平成29年度~校長室

平成29年度~校長室

夏越の祓(なごしのはらえ)

 旧暦の6月末に行われる「夏越の祓(なごしのはらえ)」は、半年分のケガレを落とす行事で、この後の半年の健康と厄除けを祈願します。由来は神話の伊弉諾尊(いざなぎのみこと)の禊祓(みそぎはらひ)にまで遡るそうですが、新暦に移った現在でも、6月30日ごろ日本各地の神社で行なわれている伝統行事です。半年に一度の厄落としである6月の「夏越の祓」。さらに半年後の12月末には、同様に厄除けをする「年越の祓」があります。この2つは対になる行事で、心身を清めてお盆や新しい年を迎えるためのもの。大晦日の年越し行事のような派手さはありませんが、「夏越の祓」も大切な節目の行事とされています。その厄落としの方法として「茅の輪くぐり」が行われます。茅の輪とは、チガヤという草で編んだ輪のことです。神社の境内に作られた大きな茅の輪の中を「水無月の夏越の祓する人は、千歳(ちとせ)の命延(の)ぶというなり」と唱えながら8の字を書くように3度くぐり抜けます。茅の輪をくぐることで、病気や災いを免れることができるとされています。「茅の輪くぐり」については日本神話に基づいているといわれています。昔、ある兄弟のところに、一人の旅人が現れて一夜の宿を乞いました。裕福な兄は旅人を冷たく断り、貧しいながらも弟の蘇民将来(そみんしょうらい)は温かく旅人をもてなしました。数年後、旅人が恩返しにと再び蘇民を訪れますが、実はこの旅人はスサノオノミコトで、その教えに従って茅の輪を腰に付けたところ、疫病から逃れられ、子々孫々まで繁栄したということです。この故事に基づき、家の玄関に「蘇民将来札」という札を貼り、厄除けにするという風習も残っています。人形(ひとがた)とは、人の形を模した紙の形代(かたしろ)です。人形に自分の名前や年齢などを書き、それで体を撫でて人形に罪やケガレを移し、身代わりとして神社に納めます。人形を川に流したり、篝火を焚いたり、水や火を使う神事で清め、厄を落とします。紙だけでなく、藁などで人形を作るところもあります。また、お清めのために人が直接、川や海に入る地方もあります。冷房も冷蔵庫もない時代、蒸し暑くなる7月はしばしば病気がはやりました。体力も消耗するので、甘く食べやすいお菓子でエネルギーを補給し、厄祓いをしていたようです。京都には「夏越しの祓」の日に食べる伝統的な和菓子があります。「水無月」と呼ばれ、ういろうの上に邪気を祓うあずきがのった三角形のお菓子で、三角形は削りたての氷を表しています。昔、宮中では旧暦6月1日に「氷の節句」が行われていました。冬にできた氷を山間の氷室(ひむろ)に貯蔵しておき、そこから取り寄せた氷を口にして夏を健康に過ごせるよう祈るというものです。しかし、庶民にとって氷は高嶺の花。そこで氷をかたどった三角形の生地に厄除けの小豆を散らしたお菓子が作られたのです。「水無月」は庶民の氷へのあこがれからできた銘菓。現在では夏越の祓の日の和菓子として親しまれています。

 
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山開き

 山開きとは、その年に初めて登山が許されることです。初日には安全祈願の神事や山開きの宣言が行われ、夏山登山のシーズンが始まります。山開きの日にちは山によって異なりますが、3月末から7月初旬に行われています。日本は国土の約7割が山地で、山は身近な存在です。自然の恵みをもたらしてくれる山々に人々は感謝し、山に対する畏怖、畏敬の思いを抱き、山を神様がいる神聖な場所であると考え、また山そのものを神として信仰の対象にしてきました。神仏を祀る霊山は、修業者か徳の高い僧侶などしか入山を許されず、一般の人は入ってはいけない「聖地」とされていました。しかし、江戸時代中期になると、一般の人々も山や山に祀られている神様を拝むため、登山をしたいと思うようになり、期間を定めて山に登ることが許されるようになりました。その頃から登山開始を祝い、安全を祈願する儀式として山開きが行われるようになりました。宗教儀式としての山開きは、現在も日本各地の霊山で行われています。静岡県富士宮市の富士山本宮浅間神社で行われる富士山の山開きは有名ですが、2013年に富士山が世界遺産となって登山者が急増し、山開きにもその影響が出ています。富士山の山開きは、これまでは7月1日(旧暦では6月1日)、期間は8月末までの2ヶ月間でしたが、2014年の山開きは7月1日と7月10日の2パターンになりました。静岡県側の富士宮口、須走口のルートは7月10日が山開きで、その分終わりも10日延びて9月10日になりました。そして、山梨県側(吉田口)のルートは7月1日が山開きで、期間は2週間延びて9月14日までになりました。7月に入っても、富士山の登山道にはまだ雪が残っているところも多く、多くの人が安全に登山できるように整備の日にちを確保したことや、登山期間を延長して、混雑を少しでも緩和しようというのが理由のようです。富士山本宮浅間神社の「お山開き」は、7月10日に行われ、さまざまな式典や神事の他、交流会などのイベントも行われるそうです。江戸時代、富士山を信仰の対象とする「富士講」が流行し、富士山に登る「富士詣」をしていました。しかし日本一高い霊峰である富士山に登ることは簡単ではありません。また、女性は登山することも禁じられていました。そこで、富士講の信者たちは、富士山に模して富士塚を築き、富士山登山の代わりとしました。富士塚に登ると、実際の富士山に登ることと同じご利益があるとされていたのです。富士塚は関東一円に数多く造られ、今でもたくさん残っています。例えば、江古田、豊島長崎、下谷坂本、木曽呂の富士塚は重要有形民俗文化財に指定されています。浅草の富士浅間神社や駒込の富士神社にある富士塚なども有名です。現在でも山開きの時期には、例大祭が行われ、参道には植木市や縁日などが立ちます。近くに富士塚があったら、昔の人と同じように富士山に登ったつもりで登ってみるのもいいですね。

 
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紅花

 6月から7月にかけて咲く紅花は、その名の通り貴重な紅色の素として、古くから活用されてきました。紅は魔除けの色、高貴な色とされ、その素となる紅花の赤い色素はとても貴重なものでした。紅花はアザミによく似たキク科の越年草です。暖かい地方では秋に種をまき、寒冷地では春に種をまきます。紅花の産地として有名な山形県では早春に種をまきます。夏に花を咲かせ、咲き始めは鮮やかな黄色の花ですが、次第に下のほうから紅くなります。染料や顔料として利用されるほか、種からは紅花油(サフラワーオイル)が採れ、葉や茎は食用にもされます。紅花の原産地は、地中海沿岸や中央アジア、エジプトナイル川流域など諸説あり、確定されていませんが、古くから栽培され利用されていました。紅い色は強い生命力や神聖な力が宿っている魔除けの色と考えられていましたが、自然界ではきれいな赤に染まる色素は少なく、紅花は貴重なものでした。やがてシルクロードを通って中国へ、そして朝鮮半島を経て5~6世紀ごろ仏教文化とともに日本に伝わったといわれています。「古事記」下巻に出てくる紅花の記録が最も古い記録で、万葉集にも「末摘花(すえつむはな)」という名で見られます。長い間、紅花の紅は貴族の間だけのものでしたが、江戸時代になると紅花の栽培が各地に広がっていきました。中でも、山形県の最上川流域は質の良い紅花が採れる一大産地として発展しました。「最上紅花」は最上川中流域の村山地方特産の紅花のことです。ここで作られた紅花は「紅もち」に加工され、京都や大阪へと送られ、染めものや紅に使われました。高品質で知られる最上紅花は高価で取り引きされ、各地に「紅花大尽」が現れるほどでした。現在では、加工用の最上紅花や、切花用のとげなし紅花・しろばな紅花などが栽培されており、山形の県花になっています。紅花の種から取れる紅花油(サフラワーオイル)は、食用油やインクやペンキの油として利用されてきました。日本では染色用の花として栽培されてきましたが、アメリカなどで栽培されている紅花は油料用のものです。世界的には油料用の栽培がほとんどです。サフラワーオイルにはリノール酸が多く含まれますが、過剰摂取は良くないという研究もあり、オレイン酸が多く含まれるものなどが開発されています。埼玉県では、かつて桶川市でさかんに栽培され、現在はふるさと創生事業の一環として「べに花の郷 桶川市」のキャッチフレーズを掲げ、紅花をシンボルとしたまちづくりをすすめています。

