため体温が下がり、基礎代謝まで下げてしまいます。結果として余計に脂肪が増えるという悪いループに陥ります。
 飲み過ぎ・食べ過ぎに注意して適度な運動を心掛けましょう!

 
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インフルエンザを予防しよう

インフルエンザの流行る季節となりました。今年も流行が懸念され、注意報が出されています。インフルエンザはインフルエンザウィルスの感染によってかかる病気です。主に38~40°の高熱や頭痛、全身倦怠感が症状として表れる全身症状とのどの痛みや咳などの呼吸器の急性炎症症状などがみられます。発熱は通常3~7日続き、熱は下がっても体内にインフルエンザウィルスが残り他人に移ってしまうこともあります。なぜ冬になるとインフルエンザが流行るか? それはインフルエンザが空気感染することに大きな原因があります。冬場は空気が乾燥し、また寒く乾燥した空気は起動粘膜の抵抗力を弱めてしまいます。これらの条件がインフルエンザウィルスにとってはとても好条件となります。 予防接種をうけてインフルエンザを予防するのも大切ですが、日常生活では以下のことに気をつけましょう。
・外出時はできるだけマスクを着用する。他人からの感染を防ぐことだけでなく、他人を感染させるのも防ぎます。
・家に帰ったらうがい、手洗い。
・室内の湿度を保つ。空気が乾燥した状態でインフルエンザウィルスが活発に活動します。その活動を抑えるためにも加湿器などを用い室内の湿度を保ちましょう。また、定期的な換気も必要です。
・体力を保つ。体力が低下するとウィルスに感染しやすくなります。食事、睡眠は十分にとりましょう。
 インフルエンザを100%防ぐことはなかなか出来ませんが、上記の予防は誰でも出来るのでしっかりやりましょう!

         
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蜜柑(みかん・ミカン)

 この時期、八百屋さんやスーパーの食品売り場の店頭を彩るのがミカン。蜜柑(みかん・ミカン)と言えば、ウンシュウミカン(温州蜜柑)を指すことが一般的で、さまざまなな栽培品種があり、食用として利用されています。その生産量は、和歌山県、愛媛県、静岡県が年間10万トン以上と多く、栽培は温暖かつ日当たり、風当たり、水はけが良い斜面の地形が条件であり、主な産地のほとんどが太平洋や、瀬戸内海に面した沿岸地となっています。近年は、保存技術の向上と共にビニールハウスや温室で栽培されたハウスみかんも多く流通し、ほぼ一年中目にすることが出来ます。ハウスみかんでは佐賀県、愛知県、大分県などが主産地となっています。柑橘の原種は、3000万年前のインド東北部のアッサム地方近辺を発祥とし、さまざまな種に分化しながらミャンマー、タイ、中国等へ広まったとされています。ミカンの美味しさは、含まれている糖と酸の量・バランスやホロの薄さなどによって決まります。糖度が高いことは重要ですが、酸の量も同様に味の決め手になります。生食されることが多く、内皮を丸ごと食べる人と食べない人で個性も分かれます。また、むき方も「へそ」からむく方法と、へたからむく方法と、刃物で切る方法とさまざまです。
他に北陸地方、東北地方、九州地方など地域によっては焼きミカンといって焼いて食べる所もあります。また凍らせて冷凍みかんにしたり、お風呂に入れて食べたり、下記のように用途に応じて様々な加工品も作られている。ミカンの全生産量の約2割はジュースや缶詰に加工されています。食物繊維として含まれるペクチンには、整腸作用の他、消化酵素のひとつである膵リパーゼの働きを阻害する作用があります。これを食前に摂取することにより食物中に含まれる脂肪の吸収を抑制することができます。またシネフリンには体脂肪を減らす効果が高く、特に熟していない青い果実に多く含まれています。

 
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世界キャラクターさみっとin羽生

 11月24日(土)、25日(日)、世界キャラクターさみっとin羽生が羽生水郷公園で開催されました。今年で9回目となります。本校では、農産物の販売とボランティアで60名ほどの生徒と先生が参加しました。両日とも穏やかな日差しに包まれ、多くの人々が公園を訪れ、キャラクターたちと写真を撮ったり、イベントに参加したりとキャラクターとの触れ合いを楽しんでいました。農産物販売では、里芋や大根などを準備していましたが、売れ行きが好調でかなり早めに売れ切れとなりました。ブースの前の通りはキャラクターや訪問された人々で動きが取れないことも多々見られました。ボランティアで参加した生徒たちも自分たちの役割をきちんと果たし、充実感を感じていたようです。

 
 
 
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新嘗祭(にいなめさい)

 新嘗祭は、古くから天皇がその年に収穫された新穀や新酒を、天照大神をはじめとする天地の神に供え、農作物の恵みに感謝し、自らも食す儀式でした。律令制度のもと、11月の2番目の卯の日に新嘗祭を行うことになっており、天皇が即位した最初の新嘗祭を大嘗祭と呼び天皇の即位を天下に知らしめる大きな祭典となっています。新嘗祭がいつ頃から行われていたかははっきりとしないのですが、日本書紀で皇極天皇元年(642)11月16日に新嘗祭の記述があるのが文献に出てくる最初です。この日の干支は丁卯にあたり、すでにこの時代に11月の2番目の卯の日が新嘗祭と確立していたようです。明治以降、新嘗祭は11月23日に定められ国民の祝日となります。そして昭和23年より勤労感謝の日と名を変え「勤労をたっとび、生産を祝い、国民がたがいに感謝しあう」日として国民にすっかり定着した祝日となっています。本来、この新嘗祭は宮中だけで行われていた儀式ではなく、一般民衆の間でも新しい穀物を神に供え、それを食べて収穫を祝う習慣がありました。「風土記」や「万葉集」にもその様子が描かれており、現在も年迎え的な行事として、能登半島の「あえのこ」や関東地方で行われている「十日夜」が残っています。

   
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酉(とり)の市

 大分寒くなってきましたね。朝晩はストーブやこたつがほしい季節となってきました。寒くなる11月は酉(とり)の市が各地で開かれます。酉の市は例年11月の酉の日に行われる各地の鷲神社(おおとりじんじゃ)の祭礼で、古くは酉の祭と呼ばれ、大酉祭(おおとりまつり)、お酉様(おとりさま)とも呼ばれます。浅草の鷲大明神社、花園神社、鷲神社の本宮といわれる埼玉の鷲宮にある鷲宮神社、桐生の寂光院などが有名です。祭礼では「福を掻き込む」という洒落にことよせ、「縁起守り」や「縁起熊手」を買い求める人々で賑わいます。商売をしている人は店や事務所などに縁起熊手を飾り商売繁盛を願います。11月の酉の日に行われ11日が一の酉、23日が二の酉。年によっては日のめぐりで三の酉まであることもあります。鷲神社の社伝によれば、「鷲」とは、天照大神(あまてらすおおみかみ)がお隠れになった天岩戸(あまのいわと)を開けた時に、弦(げん)という名前の楽器を持った神様ところへ飛んできた縁起のよい鳥だとか。また「酉の日」は、その後天日鷲命と呼ばれるようになったこの神様を祀っていた浅草の地に、日本武尊(やまとたけるのみこと)が戦勝のお礼参りをしたのが11月の酉の日であったことに由来するそうです。酉の日が祭礼日となり、やがて市がたつようになったのが、酉の市。ですからこの市、今も正しくは「酉の祭(とりのまち)」と呼ばれる鷲神社の神祭の日なのです。

    
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冬に備えて体力アップ

11月は寒暖差も落ち着き、中旬ごろまでは過ごしやすい日が続きます。体調が安定しやすいこの時期は、冬に備えて体力作りをする絶好のチャンスです。猛暑による夏バテや寒暖差による不調に苦しめられていた方も、ようやく体調が落ち着いてきたのではないでしょうか。この時期は来る冬に備えましょう。12月以降、風邪やインフルエンザ、ノロウイルスなどが流行してきます。こうした感染症に負けない体を作りましょう。 そのための基本は食事です。肥満気味の方は過食に注意が必要ですが、夏バテや寒暖差に弱い虚弱な方は食欲が出てくるこの時期に、積極的に食べましょう。食べ物から栄養をしっかり吸収することで病気に対する抵抗力が高まり、感染症にかかりにくくなります。もう一つのポイントは運動です。ウイルスなどの外敵から体を守る免疫の中心的な役割をしているものの一つが、白血球の一種であるリンパ球です。リンパ球は血液循環をよくすることで、活発に働きます。このため、手足の細い血管まで、全身の循環をよくする有酸素運動が有効です。具体的にはウオーキングや水泳などがよいでしょう。また、ストレッチ体操もおすすめです。東洋医学でいう「ツボ」は自律神経の働きに深く関与しています。ツボは肩甲骨を中心に各関節に集中しているため、手足を曲げたり、伸ばしたりする体操をすると自律神経の働きがよくなり、免疫が活性化されます。冬の準備としてはインフルエンザの予防接種も大事です。ワクチンの株と流行するウイルスの株が一致すれば、高い予防効果(有効率は約70%)が期待できます。接種の1~2週間後から抗体値が上がり始め、約3カ月効果が持続するとされています。インフルエンザが流行するのは12月から2月にかけてですので、11月中旬までに接種するのがよいでしょう。

  
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林檎(リンゴ・りんご)

 リンゴが果物売り場の正面で目立つようになりました。リンゴの原産地はロシアのコーカサス地方と言われています。リンゴは現在、世界で7500以上の品種が栽培されており、亜寒帯、亜熱帯及び温帯で栽培可能ですが、暑さに弱いため熱帯での栽培は難しいです。日本国内での主な産地は青森県、長野県で、この2県が、全国生産量のおよそ75%を占め、ミカンとは対照的に冷涼な気候で育つ果樹の代表格です。
「ふじ」は、1962年に青森県藤崎町で誕生した日本で最も一般的に栽培される品種で、日本国外にもさかんに輸出され、名前も日本語発音同様「Fuji」の名で親しまれています。中国・韓国・北アメリカ・オーストラリアなどでの栽培も多く、世界的にも最も生産量の多い品種です。無袋で日光を十分に浴びさせて栽培したものは「サンふじ」の名で出荷されます。表面には薄い皮があり、皮に付着する農薬等の問題や食べやすさの点から、皮をむいて食べられることが多いのですが、便秘改善のため、皮ごと食されることもあります。リンゴの皮むきにはナイフや包丁などが用いられますが、回転式のアップルピーラーが用いられることもあります。また、放射状に切り分けるアップルカッターが用いられることもあり、味は酸味と甘みが強いです。日本におけるリンゴの収穫は品種によりますが、9月中旬から11月中旬です。各品種とも収穫期間は約1ヵ月程度と短いですが、リンゴは高湿度低酸素状態で冷蔵保存することにより長期の貯蔵(およそ9ヶ月間)が可能です。このため、リンゴの出荷は9月から翌年7月ごろまで約10ヶ月間行われ、ほぼ一年中食べることができます。リンゴは、歴史上さまざまなところに登場しますが、旧約聖書に登場するアダムとイヴが、蛇にそそのかされて食べた「善悪を知る果実」(禁断の果実)がリンゴだとされることは有名です。また、ギリシャ神話には、「最も美しい女神に与えられる」と言われた黄金のリンゴを巡ってヘラ、アテナ、アフロディテの3女神が争い、遂にトロイア戦争に至るエピソードがあります。
 風邪の予防の効果もあるので、しっかりと食べましょう!

 
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秋の夕暮れ

 日が短くなり、夕暮れにもの悲しさを感じる頃となりました。秋の夕日は他の季節とは一味違いますね。童謡「夕焼け小焼け」でも秋のわびしさが感じられます。
平安時代の女流作家清少納言も、「枕草子」のなかで秋について次のように綴っています。
『秋は夕暮れ。夕日のさして、山の端いと近うなりたるに、烏の寝どころへ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど、飛び急ぐさへあはれなり。まいて雁などの連ねたるがいと小さく見ゆるは、いとをかし。日入り果てて、風の音、虫の音など、はたいふべきにあらず。』現代語訳(秋は、夕暮れの時刻がよい。夕日が差して、山の端がとても近く見えているところに、からすが寝どころへ帰ろうとして、三羽四羽、二羽三羽などと、飛び急ぐ様子さえしみじみとものを感じさせる。ましてや雁などが連なって飛んでいるのが小さく見えている様は、とても趣深い。日が沈みきって、風の音、虫の音などが聞こえてくる様は、改めて言うまでもなく素晴らしい)。」
 すでに綴ったように、秋は秋でこの時期の楽しみもありますので、自分の秋を楽しんでください!
 
 
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産業教育フェア

 11月17日(土)、18日(日)、大宮ソニックシテイで第28回産業教育フェアが開催されました。本校からは17日の開会式やCGポスターコンテスト、ドリンクラベルコンテストに商業科の生徒が参加し、CGポスターコンテストでは、情報処理科3年の片石君が埼玉県教育長賞、情報処理科3年の柿本君、ビジネス会計科の松井君が埼玉県商業科教育研究会長賞を、ドリンクラベルコンテストではビジネス会計科の松井君が広沢園特別賞を、情報処理科の片石君、ビジネス会計科の渡部さんが広沢園優秀デザイン賞を受賞しました。また、18日の午後には、多肉植物の寄せ植え講座で、テクノホルティ専門学校の方々と協力して、今年の農業クラブのフラワーデザインコンテストで活躍した3年の飯島さんと1年の小澤さんが講師として、来場した方々に鉢植え指導を担当しました。天気も良く、いい形で学校の活動内容などを情報発信することができました。

 
 CGポスターコンテスト教育長賞    ラベルコンテスト広沢園特別賞
   
     ムジナモの展示             羽実の梨
 
   多肉植物の鉢植え講座。多くの方がチャレンジしていました。
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1日体験入学

 11月17日(土)、体験入学を実施しました。64名の中学生と保護者の方に参加いただき、商業4つ、農業5つの高校の授業を体験をしてもらいました。商業系の授業はパソコンや電卓を活用することが多く、戸惑いもありましたが、すぐに慣れて課題にチャレンジ! 農業系は活動や作業の時間が多く、興味津々で臨んでいました。中学生や保護者の方々に学校を知ってもらい、高校選択の機会とすることができました。


 
 

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小春日和(こはるびより)

 小春日和は「春」という字がつくので4月頃かと思ってしまいますが、小春とは旧暦の10月の別称で、現在でいう11月頃の気候です。寒さが増した頃ろの春を思わせるようなぽっかりした暖かい陽気を言います。冬が深くなる前のひとときで、何か心も安らぎます。アメリカではインディアンサマーといいます。日本は春の陽気を意味し、アメリカでは夏の陽気を表します。これはアメリカの夏が日本のような湿度の多い夏ではなく、さらりと陽気な暑さだからかもしれません。アメリカ以外にも中緯度にある国々には、似たような陽気な気候になることがあり、それぞれに小春日和を指す言葉があるそうです。

 
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七五三

 今日は七五三です。これは7歳、5歳、3歳の時に子供の成長を祝う年中行事。本来は数え年ですが、現在は満年齢でおこなわれる場合が多いです。地方によっては男の子の5歳、女の子は3歳と7歳の年の11月15日に、成長を祝って神社・寺などに詣でる年中行事です。男の子の3歳を七五三に含めて祝う地方もあります。現在では全国でさかんにおこなわれていますが、元来は関東圏における地方風俗でした。
3歳は髪を伸ばす「髪置(かみおき)」、5歳は初めて袴をつける「袴着(はかまぎ)」、7歳はそれまでの紐付きの着物に代わって、本仕立ての着物と丸帯という大人の装いをする「帯解(おびとき)・紐落(ひもおとし)」の名残りです。現代では行事に正装に準じた衣装(晴れ着)で臨み、洋服の場合もありますが和服の方が多いようです。少女は、この時に初めて化粧(厚化粧の場合が多い)をしてもらう場合が多いです。また、七五三は千歳飴を食べて長寿と健康を祝います。千歳飴は、親が自らの子に長寿の願いを込めて、細く長くなっており、縁起が良いとされる紅白それぞれの色で着色されています。千歳飴は、鶴亀(つるかめ)や松竹梅などの縁起の良い図案の描かれた千歳飴袋に入れられています。みなさんもお宮参りした記憶があると思います。

  
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県民の日

 昨日は県民の日で、生徒は休みでした。県民の日は1871年の廃藩置県で埼玉県が誕生したことに由来し、埼玉県成立100年を記念して1971年に制定されました。この日は県内の公立高校をはじめ、県内の公立小中学校も休業日となりました。また、埼玉県立公園や博物館など県内各市町村が運営する一部施設が入場無料となりました。併せて、埼玉県内の一部テーマパークの入場料が無料となったりと、協賛行事が催されました。県では、埼玉県庁舎や埼玉県知事公館を公開し、埼玉県内の各私鉄から格安で埼玉県内乗り降り自由な一日乗車券が販売されたりしました。

 
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木枯らし(こがらし)

 朝夕冷ヤリとし、冷たい風が吹くようになりました。このような風を木枯らし(こがらし)と呼びます。木枯らしは、日本の太平洋側地域において晩秋から初冬の間に吹く風速8m/s以上の北寄り(北から西北西)の風のことで、冬型の気圧配置になったことを示す現象です。凩とも表記します。日本の気象庁では10月半ばから11月末にかけて西高東低の冬型の気圧配置になった時、北よりの風速8m/s以上の風が吹くとその風を「木枯らし」と認定します。そして毎秋最初の木枯らしを木枯らし一号として発表します。関東地方における1992年から2001年の10年間の平均では11月7日頃ですが、今年は10月30日になりました。「木枯らし二号」や「木枯らし三号」もあり得えますが、発表は行われていません。なお、「木枯らし一号」は関東地方と近畿地方でしか発表されません。
      
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イチョウ

 イチョウの葉が黄色に染まる頃となりました。黄葉した葉イチョウ(銀杏、公孫樹、学名:Ginkgo biloba)は、裸子植物の一種。裸子植物門イチョウ綱の中で唯一の現存している種です。中国原産の落葉高木で、高さは20~30mm。葉は扇形で葉脈が付け根から先端まで伸びています。また、葉の中央部が浅く割れていて、針葉樹とされる場合もありますが、厳密には広葉樹にも針葉樹にも属しません。雌雄異株であるため、雄株と雌株があり、実は雌株にのみなります。雌雄の区別は葉の形でできるという俗説もありますが、植物学的には根拠がありません。花期は4~5月で、雌花、雄花とも葉が芽吹くと共に出てきます。実がなるには雄株の花粉による授粉が必要です。花粉は1km程度離れた雄株からでも飛散してくると言われています。長寿で、成長すると巨木になります。そのため、各地に巨木イチョウが残っており、その中には弘法大師空海が手植えしたとの言い伝えがある木も多くあります(イチョウの日本伝来の年代との矛盾もあります)。またイチョウは色づいた時の美しさから、街路樹(銀杏並木)として、植えられているところも多くあります。東京の明治神宮外苑や、大阪御堂筋の並木道は有名です。アヒルの足のような形の葉は、秋には黄色く黄葉し、落葉します。イチョウの実(正式には種子)は銀杏(ぎんなん、ぎんきょう)といい、殻を割って調理されます。種子は熱すると半透明の鮮やかな緑になり、彩りを兼ねて茶碗蒸しなどの具に使われたり、酒の肴としても人気があります。ただ、独特の苦味と若干の臭気があるため敬遠する者も多くいます。木自体のことも「銀杏」と書く(この場合は「イチョウ」と読み、「ぎんなん」は実を指します)。なお、ギンナンは日本全土で生産されているが、特に愛知県中島郡祖父江町(現稲沢市)は生産量日本一です。ギンナン採取を目的としたイチョウの栽培もこの地に始まるとされますが、それは1900年前後のことと伝えられています。熟すと肉質化した外皮が異臭を放ちます。異臭の主成分は酪酸とヘプタン酸で、異臭によりニホンザル、ネズミ、タヌキなどの動物は食用を忌避します。一方で、中にはアライグマのように平気で食べるものもいます。

 

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天高く馬肥ゆる秋

 天高く今肥ゆる秋。聞いたことのある人が多いと思います。秋は空気も澄んでいて、空も高く感じられ、馬も肥えるような収穫の季節です。秋の季節の素晴らしさをいう句で、空は澄み渡って晴れ、馬が食欲を増し、肥えてたくましくなる秋。秋の好時節をいう言葉です。天を地球の回りにある空気の部分と仮定すると、暑い太陽光線を受けて空気が膨張する夏が最も高く、冬に低くなるので、秋は中ぐらいの高さと言えます。それなのに、秋の空が高いと言われるのは、夏の間の湿気の多い空気に変わって、大陸育ちの乾燥した空気が日本を覆い、視界が良くなるために空が高く見えるからです。「天高く馬肥ゆる秋」は、漢語で「秋高馬肥」といい、中国北西部の農民にとっては恐ろしい警告を意味することわざです。紀元前、中国の北方に匈奴(きょうど)と呼ばれる騎馬民族が遊牧生活を営んでいました。彼らの住む土地(モンゴル高原)では冬の寒さが厳しく、その期間は食料が全くとれませんでした。匈奴の人々は馬に春や夏、十分に草を食べさせ肥えさせ、秋になり(中国側で)農耕を営む人々が収穫の時期を迎えると、その収穫物を強奪するために(たくましく肥えた)馬を駆って一斉に南下しました。中国の王はそれを見抜き、「馬が肥ゆる秋には必ず事変が起きる、今年もその季節がやってきた」と、警戒の言葉として言ったことに由来します。つまり、「天高く馬肥ゆる秋」とは、「秋には北方騎馬民族の侵略を警戒せよ」という戒めの言葉であり、「秋には必ず異変が起きる」という意味の故事成語なのです。

 
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商業で公開授業と研究協議・講演会

 本日午後、本校で埼玉県商業教育研究会の流通ビジネス・総合部会が開催され、20数名の県内各商業科のある学校の先生にお出でいただきました。5時間目は3年1・3組の総合実践の授業を公開しました。多くの先生方の見学に生徒たちは緊張気味でしたが、ふだん学んでいる仕入や販売、経理などの実践をしっかりとすることができました。授業後、授業内容についての研究協議をおこなった後、本校OBで株式会社ケンゾー代表取締役社長の木村健造様に「激動の中のスーパー業界 淘汰と信頼」の題目で講演をしていただきました。講演の中でスーパー業界等の現状、顧客の声を聞き、顧客に愛されることが大切なこと。人を大切にするなど貴重なお話をしていただきました。これらの内容を先生方が学校に持ち帰り、生徒に還元して商業教育が充実していくことを期待します。

 
 

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立冬(りっとう)

 今日は朝から雨で、秋というより冬の寒さを感じます。立冬は今年は明日11月7日で二十四節季の1つです。。初めて冬の気配が現われてくる日になります。『暦便覧』では「冬の気立ち始めて、いよいよ冷ゆれば也」と説明しています。立冬の期間の初候には、ツバキが初めて開き、山茶花(さざんか)が咲き始めます。次候では地が初めて凍り始めます。末候には金盞香(きんせんか)や 水仙の花が咲きます。 最近は温暖化が進み、“冬来たる”と言えど11月初めはまだまだ秋。しかし、日中の陽射しは幾分弱まり、日暮れが早くなって、朝夕には空気の冷たさを感じ始める頃です。季節感がなくなって久しい現代人の暮らしですが、古来より大切にされてきた日本人の自然観はまだこんな言葉に残されているようです。

 

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お祭り

 秋はお祭りシーズン。秋祭りには、浴衣を着て出かける夏の祭りとはひと味違う楽しみがあります。でもよく考えてみると、どうして秋に祭りをするのでしょう? 春や夏の祭りとの違いは何? そもそも「祭り」とは何でしょう? 「まつり」という言葉は「まつる(祀る)」の名詞形で、感謝、祈り、慰霊のために神、仏、祖先をまつる行為をいいます。「祭」という漢字は、切った肉の象形である「月」と、手の象形である「又」、祭壇の象形である「示」からできており、いけにえの肉を祭壇にまつる様子を表しています。つまり、本来「祭り」というのは祭祀なのです。日本にはたくさんの祭りがありますが、昔から続いている祭りは祭祀の性格を持っており、感謝・祈り・鎮魂など、日本人が生きていく上での思いが表れています。しかし、近年は祭祀の性格をもたないイベントや町おこしなどの要素が強い賑やかな行事も「祭り」と呼ぶようになりました。後者の意味はさまざまなので、前者(祭祀の性格をもつ昔ながらの祭り)をとりあげます。日本の祭りを語る上で欠かせないのが、農耕です。農耕を主としてきた日本では、春に種を撒き、夏に育て、秋に収穫をして、冬は籠る(こもる)という生活を繰り返してきました。こうした営みが祭りに反映されているので、春夏秋冬で祭りの性格が異なります。伝統的な日本の祭りは、大変奥が深いもの。それぞれの祭りの意味や由来を知ることで、楽しみ方も深まります。また、祭りには文化を伝承したり、地域社会で「横の絆」を結び、暮らしの基盤を整えたりする役割があるので、「行事育」の観点でも見逃せません。

 

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紅葉狩り

 関東地方の平野部でも、少しずつ紅葉が進んでいるようです。学校の桜も赤くなり、葉を落とし始めています。紅葉を鑑賞する習慣は、奈良時代から始まったといわれ、「万葉集」にも登場しています。平安時代の頃には貴族の間で広まり、紅葉を愛でながら宴を開いていたようで、その様子は「源氏物語」にも描かれています。その後、江戸時代には庶民も楽しむようになり、季節の行事として定着していきました。紅葉を鑑賞するのに「紅葉狩り」というのはどうしてでしょう。「狩る」とは獣を捕まえるということですが、花や草木を探し求めるという意味もあるそうで、果物を採る場合にも使われます。「いちご狩り」や「ぶどう狩り」って言いますよね。採集するわけでもなく、紅葉を鑑賞するのに「紅葉狩り」というのは、狩猟を好まない貴族が自然を鑑賞するすることを狩りに例えたと言われていますが、定かではありません。春の桜は「花見」といい桜狩りとは言いません。やはり狩猟のシーズンの秋だから「狩り」という言葉を用いたのでしょうか。また、元々は紅葉を集めて楽しんでいたのが、眺めることに変わっていったという説もあります。

 

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チョコレートケーキをつくりました

 本日3・4限、3年5組の調理の授業で、東京青果専門学校の移動授業を実施していただき、講師として同学校の増田先生、山田先生に講師としてRouleau Aux Chocolat(ルオー オ ショコラ→チョコレートケーキ)づくりに挑戦しました。いろいろな調理をおこなっていますが、本格的なケーキづくりは初めて! 計量や材料の混ぜ方、こね方に苦労しながらも何とかチョコレートケーキを作り上げることができました。出来上がったケーキはお店の店頭のものと見た目は変わらないいい仕上がり! 生徒たちは箱に詰め、今日自宅で家族の方々とじっくり味わうものと思います。今後もこのような本物に触れる機会を持ち、力をつけていってもらえればと思います。

 
   今日のメニューはこちら       まずよく材料をまぜて
 
  しっかりと混ぜ合わせ     チョコレートを生地にぬり
 
     生地を丸めます             チョコレートをトッピング
 
    他のトッピングを飾り       出来上がりました!
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文化の日

 明日は文化の日で、国民の祝日です。国民の祝日に関する法律(祝日法)では「自由と平和を愛し、文化をすすめる」ことを趣旨としています。1946年に日本国憲法が公布された日であり、日本国憲法が平和と文化を重視しているということから、1948年公布・施行の祝日法で「文化の日」に定められました。この日、皇居では文化勲章の授与式が行われます。またこの日を中心に、文化庁主催の芸術祭が開催されます。戦前から文化の日の制定までは、明治天皇の誕生日であることから明治節(明治時代には天長節)という祝日になっていましたが、これとは関係なく定められたということになっています。またこの日は晴れの特異日となっていて、晴れになる確率が高いです。

 

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在り方生き方講演会

 本日6限、全校集会で「在り方生き方教室」を計画し、講師として元幼稚園教諭・保育士で、埼玉県家庭教育・家庭学習アドバイザーの又野亜希子様をお招きし、講演をしていただきました。又野様は保育士として働いていた時、出勤途中の交通事故で頸髄を損傷し、車椅子での生活を余儀なくされました。生きる希望を失った中で新しい命を授かり、お子さんを出産され、現在は生きる喜びや命の大切さを実感し、講演活動や執筆活動など充実した日々を送られています。
 本日の講演では、事故の後車椅子の生活を余儀なくされ、下半身麻痺で現在も右手は動かず、「死にたい」と何度も考えたつらい経験や、御主人やお子様、周りの友人に励まされ、少しずつ出来ることを増やし、精神的に立ち直っていったこと。つらい経験をもとに前向きに生きること、自分を愛し、自分を信じて、自分らしく生きることの大切さをお話しくださいました。
 生徒たちも車椅子の又野様の真剣に、時にはユーモアを交えての話に感じることが多々あったようです。自分の生き方を考えるよい機会となりました。
 又野様、ありがとうございました。

 
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11月の風景

 11月になりました。さすがに「暑い!」という日はなくなりましたが(笑)、紅葉の声はまだまだのところも多く、温暖化がすすんでいることを感じます。さて、日本では旧暦11月を霜月(しもつき)と呼び、現在では新暦11月の別名としても用いています。「霜月」は文字どおり霜が降る月の意味ですが、他に「食物月(おしものづき)」の略であるとする説や、「凋む月(しぼむつき)」「末つ月(すえつつき)」が訛ったものとする説もあります。英語での月名、Novemberは、「9番目の月」の意味で、ラテン語で「第9の」という意味の「novem」の語に由来しています。ところで、10月に出雲に送り出した氏神様や山に戻った田の神様はどうしているのでしょう? 11月の風習には、移動する神々をもてなす心意が見えます。11月は各地の神社で神楽を奏上することが多いため、別名「神楽月」と呼ばれています。田の神は春に山から降りて田を守り、冬に入ると再び山に登って山の神になりますが、柳田国男は『年中行事覚書』の中で「刈り入れ直後の祝いの日に、すでに田の神のお帰りを送った地方でも、なおもう一度この霜月の祭りの日を、何もしないでは過ごすことができなかった」としています。霜月神楽は出雲や山から帰ってきた氏神様をもてなすためのものなのでしょうか。出雲で大仕事を終え、新たな1年を迎える思いを表しているのかもしれません。秋真っ盛りと言えますが、冬の準備も始める時期になったのですね。寒くなってきたので、空気もひんやりと乾燥してきました。風邪や体調不良に注意してがんばりましょう!

 

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 秋を代表する花といえば、やはり菊でしょうか。あちらこちらで、菊花展や菊人形の催しが開かれています。菊は皇室の紋章でもある日本を代表する花の一つで、葬祭にもひんぱんに用いられるとてもなじみの深い花ですが、元から日本にあった訳ではありません。奈良時代に薬用として中国から入ってきたもので、万葉集には見られず、古今集の頃から文字として現れます。菊は漢名で、キクはその音読み。和名では加波良与毛木(かわらよもぎ)、寿客(じゅかく)などとも呼ばれます。また、翁草、齢草(よわいぐさ)、千代見草の別名を持っており、古代中国では、菊は仙境に咲いている花とされ、邪気を払い長生きする効能があると信じられていました。菊と長寿との結びつきには、昔、中国の山奥で、慈童(じどう)という少年が経文を書いた菊の葉にこぼれた露を飲み、700歳以上も生き続けたという、「菊慈童(枕慈童)」の説話が元になっています。麗懸山の麓から薬の水が湧き出たというので、勅令を受けた魏の文帝の臣下達が山中深くやって参りますと、その山奥の菊の咲き乱れた仙境に、慈童という童顔の仙人が現れました。慈童は太古の周の穆王(ぼくおう)に仕えてい者だが、王の枕をまたいだ罪でこの山に流されたのだといいます。枕は、眠るときに魂が体を離れて枕の中に宿る神聖なものとされ、日本でも、万葉の頃に妻は旅先の夫を想い、留守中の夫の枕と枕をくっつけて眠りについたという歌も残されていて、一説に枕の語源は魂倉(たまくら)だもいわれています。その神聖な王の枕をまたいでこの地に流されたのですが、王は、慈童を哀れんで、法華経の「二句の偈」を枕に書いて賜ったといいます。そして、その妙文を菊の葉の上に写して書くと、その葉の露が霊薬となり、それを飲んでいたため、少年は七百年後の今でも若いままで生きながらえていたというのです。もちろん空想の話ですが、菊に対する人々の畏敬の念が感じられます。

 

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文化祭後片付け・閉会式

 朝から晴れて快晴となりました。今日は文化祭の後片付けで、各ホームルームや展示場所では生徒たちがゴミの分別にていねいに当たっています。11時20分から体育館で閉会式・表彰式をおこないました。生徒会長の挨拶の後、今年のテーマ「平成最後の羽実祭」を発表した1年3組、ポスターを作成してくれた3年4組の尾澤さん、クラスと部活動の企画で羽実賞をとなった3年1組とブラスバンド部の表彰をおこないました。その後校長より好評を、文化祭実行委員長が閉会宣言をし、文化祭全日程を終了しました。
 明後日から11月です。2学期も半分終わり、寒くなってきたので、風邪や体調不良に注意してがんばりましょう!

 
    生徒会長挨拶            表彰
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文化祭2日目(一般公開)

 文化祭2日目です。朝から小雨で少し肌寒く感じますが、校内は一般公開に向けて皆がんばっています。この日のために1・2年生は駄菓子屋やお化け屋敷、休憩所を、3年生はや飲食店を中心に、部活動・同好会は日ごろの成果を発揮するべく力を入れてきました。10時より一般公開をおこなうと、まず野菜や果物、草花を扱う農産物販売に多くの人々にお越しいただきました。市販価格より安めの設定でレタスやブロッコリーなどがすぐ完売になりました。羽生市の河田市長様にも午前中に見学に来場していただき、生徒の活躍を確認していただきました。校内に目を向けると、保護者の方々や中学生が催しを覗いたり、参加をしたり楽しんでいました。生徒の中学校時代の同級生も多数来校し、旧交を暖め合っていました。午後には天気も回復して、平成最後のよい羽実祭とすることができました。

 
      朝は小雨模様・・・。晴れるといいな。
 
       準備完了! お客様をむかえます!
 
       まずは野菜の販売とPTAのバザーに
 
  体育館は部活や有志のステージ     紅葉も始まりました
 
  お化け屋敷は順番待ち         休憩所は・・・
 
       来校された方にはていねいな対応を
 
        農業科の展示。彩りを考えました。
 
写真部の猫の鼻のあな(一押し?)     家庭科部の作品
 
    華道部の作品          書道部の展示
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文化祭1日目

 今日は文化祭1日目です。午前中に開会式をおこない、校内祭となります。開会式では校長、文化祭実行委員長、生徒副会長の挨拶の後、有志団体によるブラスバンド部や生徒によるパフォーマンス等があり、最後の準備の時につくった動画を全員で見ました。午後は昨日に続き、明日の一般公開に向けての最後の準備に各団体があたります。校内をきれいにし、おもてなしの心を持って、来場者の皆様を迎えられるよう、がんばります!