 

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スペシャリストによる授業指導2

本日3・4限の3年生農業経済科の食品製造の授業で、洋菓子づくりのスペシャリストで羽生市内のパティスリーポムホッペのオーナーシェフ新井隆史様に講師としてお越しいただき、洋菓子「ラング ド シャー」の製造を指導していただきました。ラング・ド・シャー(フランス語: langue de chat)は、細長い独特の形をしたクッキーまたはビスケットで、フランス語で「猫の舌」の意味で、猫の舌の形をしていることからそう呼ばれているとのこと。室温で柔らかくして練ったバターと同量の砂糖を合わせ、それに小麦粉、卵白などを加えて生地を作り、薄く細長い棒状にオーブンで焼き上げます。軽く、口の中で溶けるような食感が特徴だそうです。先生に御指導をいただいた後、早速試作。混ぜることや泡立てに苦戦しながらも、オーブンで生地を焼くと、香ばしい香りが室内に広がりました。作り方も難しくないので、家庭でも出来そうな美味しいラング ド シャーでした。先生、御指導ありがとうございました。

 
 つくり方を確認しましょう!    お菓子作りで大切なのは・・・
 
    先生のやり方を確認!     しっかりと手を洗ったら
 
    材料を混ぜましょう!      焼き上がりました!
 
   生地が熱いうちに丸めると        こんな形のものもできます!
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食中毒に注意しよう!

 梅雨のこの時期、心配なのは食中毒です。食中毒は細菌によっておこります。細菌は、好条件がそろえばどんな場所でも繁殖が可能です。どの細菌にも繁殖に適している温度(至適温度)と条件があります。一般的な例で言いますと、30°~40°くらいで繁殖率がもっとも高くなりますが、10°以下や60°以上で繁殖する事はめったにありません。 殺菌には75°以上で、1分以上の加熱が効果的です。さらに細菌が繁殖するためには80%以上の水分と栄養が必要になります。ちなみに飲み残しのお茶などを冷蔵庫にいれて保存したとしても、完全には死滅せず、ゆっくりとしたスピードで繁殖が進行していきます。特に肉魚などの高タンパク質は繁殖条件が良いので、取扱いにはくれぐれも注意しましょう。手洗いや食べ物にも十分に気をつけることはもちろんですが、食器や調理器具などの洗浄や消毒もしっかりと行い、充分に乾燥できる環境を整えることも大切です。
 ちょっとした心がけで食中毒の危険性を減らし、気持ちよく過ごしましょう! 

 
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アジサイ(あじさい・紫陽花)

 梅雨の季節、一際美しいのが「アジサイ」です。アジサイはユキノシタ科の落葉低木で、わが国の海岸に自生するガクアジサイから日本で改良された園芸品種。主に、鑑賞用として庭木や鉢植えにされます。半日陰で湿り気のある肥沃土を好み、用土の酸度によって花の色が変化します。酸性土では青味がかかり、アルカリ土では赤味が強くなるのです。花の色が土壌のpH濃度によって様々に変化するので、「七変化」とも呼ばれます。日本原産の最も古いものは、青色とのこと。花はつぼみのころは緑色、それが白く移ろい、咲く頃には水色、または薄紅色。 咲き終わりに近づくにつれて、花色は濃くなっていきます。花言葉は「移り気なこころ、冷淡、強い愛情、一家団欒、家族の結びつき、元気な女性」(紫陽花)」、「謙虚」(萼紫陽花(がくあじさい))。アジサイの名は、真青の花が集って咲く姿から、集めるの「あづ」に真青を意味する「さあい(真藍)」の「アヅサアイ(集真藍)」が変化して「アジサイ」となったと言われているようです。本来の「紫陽花」とは、唐の詩人の白居易が命名した別の紫の花のことで、平安時代の学者、源順(みなもとのしたごう)が今のあじさいにこの漢字を当てたため、誤用が広まったようです。英名の「Hydrangea(ハイドランジア)」は、ギリシャ語の「hydro(水)+ angeion(容器)」が語源大量の水を吸収し蒸発させる性質から(諸説あり)来ているとのこと。実は、私たちが一般的にアジサイの花だと思っている部分は「装飾花」と呼ばれ、花を保護するための「がく」の一種だそうです。あじさいの本当の花は、その装飾花の中に小さく隠れているんだそうです。色がついているのは「萼(がく)」で花はその中の小さな点のような部分。しかしやはり萼(がく)が目立つ。「萼(がく)紫陽花」の”萼”は ”額”と表記することもあります。いわゆる最も一般的に植えられている球状のアジサイはセイヨウアジサイであり、日本原産のガクアジサイを改良した品種です。セイヨウアジサイではすべてが装飾花に変化しています。

 
 
 
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スペシャリストによる授業指導

 本日、5・6限の3年生園芸科の総合実習の授業で、フラワーデザインのスペシャリスト、埼玉県技能士連合会官庁の立川先生、日本フラワーデザイナー協会名誉本部講師の伊香先生の指導をいただきました。本校のフラワーデザインは農業クラブの埼玉県大会で多くの最優秀賞を受け、全国大会に9年連続で出場しています。本日の授業は、フラワー装飾3級に合格するための内容で、一人一人にていねいに御指導をいただきました。全員が試験に合格することを期待します。

 
 

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傘のマナー

 今日は晴れですが、雨の日が多くなり、傘が欠かせなくなってきました。雨の日のお出かけは、ちょっと億劫なもの。そんな気持ちを明るくしてくれるレイングッズが流行っていますが、どんな素敵な傘やレインブーツを履いていても、マナーができていないと台無しになってしまいます。雨の日のお出かけが気持ちよくなる、さりげないしぐさを心得ておきましょう。雨の日は気が付かないうちに、濡れた傘がまわりの人の迷惑になっていることもあります。あなたの傘の差し方は大丈夫ですか? 上を向けて開くと、まわりの人や自分に水滴がかかることがあります。まわりを確認してから、傘先を斜め下にして開けば安心です。ワンタッチ傘の場合は特に気をつけましょう。また、傘を差しながら狭い道をすれ違う際、相手にぶつかったり、雨のしずくが垂れたりしないよう、相手と反対側に自分の傘を傾けます。横に向けて閉じると、傘先が人に向くので危険です。差した状態のまま少しすぼめてから、下に向けて完全に閉じます。水滴の取る時にクルクルっと回したり、バサバサっと開閉したりすると周りの人に水滴がかかって大迷惑。閉じた傘の露先(骨の先端)をまとめて握り、傘先を下に向けて軽く数回振ります。駅の階段などで、前の人の傘先が目の前に迫って、思わずヒヤッとしたことはありませんか? 知らず知らずのうちに、傘先が後ろの人に向いていたり、子どもに当たったりすることがあるので要注意。また、濡れた傘が周りの人まで濡らしてしまうこともあるので、混んでいる場所では特に気配りが必要です。また、急な雨でもコンビニですぐに、しかも安くビニール傘が購入できるので、折りたたみ傘などを持ち歩かない方が増えています。本当に便利ですが、その手軽さ故に晴れてじゃまになったらその辺に置いてきてしまったり、逆に自分の物ではないのに、傘立てにあるビニール傘を勝手に使ってしまったり。マナー以前の問題ですが、気をつけたいものです。
      
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6月の事件(本能寺の変・球戯場の誓い)

 梅雨の時期、精神的にも肉体的にもモヤモヤとはっきりとしないこの時期に、歴史を紐解くと、大きな事件が起こっていることがあります。
 例えば、1582年6月21日(天正10年6月2日)の早朝、京都の本能寺に宿泊していた天下人目前の織田信長が、家臣明智光秀の謀反によって襲撃され、落命した「本能寺の変」があります。この事件により日本の歴史は現在の流れになりますが、「もし信長がその後も生きていれば・・・」日本の歴史は当然違ったものになっていたと思います。最も、若い皆さんには、本能寺の変といえば、「本能寺 の変」など歴史をテーマにしたダンスで知られるユニット「エグスプロージョン」のほうが身近でしょうか?
 また、フランス革命直前の1789年6月20日、フランスの議会三部会の第三身分議員がヴェルサイユ宮殿の球戯場(ジュ・ド・ポームのコート)に集まり、憲法制定まで解散しないことを誓い合った「球戯場の誓い」。英語の重訳からテニスコートの誓いとも呼ばれ、国王政府が議会に圧力をかけて、反発した人々が同年7月14日にパリ市内のバスティーユ牢獄を襲撃し、フランス革命が始まり、皇帝や王の支配する時代から民衆の時代へと転換していくきっかけとなりました。2つの出来事とも偶発的に起こった部分もあるかもしれませんが、その後に大きな影響を与えています。そんなことが今後も起こるかもしれない、空気、雰囲気がこの時期には感じられます。ワールドカップの先が見えにくい状況で、日本の躍進もありそうです。

 

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夏至

 今日は夏至です。「夏に至る」というとおり、夏至とはこの日を過ぎると本格的な夏が始まると意味です。昼が一番長い日でもあり、東京では日の出が4時25分、日の入りが19時で、昼が14時間35分もあります。日照時間の短い北欧では、昼間の最も長い夏至はとても大切な日です。フィンランドをはじめさまざまな国で夏至祭が催されます。スウェーデンでは国中が週末お休みになるそうですよ。6月は祝日がないので、日本もスウェーデンのように休みだとありがたいですね。

 

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ツバメ

 ツバメは北半球の広い範囲で繁殖し、繁殖期になるとオスはチュビチュビチュビチュルルルルと比較的大きなさえずり声で鳴きます。飛翔する昆虫などを空中で捕食し、また水面上を飛行しながら水を飲みます。寒さを避けるため、冬に南の台湾やフィリピン、マレーシアなどに向かいますが、一部日本国内で越冬する個体があり、しばしば「越冬ツバメ」と呼ばれます。ツバメは泥と枯草を唾液で固めて巣を造ります。民家の軒先など人が住む環境と同じ場所で繁殖する傾向が顕著です。これは、天敵であるカラスなどが近寄りにくいからだと考えられています。巣は通常は新しく作りますが、古い巣を修復して使用することもあります。産卵期は4~7月ごろで、1回に3~7個の卵を産み、主にメスが抱卵します。抱卵日数は13~17日で、その後の巣内での育雛日数は20~24日です。日本では、水稲栽培において穀物を食べず害虫を食べてくれる益鳥として古くから大切にされ、ツバメを殺したり巣や雛に悪戯をする事を慣習的に禁じ、農村部を中心に大切に扱われてきました。江戸時代にはツバメの糞は雑草の駆除に役立つと考えられていました。「人が住む環境に営巣する」という習性から、地方によっては、人の出入りの多い家、商家の参考となり、商売繁盛の印ともなっています。また、ツバメの巣のある家は安全であるという言い伝えもあり、巣立っていった後の巣を大切に残しておくこともありました。諸事情により、最近はあまり見ることはできませんが、夏の到来を告げる風物詩と言えます。

 

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五月晴れ

 今日は梅雨の合間の晴れ。朝のうちは気温も低く、爽やかですが、日中には湿度が高く、蒸し暑く感じられると思います。五月晴れ(さつきばれ、ごがつばれ)とは、6月(陰暦の5月)の梅雨時に見られる晴れ間のこと。「さつきばれ」と読む場合は、この意味となります。「ごがつばれ」と読む場合は、新暦5月の晴れの日を指します。5月半ばごろに大陸から流れてきた高気圧によって晴天が続き、こちらも「さつきばれ」と読まれることがあります。五月晴れは夏の季語にもなっています。梅雨といっても雨が毎日降るわけではなく、カラッと晴れる日は洗濯物を乾かしたり、外で活動したりと貴重な1日となります。気分的に晴れ晴れとしますね。

 
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ジューン・ブライド(6月の花嫁)

 6月も半ばを過ぎました。が、雨が降ったり、晴れたりと梅雨を強く意識させられます。蒸し暑く、不快なこの時期ですが、植物の成長には欠かせない時期でもあります。
ところで、ジューン・ブライドということばを皆さんも聞いたことがあると思います。直訳すれば「6月の花嫁」。6月に結婚した花嫁は幸せになれるという、もともとはヨーロッパからの伝承です。その由来は諸説があり、
(1)6月すなわちJune という月名が、ローマ神話の結婚をつかさどる女神であるジューノ"Juno"(ギリシア神話では女神ヘラ)からきているため、婚姻と女性の権利を守護するこの女神の月に結婚すれば、 きっと花嫁は幸せになるだろう、とあやかってとする説。
(2)その昔、ヨーロッパでは、3~5月の3ヵ月間は結婚することが禁止されていて、6月は結婚が解禁になる月であるため、6月になって一斉にカップルたちが結婚し、周りの人達からの祝福も最も多い月だったとする説。
(3)ヨーロッパの6月は、1年中で最も雨が少なく、いい天気が続くため、はつらつとした季節の始まり、若者の季節と呼ばれ季節的環境がベストな月であり、 加えて復活祭も行われる時期であることから、ヨーロッパ全体が祝福ムードで溢れ、6月の花嫁は幸せになれるとする説などがあります。
 英語名であるJuneはローマ神話のユピテル(ジュピター)の妻ユノから取られました。ユノが結婚生活の守護神であることから、6月に結婚式を挙げる花嫁を「ジューン・ブライド」(June bride、6月の花嫁)と呼び、この月に結婚をすると幸せになれるといわれています。いつであれ、結婚するカップルには幸せになってもらえればと思います。

 

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和菓子の日

 明日6月16日は和菓子の日です。嘉祥元年(848年)6月16日、仁明天皇が16個のお菓子などをお供えして、病気がなくなり、健康で幸せに暮らせるように祈ったという由来があります。「嘉祥」とは文字通り「めでたいしるし」であり、鎌倉時代には、のちの後嵯峨天皇が東宮となられる前に、6月16日に通貨16枚で御供えの菓子などを求めて献じそれを吉例とし、皇位継承の後もこのことが続けられました。また、慶長の頃、豊臣秀吉が「嘉祥の祝」を恒例として行っていたことが『武徳編年集成・四十四』に記載されています。江戸幕府においては、この日、大名、旗本など御目見得以上の諸士に大広間で菓子を賜り、これを「嘉祥頂戴」といい、菓子は白木の片木の上に青杉の葉を敷いてその上に積んであり、一人一個ずつ取らせたといわれます。民間においても、「嘉祥喰」といって十六文で菓子や餅十六個を求め食べるしきたりがあり、本来は嘉定通宝で買うことが当然とされましたが、この銭はさほど世間に多くなかったことから、米一升六合をもって菓子や餅を買い求めることも行われていました。また、この夜に十六歳の袖止め(振り袖をやめて詰め袖にする)をする「嘉祥縫」という風習があったほか、6月16日に採った梅の実でつくった梅干しを旅立ちの日に食べると災難をのがれるという言い伝えがあり、「嘉祥の梅」といいました。このように、「嘉祥の祝」は、疫を逃れ、健康招福を願う、めでたい行事として歴史の中で受け継がれ、明治時代までさかんに行われていました。この『嘉祥の日』を現代に復活させたのが「和菓子の日」です。和菓子と言っても多種多様ですが、皆さんは何が好きですか?