 
  体育館でオープニング       生徒会副会長のあいさつ
 
  ブラスバンド部の演奏       生徒パフォーマンス
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文化祭準備

 穏やかな太陽の光が注ぐ1日となりました。昨日に続き、今日は文化祭準備です。昨日はどこから手を付けていけばいいの? というような団体もありましたが、準備は順調にすすんでいるようです。3年生の教室をのぞくと、皆で仲良く、手際よく催しものの準備を進めていました。多くのクラスがハロウィンの趣を取り入れた装飾を活用しています。明日は文化祭1日目で校内発表。天気もよさそうです。ただ、一般公開の土曜日の天気が「曇り時々雨」の予報となっていて心配です。雨が降らなければいいですね。

 
 

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もうすぐハロウィン

 町にハロウィンの色彩が目立つ時期になってきました。10月31日はハロウィンです。最近では日本でも知られるようになりましたが、ハロウィンはキリスト教の聖人の祝日「万聖節」(11月1日。すべての聖人と殉教者をまつる日。All Hallo)の前夜(All Hallo Eve)を略したものです。昔、イギリスに住んでいたケルト人の間では10月31日が大晦日にあたり、この夜は先祖の霊だけでなく悪霊までやってくると信じられていました。やがてキリスト教で悪霊を追い出す祭が始まりますが、その祭を子どもたちが怖がるので、ヨーロッパからアメリカに移住した人々が子どもたちも楽しめる行事にアレンジし、現在のようなイベントになりました。アメリカでは、ハロウィンの夜、家々にジャック・オー・ランタン(かぼちゃのおばけのランプ)の灯りが灯る頃、子どもたちはゴーストや魔法使いなどのキャラクターの仮装をして近所を訪ねてまわります。仮装するのは、悪霊そのものをあらわしているとも、悪霊がその格好を見ておどろいて逃げるようにとも言われています。そして、子どもたちが「Trick or Treat !(トリック オア トリート)」(お菓子をくれなきゃいたずらするぞ!)と声をかけて玄関をたたくと、その家の人が「Happy Halloween !(ハッピー ハロウィン)」 といってお菓子を渡し、霊を鎮めます。 日本では近所を練り歩くことはありませんが、おうちでみんなでハロウィン・パーティーを楽しむのがいいですね。仮装アイテムも売っていますが、身近な材料でお化けの格好をして、シーツに色紙で顔をつけてかぶったり、黒い布をマントにしたり。好きなマンガのキャラクターになりきっても楽しいかも・・・。また、「お菓子をくれなきゃいたずらするぞ!」と言って、この日ばかりは堂々とお菓子をもらっちゃいましょう! でも、食べ過ぎて腹痛を起こさないように。

 
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蕎麦(そば)

 蕎麦(そば)は、産地によって夏から秋に収穫されます。いずれも収穫したては新蕎麦ですが、一般に「新蕎麦」といえば、秋に収穫された蕎麦をさすことが多いようです。緑がかった美しい色で、香りも良い秋の新蕎麦は、江戸の頃から人気の品でした。新蕎麦は秋の季語でもあり、様々な句に詠まれています。元禄時代に発刊された「本朝食鑑」には、「少しでも早く出回るそばを珍重し、手に入れたがる。時期はずれのものは実が十分入らず味も良くないのに、ただ早く出回るのを賞味・珍重するのである」というような記述があります。江戸っ子の初物好きは「新蕎麦」にも発揮されていたようです。蕎麦は種をまく時期によって「夏蕎麦」と「秋蕎麦」に大別されます。蕎麦は、種をまいてから収穫までの期間が稲、麦などに比べ短く、70~80日で収穫できます。気候への適応性もあり、火山灰地や開墾地などのやせ地でもよく生育するので、短期間で収穫できる救荒作物でもありました。さらに土壌の乾燥に強く、吸肥性が強いなどの特徴もあります。ただし、霜には弱いので霜の降りる前に収穫します。一般に、蕎麦は秋に収穫され、秋の新蕎麦を略して「秋新(あきしん)」と呼びます。10月末ごろから出回る新蕎麦は、香り、色、味が優れ、粉に挽いても、貯蔵状態が良ければ変質しにくいという特徴があります。8月の終わり頃から「新蕎麦」のビラを店頭で見ることがありますが、この頃の蕎麦は「夏蕎麦」です。蕎麦は、白米や小麦粉に比べて良質なたんぱく質を多く含みます。ビタミンB群やミネラルも豊富。食物繊維も豊富に含まれています。大きな特徴としては多量の「ルチン」を含みます。ルチンはポリフェノールの一種で、 毛細血管を強化し、血管を拡張する事で血流を良くする作用があります。記憶細胞の保護、活性化にも有効といわれています。蕎麦を常食とする山村に長寿の方が多いといわれるのは、このような蕎麦の栄養が一役買っているのかもしれません。

 
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フラワーアレンジメントコンテストで銅賞!

 10月20日(土)、山口県で第28回全国産業教育フェアが開催され、埼玉県代表としてフラワーアレンジメントコンテストに本校の飯島彩華さんが参加しました。昨年に続いての出場となった飯島さんは、ふだんから身に着けた知識・技能・創造性を発揮し、見事銅賞を獲得しました!

 
          写真は埼玉県大会のようす

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芋煮会

 涼しい、時には寒い、そんな日も増えてきました。そのような時に体が暖まる芋煮はいかがでしょう? 芋煮とは里芋やこんにゃく、ねぎ、きのこ、季節の野菜などを主な具材とした鍋料理です。近所の人達と、河原で材料を持ち寄って大鍋で芋煮を作る野外パーティーが芋煮会。芋煮会は東北各地で行われていますが、有名なのは山形の芋煮でしょう。芋煮の起源には諸説あります。古くは江戸時代、上方からの物資を運んできた最上川舟運の終点が今の山形県中山町付近で、荷物の引き渡しで長逗留することになった船頭たちが、この地の名産の里芋を鍋で煮て食べたことが芋煮の始まりという説が伝えられています。その後も芋煮の風習は受け継がれ、明治になって身近な河原で集まって楽しむようになったとされます。現在も豚肉を用いる庄内風、牛肉を用いる内陸風など、地域によりさまざまな形で芋煮が受け継がれています。家庭料理として年中食べられていますが、芋煮会は秋の実りに感謝しつつ、仲間と和気あいあいと楽しめる人気の行事です。

 
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AED講習会

 本日、AED講習会を午後2時より格技場1階の柔道場でおこない、本校職員、運動部の生徒、PTAの方々約60名が参加しました。講師は羽生消防署の方々です。AEDとは自動体外式除細動器のことで、心室細動を起こした人に電気ショックを与えることで正常なリズムに戻すための医療機器です。心室細動を起こした心臓は、ポンプとしての機能を失い、脳や身体に血液を送ることができなくなります。そのため脳や体内に酸素が供給されなくなり、やがては心臓が完全に停止して死に至ります。心室細動を起こした場合、唯一の治療方法が電気ショックを与え、心臓のリズムを正常に戻すことです。処置が1分遅れるごとに10%ずつ救命率が低下すると言われているので、できるだけ早く電気ショックを行うことで救命率も、その後の社会復帰率も向上します。AEDの使用は、2004年7月から一般市民でも使用できるようになりました。同時に普及にも力が入れられ、現在では空港や駅、学校、公共施設、企業など人が多く集まるところを中心に約20万台が設置されています。機種によって操作に多少の違いはありますが、初めての人でも簡単に使用できるように音声が使い方を指示する仕組みになっていますが、緊急の場合に冷静に対応することは難しいので講習会を開きました。今日の講習会で初めてAEDを扱う方も多く、不安を持っていたようですが、消防所の方のていねいな説明と適切な指導で皆積極的に参加し、実りのある講習となりました。特に重要なのは、AEDを使うことよりも心肺蘇生法(胸骨圧迫)をしっかりとおこなうことで生存率も高まることを確認しました。AEDを使う場面は起こってほしくないですが、まさかのための対応は必要だと改めて思いました。

 
 
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十三夜、十日夜

 このところ、雨が降る日が続きましたが、週末は久しぶりに晴れそうで、月もきれいに見えるのではと思います。明後日10月21日は十三夜です。十三夜とは、十五夜の後に巡ってくる十三夜をさし、旧暦9月13日のお月見のことを言います。十五夜(中秋の名月)から約1か月後に巡ってくる十三夜は、十五夜に次いで美しい月だと言われ、昔から大切にされていました。十五夜または十三夜のどちらか一方のお月見しかしないことを「片見月」と呼び、縁起が悪いと言われています。また、十三夜には栗や枝豆を供えることから「栗名月」「豆名月」ともいいます。十三夜も十五夜と同じで、旧暦を新暦に直して10月13日とするのではなく、その年によって日付が変化します。十日夜とは旧暦10月10日に行われる収穫祭で、東日本を中心に行われています。西日本では旧暦10月亥の子の日や11月に、類似する収穫の行事があります。その内容は地方によっても違いがあります。稲刈りが終わって田の神様が山に帰る日とされているため、稲の収穫を祝ってお餅をついて食べたり、稲の茎をたばねた「わらづと 」や「わら鉄砲」で地面を叩きながら唱えごとをして地面の神を励まし、作物にいたずらをするモグラを追い払ったりします。また、「かかしあげ」といって田んぼを見守ってくれたかかしにお供えものをして、かかしにお月見をさせてあげる地方もあります。十日夜はお月見がメインではないため、月齢に関係なく新暦の11月10日に祭りを実施する地方が多いようです。

 

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 栗は秋の味覚の代表格。洋菓子店や和菓子店にさまざまな栗のお菓子が並び、甘党にはわくわくする季節です。栗御飯や渋皮煮なども、ぜひ味わいたい秋の味覚です。栗と日本人のつながりは古く、縄文時代にまでさかのぼります。青森県青森市にある三内丸山遺跡の発掘で、原始的な狩猟生活をしていたと考えられていた縄文時代の人々は、実は集落をつくって暮らし、その周りに栗やクルミの木の林を作って、その実を主食にしていたことがわかりました。栗は大事な食料であり、縄文時代から栽培されていたのです。弥生時代以降、雑穀の栽培や稲作が始まっても、栗は飢饉などに備える救荒作物として植えられてきました。また、栗の実を干し、臼でついて殻と渋皮を取り除いたものを「搗ち栗(かちぐり)」といい、保存食として用いられてきました。臼でつくことを「搗つ」といい、それが「勝つ」に通じることから「勝ち栗」とされ、勝利を祈願する縁起物として戦国武将が戦の前に食べたといわれます。二ホングリは日本原生の野生種で、柴栗(シバグリ)と呼ばれ、今も山野に自生しています。栽培種は果実が大きく、味も良いのが特徴です。有名な「丹波栗」は京都の丹波地方で採れる大栗の総称で、江戸時代には将軍家や御所にも献上されたそうです。チュウゴクグリは「天津甘栗」としておなじみの栗です。小粒ですが、渋皮がむきやすく、焼き栗で食べるとおいしいです。ヨーロッパグリは樹勢が強く大木になりますが、果実の大きさは二ホングリより小さめです。渋皮がむきやすいのも特徴です。街角のあちこちで焼き栗として売られており、お菓子や料理にもよく使われます。栗にはカリウム、カルシウム、マグネシウム、リン、亜鉛、鉄など私たちの健康に欠かせないミネラルが豊富に含まれています。また、葉酸などのビタミンB群や食物繊維も多く含んでおり、栄養的にも優れた食べものです。また、栗の木は他の木材に比べて、耐水性や耐久性にすぐれているので、昔から家の屋根や床板、柱などに重用されていました。明治時代になって鉄道が開設されると、枕木として利用されたのが栗の木です。鉄道が日本中に伸びていったこの時期、全国の莫大な量の栗の木が伐採されていきました。コンクリート製の枕木が登場するまで、日本の鉄道発展の陰には栗の木の多大な貢献があったのです。

 

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わらの活用

 稲は米以外にもたくさんの副産物を人々にもたらしてきました。特に茎の部分、「わら」はさまざまなな方法で利用されてきました。日本人が稲作を始めたのは縄文時代と言われています。その頃の収穫は、穂だけを刈り取る「穂苅り」で、田んぼに残ったわらはそのまま土に還っていました。7~8世紀頃になると、収穫に鉄製の鎌などが使われるようになり、稲を根元から刈り取る「根刈り」に変化しました。刈り取られた稲を脱穀して米を収穫し始めたことで、大量のわらが残ることになり、そのわらを使ってさまざまな生活用品が作られ、利用されてきました。特にわらの文化が発展したのは江戸時代です。江戸時代には多くの農書が残されていますが、当時使われていたわらで出来た、さまざまな生活用品が紹介されています。わらは、そのまま燃料や飼料、畜舎の敷きわらなどにも使われます。ハカマを取った「すぐりわら」は、屋根葺きや土壁に使われますし、しめ縄やしめ飾りにも使われます。このすぐりわらを叩いて加工しやすくしたものが「叩きわら」です。これを使って作られたさまざまな道具の例を挙げてみました。今は使われなくなったものもたくさんあります。着るものとしてはわらじ、わらぐつ、かさ、みのなど。生活用品としてはわら縄、かご、いずめ(おひつ入れ)、鍋敷き、べんけい(串をさすもの)、円座、むしろ、畳床、縄袋、縄のれん、わら細工の馬などの飾り物など。この他、煮豆をわらで包んで発酵させた納豆は、わらがなければ生まれなかった食べ物です。様々な形で使われたわらの加工品は、傷むと補修されながら使われ、最後には燃料として燃やされたり、田畑の肥料にされたりして土に還りました。そして、また新しい稲を育む基になったのです。日本人は稲を上手に利用し、使い尽くす無駄のない生活をしてきました。最近では、若者の間では米のわらよりも、ワンピースの「麦わらのルフィ」のほうが有名でしょうか?

        
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稲刈り

 稲刈りが学校の周りの田んぼでおこなわれています。稲刈りは古来より日本の農村における秋の代表的な風物誌です。日本では第二次世界大戦後も長く、鎌を用いて手作業で稲刈りが行われました。稲刈りに使用する鎌は、刃先が鋸になった特殊なもので、イネの茎の切断が容易に出来るよう工夫されていました。しかし、稲刈りの作業は近年のコンバインの登場によって大きく様変りしました。コンバインは1940年代に初めて登場し、高度経済成長期以降徐々に普及しました。稲刈りから脱穀までの作業を一貫して行えるのがコンバインの特徴です。稲刈りから脱穀をまとめておこないますが、その間籾の乾燥工程がないので、脱穀された籾は直ちに専用の穀物乾燥機にかけられます。現在でも、山間地や棚田など大型の農業機械の導入が困難な田んぼや、米の栄養や旨味を増したいと言う目的で、バインダーで刈り取り、稲木にかけて乾燥、ハーベスターで脱穀するという組み合わせで収穫するか、もしくは鎌を用いた従来どおりの作業方法が採られています。コンバインの普及により作業時間は大幅に短縮されたが、車両後方に排出される藁のくずが皮膚に付着すると、比較的大きな痒みや肌荒れが起きる為、コンバイン搭乗者以外の作業従事者は、作業時の風向きに十分注意する必要があります。稲刈りをおこなっている農家が顔を覆うようにタオルや手ぬぐいを着用しているのは、その痒みを事前に防ぐ為であるようです。近年は高価ですがキャビン付きの車両も登場しており、搭乗者の負担は大幅に減少しています。刈り取られた稲は水分が多いので、稲架にかけて天日干しされ、十分乾燥した頃に脱穀をおこないます。人力のみに頼った頃は、多人数が必要であったため、当然のように子供も動員されました。そのため、農村域では学校でも休暇を設定しているのが普通でした。農繁休暇と呼ばれましたが、一般には稲刈り休みと呼んでいました。神社で神に捧げる少量の稲を神職や氏子などの手により作られている場合もあり、この場合、稲刈りは大体手作業でおこなわれます。皇居でも生物学御研究所脇に御田があり、毎年9月下旬に天皇が自ら手作業で稲刈りをおこないます。この行事は昭和天皇が始めたもので、今上天皇にも引き継がれています。収穫した稲は伊勢の神宮に納めたり、皇居内の神事に使うほか、天皇一家の食事にも使用されています。

 
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鮭(しゃけ、サケ)