 

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ハナショウブ? あやめ?

 先日、久喜市のあやめ公園に出かけました。公園にはハナショウブ? あやめ?が咲き頃を迎えていました。「いずれアヤメかカキツバタ」という慣用句がありますが、どれも素晴らしく優劣はつけがたいという意味ですが、見分けがつきがたいという意味にも用いられ、実際そのとおりだと思いました。

 
 
 
 

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父の日

 6月の第3日曜日は父の日です。1910年にアメリカ・ワシントン州のJ.Bドット夫人が、彼女を男手一つで自分を育ててくれた父のために、教会の牧師にお願いして父の誕生月である6月に礼拝をしてもらったことがきっかけと言われています。当時すでに母の日が始まっていたため、彼女は母の日のように父の日もあるべきだと考え、牧師協会に嘆願して始まりました。日本では1950年代ごろから知られるようになりましたが、母の日に比べると認知の度合いは低い傾向があります。母の日の花がカーネーション、父の日はバラです。 

 

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梅雨の雨の名前

 昨日は1日雨でしたが、今日は晴れ間が予想されています。次の雨はいつでしょう? ところで一口に雨と言っても、さまざまな降り方があります。そして雨の名前も、降り方や降る時期、時間帯、また季節や感情によってもさまざまな呼び名で呼ばれています。梅雨の時期だけでも、たくさんの雨の呼び名があります。
・「走り梅雨」、「迎え梅雨」、「梅雨の走り」は、梅雨入り前のぐずついた天気を表します。
・「卯の花腐し」(うのはなくたし)、「黴雨」(ばいう)、「五月雨」(さみだれ)は梅雨の異称。「五月雨」の「さ」は田の神様で「みだれ」には水垂れという意味もあり、旧暦5月の長雨のことを指します。「五月晴れ」は梅雨の晴れ間のことを意味します。
・「空梅雨」、「早梅雨」(ひでりつゆ)、「枯れ梅雨」は、雨が少ない梅雨。
・「戻り梅雨」、「返り梅雨」、「残り梅雨」は、梅雨明け後に再び雨が降り続くことです。
・「男梅雨」は、晴天が多いが降ると激しい、ザーッと降ってカラッと晴れる梅雨のこと。
・「女梅雨」は、弱い雨がしとしとと降り続く梅雨のこと。現代では「男梅雨」「女梅雨」には異論のある方も多いかもしれませんね?

 
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学校評議員会・学校評価懇話会

 本日午後3時より、学校評議員会・学校評価懇話会をおこないました。学校自己評価システムシート等を活用して学校の取組を報告するとともに、学習成果の発表では、先日の関東大会で活躍したウエイトリフティング部の生徒が、試技を披露しました。評議員の皆さまからは、成功体験を積ませることや新しいことを考え自信をつけさせること、自信のあるスキルを身につけさせることなど、さまざまな提言をいただきました。今後の学校の発展に役立てていきたいと思います。

 

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梅干し

 梅は、「花よし、香りよし、果実よし」と三拍子揃った花木。早春にいち早く花開き、馥郁(ふくいく)とした香りを放ち、昔から人々に愛でられてきました。そして、梅の実も様々に加工され、盛んに利用されてきました。「梅干し」はその代表的な利用といえます。梅は中国が原産といわれています。中国の古書「斉民要術」には「鳥梅(うばい=中国語ではウメイ)」、「白梅(=梅干し)」、「蜜梅(=蜜漬けの梅)」などの梅の実の加工法が記されており、日本には奈良時代の遣唐使により、漢方薬として「烏梅」が伝来しました。「鳥梅」は、未熟な梅の実を燻製にしたもので、色は真っ黒。鎮痛、解毒、健胃、整腸などの薬として重宝されました。梅の語源は、この「鳥梅」から「ウメ」と呼ばれるようになったという説の他、「熟む実」から「ウメ」となったなど諸説あるようです。日本に現存する最古の医学書である平安中期の「医心方(いしんぼう)」で、「梅干し」の効用が取り上げられています。鎌倉時代以降、実の多くは梅干しとして食用にされ、戦国時代は薬効のある携帯食としても重宝したようです。江戸時代には、庶民の食卓にも登場するようになり、大晦日や正月、節分には、梅干しにお茶を注いだ「福茶」として、正月には当時のおせち料理である「喰積(くいつみ)」にも祝儀ものとして用いられました。昔から「梅は三毒を断ち、その日の難を逃れる」といい、朝夕に梅干しを1個食べれば健康を保てるといわれてきました。「梅干し」と聞いただけで口の中に唾液が溜まってきますね。梅干しは唾液の分泌を促し、食欲を増進させてくれます。梅の酸っぱさの素は豊富に含まれるクエン酸。このクエン酸には疲労回復やカルシウムの吸収を助ける働きもあります。また、おにぎりやお弁当に、抗菌作用のある梅干しを入れると傷みにくくなります。さらに、梅干しを加熱すると、「ムメフラール」という成分が発生し、これが血液をサラサラにして、からだを活性化するといわれています。この他、新たな研究結果として、ピロリ菌を抑制する成分や、血糖値の上昇を抑える成分が含まれていることもわかってきたそうです。

 

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時の記念日

 「時は金なり」といわれますが、時間は誰にでも平等に与えられた唯一のもの。有効に使うか、無駄に使うかはその人次第ですが、二度と取り戻せない大切なものです。6月10日は「時の記念日」。今一度時間の大切さについて、思いをはせてみませんか?
「時の記念日」は「時間をきちんと守り、欧米並みに生活の改善・合理化を図ろう」と呼びかけたのが趣旨で、1920(大正9)年に制定されました。世界中の人から「日本人ほど時間に正確な国民はいない」といわれ、多くの人々が時間を守ることを最低限のマナーとして認識しています。この時代の日本人が時間にルーズだったとは思えませんが、時間を効率的に使って産業の発展と欧米並みの近代化を図ろうという目的があったのかもしれません。「日本書記」に「天智天皇が漏刻(ろうこく)を置いて初めて時を打った」という記述があります。漏刻とは水の流れ方が一定であることを利用した水時計です。これが日本で時計が鐘を鳴らして時を知らせた初めての記録とされています。671年6月10日のことで、これにちなみ6月10日が時の記念日となりました。天智天皇を祭る近江神宮では、毎年この日に「漏刻祭」が行われます。境内には日本最初の時計博物館があり、この日は無料公開されます。古来、日本では1日を12等分して子・丑・寅・卯~の十二支を当てはめていました。昼夜をそれぞれ6等分し、1日12等分で時間を把握していたので、季節によって昼夜の長さが変わり、時間の長さは一定ではありませんでした。しかし、昔の人は日の出とともに起きて1日が始まり、日の入りとともに1日の仕事を終えたので、その方が便利だったのでしょう。この時代の名残として残っていることばもあります。正午(しょうご):「午(うま)」の刻は太陽が南中にくる頃だったので、昼の12時を表します。お八つ(おやつ):午後のティータイムは午後3時。「未(ひつじ)」の刻がちょうど八つ時で、午後3時頃。丑三つ時(うしみつどき):怪談で「草木も眠る丑三つ時!」とおどろおどろしく語られる丑三つ時とは深夜2時から2時半頃。 各国でバラバラに使われていた「時間」でしたが、19世紀になり近代化が進み、国際交流が進むと、世界中で時刻を統一する必要性が生じました。そこで決められたのが世界時間の基準となる経線(本初子午線)で、1884年、イギリスのグリニッジ天文台が経度0の基準地となりました。経度が15°ずれるごとに時差は1時間とされ、これを基に各国は自国の標準時を決めました。1886年、日本では15の倍数の経線は統計135°と150°の二つありますが、150°では南鳥島の近くになりあまりに東寄りなので、135°にある市町村の中から兵庫県明石市に決定されました。さて、今も日本の標準時は東経135°を基準に決められていると思っている方も多いと思いますが、実は違います。1967年に、国際度量衡総会で1秒の定義を「原子時」に決め、現在は世界中の約400台の原子時計の平均を基に国際度量衡局(フランス・パリ)で世界標準時を決定します。日本はここから9時間進めた日本の標準時間を情報通信研究機構(NICT、東京都)の原子時計で決めています。しかし法律上は今も東経135°の時刻が日本の標準時とされたままです。2015年7月1日にうるう秒が挿入されて話題を呼びましたが、今後は廃止が検討されています。IT端末のトラブルの懸念や対応作業が膨大になってしまうことなどがその理由です。たった1秒の違いでも、大変な労力や費用が投入される現代。太陽や月の動きから「時」を感じていた時代からは想像もつかないほど緻密な時間管理がされている現代ですが、願わくば、身の回りの自然に目を向け、季節の移ろいを感じる時間も大切にしたいものですね。

 
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五月雨(さみだれ)

 「さみだれ」の「さ」は田植えの古語で、古来の田植えの時期(現代の農法よりやや遅く6月ごろ)を意味し、「早苗(さなえ)」「五月(さつき)」の「さ」と同語源です。「みだれ」は「水垂れ」で雨の意。 陰暦5月頃(現在の6月頃)に降りつづく梅雨の短い雨を指します。五月雨というと、「奥の細道」の「五月雨を集めて早し最上川」の松尾芭蕉の句がよく知られていますが、急流の最上川下りを体験し、当初読んだ句の「涼し」を「早し」に改め、最上川の豪壮さ、激しさを表記したと言われています。梅雨の雨は大変な面もありますが、稲の成長など植物の成長にはなくてはならないものです。
         
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入梅

 今日は朝から雨模様。梅雨の到来を感じさせます。梅雨に入ることを「入梅」といいますが、農作業をする上で雨期を知ることはとても重要なことなので、江戸時代に暦の上での「入梅」が設けられ、雑節のひとつとなりました。昔は芒種以降の最初の壬(みずのえ)の日、立春から135日目などとされていましたが、現在は太陽の黄経が80°に達した日とされています。暦の上ではこの日から梅雨ですが、実際は気象庁の発表する「梅雨入り宣言」が目安。南北に細長い日本は、北と南では気候も大きく違い、梅雨入りも梅雨明けも、ほぼ南の方から順にやっています。梅雨の期間は約1ヶ月半から2ヶ月くらいで、年によって変動します。「入梅」に対し、梅雨明けすることを「出梅」といいます。ちなみに、暦の上の入梅は毎年6月11日頃。関東地方の梅雨入りの平年値は6月8日頃で、梅雨明けの平年値は7月21日頃です。北海道では梅雨はありません。

 
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子どもたちとの田植えで交流体験

 本日、農業経済科環境資源コースの3年生が近くのとねの会子ども園を訪問し、子どもたちと一緒に田植えをおこないました。ふだんは教わる立場ですが、今日は教える立場でいつもよりも注意深く子どもたちと接する生徒たち。田んぼに一緒に入って苗を協力して植えていきます。生徒たちは子どもたちが田に足を取られそうになると支えてあげ、手を添え苗を植えていきました。皆、緊張しながらも楽しく植えられたようです。苗が成長し、大きく実る秋にまた交流ができそうです。

 
   さあ、田んぼに入ります     転ばぬように気をつけて
 
  そ~~と植えましょう       そう、その調子!
 
   泥を落としましょう       ありがとうございました
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和食の基本・一汁三菜

 コンビニでのお手軽な軽食が便利でよく利用しますが、日本人ならば和食の習慣を大切にしたいものです。和食が栄養バランスのある健康食として世界で評価され、注目されていることは知っていますよね? 和食の基本はご飯に汁もの、おかず3種(主菜1品、副菜2品)で構成されています。ここ数10年、スローフード(その土地の伝統的な食文化や食材を見直す運動、またはその食品自体)やロハス(健康で持続可能な、またこれを重視する生活様式)が注目されるようになり、改めて見直されています。
 和食の基本の一汁三菜は、
主食:ご飯、汁物:味噌汁など
主菜:魚などの焼き物、煮物、副菜:野菜の煮物や和え物、
副々菜:煮豆、漬物などで、合計で4品になりますが、「四」は「死」と同じ音で忌み嫌われているため「1+3」の一汁三菜という呼び名になっているようです。  
 また、和食の基本の5つの調味料は「さしすせそ」で表されます。さ:砂糖、し:塩、す:酢、せ:醤油(昔は「せうゆ」と書いて「しょうゆ」と読みました)、そ:味噌で、この順番に味付けをするといいと言われています。砂糖は他の調味料に比べて分子が大きく、味が浸透しにくいため最初に加えます。塩は砂糖より早くしみ込み、材料を引き締める働きがあるので塩を先に入れると逆に材料に味がしみ込みにくくなります。酢、醤油、味噌は揮発性香気成分を含むため、長く煮ると香りがとんでしまうので、 最後に入れるのがコツです。皆さんも家で和食を楽しんでください。

 

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祝!ウエイトリフティング部平井君、関東大会優勝!

 6月2日(土)、3日(日)に千葉県の松戸国際高校でおこなわれたウエイトリフティング関東大会で、62kg級に出場した2年生の平井君が初優勝を飾りました。また、105kg級の柿本君は4位、94kg級の山本君は6位といずれも入賞を果たし、力を十分発揮しました。
 今後の全国大会予選が楽しみです。

 
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バラの咲く頃

 先日、川島町の平成の森公園に行ってきました。日本で一番長いバラのトンネルがあり、バラの見頃を迎えていました。多くの人々が訪れ、バラを見学していました。まだ好天気が続いていますが、今週は雨の予報もあり、梅雨はすぐそこまで来ていそうです。

 
 
 
 

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衣替え

 制服を採用している日本の学校や官公庁、企業の多くは、季節に応じて衣服を気候に適したものに変える「衣更え」を実施しており、毎年6月1日と10月1日で夏服と冬服を切り替えています。衣更えは中国から伝来した行事「更衣}が源で、平安時代から宮中で旧暦4月1日と10月1日の年2回おこなわれるようになった習慣です。衣替えが現在のようになったのは明治時代以降です。江戸時代には年4回衣替えをおこなう習慣は庶民にも浸透していましたが、明治時代になると、欧米文化が日本に大量に流入したため、日本人は和服だけではなく洋服も着るようになりました。そして、欧米文化を楽しむよう日本社会が変化を遂げるなか、政府が洋服を役人や軍人の制服に定め、新暦の6月1日と10月1日の年2回、夏用と冬用の制服に切り替えることを習慣化しました。役所や軍隊に義務付けられた洋服と年2回の衣替えは、その後小学校、中学校、高校など学校にも波及し、今でも習慣として根付いています。本校でも今日から衣更えです。