 「食欲の秋」の第2弾として鮭について調べました。秋の味覚といえば鮭。塩焼きやムニエル、スモークサーモン、寿司も美味しいですね。鮭は9~11月に川を上ります。主に東北・北海道沿岸によってきた鮭を「秋鮭」「秋味」と呼びます。鮭は川で誕生して海に下り、産卵までの数年間は北の海で成長し、産卵期の秋に再び生まれた川を上り、一生を終える代表的な回遊魚。なぜ、生まれた川に戻ってこれるのかは未だ謎ですが、川に遡上する直前の秋鮭は脂が乗って、最高に美味しい状態です。鮭は身が赤いので、赤身魚と思われがちですが、じつは白身魚です。あの赤は、白身魚特有の速筋で、エビやカニを餌にしているうちに赤くなっていきます。鮭には色々種類があります。「○○鮭」と呼ばれているものだけに限定すると、「銀鮭」「紅鮭」「白鮭」の3種類になりますが、一般的に日本で鮭というと「白鮭」になり、「銀鮭」「紅鮭」は日本の川には上りません。秋鮭も「白鮭」の一種です。産卵シーズンの9~11月に東北・北海道沿岸に寄ってきたものを秋鮭、秋味と呼び、5~7月頃にとれる鮭は、季節外れという意味で時鮭、時不知(トキシラズ)と呼ばれます。平安時代中期に律令について記された「延喜式」に、越後の国から朝廷に納める税として、鮭が献上されていたことが書かれています。産地で加工されてから運ばれてきたようで、部位によって呼び名は様々。鮭、鮭子(さけこ)、内子鮭(こごもりざけ)、氷頭(ひず)、背腸(せわた)、鮭児(けいじ)、楚割鮭(すはやりざけ)などがあります。平安時代の記録にも残っているように、昔から鮭は「捨てるところがない」と言われています。牛肉や豚肉と比べ、低カロリー低脂肪で、たんぱく質は消化吸収がよく、子供・病人・高齢者に最適なようです。脳の活性化に良いといわれているDHAもたっぷり。注目すべきは、鮭の赤色の色素でもあるアスタキサンチン。この成分は非常に強力な抗酸化作用を持っています。これから、ますます美味しくなる栄養たっぷりな「秋鮭」を、色々な味で楽しみたいですね。

 
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 さて、今日は「食欲の秋」の第1弾として柿について調べてみました。秋が深まり、柿の木に色づき始めた柿の実がなっているのをよく見かけます。「甘いのかな?渋いのかな?」と気になりませんか。なぜ、柿は甘かったり渋かったりするのでしょうか。柿には「甘柿」と「渋柿」がありますが、この違いは柿に含まれる渋み成分「タンニン」が口の中で溶けるかどうかによって決まります。未熟なうちは甘柿も渋柿も「可溶性」タンニンを含んでいますが、甘柿は成熟するとタンニンが「不溶性」(水に溶けない性質)になるため、渋く感じません。一方、渋柿は成熟してもタンニンが可溶性(水に溶ける状態)のままなので渋く感じるのです。おいしい柿を選ぶポイントは
①へたがきれいで、へたが実に張りついていて、実との間に隙間がないもの。
②色むらがなく、全体が濃い柿色。薄い色のものは甘みが少ない。
③皮に張り、つやがある。
 一方、渋柿も渋抜きをすることで、甘くなって食べられるようになります。一般家庭でもよく用いられているのが、アルコールを使った方法で、渋柿のヘタの部分にアルコール濃度の高い焼酎やブランデーなどを塗って数日間置いておきます。干し柿にすると渋みは自然に抜けます。昔話などにもよく登場する「柿」。日本人にとってはなじみの深い果物といえます。古来から日本にあり日本原産のようなイメージですが、元々は古代に中国から伝わったとされています。その後改良が進み、日本の風土に合った現在の柿の形になりました。柿にはビタミンCやビタミンA、カロテン、タンニン、カリウムなどの栄養素が豊富に含まれています。また特徴的なものとしてアルコールデヒドゲナーゼという酵素が含まれており、このアルコールデヒドロゲナーゼこそが二日酔い解消に効果を発揮する重要な成分と言われています。旬のこの時期に思いっきり味わいたいですね。

 
 
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園児たちと稲刈りで交流

 本日午後、農業経済科環境資源コースの3年生が近くのとねの会子ども園を訪問し、園児たちと一緒に稲刈りをおこないました。今日は羽生市からスペシャルゲストとしてイナゴージャスが応援に駆け付けてくれました。イナゴージャスはかなりのグルメで、羽生さんのお米しか食べないとあって今日はやってきたようです。稲は6月に生徒と園児たちが協力して植えたもの。4か月たってしっかりを稲穂を実らせました。生徒たちが先生となって、園児たちと稲刈りをすすめていきます。刈り取った稲を持って園児たちはとてもうれしそう! イナゴージャスも一緒にお手伝い? 1時間ほどで稲刈りができました。稲がしっかりと成長したように、生徒たちの指導も交流も成長できました。

 
 どうやって稲刈りするのかな?    こうするといいよ 
 
   みんなで記念写真      ありがとうございました
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日本の秋

 10月も中旬に入りました。稲刈りや秋の収穫の声が聞こえてきます。並行して山々では紅葉も少しずつすすんでいます。10月に入って涼しい日もあり、那須高原や奥日光、志賀高原などで紅葉が始まったようです。他の国でも紅葉が見られますが、日本の紅葉は格別と言えます。京都や日光など紅葉の名勝には事欠きません。世界の国々の中でもとりわけ日本の紅葉が美しいと言われているのは、日本の気候風土のなせる技! そもそも、紅葉が見られるのは落葉樹と呼ばれる種類の木だけですが、世界の国々でも落葉樹林がまとまっているのは、東アジアの沿岸部と北アメリカ大陸の東部、ヨーロッパの一部にすぎません。日本は国土のおよそ7割が森林でさまざまな落葉樹があり、寒暖の差が結構ありますから、至るところで美しい紅葉を楽しむことができる訳です。ちなみに、明け方の最低気温が6℃~7℃位になると紅葉が始まり、およそ20日~25日後に見頃を迎えます。こうした条件と照らし合わせながら、紅葉をチェックしてみるのも楽しみですね。でも、秋の一番の楽しみは「食欲の秋」かな?

 
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ウエイトリフティング国体速報

 福井県で開催されている国体ウエイトリフティング競技で、少年62kg級の平井翔悟君が4位、少年105kg級の柿本和希君が3位に入賞しました。日ごろの成果を十分に発揮でき、優秀な成績をあげました。

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運動会について

 かつて、10月10日は体育の日で、日本各地で運動会が開催されることが多くありました。運動会は学校、会社、地域団体(地域社会、児童生徒)などの参加者および運営による協力により、規定プログラムに従って遂行される体育的な活動行事です。体育祭などと称することもあります。元々は、イギリスやドイツの職工体育的行事に起源が有りますが、日本における運動会の発足は「国威発揚」「富国強兵」「健康増進」を目的として、明治末期から社会的に広く普及]したものであることから、「近代日本独特の体育行事」であるとされています。運動会は、日本が近代国家を形成する過程において、運動会は大きな役割を果たしたと言われます。1つには、地方自治制度の整備や産業化の進展による、伝統的地域社会の再編成がすすむなかで、地域社会の統合に寄与したことが挙げられます。在学生だけではなく、その地域の大人たち、しかも子供を学校に通わせていない大人たちをも含めて、運動会に積極的に参加することで、学校を中心とする地域社会の連帯を再確認し、強固にすることが可能となりました。運動会は、従来のムラにおける「ハレ」の場に代わる役割を果たしつつ、地域社会の連帯感の強化に大きな意味を持ちました。しかし、時代が変わるなかで、競技による怪我や少子化に伴う保護者の未参加など、さまざまな課題も出てきて、運営には苦労が絶えません。ちなみに、本校の運動会(体育祭)は先10月5日(金)に実施しました。

 

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羽生市吹奏楽フェスティバル

 本日、第21回羽生市産業文化会館ホールで羽生市吹奏楽フェスティバルが開催され、本校のブラスバンド部が参加しました。ブラスバンド部は現在は8名と少人数ですが、みんなで仲良く練習に励んでいます。午後の最初に登場し、ディズニー・フィルム・フェイヴァリッツ、He’s a Pirate、打上花火の三曲を演奏しました。生徒たちは緊張しながらも、しっかりと演奏ができました。

 
   進行はこの2人    ディズニー・フィルム・フェイヴァリッツの演奏
 
   ステージ右の奏者         ステージ左の奏者
 
 He’s a Pirateの演奏        打上花火の演奏
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PTA県外研修

 昨日、PTA県外研修をおこないました。本校のPTAでは毎年10月に県外研修を実施しています。今回は東京視察で、午前中東京タワー、午後は新宿のルミネ吉本を訪問しました。スカイツリーが出来ても東京タワーは健在! この日は空はややガスっていましたが、遠くまで東京の街並みが見渡せました。吉本では若手、中堅、ベテラン?のお笑いを楽しみました。
 秋の一日を楽しみました。

 
 
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体育祭

 本日、体育祭を実施しました。天気予報では雨が心配でしたが、生徒が気合一杯にがんばり、競技がスムーズに進んだ結果、全競技を予定どおりおこなうことが出来ました。昨日の予行では綱引きで優勝した3年2組が得点でトップでしたが、今日も全競技に安定して得点して優勝、2位は1年5組、3位は2年4組でした。なお、最後の種目1000mリレーでは、教員チームが昨日の綱引きの生徒代表との敗戦に雪辱して、3年生とのリレーで1位になりました。気温もそれほど上がらずいい条件で実施でき、大きな怪我もなく、生徒のやる気が感じられた体育祭だったと思います。応援に来た多くの保護者の皆様も子どもたちのがんばりに満足していただけたと思います。

 
     朝の準備             開会式    
 
     準備体操            女子200m走
 
     男子200m走          女子80m走
 
    男子80m走           二人三脚リレー
 
    電卓計算リレー           大縄跳び
 
    スウェーデンリレー          一輪車レース
 
      ハリケーン                            1000mリレー
 
   友だちへの声援         役員の生徒の貢献
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体育祭予行

 体育祭の予行をおこないました。体育館に集合して、まず準備体操。その後綱引きをおこないました。特に気合の入っていたのは2年生。多くのクラスが力を出し、ベスト4には3クラスが入りました。優勝したのは3年2組。昨年は2位で順当な結果とも言えますが、3年生のプライドと意地が出た成果かなと思います。2位は健闘した2年5組。来年が楽しみです。3位は2年4組、4位は2年3組が入りました。
 午後は体育委員と運動部の生徒を中心に明日の準備。明日が体育祭本番です。天気が少し心配ですが、生徒のパワーで雨を吹き飛ばしてもらえればと思います。

 
     1年生は初陣!            優勝は3年2組!
 
  みんなで練習の振り返り   明日の準備をしておきましょう!
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月うさぎの話

 何気なく見上げた夜空。輝く月......ただ、それを眺めているだけで心が和んできます。でも、そんな時ふっと思い浮かぶのが「月うさぎ」。月でお餅をついているという、あの月うさぎです。でも「月うさぎ」ってどれ? なぜ月にうさぎがいるのでしょう? 月の模様の黒い部分は「海」と呼ばれる低地。その黒い部分で「餅をついているうさぎ」の姿を見立てます。こうして見ると...確かに月うさぎはお餅をついています。意外と知らない月うさぎ伝説。月うさぎ伝説にも諸説ありますが、一般的に言われているのは次のようなお話です。『昔、あるところにうさぎときつねとさるがおりました。ある日、疲れ果てて食べ物を乞う老人に出会い、3匹は老人のために食べ物を集めます。さるは木の実を、きつねは魚をとってきましたが、うさぎは一生懸命頑張っても、何も持ってくることができませんでした。そこで悩んだうさぎは、「私を食べてください」といって火の中に飛び込み、自分の身を老人に捧げたのです。実は、その老人とは、3匹の行いを試そうとした帝釈天(タイシャクテン)という神様。帝釈天は、そんなうさぎを哀れみ、月の中に甦らせて、皆の手本にしたのです。』これは、仏教説話からきているお話です。また、このお話には続きがあり、『うさぎを憐れんだ老人が、その焼けた皮を剥いで月に映し、皮を剥がれたうさぎは生き返る』という説もあります。だから、月の白い部分ではなく、黒い部分がうさぎなのです。では、なぜ餅をついているのでしょうか?「うさぎが老人のために餅つきをしている」とか「うさぎが食べ物に困らないように」という説がありますが、中秋の名月が豊穣祝いであることを考えると、たくさんのお米がとれたことに感謝する意が込められているようです。

      
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月見の風習

 月が夜空に映える季節を迎えました。その月見に不可欠なのが月見団子。月見だんごの形は地域によって異なります。江戸時代から関東では主に満月に見立てた丸型、関西では主に里芋を模した里芋型の月見だんごが供えられるようになりました。関西の月見だんごが里芋に似せてつくられるのは、旧暦の8月15日の十五夜はちょうど里芋の収穫期に当たり、芋名月と呼ばれ、里芋をお供えする風習もあったからとされています。月見だんごは、地域によってお供えする数が異なります。十五夜には十五にちなんで十五個または五個、十三夜には十三にちなんで十三個または三個をお供えする地域もあれば、その年の満月の数に合わせて十二個、閏月のある年は十三個をお供えする地域もあります。だんごは「三方(三宝)」という台に白い紙を敷き、三角形型に積み上げて、月が見える軒先や玄関などにお供えします。月見だんごや秋の収穫物とともにお供えするのが「ススキ」です。本来、月の神様を招き、月の神様が宿るのは稲穂ですが、十五夜や十三夜は稲の収穫時期には早いため、形状が稲穂に似ているススキを飾るようになりました。また、古来よりススキには魔除け、厄除けの力があると信じられており、お月見にお供えしたススキを軒先に吊るしておくと、1年間病気にならずに健康で過ごせるとされていました。

 

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10月の風景

 10月は旧暦で神無月(かんなづき)と呼ばれます。「かみなづき」「かむなづき」とも言います。でも、あるところでは「神在月」(かみありつき)と逆の意味で呼ばれています。さて、それはなぜでしょうか? それは、かつて10月が全国の八百万の神様が一部の留守神様を残して出雲大社(島根県出雲市)へ会議に出かけてしまうと考えられてきたからです。その為、神様が出かけてしまう国では神様がいないので「神無月」、反対に出雲の国(島根県)では神様がたくさんいらっしゃるので「神在月」という訳です。秋の深まりとともに、野山が少しずつ赤や黄色で彩られる季節になりました。その彩りに誘われて出かけてみてはいかがでしょう? 空気も食事も景色も美味しくて、日本の秋に感謝したくなりますね。

 
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衣替え

 昨夜の台風24号の風はすごかったですね。ゴーゴーと音も揺れもすごかったです。今日は台風一過で30°を超える暑い日となりそうです。
 さて、今日から衣替えです。「衣替え」は、10月1日を目安に夏服から冬服へ、6月1日を目安に冬服から夏服へと替える風習です。でも考えてみると、どうして一斉に服を替えるようになったのでしょう? 
衣替えは、平安時代に中国から伝わった習わしで、宮中行事として、年に2回衣を替えるようになりました。当初は「更衣(こうい)」といいましたが、女官の役職名に用いられるようになったため、「衣更え(衣替え)」と呼ばれるようになりました。江戸時代になると着物の種類が増えたため、気候に合わせて年に4回衣替えをするよう、武家社会で定められました。これが庶民にも広がっていきました。明治時代に洋服が取り入れられると、役人や軍人などが制服を着るようになり、暦も新暦に変わったため、夏服と冬服を年に2回替えるようになりました。すると、学校や家庭にも衣替えの意識が浸透し、現在に至っています。制服の場合は、ある一定の組織や集団に所属する者が着用するように定められている服装なので、一斉に衣替えをするのも道理です。とはいえ、地域によって気候風土が違うので、衣替えの日程を調整したり、春・秋用の合服を採用したりしながら、衣替えを実施しています。家庭の場合は、衣替えの日を目安に季節に合わせた衣服を着用するようになりました。その背景には、日本ならではの感性があります。日本人は、古来より、服装というのは自分のためだけのものではないと考え、着ている服が周りの人に与える影響も考慮しながら暮らしてきました。特に、大事にしてきたのが季節感で、季節を先取りするのは良いけれど、過ぎた季節をひきずるのは野暮なこととされてきました。たとえば、10月1日に全てを冬物にする方はほとんどいないと思いますが、10月に入ったら、秋らしい装いを心掛けるようになりませんか。Tシャツでも、いかにも涼しげな夏の絵柄ではなく、秋らしい色柄にしたほうが馴染むでしょう。「秋らしい」、「春っぽい」と言うのは褒め言葉ですが、その季節に合わないと、「暑苦しい」、「寒々しい」などと言うように、何気ない一言からも、私たちが日ごろから季節感を意識していることに気付きます。ですから、季節に応じた装いができるよう、家庭でも10月1日を目安に夏物と冬物を入れ替えるようになったのです。このように、衣替えには日本の感性が息づいており、衣替えを通じて衣服の季節感を養ったり、衣服の手入れ・管理・整理整頓のしかたを身につけたりしてきました。暮らしの行事は季節の巡りとともに繰り返されるので、子ども達にとっては、大変意義のある「行事育」でもあるのです。今は合理的な収納のおかげで、服の入れ替えをしない家庭もあります。また、エアコンが整っているので、1年中同じような格好の方もいます。しかし、衣替えには日本人が育んできた季節感や文化があるということを、忘れないでいて欲しいと思います。

 

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学校説明会

 本日、学校説明会を実施しました。朝から雨模様でしたが、200名ほどの中学生・保護者の方々に参加をしていただきました。説明会では学校全体や入試に関すること、商業科・農業科の説明をおこない、その後、希望者ごとに体験講座(商業系で簿記・総合実践、農業系でナシの品質調査・食品製造)、施設見学、個別相談に参加していただきました。中学生や保護者の方々に本校を知ってもらうよい機会とすることができました。

 
    受付をお願いします            商業科の説明
 
    農業科の説明           施設見学
 
  商業系講座(総合実践)       商業系講座(簿記)
 
  農業系講座(食品製造)   農業系講座(ナシの品質調査)
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秋の深まり

 朝の最低気温が20℃を下回り、お彼岸が過ぎ、夜の時間が昼よりも長くなりました。1か月前は6時頃だった夕暮れも5時半頃になり、夕方になると虫の鳴き声が響きます。朝夕ずいぶんと涼しくなり、日中は気温の高い日もありますが、空の色は8月までとは違うように感じます。早いもので9月も終わりに近づき、10月を迎えようとしています。10月は生徒の楽しみ?にしている体育祭や文化祭があり、活躍の場が広がります。スポーツの秋、食欲の秋、読書の秋、収穫の秋など、さまざまな秋が喜びを与えてくれます。
皆さんはどのような秋を楽しみますか?