 
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6月の風景

 6月になりました。6月は旧暦では「水無月」と呼ばれます。雨がたくさん降る時期なのに”水の無い月”って変なのって思われますよね。「水無月」の”無”は”の”にあたる連体助詞ですので、「水無月」は”水の月”ということになります。田植えが済み、田に水を張る必要があることから”水の月”→「水無月」と呼ばれるようになったようです。田植が終わって、田んぼに水を張る必要のある月「水張月(みづはりづき)」「水月(みなづき)」であるとする説もあります。田植という大仕事を仕終えた月「皆仕尽(みなしつき)」であるとする説もあります。ところで、昨年8月の山の日の制定により、6月は日本では祝日がない唯一の月となっています。また、過去にもこの月に祝日が存在したことがないようです。これは天皇家由来の節目の日もなく、庶民の生活も農繁期でハレの行事がなかった点が影響しているようです。雨が続き、蒸し暑いのはいやですが、この時期の雨が夏場の米や野菜の成長を助けることになります。見方を変えればマイナスもプラスになります。季節の移り変わりの中で感性や考え方を育ててもらえればと思います。

 
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3年進路ガイダンス

 本日5・6限、3年生進路ガイダンスをおこないました。5限は自分の進路希望に合わせて進学、就職、公務員の講演会を聞き、6限の分科会では、より細かに希望の学校の情報について、就職希望者は面接やマナーについて、試験対策についての話を聞きました。講師の先生からは、進学でも就職でも自分が進もうとするジャンルに興味を持つこと、基本的な生活習慣をきちんと身につけることが進路実現につながることなどのお話をいただきました。3年生もふだんの授業よりも緊張した態度で臨んでいました。
 夏休みには企業訪問も始まります。時間の過ぎるのが早く感じるとともに、自分がやるべきこと、しなければならないことをきちんと自覚して、身に着け、進路実現をしてもらえればと思います。

 
    進学個別相談           就職説明会
 
  面接マナー指導では挨拶や見た目の大切さ、清潔さを実感
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ビワ

 ビワ(枇杷)は、バラ科の常緑高木で、原産は中国南西部。日本では四国、九州に自生し、多くは果樹として栽培されています。大きな葉陰に楽器の琵琶に似た形をした一口大の多くの甘い実がなり、黄橙色に熟します。日本においては梅雨のころに実がなるため、「枇杷」及び「枇杷の実」は仲夏(芒種〔6月6日頃〕から小暑の前日〔7月6日頃〕まで)の季語とされています。また、冬には枝先にやや黄色味を帯びた白い五弁の小花を咲かせます。目立たない花ではあるけれどもかぐわしい香りを持ち、「枇杷の花」や「花枇杷」あるいは「枇杷咲く」などは初冬(はつふゆ:立冬〔11月8日ごろ〕から大雪の前日〔12月7日ごろ〕まで)の季語となっています。日本では全国でビワの実が3240トンほど収穫され、長崎県、千葉県、和歌山県、香川県、愛媛県、鹿児島県など温暖な気候の土地で栽培されています。特に長崎県は、全国の3分の1近くを産する日本一の産地となっています。近年は食の多様化や種子を取り出すなど食べにくさに加え、農家の高齢化、寒波に弱く収穫が安定しないなどの問題もあり、収穫量は減少傾向にあります。果肉は甘く、生食されるほかに缶詰などに加工されます。ゼリーなどの菓子、ジャム等にも加工されます。 果実は咳、嘔吐、喉の渇きなどに対して効能を発揮します。葉は琵琶葉(びわよう)、種子は琵琶核(びわかく)とよばれる生薬で、「大薬王樹」と呼ばれ、民間療薬として親しまれています。葉には収斂(しゅうれん)作用があるタンニンのほか、鎮咳(ちんがい)作用があるアミグダリンなどを多く含み、乾燥させてビワ茶とされる他、直接患部に貼るなど生薬として用いられています。 琵琶葉5~20gを600 ccの水で煎じて、1日3回に分けて服用すると、咳、胃炎、悪心、嘔吐のほか、下痢止めに効果があるとされています。また、あせもや湿疹には煎じ汁の冷めたもので患部を洗うか、浴湯料として用いられます。種子は、5個ほど砕いたものを400 ccの水で煎じて服用すると、咳、吐血、鼻血に効果があるとされています。また、果実酒として氷砂糖とホワイトリカーだけでも作れますが、ビワは酸味が非常に少ないので、果実のほかに皮むきレモンの輪切りを加えて漬け込むとよいです。 また、果肉を用いずにビワの種子のみを使ったビワ種酒は、杏仁に共通する芳香を持ち、通の間で好まれます。ビワ酒には食欲増進、疲労回復に効果があるといわれています。ビワは乾燥させると非常に硬い上に粘りが強く、昔から杖の材料として利用されてきました。現在でも上記の薬用効果にあやかり、乾燥させて磨いた物を縁起物の『長寿杖』と称して利用されています。激しく打ち合わせても折れることがないことから、剣道・剣術用の高級な木刀として利用されています。

 

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つつじ

 つつじの花もそろそろピークを過ぎた感があります。つつじの名所の館林のつつじが丘公園も、学校のつつじもしおれたものが目立ってくるようになりました。写真は先々週のものなので、真っ盛りの華やかな色合いが伝わってきます。

 
 
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アマガエル

 5月もあとわずかとなりました。田んぼに水が入れられ、田植えが始まる頃、夜になると蛙たちがいっせいに鳴き始めます。なかでも、二ホンアマガエルは身近で見ることができる蛙です。「雨蛙」と書くように、昔からアマガエルが鳴くと雨が降るといわれ、農作業の目安にもされていました。アマガエルは4cmぐらいの小さな蛙。おなかは白色で背中は黄緑色ですが、環境に応じてからだの色を変えることができます。保護色で身を守っているので、人が近づいてもじっとしていることが多く、簡単に捕まえることもできますが、皮膚からは刺激性の分泌物を出すので注意しましょう。触ったら必ず手を洗います。そして意外なことに、指の間にみずかきはほとんどありません。指は前足に四本、後ろ足に五本あり、すべての指先に丸い吸盤があり、垂直面でも上ることができます。卵を産むとき以外は、主に木の上で生活しています。食べ物は主に小さな昆虫やクモなどですが、動いているものを捕食する性質があるので、死んだものや動かないものは食べません。ニホンアマガエルは「雨蛙」の和名の通り、雨が降りそうになると鳴くので、農作業の目安にもなりました。なぜ、雨が降るのがわかるのかというと、アマガエルの皮膚が薄く、湿気や気圧の変化に敏感なため、天候の変化にいち早く反応して鳴くのだそうです。この時の鳴き声は「雨鳴き(あまなき)」「レインコール」などと呼ばれています。ちなみに鳴くのはオスだけです。夜になると、田んぼでカエルが大合唱。アマガエルやトノサマガエルのオスたちがメスを呼んでいるのです。鳴いているのはオスだけで、産卵のために田んぼにやってくるメスを鳴き声で誘います。よく聞くと、鳴き方にはいくつかのパターンがあり、メスを誘う鳴き方やライバルのオスに警告する鳴き方など、微妙に違うようです。朝になるとカエルたちは鳴くのをやめます。それは、明るい時に鳴くと、天敵の鳥などに見つかりやすいからです。カエルの鳴き声は遠くからでも聞こえます。小さい身体で、なぜ大きな鳴き声を出せるのでしょうか。実は、のどの奥に鳴嚢(めいのう)という袋があり、それをふくらませて鳴いているのです。鳴嚢はちょうど太鼓の皮のように反響版の役目を果たしています。鳴嚢の形はカエルの種類によってさまざまです。ニホンアマガエルは繁殖期間がとても長く、田んぼに水が入るとすぐに始まり、7月中旬ぐらいまで続きます。田んぼから他のカエルたちは減ったのに、二ホンアマガエルだけは今もたくさんいるのは、繁殖期間が長いことがひとつの理由かもしれません。産卵から1、2ヶ月でオタマジャクシが変態を始めます。子ガエルとなると田んぼの畔に上がり陸上生活を始め、やがて周辺の草地や林に移動していきます。田んぼや水辺の水路がコンクリートのU字溝などに整備されたりして、環境の変化から数が減ってしまったカエルが多い中、垂直面を登れ、乾燥にも比較的強いアマガエルは、環境変化の影響をあまり受けなかったと考えられています。
 今も身近にいる小さいアマガエル。子どもたちにも人気があります。かわいい友達として、やさしくかわいがってあげてください。

 
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田植え

 麦の収穫が終わりを迎え、学校の周りでは田植えがおこなわれるようになってきました。水田でイネを栽培する水田稲作においては、通常苗代に種籾(たねもみ)を撒き、育った苗を本田に移し植える移植栽培の田植えが一般的であり、種籾を直接本田に撒く稲作の直播栽培は、日本においては特殊事情などによりごく一部の地域でおこなわれていました。また、これまで日本列島に稲作が伝来した当初の栽培方法は直播栽培であり、奈良時代に入り田植えが本格化したと考えられてきましたが、近年の考古学の発掘成果で、縄文時代晩期から古墳時代にかけての水田遺構が日本各地で発見され、移植栽培の痕跡とみなされる株跡が数多く検出されており、日本でも田植えが古くから行われていたことが裏付けられています。かつて田植えは、梅雨の季節に集中的に行われており、初夏の風物詩の一つでした。田植え時期が早まるようになったのは、昭和20年代以降、冷害に強い保温折衷苗代の発明や品種改良が進む中でイネの早植が可能になってからであり、地域によっては1カ月程繰り上がるようになりました。田植えは非常に重労働であり、家族労働力だけでは乗り切ることができず、人を雇ったり、結と呼ばれる労働力の交換組織を結成し、親類や近隣で助け合ったりしながらおこなっていました。また、田植え労働の中心的な担い手は早乙女(さおとめ、そうとめ)と称された女性たちであり、男性は苗代での苗取りや苗運び、本田での代かき・整地などに従事しました。田植え労働の軽減をもたらす移植栽培の機械化は、稲作の栽培過程のなかで最も遅れた作業部門であり、ようやく1970年代(昭和40年代中頃)に田植え機が登場しました。田植えは田楽・御田植祭などのように農村芸能や稲作をめぐる予祝行事ともなっています。

 

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もうすぐ6月

 5月も残すところあと6日。中間テストが終わり、今日は遠足。1年生はりんどう湖レイクビュー、2年生は東京都内、3年生はディズニーリゾートに出かけています。天気もよく、1日楽しんでもらえればと思います。一方、校内のツツジも咲き頃・見頃を過ぎましたが、生徒や先生方の目を楽しませてくれました。ツツジの花言葉には節度や慎み、赤のツツジには恋の喜び、白のツツジには初恋という意味もあります。ツツジもそろそろ見納めとなり、6月にはいろいろな花が咲くようになります。1学期も半分を過ぎ、気が緩むことも出てきます。蒸し暑い日が続き、体力的にもきつくなってきます。節度をしっかりと持ちながら6月も生活してもらいたいと思います。

 
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グリーンカーテン

 太陽が眩しくなってくるこの季節には、植物もぐんぐんと成長を始めます。植物の緑はこころを和ませ、涼しい日陰をももたらしてくれます。この植物の利点をうまく利用して、夏の暑さを和らげる方法のひとつがグリーンカーテンです。グリーンカーテンとは、つる性植物をネットに絡ませて、カーテンやシェード風に仕立てたもののことです。見た目が涼しげなだけではなく、周囲の気温や室温を下げる効果もあり、さらに暑い夏を乗り切るための省エネ対策のひとつとしても注目されています。グリーンカーテンには、茂った葉が日光を遮るので、日中、直射日光が部屋に入るのを防ぐ遮光効果、植物の成長で根から吸収した水分を葉から蒸発し、この蒸散作用で周囲の温度が下がり、葉の間を通って入ってきた風が涼感をもたらしてくれる冷却効果があります。植物は二酸化炭素を吸収して酸素を排出しますから、グリーンカーテンを通った空気には酸素がたっぷり。グリーンカーテンは日中の日光を遮り、気温を下げ、涼風が吹き込む自然のエアコン。部屋のエアコンをあまり使わずにすめば、節電にもつながりますね。グリーンカーテンに適した植物の代表的なものには、アサガオなど花を楽しむもの、ゴーヤなどのように食べられるもの、ヘチマのように実を利用できるものなどがあります。これらは一年草で、夏が終わったら片づけるのも簡単なのでマンションのベランダなどにおすすめ。グリーンカーテンには、涼しさやエコだけでなく、植物を育てる楽しみや、食材を収穫する楽しみもあります。一戸建ばかりでなく、マンションのベランダなどでもプランターを使えば作ることができます。植物を利用するグリーンカーテンは、夏は日差しを遮り、冬は日差しを取り入れることで、自然の力を改めて実感させてくれます。

 

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今日から中間テスト

 今日から中間テストです。新学年になってから初めての定期テストで、1学期前半の学習成果が試されます。天気は快晴! テストは気分的に楽しい、うれしい人は少ないと思いますが、自分の努力の成果を確認できるものとして前向きにとらえましょう!

 
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紫外線 (UV:UltraViolet)

 日差しはまさに初夏! この時期になると、紫外線による日焼け対策に追われる方も多くなります。紫外線とは、地球に到達する太陽光線のうち、波長が短く、エネルギーの高い光を指します。UVというのは、紫外線を英語で言ったultravioletの略です。紫外線はUVーA波、UV-B波、UV-C波の3種類に分けられます。そのうちA、B波が地球に届いています。UVBは、皮膚の表面に届き、皮膚や眼に有害です。日焼けを起こしたり、皮膚がんの原因になります。一方、UVAはB波ほど有害ではないといわれていますが、長時間浴びた場合は同じように細胞を傷つけるため、同様の健康被害の原因となります。窓ガラスや雲を通過して皮膚の奥深くまで届きます。そして、しわやたるみなどの「肌の老化」を引き起こす原因になります。どちらもいわゆる「日焼け」の原因となります。ところで、「日焼け」には2種類あるのをご存知ですか? まず、紫外線を浴びた直後に現れる「赤い日焼け」(紅斑)を「サンバーン」といいます。ひどくなるとヒリヒリしたり水ぶくれができたりします。海水浴などで真っ赤に日焼けするのはサンバーンです。もう一つ、赤い日焼けが消失した数日後に現れ、数週間から数ヶ月続く「黒い日焼け」を「サンタン」といいます。いわゆる、一般的にいわれる「日焼け」にあたります。赤くなっても黒くなりにくかったり、赤くならずにすぐ黒くなったりと、人によってタイプが分かれます。
 みなさんは、紫外線についてどこまで正しい基礎知識をお持ちでしょうか? ここで、クイズで確認してみましょう。それぞれ、○でしょうか、×でしょうか?
① 曇った日は日焼けしにくい → × 薄い雲の場合、紫外線の80%以上が通過します。曇り空では、快晴時に比べ地表に到達する紫外線のUVB波は減少していますが、UVA波の量はほとんど変わりません。
② 水の中では日焼けしにくい → × 水はわずかな紫外線しか防いでくれません。むしろ、水面の反射は、浴びる紫外線の量を増やしてしまうともいえます。
③ 高原は涼しいので平地より日焼けしにくい → × 身体で感じる「暑さ」は赤外線によるもので、感じないから といって紫外線量とは関係ありません。むしろ、山や高原など標高の高いところでは、かえって紫外線量が多くなります。
④ 家の中にいれば日焼けの心配はない → × 家の中にいても、紫外線は窓ガラスを通過して部屋の中に入ってきますので、日焼けは防げません。また、洗濯物を干したり、ごみを捨てたりと、日常的に外に出て紫外線を浴びている機会は意外と多いものです。
⑤ 日焼け止めクリームを塗っていれば、長い間日光を浴びていても大丈夫 → × 日焼け止めクリームは紫外線防止効果を高めるものですが、 汗をかいたりこすったりして、知らないうちに取れていることが多いため、数時間おきに塗りなおすことが必要です。
 同じ日本でも、南にいくほど紫外線量が多くなり、札幌と那覇では、約1.5倍の差があります。また、5月から9月頃にかけての紫外線量が特に多いことがわかります。紫外線が多い季節といえば、「夏」というイメージがありますが、実はそれより前から注意していないといけないことがわかります。6月は真夏と同じくらいの紫外線対策が必要です。 