 
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金木犀(きんもくせい)

 最近近くを通ると、ふいに香ってくる甘い香りで「あ、金木犀(きんもくせい)が咲いているな」と気がつくことがあります。金木犀は、その姿より先に香りで気づかれるほどの豊かな芳香が特徴です。金木犀はモクセイ科モクセイ属の常緑小高木樹で、9月下旬から10月上旬に小さなオレンジ色の花をたくさん咲かせます。高さは3~6mに育ち、刈り込んで垣根にもできるので、庭先や公園などでもよく見かけます。特徴は何といってもその香りで、梔子(くちなし)、沈丁花(じんちょうげ)とともに「三香木(さんこうぼく)」と呼ばれています。金木犀と沈丁花の香りはよく似ていますが、春先に香るのは沈丁花、秋の訪れとともに香るのは金木犀です。金木犀の花ことばは、「謙虚、謙遜」「真実、真実の愛」「初恋」「陶酔」。その香りのすばらしさに比べて、花が控えめなところから「謙虚、謙遜」。また、金木犀の香りは甘くて官能的なところから「陶酔」という花ことばもぴったりです。一度嗅ぐと忘れられないような芳香は、「真実の愛」「初恋」にも通じるものかもしれませんね。金木犀の香りはリラックス効果が高く、不安感やイライラを鎮めてくれるそうです。金木犀の香りは、合成されてトイレ用消臭剤にも使われたので、そのイメージが強いのが少し残念ですが、本物の花の香りはやさしく心が落ち着きます。金木犀は中国原産で、中国ではモクセイの花を「桂花(けいか)」と呼びます。原産地として地名の由来にまでなっている「桂林」の桂花樹は有名です。奇岩がそそり立ち水墨画のような風景で知られる漓江(りこう)のまわりにもたくさん植えられています。金木犀は、花は咲くものの実がなりません。金木犀には雄株と雌株があり、日本に伝えられたのが金木犀の雄株ばかりだったためといわれています。名前の由来は、樹皮が動物のサイ(犀)の皮に似ていて、金色の花を咲かせるからと言われています。いつ頃から木犀と呼ばれたのかはわかりませんが、その当時サイをどこでみたのかなぁと不思議な気持ちになります。

 

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おはぎ・ぼたもち

 お彼岸のお供えものの定番といえば「おはぎ」や「ぼたもち」。いずれも、もち米とうるち米を混ぜて炊き、適度につぶして丸めたものを小豆あんで包んだ和菓子ですが、季節によって呼び名や作り方が変わります。その違いを比べてみると・・・春に咲く牡丹の花にちなみ、春は「ぼたもち」といい、「牡丹餅」と書きます。牡丹は大きくて丸い花。そこで「ぼたもち」は大きめで丸い形に作ります。材料となる小豆は秋に収穫されるので、冬を越した春は、固くなった小豆の皮を取ってこしあんにして使っていました。だから「ぼたもち」はこしあん。一方、秋は萩の花にちなんで「おはぎ」といい、「御萩」と書きます。萩は小さくてやや細長い花。そこで「おはぎ」は小ぶりで俵の形に作ります。材料となる小豆は秋に収穫されます。とれたての小豆が使える秋は、皮ごと使った粒あんを使っていました。だから「おはぎ」は粒あん。現在は、こうした違いにこだわらないものが多くなりましたが、本来は春と秋で区別していたのです。粒あんを使った「おはぎ」は意外と簡単に手作りできますので、ご先祖様に思いを馳せながら「手作りおはぎ」に挑戦してみませんか?
           

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今日は開校記念日

 今日は開校記念日で、生徒たちはお休み。午前中停電もあり、部活動もバスケットバール部、バレーボール部、ソフトテニス部の女子、ソフトボール部が活動している程度で、校内は静かです。10時過ぎに雨が降り始め、体育館の部を除いて早めの終了。雨は一時激しく降っていましたが、小降りになったり、また激しいくなったりと今日は降り続きそうです。30°を超す日もなくなり、涼しい日が続くようになり、秋の気配が漂ってきます。来月は体育祭、文化祭があり、生徒の活躍の場面が多くなります。今週はその前の静かさといった感じがあります。

 
 ソフト部は階段でサーキット     テニス部は女子のみ活動
 
    バスケ部とバレー部       この後雨が降り出しました

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お月見について

 空が澄み、お月見にぴったりの時季となりました。お月見といえば「十五夜」の「満月」を思い浮かべますね。十五夜とは本来は満月のことですから、年に12回または13回めぐってきます。中でも旧暦の8月は1年の中で最も空が澄みわたり月が明るく美しいとされていたため、平安時代から観月の宴が開催され、江戸時代から収穫祭として広く親しまれるようになり、十五夜といえば旧暦の8月15日を指すようになりました。しかし、十五夜には思わずびっくりの秘密があるのです。旧暦の十五夜を新暦に置き換えて、9月15日と思っている方も多いでしょう。しかし、月の満ち欠けを基準にしていた旧暦と、太陽の動きを基準にしている現在の暦にはズレが生じます。そのため、実際には毎年9月中旬~10月上旬の間に旧暦の8月15日がやってきます。これだけ幅があると何かと大変なため、十五夜関連の行事を毎年9月15日に固定化している場合もありますが、正確には違うのです。今年は昨日9月24日が十五夜に当たります。ところで、十五夜は満月だと思い込んでいませんか? 実は1~2日ずれることが多いのです。これは月と地球の公転軌道の関係で新月から満月までの日数が14日間~16日間と日数に差があり、満月になるまでの日数が違うため。十五夜が満月にあたるとは限りませんが、十五夜にお月見をするのが習わしです。また、十五夜を「ちゅうしゅうのめいげつ」と言いますが、「中秋の名月」と書いても「仲秋の名月」と書いても正解。漢字によって意味が違うのです。旧暦の秋は7月・8月・9月。7月を初秋、8月を仲秋、9月を晩秋といいました。つまり仲秋とは8月の別称で、仲秋の名月=8月の名月という意味になります。一方、中秋の名月とは、秋のちょうど真ん中の日を中秋といい、8月15日が中秋にあたります。そのため、中秋の名月=8月15日の名月という意味になり、十五夜のときは中秋の名月と書く場合が多いのです。「中秋の名月・十五夜」はひときわ美しいと言われますが、他にも十三夜、十日夜(とおかんや)のお月見行事があるのをご存知ですか? 十三夜は聞いた事があるけど、十日夜は知らないという方も多いと思いますが、昔からこの3日間が晴れると良いことがあるとされています。十三夜は後日説明します。

 
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彼岸花(ひがんばな)

 最近、道端に彼岸花(ひがんばな)を見る機会が増えました。彼岸花は秋のお彼岸頃に咲くのでこの名前になっています。曼珠沙華(まんじゅしゃげ)と呼ばれることもあります。田舎道の脇に群生していたりしますが,町中でも空き地や家庭の庭等に見かけます。根のところにはリコリンという毒がありますが、この毒は水で何回もさらせばとれるので、昔の人はこの根の部分からデンプンをとって飢饉の際の食料としました。彼岸花はまっすぐな茎の上に花だけをつけます。葉は花が散った後にゆっくり生まれ出ます。韓国名はロマンチックで、サンシチヨと呼び「想思華」と書きます。1本の茎を共有しながら花と葉は決して出会うことはありません。花は葉を想い、葉は花を思い焦がれているから「想思華」という訳です。彼岸花が野や里に朱を散らすと、爽やかな風とともに秋がやってきます。

 

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お彼岸

 今日は彼岸(ひがん)の入りです。彼岸とは雑節の一つで、春分・秋分を中日とし、前後各3日を合わせた7日間のことです。また、この期間に行われる仏事(彼岸会)のことでもあります。最初の日を「彼岸の入り」、最後の日を「はしりくち」と言います。元々は、煩悩を脱した悟りの境地のことで、煩悩や迷いに満ちたこの世をこちら側の岸「此岸」(しがん)と言うのに対して、向う側の岸「彼岸」と言います。彼岸の仏事は浄土思想に由来します。浄土思想で信じられている極楽浄土(阿弥陀如来が治める浄土の一種)は西方の遙か彼方にあると考えられていました(西方浄土ともいう)。春分と秋分は、太陽が真東から昇り、真西に沈むので、西方に沈む太陽を礼拝し、遙か彼方の極楽浄土に思いをはせたのが彼岸の始まりです。元々は中国から伝わったもので、心に極楽浄土を思い描き浄土に生まれ変われることを願ったもの(念仏)ですが、日本に伝来後いつの間にか法要を営み祖先を祀る行事へと変化しました。806年(大同1年)、日本で初めて彼岸会が行われました。この時、崇道天皇のために諸国の国分寺の僧に命じて「七日金剛般若経を読まわしむ」と日本後紀に記述されています。不思議なことに、彼岸は現在のインド、中国にはみられず、日本固有の行事なのです。そこには日本古来の農耕儀礼や、祖霊崇拝と仏教を結びつけて、親しみやすくし、なんとか人々に仏教を歩ませようとした先人の願いが感じられてきます。


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減塩推進の授業をおこないました

 本日3、4限の2年5組の調理の授業に、羽生市と羽生市食生活改善推進員協議会の方々を講師にお招きし、生活習慣病予防ための減塩推進スキルアップの授業をおこないました。初めに講師の先生からは朝食をきちんと食べること、1日に野菜を350gしっかり採ること等の指導をいただき、塩分の採り過ぎがさまざまな生活習慣病を招くことを学びました。その後、減塩のメニューとして、トマト親子丼と具だくさんピリ辛味噌汁を作りました。講義を受けた生徒たちは、塩分や他の調味料もきちんと量を計り、ヘルシーな野菜たっぷり、塩分控えめのメニューができました。トマトが親子丼とうまくマッチし、ピリ辛の味噌汁が食欲をそそります。美味しくいただきました。
 減塩などまだまだと考えていた生徒もいるかと思いますが、今回の講義・実習を機に、健康な食生活をしっかりと考えて、実行してもらえればと思いました。

 
  今日のメニューはこれ!    しっかり調理しましょう!
 
      できました         美味しくできてよかった!
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放生会(ほうじょうえ)

 放生会(ほうじょうえ)は、旧暦の8月15日におこなわれる儀式で、人間が捕えた生き物を放し、自然界に返してあげることにより、殺生つまり生き物を殺すことを戒め、生き物の命の重さを説く仏教の儀式です。仏教の戒律である「殺生戒」を元とし、日本では神仏習合によって神道にも取り入れられていました。収穫祭・感謝祭の意味も含めて、春または秋に全国の寺院や宇佐神宮(大分県宇佐市)をはじめとする全国の八幡宮(八幡神社)で催されています。江戸時代には庶民の間に広まり、放生会の日になると人々は飼っている動物や魚、カメなどを空や川、海、森などに放して自由にしてあげました。但し、動物を飼っていない人も大勢いたので、寺社の境内や門前、川沿いの露店や行商人が逃がしてやるための「放し鳥」や「放しうさぎ」などを売り、わざわざお金を払って、買った鳥やうさぎを川や野原に逃がしたこともありました。人間に捕獲された生き物を自然に戻してあげることで、人々は功徳を積み、家内安全や商売繁盛を期待しました。

 
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きのこ

 秋がすすんでいるなという空気が漂っています。秋は食欲の秋でもあります。きのこの美味しい季節ですね。一般に流通しているきのこ類は、栽培品が主流ではありますが、それでも秋が旬です。きのこは低カロリーで、ビタミンB群・ビタミンDなどのビタミン類や、カリウムなどのミネラル、食物繊維も豊富。種類もたくさんあり、煮たり、焼いたり、炒めたり、鍋物にもピッタリの秋の食材です。秋のきのこの香り、食感、味わいを楽しみましょう。しめじは、「香り松茸、味しめじ」といわれるように、味の良いことで知られていますが、このしめじは「本しめじ」(シメジ科シメジ属)のこと。アカマツなどに生える希少品で珍重されています。最近になってようやく人工栽培が可能になり、店頭にも並ぶようになりました。一般的に流通している「しめじ」は「ぶなしめじ」(シメジ科シロタモギタケ属)の栽培物です。天然物はブナやトチノキなどの倒木に生えますが、流通量は多くありません。また、よく似たきのこに「ひらたけ」があります。しめじとして販売されていたこともありましたがヒラタケ科のきのこです。最近は「ひらたけ」として販売されています。ぶなしめじはカサが開きすぎず、ふっくらとして密集しているものを選びましょう。全体的に弾力があり、軸が白く、太めでしっかりしているかどうかも要チェックです。一方、しいたけ(ホウライタケ科シイタケ属)は、日本では鎌倉時代には食べられていたようですが、栽培が行われるようになったのは江戸時代で、生産量が増えるにつれて広まっていきました。明治時代の中頃にはクヌギやコナラなどの丸太に種菌を植える「原木栽培」、昭和中期頃からは、おがくずに米ぬかや小麦ふすまなどを混ぜて作った培地に植えて育てる「菌床栽培」が始まり、現在もこの2種類の栽培法が用いられています。

 

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敬老の日

 敬老の日は、聖徳太子が現在の大阪市に悲田院(ひでんいん)という身よりのない老人や病人を収容する救護施設を設立したと伝えられる日にちなむものです。現在の敬老の日は1954年(昭和29年)に「としよりの日」として設けられたのが始まりです。この呼び方に各界から異議が起こり「老人の日」に。そして1966年(昭和41年)に現在の「敬老の日」と改められ国民の祝日となったのです。ちなみに、英語では敬老の日を「Respect for the Aged Day」、「敬老」は「respect for the elderly [aged]」と言います。ところで、長寿のお祝いは数え年で61歳(満60歳)になる還暦からお祝いするのが習わしとなっています。60歳は人生で5回目の年男、年女になる年。生まれた干支に還って赤ちゃんに戻るという意味で、赤いチャンチャンコとずきんを送るというのがしきたりでした。超高齢化社会に向かっていますが、やはり場面によっては年配者(年寄り)の知恵が欠かせないことも多々あります。若いと思っているみなさんもいずれは年寄りに・・・。敬うことを忘れなければそうなった時に敬われるはずです。

 
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コスモス(秋桜)

 今日9月14日は「コスモスの日」です。2月14日のホワイトデーから半年たった恋人同士が、コスモスを添えたプレゼントを交換して愛を確かめ合う日と言われています。コスモスの和名は「秋桜(あきざくら)」という、いかにも日本らしい名前ですが、実は明治のはじめごろに渡来した外来種です。容易に栽培でき、丈夫で手間がかからないので、明治の末には全国的に広まったようです。原産地はメキシコなので、栄養分が少ない乾燥した土地を好みます。水やりや施肥をする必要がないので、園芸初心者にもおすすめです。在来種は白、ピンク、赤の3種類ですが、今では品種改良により、黄色や黒(チョコレート色)など、さまざまな種類のコスモスも増えています。夏の早咲きから秋の遅咲きまで、咲く時期もいろいろですが、「秋桜」の名の通り、秋の季語です。花言葉は「調和」「謙虚」「美麗」。群生が似合う花に似つかわしい花言葉です。 「コスモス」の語源は、ギリシャ語の「kosmos」に由来します。これは、「秩序」「美しい」「調和」などを意味します。宇宙を、統一された調和のとれたシステムととらえる時に、「コスモス」という使い方をします。「カオス(混沌)」の対義語であるといえば、わかりやすいかもしれません。宇宙は「コスモス」以外にも、「スペース」や「ユニバース」とも呼ばれます。「スペース」は、空間としての宇宙、「ユニバース」は、観測できるすべてを含めた宇宙を表します。「コスモス」という呼び方は、どちらかといえば思想的・哲学的なニュアンスが含まれます。一方、群生で咲いていることが多い花のコスモス。同じ時期に、同じくらいの高さで、整然と咲く様子は、まるで秩序だった宇宙のシステムのように見えるのでしょうか。宇宙と花。意外なところでつながっていました。 コスモスは外来種なので、和名が「秋桜」であっても、それを「コスモス」とは読みません。「秋桜」と書いて「あきざくら」と読みます。逆に、日本に古くからある「女郎花(おみなえし)」や「百日紅(さるすべり)」などは、当て字の漢字があり、古くは万葉集や古今集などでも詠まれています。では、なぜ「秋桜」と書いて「コスモス」と読むようになったのでしょうか。それは、昭和52年に山口百恵さんが歌った「秋桜」という歌謡曲が大ヒットしたからなのです。嫁ぐ娘が母を思う気持ちを歌った歌で、当時の山口百恵は18歳でした。作詞・作曲はさだまさしさん。曲のタイトル「秋桜」を「コスモス」と読ませ、歌詞の中でも「秋桜」と表記して「コスモス」と読ませました。「秋桜」と書いて「コスモス」と読ませる…。当時の歌謡曲は、キーワードとなる漢字を違う読み方で読ませるのが流行っていて、有名なところでは「本気」と書いて「マジ」、「恋敵」と書いて「ライバル」、「運命」と書いて「さだめ」などなど。これら3つは幾分「無理矢理感」が感じられますが、「秋桜」と書いて「コスモス」は図鑑や難読漢字にも取り入れられるほどで、歌の世界から抜け出し、ほぼ一般化しています。今では「秋桜」を何の疑問もなく「コスモス」と読む人が多いのではないでしょうか。 

 
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就職試験等直前指導

 6時間目、3年生は就職希望者に対して来週から始まる直前指導、進学希望者には大学や専門学校の進学に係る指導をおこないました。就職希望者への指導では、校長と3学年主任が激励と心構えを、進路指導主事が就職試験前後の対応と細かなチェックすべき点等について指導をしました。早い生徒は16日(日)から試験が始まります。体調を整え、就職に対する熱い思いを企業に伝え、内定を勝ち取ってもらえればと思います。

 
   3学年主任の激励         進路指導主事の指導   
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 秋を代表する花といえば、やはり菊でしょうか。あちらこちらで、菊花展や菊人形の催しが開かれます。菊は皇室の紋章でもある日本を代表する花の一つで、葬祭にもひんぱんに用いられる(主に弔意の場合が多いようですが)とてもなじみの深い花ですが、元から日本にあった訳ではありません。奈良時代に、薬用として中国から入ってきたもので、万葉集には見られず、古今集の頃から文字として現れます。菊は漢名で、キクはその音読み。和名では加波良与毛木(かわらよもぎ)、寿客(じゅかく)などとも呼ばれます。また、翁草、齢草(よわいぐさ)、千代見草の別名を持っており、古代中国では、菊は仙境に咲いている花とされ、邪気を払い長生きする効能があると信じられていました。菊と長寿との結びつきには、昔、中国の山奥で、慈童という少年が、経文を書いた菊の葉にこぼれた露を飲み、700歳以上も生き続けたという、能や歌舞伎舞踊、長唄などで有名な「菊慈童(枕慈童)」の説話が元になっています。麗懸山(中国河南省)の麓から薬の水が湧き出たというので、勅令を受けた魏の文帝の臣下達が山中深くやって参りますと、その山奥の菊の咲き乱れた仙境に、慈童という童顔の仙人が現れました。山奥深くに、人間の姿を見て怪しんだ臣下が問いただしますと、慈童は太古の周の穆王(ぼくおう)に仕えていた者だが、王の枕をまたいだ罪でこの山に流されたのだといいます。枕は、眠る時に魂が体を離れて枕の中に宿る神聖なものとされ、日本でも、万葉の頃に、妻は旅先の夫を想い、留守中の夫の枕と枕をくっつけて眠りについたという歌も残されていて、一説に枕の語源は魂倉(たまくら)だもいわれています。その神聖な王の枕をまたいでこの地に流されたのですが、王は、慈童を哀れんで、法華経の「二句の偈」(法華経観世音菩薩普門品の偈文「具一切巧徳 滋眼視衆生。福聚海無量 是故應頂禮」)を枕に書いて賜ったといいます。そして、その妙文を菊の葉の上に写して書くと、その葉の露が霊薬となり、それを飲んでいたため、少年は七百年後の今でも若いままで生きながらえていたというのです。嵐山の虚空蔵(こくうぞう)法輪寺の「重陽の節会」では「菊慈童」の像を祀って法要が営まれ、能「菊慈童」が奉納されます。

 
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松茸(マツタケ)

 残暑も弱くなったこの頃、松茸のニュースが流れてくるようになりました。松茸は、キシメジ科キシメジ属キシメジ亜属マツタケ節のきのこで、海外でも”Matutake(マツタケ)”と呼ばれています。言わずと知れた、日本でのキノコの最高峰です。マツタケは比較的日当たりのいい主にアカマツの林に生えますが、それ以外でも針葉樹が多い林でも生える事があります。香りの成分はマツタケオールと呼ばれ、マツタケの独特の特徴となっています。マツタケの仲間は数種類ありますが、どれも食用になり、毒を持つものはありませんので、マツタケの香りがするキノコは基本的に食べて大丈夫と言う事になります。ところが、このマツタケ、好んで食べるのは日本人くらいのようで、海外ではこの香りが逆に臭いと感じられるようです。ヨーロッパのトリュフのようですね。シメジやシイタケのように人工栽培する事が難しく、今なお、自然発生している物を採取し出荷されているため、非常に高価なキノコとなっています。かつては、全国各地の山間地で人の手が加えられた里山が広がっていて、アカマツなども燃料などとして活用されていたので、マツタケが生育する環境が整っていたことから、今よりもみっともっと身近な秋の味覚だったようです。しかし、現在ではアカマツなどの利用もなくなり、過疎化が進むにつれ、里山が自然の状態に戻り、落ち葉などが堆積したままになるなどマツタケにとっては生育しにくい状態になっています。そして、マツタケは人工栽培が今なおできないので、自然に発生したものを収穫するしかないからです。松茸の生産地は長野県が最も生産量が多く、岩手や山形、それに近畿では京都、兵庫、和歌山、岡山、広島などが産地として有名です。松茸ごはんや土瓶蒸しなどさまざまな調理方法で味覚を味わえます。ただ、値段は高価なのでいい香りを今年は楽しめるか・・・?

 

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インターンシップ直前指導

 7時間目、明日から2年生で実施するインターンシップの直前指導を体育館でおこないました。インターンシップは生徒に企業や学校、役所などで働いて、実際の仕事を経験してもらうとともに、働くことやその意義等について望ましい価値観を育むための機会です。学年主任の新井先生、担当の吉澤先生から全体的な注意をしていただいた後、インターンシップでお世話になる事業所ごとに分かれて、持ち物の確認や服装、集合時間などを確認して終了となりました。3年生の就職試験ももうすぐ始まります。来年までに2年生それぞれが自分に合った仕事や職業を見つけ、進路実現に繋げていってもらえればと思います。

 
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秋の七草

 皆さんは、秋の七草を全部知っていますか?  春の七草は、「セリ、ナズナ、オ(ゴ)ギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロ、これぞ七草」という歌とともに七草粥を食べるという行事が今でも、行われるところから、ご存知の方も多いと思いますが、意外とご存じないのが秋の七草です。最近の若い人の中には、秋にも七草粥があってそれに入れるものだと思っている人もいるようです。秋の七草は、秋の野に咲く花をさしています。お粥に入れて食べられませんよ。秋の七草の由来は、万葉集の山上憶良が詠んだ歌に、「秋の野に咲きたる花を指折りかき数ふれば七草の花。萩の花、尾花(ススキ)、葛花(クズ)、撫子の花(ナデシコ)、女郎花(オミナエシ)また藤袴、朝貌(キキョウ)の花」というのがありますが、これが秋の七草です。秋の七草とは言いますが、実は夏の花が多いのです。暦の上では、立秋といえば8月初旬ですから、8月に咲く花が秋の花といっても差し障りはないのですが、桔梗は6月下旬から咲き始めますから、秋の花というのは不自然な気がしますが、ひょっとしたら、今とその頃では気候も違うでしょうし、種類的にも若干違う種類なのかも知れないので、その頃は秋に咲いていたのかもしれません。この秋の七草が今ピンチなのです! さて、残念なことですが、秋の野に出てもこれらの花を見かける事が少なくなっているようです。藤袴、桔梗は、絶滅危惧のレッドリストに絶滅危惧類として登録されています。秋の七草がなくなるなんてさびしいですね。何で絶滅の危機かはわかりませんが、何とか家で栽培するなどして絶滅を防ぎたいですね。

 
 
  




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サンマ

 サンマは、秋の味覚を代表する魚です。秋のサンマは脂肪分が多く美味であり、特に塩焼きは日本の「秋の味覚」の代表とも呼ばれています。日本では、塩焼きにしてカボスや、スダチ、ユズ、レモン、ライムなどの搾り汁やポン酢、醤油などをかけ、大根おろしを添えて食べることが多く、内臓に独特のクセはあるがえぐみは少なく、塩焼きのはらわたを好んで食べる人も多くいます。蒲焼きの缶詰は水産物缶詰のなかでも人気が高く、近年では刺身としても流通しており、脂の乗り切らない初秋が食べ頃とされ、他の青魚と同様に酢じめして食べる事もあります。また、押し寿司としても利用されています。サンマには、血液の流れを良くするといわれるエイコサペンタエン酸が含まれており、脳梗塞・心筋梗塞などの病気を予防する効果があるとされています。また、ドコサヘキサエン酸も豊富に含まれており、体内の悪玉コレステロール(LDL)を減らす作用、脳細胞を活発化させ、頭の回転を良くする効果もあるとされています。生のサンマの鮮度の見極めは、尾を持ちサンマの頭を上に向けたとき、体が曲がらずにできるだけまっすぐに立つもの。目が濁っていないもの。口先がほんのり黄色いことなどと言われています。おいしいサンマは口先だけでなく尾も黄色く、極まれに全身が黄色のサンマも獲れます。これらは高級魚として高値で取り引きされています。サンマにはアニサキスが寄生している場合もあり、生食やそれに近い調理方法には注意が必要とされます。焼き魚として調理する場合、取り除くべき大きな鱗を持たず、内臓やえらを取り出すことも少ないので包丁を必要とせずに扱いやすく、料理書で入門用鮮魚とされることがあります。沿岸漁業で、サンマが獲れる地域が日本近海に限定されるため、サンマを食べる習慣があるのは日本とロシアのサハリンとカムチャツカ半島周辺に限られていましたが、近年では中国などでも和食ブームでサンマを出す日本食レストランが増え、人気が高まっています。初競りの際には1匹で万単位の価格が付くこともあり、この時だけ超高級魚の扱いを受けると言います。
 今年は漁獲高が期待されており、秋の味覚を大いに楽しめるかもしれません。

 
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PTA親善スポーツ大会

 本日、PTA親善スポーツ大会を本校体育館でおこないました。本校の親善スポーツ大会の種目はソフトバレーボールで、PTAの支部別の対抗戦の形で実施しています。教員も2チーム登録して、4つのブロックの分かれての予選リーグ、各組1位の決勝トーナメントをおこないました。接戦が続きましたが、第7支部が優勝! おめでとうございます! 昨年より参加者も多く、熱戦、接戦が多くあり、昨年よりも30分以上大会時間が長くなりました。
 会員の皆様が初秋の1日にいい汗を流し、交流がすすんで充実した1日となりました。

 
    本日の日程等の説明        まずは準備運動
 
      熱戦!             接戦!
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重陽の節句

 暑い日があったかと思うと涼しい日となったりと、不安定な天気が続きます。でも、気持ちは前向きにいきたいです。さて、明後日9月9日は重陽の節句です。五節句とは江戸時代に定められた5つの式日(今でいう祝日)を言い、1月7日の人日の節句(七草粥)、3月3日の上巳の節句(桃の節句/雛祭り)、5月5日の端午の節句、7月7日の七夕の節句、9月9日の重陽の節句を指します。古来より、奇数は縁起の良い陽数、偶数は縁起の悪い陰数と考え、その奇数が連なる日をお祝いしたのが五節句の始まりで、めでたい反面、悪いことにも転じやすいと考え、お祝いとともに厄祓いもしていました。中でも一番大きな陽数(9)が重なる9月9日を、陽が重なると書いて「重陽の節句」と定め、不老長寿や繁栄を願う行事をしてきました。こうした節句は、行事と関係する植物の名前を冠して呼ばれることも多く、1月7日は七草の節句、3月3日は桃の節句、5月5日は菖蒲の節句、7月7日は笹の節供、そして9月9日は菊の節句と呼ばれています。菊は古来より薬草としても用いられ、延寿の力があるとされてきました。菊のおかげで少年のまま700年も生きたという「菊慈童(きくじどう)」伝説もあります。また、他の花に比べて花期も長く、日本の国花としても親しまれています。
菊といえば晩秋の花という印象ですが、旧暦の9月9日は新暦の10月中ごろにあたり、まさに菊の美しい季節でした。このころは農繁期であることや、新暦に替わって季節感が合わなくなったことなどから次第に廃れてきましたが、寿命を延ばすと信じられていた菊を使い、さまざまな風習が伝えられています。また、庶民の間では「お九日(くんち)」と呼ばれて親しまれ、秋の収穫祭と合わせて祝うようにもなりました。
 「9は苦につながる」という人もありますが、上記のようなこともあるのですね。物事は前向き、肯定的にとらえていくほうがいいと思います。

 

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防災について考える

 今朝3時過ぎ、北海道で震度6強の地震が起こり、土砂崩れや建物の損壊、交通機関の乱れなど大きな被害が出ています。先日の台風21号による近畿地方への被害、3月の西日本豪雨と災害が日常的になり、自分の生活している地域でもいつ大規模災害が起こるか不安です。
 昨日、防災についてふれました。防災は災害を未然に防ぐために行われる取り組みです。災害を未然に防ぐ被害抑止のみを指す場合もあれば、被害の拡大を防ぐ被害軽減や、被災からの復旧まで含める場合もあります。災害の概念は広いので、自然災害のみならず、人為的災害への対応も含めることがあります。災害時の対応は主体の違いにより、自ら対応する「自助」、ご近所などの共同体で助け合う「共助」、消防や自治体に助けてもらう「公助」の3つに区分することができます。市民と行政の役割分担が強化された現代では、日常生活で行政に依存する部分があり、災害時にもこの延長として市民は「公助」が機能することを期待します。しかし、ある調査で災害時には自助 : 共助 : 公助の割合が7 :2 :1になると報告されているように、災害時には「公助」は限定的にしか機能しないうえ、災害が深刻であるほど「公助」の機能は低下します。特に、瞬時に大量の被災者が生じる地震の場合は顕著です。例えば、阪神・淡路大震災では、家屋などの下敷きとなった16万4千人のうち、12万9千人(8割)が自力で脱出、2万7千人(16%)は近隣住民が救出、7900人は警察・消防・自衛隊が救出しましたが、近隣住民により救出された人は約8割が生存していたのに対し、警察等により救出された人の生存率は約50%です。そのため、「自助」「共助」の重要性は高いと言えます。ちなみに被災後、数週間ほどたってから、水や食料が比較的充分に供給されていた避難所で、支援物資として実際に持ち込んで、喜ばれた(役に立った)品々を列挙すると以下のようになります。
・携帯充電機能付簡易ラジオ
・マスク(不足気味だった)
・ウェットティッシュ(大判のもの)
・作業用長靴(自宅整理用)
・菓子類
・洗面道具
・化粧品、生理用品、オムツ
・下着類(特に女性用)
 被災後数日、数週間、数カ月後、被災地では必要なものというのはどんどん変化していくもの。最初は水とオニギリさえあればよかったけれど、そのうちに色々なものが必要になってきます。缶詰やレトルト食品も一週間もすれば辛くなってくる。風呂にも入りたい。清潔な物も着たい。希望はどんどん変わってくるものだからです。その日のためにどれだけ準備していたかで自分や家族の避難所生活は大きく変わってしまうということを今一度思いおこしておくことが必要です。また、支援をする場合には本当に必要なものを、きちんと調べてから新品を送ることが災害時には常識です。

      

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防災週間

 昨日の台風21号による風、すごかったですね。ゴーゴーと夜に風がうねっていました。関西では関西国際空港や近隣地域に大きな被害があった模様で、現在も台風は日本海を北上しています。さて、防災の日は「政府、地方公共団体等関係諸機関をはじめ、広く国民が台風、高潮、津波、地震等の災害についての認識を深め、これに対処する心構えを準備する」こととし制定された啓発日で、9月1日が該当します。毎年、このこの日を中心として「防災思想の普及、功労者の表彰、防災訓練等これにふさわしい行事」が実施され、「防災の日」を含む1週間を防災週間として、さまざまな国民運動がおこなわれます。「防災の日」は、1960年(昭和35年)に、内閣の閣議了解により制定されました。9月1日の日付は、1923年(大正12年)9月1日に発生した関東大震災にちなんだものです。また、この頃は例年台風の襲来が多く、「災害への備えを怠らないように」との戒めも込められています。制定前年の1959年(昭和34年)9月下旬には、伊勢湾台風が史上まれにみる被害をもたらしました。 一方、台風シーズンに制定されたことにより、台風や前線による大雨によって防災訓練が中止になる事例も発生しています。「防災の日」が制定されるまでは、9月1日に行われる行事は関東大震災犠牲者の慰霊祭が中心でした。しかし、「防災の日」が制定されてからは、全国各地で防災訓練が行われる日となっています。 
        

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虫の声

 夏の暑さがやわらぎ、秋の足音が聞こえ始めると、緑に彩られた草むらや公園、森などからさまざまな虫の鳴き声が聞こえてくるようになります。リーンリーンと鳴く鈴虫、チンチロリンの音色を奏でる松虫など、美しい虫の声が増すほどに、秋の訪れや深まりを感じる人は多いと思います。日本人には心地よい虫の鳴き声ですが、アメリカやヨーロッパの人々には雑音と聞こえるようです。一説によると、初秋の月を眺めながら虫の音に耳を傾ける文化は、世界でも日本や中国などアジアの一部の地域に限られているようです。日本では、平安時代に一部の貴族の間で虫をペットとして飼育することが始まりましたが、江戸時代後期になると、庶民もさまざまな種類の鳴く虫を竹製のかごに入れて、縁側や軒先に吊るして飼ったり、虫の鳴き声の名所にわざわざ足を運び、秋の夜長に虫の音色を楽しみました。なかでも、東京都荒川区西日暮里にある道灌山(どうかんやま)は、鈴虫や松虫をはじめとして多くの種類の虫が美しい音色を響かせ、虫の名所として知られていました。
 皆さんの家の周りでも虫の音色は楽しめると思います。静かに耳を傾けてみてはいかがですか?
     

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始業式

 2学期が始まりました。始業式に多くの生徒が登校し、元気に日焼けした笑顔で友だちと再開を喜び合っていました。始業式では校長講話の後、生徒指導部よりの話があり、続いてインターハイで活躍したウエイトリフティング部の105kg級5位の柿本君、62kg級2位の平井君、農業クラブのフラワーアレンジメント競技会で最優秀賞、優秀賞を獲得した飯島さん、尾澤さんの表彰及び壮行会をおこないました。柿本君と平井君は国体の関東予選でもそれぞれの階級で優勝し、10月に福井県で行われる国体に、飯島さんは10月に山口県で開催される全国大会へ出場します。2学期は体育祭や文化祭、修学旅行など行事が盛りだくさんで、部活動の新人戦や各種コンクール・発表会もあり、生徒の活躍する機会が増えます。今まで培った力を存分に発揮してくれればと思います。

 
     校長講話         ウエイトリフティング部表彰
 
 フラワーアレンジメント表彰  壮行会・生徒会副会長のことば 

始業式での「校長講話骨子」:

 皆さん、おはようございます。長い夏休みが終わって、また元気な顔を見ることができ、とてもうれしく思います。充実した夏休みが過ごせましたか。十分に過ごせた人も、不十分な人もいると思いますが、何事も経験と思い、今後に生かしてもらえればと思います。

  さて、今年の夏は暑かった。熊谷市では7月23日に41.1°を記録し、観測史上最も暑い日を記録しました。熊谷に住んでいる私はその日帰宅した時は、車から降りてサウナのなかにでもいるような熱風に迎えられ、早々とエアコンの効いた部屋に入ったことを記憶しています。昨年は涼しい日が多い年でしたが、今年は全く違う暑い年となりました。暑さのため、身体へのダメージは多く、農産物が暑さで十分成長できず、野菜などの価格高騰が見られます。

  一方、100回を迎えた夏の甲子園大会では、秋田の金足農業高校が快進撃をし、決勝では大阪桐蔭高校に敗れましたが、農業科のある学校として準優勝しました。そのひたむきな野球への姿勢が多くの人々に感動を与え、農業系学科のある本校としても、仲間が頑張ったとしてその栄光を称えたいと思います。

 今日は皆さんに「価値観の転換」という話をしたいと思います。8月下旬に九州佐賀県でPTAの全国大会が開催され、記念講演でラジオDJのレモンさんの話を伺いました。このレモンさんはNHK Eテレの「バリバラ」の司会者、大阪大学の非常勤講師を務め、ふだんレモンの着ぐるみを被り、自分の子の小学校のPTA会長を5年も務めた異色の人。最初はギャーギャーしゃべるだけの芸人かと思いましたが、人生に関してしっかりとした信念を持っている方でした。

 レモンさんの主張は、「昭和の子育ては卒業! 気づきを与える存在になろう」とのこと。価値観が多様化する現在、子どもが納得できる進路を選ぶには、親は昭和のチップ(すぐに感情的になる、人の話を聞かない、絶対自分が正しい、極端、上から目線、すぐダメ出しをする、すぐ悪者をつくる、すぐ戦闘モード、相対評価、男尊女卑など)を捨てて、子どもに「この人は世界一自分のことを解ってくれる理解者」、「応援してくれる理解者」、「信じてくれてる信者」、「認めてくれてる承認者」、「気づかせてくれる理解者」として見守ってほしい。見守りは難しいが、失敗は学びの機会、成長の糧として、自信をつけさせる機会として子どもを応援してほしいという話でした。確かに、昭和のチップは私のなかにありますが、これを捨てきれないまでも、うまく意識していければいいかなあとも感じました。

 最後に、2学期は体育祭や文化祭、修学旅行など行事が盛りだくさんで、部活動の新人戦や各種コンクール・発表会もあり、皆さんの活躍する機会が増えます。今まで培った力を存分に発揮してもらえればと思います。また、3年生の進路決定の時期にもなります。物事への関心を高め、集中力を身に着け、切り替えをうまくおこない、自分の意見を持つようにして、2学期に臨んでください。


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9月の風景

 9月に入り、3日がたちました。今年は暑い日が続き、また台風も日本を直撃したり、予想が難しいコースを通ったり大変でした。また、台風21号が日本に接近しており今後の進路が心配です。今後、晴れの日、過ごしやすい日が続いてほしいと思います。9月はグレゴリオ暦で年の第9の月にあたり、30日あります。日本では、旧暦9月を長月(ながつき)と呼び、現在では9月の別名としても用いています。長月の由来は、「夜長月(よながつき)」の略であるとする説が最も有力です。他に、「稲刈月(いねかりづき)」が「ねかづき」となり「ながつき」となったという説、「稲熟月(いねあがりづき)」が略されたものという説があります。英語での月名、Septemberはラテン語表記に同じで、これはラテン語で「第7の」という意味の「septem」の語に由来していますが、不一致が生じているのは、紀元前153年にそれまで3月を年の始めとしていたのを1月を年の始めとすると改めたにもかかわらず名称を変えなかった為です。日本の学校年度は4月から始まりますが、世界に目を向けると9月を採用している国が多いです(アメリカ、カナダ、ヨーロッパ、中国など)。先日も記しましたが、生徒の活躍する機会が増えます。今まで培った力を存分に発揮してくれればと思います。

 

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晩夏

 今日で夏休みも終わり・・・。皆さんには残念に思っている人もいるかと思います。晩夏だなぁと感じます。ところで晩夏(ばんか)とは何でしょうか? なんとなく想像つくかもしれませんが、 夏の最後のほうのことです。だいたい8月後半から9月の前半ぐらいのことを晩夏と呼びます。近年は9月でもまだまだ暑い日が続きます。晩夏は季語としても使われています。日差しにも気持ち眩しさが薄れ、夕刻も7月に比べかなり早くなり、虫の声も鮮明になってきたような気がします。
 次に生徒の皆さんが登校するのは9月3日(月)、2学期が始まります。

 
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赤とんぼ

 「赤とんぼ」とはからだの赤いトンボの総称ですが、一般的にはトンボ科アカネ属のアキアカネを指しています。アキアカネは秋の季語として有名ですが、実はほとんどの赤とんぼが6月末から7月初めに成虫になるので、夏にもたくさん飛んでいます。赤とんぼは見る場所や時期によって種類が違います。夏でも、町でよく見られるのが一生を低地で過ごすナツアカネです。アキアカネは夏の始めに山に移動してしまうので低地ではみられませんが、高原などに行くと元気に飛び回っています。夏の赤とんぼは赤というより、すこし薄い色をしていますね。ナツアカネの色は真っ赤というより橙色。アキアカネも最初は橙色なのでそのように見えるのです。夏の終わりの暑さがやわらぐ頃、成熟して真っ赤になったアキアカネが山から群れをなして下りてきます。そのため、真っ赤になった赤とんぼ、つまりアキアカネを見て「秋だな」と感じ、赤とんぼが秋の季語になったのです。成熟すると赤とんぼの雌よりも雄のほうが鮮やかな赤に変化します。山から下りてきた赤とんぼの仕事は子孫を残すこと。雌雄結合したまま輪になって行動するので、いたるところでつながった赤とんぼを見かけます。ところで、「とんぼ」がついた言葉が使われていることがよくあります。どんな由来があるのでしょうか。
・極楽とんぼ
楽天的でのんきに暮らしている者のことをいいます。上空(=極楽)を優雅に飛ぶトンボの姿に由来しています。ゆったりと飛ぶアキアカネがモデルという説もあります。
・とんぼ返り
とんぼの雄はテリトリーを持っていて、他の雄が入らないように、この縄張りを守るため巡回パトロールをする習慣があります。飛びながら急に後ろへ身を翻して来た道を帰って行くので、目的地に着いてすぐ戻ることを「とんぼ返り」というようになりました。また、空中で身を回転させる動きから宙返りを表す言葉としても使われています。
・勝ち虫
とんぼは勝ち虫ともいわれています。真っ直ぐ前にしか進まないので「不退転」(ふたいてん=決して退却しないこと)の象徴として武士に好まれ、武具の装飾に用いられました。また、現代でも浴衣の柄などに縁起の良いものとして描かれています。

 

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なす(茄子)

 夏は、なす(茄子)、きゅうり、トマトなど実のなる野菜の季節。これらは一年中出回っていますが、本来は夏から秋が旬です。水分も多く、からだを冷やす作用があって暑い時期にピッタリ。夏野菜の主役のひとつともいえるなすと日本人との係わりは深く、種類も豊富で、様々な料理で食べられてきました。なすは、インドが原産とされる茄子科の一年草で、日本には奈良時代に入ってきたと言われています。その後、日本の気候風土になじみながら、各地にさまざまな種類が生まれました。一般によく出回っているのは、卵型の「千両茄子」や少し細長い「長茄子」。揚げ田楽がおいしい大きな「米茄子」や、小さくて漬物などにぴったりの「小茄子」もあります。伝統野菜や特産となっているなすも多く、丸なすの代表格「賀茂茄子」や、生でも食べられる水分たっぷりの「泉州水茄子」などがよく知られています。なすは英語で"Eggplant"(エッグ・プラント:たまご植物)といいますが、もともと原産地周辺の東南アジアなどでは白や緑色のものが一般的で、白い卵に似ていたためでしょう。日本で茄子の色は一般に「茄子紺」と呼ばれる紫色をしていますが、青茄子、白茄子も各地で栽培されていますし、イタリアなどヨーロッパからの輸入品種もあります。なすは、栄養的には特筆すべきものはありませんが、茄子紺の色はナスニンと呼ばれるポリフェノールの一種で、強い抗酸化力があります。水分が多く、体を冷やす作用があるので暑い時期にはぴったりです。「秋なすは嫁に食わすな」ということばがありますが、解釈には諸説あります。おいしい秋茄子を憎い嫁に食べさせるのはもったいないという意地悪な説の他に、からだが冷えるので特に妊娠中の嫁には食べさせないほうが良いからという説もあります。また、嫁は夜目=ねずみのことで、ねずみに食べられるなという意味だとする説もあります。なすは煮る、焼く、炒める、揚げる、蒸す、漬けるなど、どんな調理法でも美味しくできます。味がつけやすく、特に油との相性が良いのが特徴です。なすそのもののおいしさを味わうなら「焼き茄子」がピッタリ。まるごと蒸し焼きにすることでなすの甘みやうまみ、とろみが引き出されます。煮ものにすれば、だしや調味料をよく吸っておいしくなり、揚げものにすると油との相性が抜群でコクが生まれます。煮ものにする前にさっと素揚げにするのもおいしくするテクニック。漬物にしてもおいしい保存食になります。

 

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きゅうり(胡瓜)

 スーパーなどで1年中野菜売り場で販売されるきゅうり。きゅうりの呼称は、漢字で「木瓜」または「黄瓜」(きうり、現代中国語でも「黄瓜」)と書いていたことに由来します。きゅうりは古くから食用の野菜として栽培されてきています。果実成分の95%程度が水分とされ栄養価は低いですが、歯ごたえのある食感とすっきりとした味わいがあります。水分を多く含むことから、暑い地方では水分補給用として重用されてきました。紀元前4000年前にメソポタミアで盛んに栽培されており、インド、ギリシア、エジプトなどでも栽培されました。その後、6世紀に中国、9世紀にフランス、14世紀にイングランド、16世紀にドイツと伝播していきました。アメリカには15世紀末コロンブスがハイチに持ちこんだのを端緒に普及していきました。キュウリを好物とした歴史上の有名人としてローマ皇帝ティベリウスがいます。中国ではかつて、ビルマ経由で伝来した水分の少ない南伝種が普及し、シルクロード経由の瑞々しい北伝種の伝来まで、この南伝種を完熟させてから食べるのが一般的でした。後に南伝種は漬物や酢の物に、北伝種は生食に使い分けられることになります。南伝種の伝来後、日本でも江戸時代までは主に完熟させてから食べていたため、黄瓜と呼ばれるようになりました。日本では1500年ほどの栽培の歴史を持ちますが、完熟した後のきゅうりは苦味が強くなり、徳川光圀は「毒多くして能無し。植えるべからず。食べるべからず」、貝原益軒は「これ瓜類の下品なり。味良からず、かつ小毒あり」と、はっきり不味いと書いているように、江戸時代末期まで人気がある野菜ではありませんでした。これには、戦国期の医学者曲直瀬道三の『宣禁本草』などに書かれたキュウリの有毒性に関する記述の影響があると見られています。イエズス会宣教師のルイス・フロイスは著書『日欧文化比較』で「日本人はすべての果物は未熟のまま食べ、胡瓜だけはすっかり黄色になった、熟したものを食べる」と分析しています。幕末、キュウリの産地だった砂村(現在の江東区)で、キュウリの品種改良が行われ、成長が早く、歯ごたえがよく、味も良いきゅうりが出来て一気に人気となりました。きゅうりは全体の90%以上が水分で、ビタミンC、カロチン、カリウムなどの栄養素が含まれていますが、含有量は非常に低い水準です。かつて、きゅうりはデザイナーフーズ計画のピラミッドで3群に属しており、3群の中でも、ハッカ、オレガノ、タイム、アサツキとともに3群の中位に属しますが、癌予防効果のある食材であると位置づけられていました。生のまま、味噌やもろみをつけて齧ったり、サラダ、寿司(かっぱ巻き)、酢の物、和え物、塩揉みなどで供されるほか、かっぱ漬け、奈良漬け、醤油漬け、わさび漬け、ピクルス、オイキムチなどの漬物の材料として使われます。日本の料理で加熱調理されることは少ないですが、中華では煮物や炒め物としても利用されます。トルコ料理のシャジュク、スペイン料理のガスパチョなど、スープにして食することも多いです。また、実が小さいうちに収穫したものを「もろきゅう」といい、主に生で食べます。さらに未熟で花の付いた物は「花丸きゅうり」と呼びます。ただし、地域によって呼び方や規格が異なることがあります。

 
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金魚

 水の中をひらひらと涼しげに泳ぐ金魚。金魚を見ていると暑さがスーッと引くようにも感じられます。金魚は誰でも気軽に飼育することができるので、日本人にとって最も身近な観賞魚でしょう。子どもの頃、金魚すくいに夢中になったなんて思い出のある方も多いことと思います。金魚は夏の風物詩のひとつ。かわいい金魚を眺めながら、ひととき暑さを忘れて和んでみませんか。金魚は、突然変異で赤くなったフナがその始まり。1500年以上前の中国では野生の赤いフナを捕まえて飼育していたそうです。やがて人の手で繁殖させて改良品種が作られるようになりました。日本には、室町時代に中国から伝わりました。大名や一部の富裕層の贅沢な趣味でしたが、江戸時代後期になると庶民の間にも金魚ブームが起こり、養殖や品種改良が盛んに行われるようになりました。天秤棒に金魚を入れた盥を下げて「きんぎょ~え~、きんぎょ~」と売り歩く「振売り」は江戸の夏の風物詩。金魚売りから買った金魚は「金魚玉」と呼ばれるガラスの金魚鉢に入れて、軒に吊るしたりして楽しみました。一口に金魚といっても種類はさまざま。江戸時代は和金やランチュウなどが主でしたが、その後中国からたくさんの品種が入ってきました。現在、日本固有の品種とされる金魚も当時輸入された金魚を基に日本で改良されたものです。金魚は大きく4つに分けることができます。フナに近い細長い形をした「和金型」、丸みのある形でゆったりと泳ぐ「琉金型」「ランチュウ型」「オランダ獅子頭型」です。また、金魚の特徴のひとつが尾びれの美しさ。フナと同じ形の「フナ尾」、フナ尾が長く伸びた「フキナガシ尾」。尾が開いているものにはその形状によって「三つ尾」「サクラ尾」「四つ尾」「クジャク尾」「反転尾」などがあります。そして、金魚たちの美しさ、かわいらしさを堪能するため、「横見」「上見」など眺め方にもこだわりがありました。「横見」は金魚を横から眺め、「上見」は上から眺めて楽しみます。でも、かわいらしく泳いでいる姿が一番楽しみです。

          
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世界キャラクターサミットin羽生 カウントダウンイベント

 8月25日(土)、羽生市のイオンモールで世界キャラクターサミットin羽生ダウンイベントがおこなわれました。このイベントに北は北海道、南は九州まで約50のキャラクターが参加しました。
 本校では、会を盛り上げるべく、ボランティアとして多くの生徒・職員が参加し、キャラクターの手を引いたり、お客様と交流したりと1日がんばりました。本番のサミットは11月下旬におこなわれます。

 
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ヒマワリ

 そろそろ花の盛りが過ぎた感のあるヒマワリ(向日葵、学名:Helianthus annuus)はキク科の一年草です。日回りと表記されることもあり、また、ニチリンソウ(日輪草)、ヒグルマ(日車)、ヒグルマソウ(日車草)、ヒマワリソウ(日回り草)、ヒュウガアオイ(向日葵)、サンフラワー(英:Sunflower)、ソレイユ(仏:Soleil)とも呼ばれます。種実を食用や油糧とするため、あるいは花を花卉として観賞するために広く栽培されます。また、ヒマワリは夏の季語でもあります。花言葉は「私はあなただけを見つめる」。原産地は北アメリカで、高さ3mくらいまで生長し、夏から秋にかなり大きな黄色の花を咲かせます。和名の由来は、太陽の動きにつれてその方向を追うように花が回ると言われたことから。但し、この動きは生長に伴うものであるため、実際に太陽を追って動くのは生長が盛んな若い時期だけです。若いヒマワリの茎の上部の葉は太陽に正対になるように動き、朝には東を向いていたのが夕方には西を向きます。日没後はまもなく起きあがり、夜明け前にはふたたび東に向きます。この運動はつぼみを付ける頃まで続くが、つぼみが大きくなり花が開く頃には生長が止まるため動かなくなります。その過程で日中の西への動きがだんだん小さくなるにもかかわらず、夜間に東へ戻る動きは変わらないため、完全に開いた花は基本的に東を向いたままほとんど動きません。なお、これは茎頂に一つだけ花をつける品種が遮るもののない日光を受けた場合のことであり、多数の花をつけるものや日光を遮るものがある場所では必ずしもこうはなりません。紀元前からインディアンの食用作物として重要な位置を占めていました。1510年、スペイン人がヒマワリの種を持ち帰り、マドリード植物園で栽培を開始しました。マドリード植物園はダリアやコスモスが最初に栽培されたことでも有名です。ヒマワリがスペイン国外に持ち出されるまで100年近くを要し、17世紀になってフランス、次にロシアに伝わりました。ロシアに到達してはじめて、その種子に大きな価値が認められました。日本には17世紀に伝来しています。種は絞って搾油され、ヒマワリ油として利用されます。ヒマワリ油には不飽和脂肪酸が多く含まれ、煎って食用とすることができます。乾燥した種子を用いる生薬名は「向日葵子」(こうじつきし)。また、ペット(ハムスター、小鳥など)の餌に利用されます。ディーゼルエンジン用燃料(バイオディーゼル)として利用する研究も進められています。

 
 
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処暑(しょしょ)

 台風が西日本に接近し、大雨が予想され、災害の危険性が高まっています。土砂崩れや洪水が発生しないとよいのですが、7月の西日本豪雨にならないことを期待します。暑さも相変わらずでなかなか涼しくなりませんね。ところで、処暑は暑さが峠を越える頃の節気で、「処」とは止まることを意味し、今年は8月23日が該当します。8月中旬の旧盆を過ぎると、暑さも和らいで朝晩は涼しくなり、秋の気配が感じられるようになるはずなのですが・・・。 

 
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PTA全国大会に参加しました

 8月20日(月)、21日(火)に、第68回全国高等学校PTA連合会大会佐賀大会が佐賀県佐賀市を中心に開催されました。今年の大会は5つの会場に分かれての進行で、モニターでメイン会場の進行を共有しながら、各会場では佐賀県各地の高校や著名人が講演をおこなうという形での運営となりました。本校は鳥栖市でおこなわれた「生徒指導とPTA」分科会に参加しました。今大会のテーマは「広めよう 高めよう 慈しむ心」~君たちがつくる希望の明日を~で、20日の基調講演では、ラジオDJレモンさんが教育についてざっくばらんに熱く語り、その独特の言い回しに強烈な印象を受けました。その後、生徒指導に係る4つの高校の発表がありました。21日は、バルセロナ五輪で金メダリストで環太平洋大学教授の古賀稔彦さんが「夢の実現~挑戦することの大切さ~」のテーマで失意のどん底に落ちても夢の実現に向かって挑戦していくことの大切さを熱く語っていただきました。暑さや台風の接近が心配がされましたが、貴重な経験をすることができました。

 
    吉野ヶ里遺跡         唐津市の虹の松原
 
  大きなスクリーンで共有    牛津高校シャンベ部の演奏
 
 レモンさんのビタミントーク      はなわさんのソング
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西瓜(すいか)

 夏の果物の代表格といえば、やはり西瓜(すいか)でしょう。大きな西瓜を井戸水で冷やし、冷えたところで庖丁を入れると、パリンと弾けるように割れました。縁側に腰かけ、種を庭先にプップッと吹き出しながらかぶりついていたのも、子どもの頃のなつかしい思い出です。海辺での西瓜割りも夏の風物詩。甘くて水分たっぷり!乾いたのどにおいしい西瓜は、熱中症予防にも一役買ってくれるそうです。西瓜は、アフリカ中部の砂漠地帯が原産といわれるウリ科のつる性一年草です。旬は種類や生産地にもよりますが、一般的には7月~8月。真夏においしい果物です。でも、一番の旬が立秋を過ぎるため、西瓜は秋の季語とされています。また、意外なことに、農林水産省の基準では西瓜はメロンやイチゴなどとともに「野菜」に分類されています。実は、一年生及び多年生の草本になる実は「野菜」、永年生の樹木になる実は「果物」と決められているのです。これを基準とすると確かに西瓜もメロンもイチゴも野菜の仲間ということになります。しかし、実際には果物売場に並び、栄養学的にも果物として扱われています。西瓜は約90%が水分で、暑い季節にからだを冷やし、水分補給をしてくれる食べ物です。疲労回復や利尿作用があるといわれ、カリウムなどのミネラルも豊富。食べるときに少量の塩を振って食べることがありますが、塩分も摂取ができて熱中症予防にもおすすめです。また、アミノ酸の一種であるシトルリンは血流を改善するといわれています。果肉にはカロテノイドのβカロテンとリコピンが豊富に含まれています。昔からよく「天ぷらと西瓜」は食べ合わせが良くないといわれますが、医学的な根拠はありません。でも、胃腸が弱っている夏に、油分と水分や酸味を同時に摂ると胃がもたれやすいもの。だから注意しなさいという昔の人の教えといえます。おいしい西瓜の選び方は、「手のひらでたたいてみる」ですが、ではどんな音がしたら良い西瓜なのでしょうか。食べごろの西瓜は「ポンポン」と澄んだ音がします。「カンカン」というような高い音の場合は水っぽく、「ボタボタ」という低い音の時は熟れすぎてスが入っていたりします。また、見た目で判断する基準もあります。果皮に張りがあり、縞模様がはっきりと濃いものは、生育に欠かせない太陽の光をたくさん浴びている証拠。またツルは細く、ツルと反対側のお尻の薄茶の部分が小さい西瓜が良いとされています。最近はカットされて売られていることが多いですが、その場合は、種の色が黒く、果肉の赤と果皮の白の部分の境目がはっきりしているものを選ぶと良いでしょう。

          
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素麺

 食欲が下がる夏の暑い時期、するするっと喉を通ってくれるのが素麺です。素麺(索麺、そうめん)は、小麦粉を原料とした日本および東アジアの麺のひとつです。主に乾麺として流通するため、市場で通年入手できますが、冷やして食することが多く、清涼感を求めて夏の麺料理として食するのが一般的です。奈良県桜井市三輪地区で生産される三輪素麺は、最も素麺作りの歴史が長く、全国に分布する素麺産地の源流はほとんどが三輪からであり、古く素麺の相場は三輪で決められていました。天保年間に書かれた「鹿児島風流(ぶり)」という旅行記には「夏は素麺流しとして、水上より素麺を流し、下にてすくい食う。石の上の酒宴、甚だ興あり。最も紅葉の名所なり。」と書かれており、竹製の樋(とい)を使って素麺を流し、箸で捕まえてめんつゆ等に付けて食べる流し素麺は夏の風物詩とされています。宮崎県の高千穂峡が商業化として発祥であるとされています。素麺は祝い事や忌み事の席で食べられる例が多く、祝食としては、長崎県の壱岐を中心とした九州地方で食べられる鯛素麺や広島県の婚礼に供される「鯛麺」、滋賀県の長浜市を中心とした湖北地方で食べられる焼鯖素麺が有名です。他に禅宗寺院では「祝麺」と呼んで祝い事の昼食に素麺を食べる習慣があります。忌み事としては、通夜ふるまいや法事の斎席で「にゅうめん」が出される地方が見られます。盂蘭盆会の精霊膳やえびす講の供膳にそうめんを供する習慣は全国に見られ、祖霊や神仏に供えられると共に親類縁者が集まって食べる例が多いです。仙台市などでは七夕に魔除けや子供の健康を願って素麺を食べる習慣がありますが、これは、幼くして死んだ子供が幽鬼となって疫病を流行らせたので、生前好物だった索餅を供えて供養したところ災厄が治まったという中国の故事に由来しています。
 しっかりと食べて、夏バテをなくしましょう!

 

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夕涼み

 今日はお盆の最終日ですが、太陽はあまり出ていないのに蒸し暑いですね。こんな日には夕涼みを楽しんでみませんか? 夕涼みとは夕暮れから夜にかけて、水辺や川辺で涼をとることです。特に、江戸時代には隅田川の両国橋近辺に涼を求めて多くの人々が集まり、茶屋も軒を並べ、賑わいをみせました。京都では、今でも夏になると鴨川沿いに川床が設けられ、夕涼みをしながら食事を楽しむことができます。自宅でも、縁側やウッドデッキなどで気軽に夕涼みを楽しみましょう!

 
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怪談

今日も暑くてたまらない日になりそうです。涼しい日はなかなか来そうもありません。今はエアコンがありますが、エアコンも扇風機もない時代、人々は夏の暑さをしのぐため、さまざまな知恵を絞り、工夫を施しました。「怪談」といえば、恐怖心によって夏に涼を得るアイデアの1つに思われますが、実際にどうでしょうか? 実は、怪談はお盆と深い関係があります。旧暦7月15日のお盆には、先祖の霊があの世から現世に帰ってくるとされています。但し、すべての霊が生前に満たされた人生を送ってあの世に行った訳ではありません。無念の思いを抱いた霊、成仏できない霊も少なくなかったと思います。江戸時代、お盆の時期に行われた芝居では、そうした霊の恨みや苦しみ、復讐への想いを、鎮魂の意味を込めて語るようになりました。そうして誕生したのが怪談であり、なかでも「東海道四谷怪談」、「番町皿屋敷」、「牡丹灯籠」は日本三大怪談と称されるほどに知名度を高めました。お盆がきっかけとなって生まれたため、怪談が夏の風物詩となったのです。平和な江戸時代の夏に、あえて階段を聞いたり語ったりすることで恐怖を味わい、涼をとろうとした側面があったことは間違いではありませんが、それだけが夏に会談がとりあげられる理由ではなかったのです。

        

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香/線香(こう/せんこう)

 盆の精霊棚に供える線香や蚊取り線香の香りは、日本の夏の情景を思い起こさせるものです。香には練り合わせて棒状にした線香、丸薬状の練香などさまざまな種類があり、白檀(びゃくだん)や伽羅(きゃら)などの香木を加えて、より香がよくなるようにしたものもあります。江戸時代には線香の燃焼時間で時を測り、禅寺では線香1本が燃え尽きるまでの時間約40分を座禅の時間の単位としたということです。よい香りをかぐと、脳内にアルファ波やβエンドルフィンなどが出てリラックス効果があり、蒸し暑い夏には涼感を呼びます。香は何となく、夜が似合う感じがあります。

 
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盆踊り

 盆踊りはお盆にかえってきた祖霊を慰める霊鎮め(たましずめ)の行事です。念仏踊り(自分で念仏を唱えながら踊る)から 踊り念仏(念仏を唱える人と踊る人がいます)に発展した民族芸能が盂蘭盆(いわゆるお盆のこと)と結びつき、精霊を慰めたり送り出すための行事になりました。15日の晩に盆踊りをし、16日に精霊送りをするのもそのためです。月が満ちるとき、その引力で海は大潮となり、人は高揚します。さらに、盆踊りには娯楽的な要素もあります。地域の結びつきを深め、帰省した人々の再会の場や、男女の出会いの場でもありました。盆踊りの歌詞に色恋ものやきわどい内容が多いのはそのためで、人々は年に一度の盆踊りに様々な思いを託しました。本来、盆踊りの晩(旧暦7月15日)は満月ですから、照明のない時代でも明るく過ごせ、月の引力の影響で人も高揚するため、盆踊りに最適だったのです。盆踊りは、祖霊になった人々との別れを惜しむ踊りであり、人の出会いや別れとともに過ぎ行く夏を惜しむ踊り。子供達は無邪気にはしゃぎ、大人達は様々な思いを胸に踊ります。そのためでしょうか、楽しいだけではなくなぜか切なさを感じます。

          

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団扇(うちわ)

 団扇は涼しい風を起こす道具で、日本の夏の必須アイテムです。最近はイベントなどさまざまな場面でオリジナルの団扇が配られています。団扇には、扇子面と柄が別に作られる京団扇(都団扇)、太竹を割って作られ、柄と骨が一本の竹でできた平団扇(丸亀団扇)、一本の細竹から作られる丸竹団扇(房州団扇)などがあり、いずれも職人の手によるもので、季節感のある絵柄も涼しさを演出してくれる。暑さをしのぐだけでなく、火をおこしたり、蝿などの虫を払うときにも便利です。最近はビニール製のものやキャラクターを描いたものなどさまざま団扇多く出回っています。手っ取り早く涼しさを得られるので、扇子とともに多くの人々に求められています。
        
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お盆

 学校の周りでも今日からお盆になるところが多いようです。お盆は先祖や故人の霊を家に迎えて供養する日本独自の風習です。仏教が伝来する以前から日本でおこわれていた先祖の霊を迎える「御霊祭り」と、仏教で逆さ吊りにされるような苦しみに会っている死者を救うための法要「盂蘭盆会」が融合して誕生したといわれています。江戸時代以前、お盆は貴族や武士など上層階級だけの行事でした。一般庶民の間にお盆が普及したのは、仏壇や盆提灯に灯すろうそくが安価で手に入るようになった江戸時代以降のことです。お盆の迎え火は、先祖や故人の霊が迷うことなく家に戻れるように灯す火のことで、家の玄関先や縁側などに吊るした盆提灯に火を灯すのが一般的です。一方、送り火はお盆の最後の夜に先祖や故人の霊があの世に無事に帰れるように帰り道を照らす火のことです。また、最終日の夕刻に、灯籠やお盆のお供え物、盆棚の飾り物などを小舟に乗せて、海や川に流すことで先祖や故人の霊を再びあの世に送り出す行事が「精霊流し」です。

             
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立秋

 今日は今年の立秋に当たります。立秋とは夏が極まり秋の気配が立ち始める日。七月節(旧暦7月)。『暦便覧』では「初めて秋の気立つがゆゑなれば也」と説明しています。夏至と秋分の中間で、昼夜の長短を基準に季節を区分する場合、この日から立冬の前日までが秋となります。二十四節気が成立した中国内陸部は、大陸性気候のためこの時期は気温が下がり始めているが、海に囲まれた日本列島ではピークがずれ込み猛暑の時期となることが多いです(今日は関東地方は台風の接近で涼しめですが)。翌日からの暑さを「残暑」といい、手紙や文書等の時候の挨拶などで用いられます。また、翌日から暑中見舞いではなく残暑見舞いを出すことになります。この頃は、月遅れのお盆を前に各地で夏祭りが開催されます。まだ夏のレジャーを楽しむ頃ですが、よく観察してみると秋の気配を感じることができます。夏の風と秋の涼やかな風が混在し始めます。空を見上げると、巻雲など秋の雲も見えることもあります。

 
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インターハイ速報

 三重県で開催されていたインターハイに出場していたウエイトリフティング部から朗報が届きました。3日におこなわれた56kg級の平井翔悟君が2位、6日におこなわれた94kg級の山本広大君が26位105kg級の柿本和希君が5位2人の選手が上位入賞をしました。
3人とも今まで頑張って蓄えた力を存分に発揮してもらえたと思います。3人の選手の皆さんと顧問の黒川先生、お疲れ様でした。

 

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海水浴

 暑い夏の時期、各地の海辺では海水浴に多くの人が訪れます。海水浴は夏のレジャーの1つで、海岸へ赴いて水着を着用して、スイカ割や日焼け、水泳等をおこなうのが一般的です。海水浴の歴史は17世紀のヨーロッパに遡りますが、18世紀後半から一般的になりました。当初は温泉浴と同様に、健康の維持と回復のためのものとして処方されて出かけるようなものでした。日本における初期の海水浴では、京都の時代祭りに登場する牛の引く御所車のような乗り物に乗り、牛に後ろ向きに海の中に入って後ろのドアを両開きに開き、自分たちが他から見えないようにして海に浸かったと言われています。また、当初はパジャマに似たような服装で海水浴をおこなっていました。また、江戸時代には、平磯(茨城県那珂郡)などで海水浴が行われ、潮湯治と呼ばれていました。 日本における近代海水浴は、明治時代、ジェームス・カーティス・ヘボンにより健康増進目的に奨励され、京浜地区の海岸では扇島、新子安、本牧をはじめとして海水浴場が次第に増え、戦後昭和の工業化による埋め立てが行われるまで海水浴客で栄えました。その後、時代の変遷とともに20世紀中頃からは水着用の特殊な生地が開発されたり、ビキニ、セパレーツ、Tバックなどの水着の流行を経て、今日に至っています。海水浴に適した砂浜の海岸は、海水浴場として整備されることが多く、日本では明治に陸軍軍医の松本良順が奨励をおこないました。海水浴の際の履物としてビーチサンダルがあります。海でも傷まず、足を洗うときが楽であるため、必需品とされています。裸足で過ごしてもかまいませんが、気軽に履いたり脱いだりできることや、足を危険物から守るため、重要です。また、夏の海岸線は紫外線が強く、日焼け止めの用意は大切です。ビーチで飲酒する場合は水分補給を忘れずに行い、飲酒後の海水浴は厳禁です。入れ墨、タトゥーなど、他の海水浴客に威圧感を与えるものは露出禁止となっている海水浴場もあります。

 

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