 
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授業参観・PTA総会・進路説明会

 本日午後、授業参観・PTA総会・進路説明会をおこないました。5時間目の授業参観は1年生の保護者が多く、高校の授業や子どもたちの取り組むようすを熱心に参観してもらいました。その後、PTA総会では昨年度の行事や決算の審議、新役員の決定、今年度行事及び予算の審議をおこなっていただきました。その後の進路説明会では3年生の保護者の参加が多く、本校の進路の決定状況や進路への心構え、家庭での対応を説明をおこないました。気温が高い日でしたが、どの会合も無事終了しました。

 
            授業参観のようす
 
        PTA総会・進路説明会のようす
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小満(しょうまん)

 明後日5月21日は小満です。立夏から数えて15日目頃に当たり、陽気が良くなって、万物の成長する気が次第に長じて天地に満ち始めることから小満といわれています。暑さも強まり、麦の穂が育ち、山野の草木が実をつけ始め、紅花がさかんに咲き乱れます。梅の実がなり、西日本では、走り梅雨がみられる頃。田植えの準備を始める頃でもあります。学校の周辺でも麦の収穫、田植えの準備に忙しそうです。

 

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養蚕について

 最近、着物を着る機会は成人式や結婚式、夏祭時の浴衣などとめっきり少なくなりました。が、一方で美しい光沢の絹織物は今も昔も人々を魅了します。絹は、蚕(カイコガの幼虫)が作る繭からとった生糸から作られ、蚕を育てて繭をとることを「養蚕」といいます。中国から日本へ養蚕が伝わったのは紀元前200年頃。シルクロードが東西の貿易と文化の交流に大きな役割を果たしていた頃です。日本でも古くから養蚕に取り組み、絹糸を生み出す蚕は、「お蚕様」と呼ばれて大切に扱われ、さまざまな民間信仰や風習が生まれました。近代では、蚕がつくった繭を製糸場に運び絹糸が作られていましたが、古くから、蚕を育てて繭から絹糸をとり、機を織るところまでそれぞれの家で行われ、女性の仕事として発展してきた歴史があります。農家にとっては重要な収入源であり、「お蚕様」などと呼んで大事に育て、蚕が無事に育ち、繭がたくさん採れることを願って、さまざまな神仏に祈りました。5月から10月ごろまでが蚕のえさとなる桑の葉が取れる季節であり、女性たちがその主な働き手となり、幼い子どもたちまで手伝って、一昔前までは日本全国で盛んに行われてきた養蚕ですが、今は蚕を見たことないという人も多いでしょう。埼玉県でも昔から養蚕はさかんでしたが、群馬県では女性が養蚕・製糸・織物といった絹産業の担い手であり、男性よりも高い経済力があったことがあったことから、「かかあ天下と空っ風」と言われ、雷や空っ風といった上州の厳しい気象環境や、気性の荒い上州人気質に対する印象から、活発で働き者の上州女性を表す言葉として用いられました。近代日本で一大産業として養蚕が全国で行われて、国営の製糸工場だった群馬県の富岡製糸場が、世界文化遺産に登録されたのも記憶に新しいところです。

 

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生徒総会

 6時間目、生徒総会をおこないました。今日も気温が30度を超え、体育館の中はかなり熱がこもっていましたが、順調に行事計画や予算承認、生徒会役員自己紹介がおこなわれました。その後、6月2日(土)、3日(日)に千葉県の松戸国際高校でおこなわれるウエイトリフティング関東大会に出場する3年の山本君、柿本君、2年平井君の壮行会をおこないました。今回が初めての関東大会出場となる山本君が力強く健闘を誓いました。ウエイトリフティング部の生徒にはふだん身につけた力を十二分に発揮してもらえればと思います。また、生徒指導部の網野先生からは「羽実生 規律アップ努力目標」の達成に向けて生徒への注意喚起がありました。学校生活の弛み(たるみ)を見直す機会にしてもらえればと思います。

 
    生徒総会議事検討                   生徒会役員紹介
 
   ウエイトリフティング部壮行会 紹介と激励のことば
 
  関東大会への決意表明       マナーアップを!
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鮎釣り

 初夏の訪れを告げる海の魚が「初鰹」なら、川の魚は「鮎」ではないでしょうか。鮎がぴちぴちとはねながら渓流を遡上する様子は、初夏の風物詩。清流に棲むことも、柳の葉のようにスマートなスタイルにも気品が感じられます。一般的には6月頃が鮎釣りの解禁時期で、釣り人たちが楽しみにしていたシーズンが始まります。鮎は、北海道西部から沖縄まで日本各地に生息しています。3~6月頃、若鮎の群れが川を遡上し始めます。中流域に達するとそこに定住し、石についた藻などを食べて成長します。8~9月頃になると淵などに群れるようになり、やがて産卵場所を求めて川を下りはじめ、下流域で産卵し、親の鮎はそこで一生を終えます。孵化した仔魚は海に下り、プランクトンなどを食べて成長し、翌春また川に戻ってきます。このように寿命が1年なので「年魚(あゆ)」。また、身はスイカやきゅうりのようなさわやかな香りがすることから「香魚(あゆ)」とも書きます。「アユ」の名前の由来は、秋に川を下ることから「おつる」という意味の古語「あゆる」から来たという説。「ア」は小さい、「ユ」は白いことを表し、その姿かたちから「アユ」となったという説。かわいい魚、美しい魚という意味との説など諸説あります。古事記や日本書紀にも阿由、安由、年魚、香魚、鮎など、数多くの記述がみられます。神功皇后の三韓遠征の折、九州松浦の里で戦勝を占って釣りをしたところ鮎が釣れたという故事は有名で、このことから「魚」に「占(うらなう)」で「鮎」となったという説もあります。また、鮎はなわばりをもつ性質があるので、占めるという意味で「鮎」になったという説などもあります。また、鮎は成長にともなって呼び名が変わり、海にいる仔鮎時代は一般には「シラス」。川を上る頃は「ノボリアユ」「ワカアユ」、川に棲みつく頃は「セアユ」「フチアユ」、川を下る頃は「オチアユ」「クダリアユ」、産卵期の「サビアユ」。また、一年の寿命のはずが年を越す鮎を「トマリアユ」「フルセ」などといいます。このように鮎がたくさんの名前を持っているということは、人々の生活に深く結びついていた証とも言えます。日本各地の多くの川で6月が鮎釣りの解禁月になっています。鮎釣りの方法で一番人気があるのが「友釣り」です。鮎は縄張りを持ち、侵入してきた他の鮎に攻撃を仕掛ける習性があり、それを利用した日本独自の方法で、おとりの鮎を糸の先につけて泳がせ、追い払おうとした鮎が針にかかるというかけ釣りです。秋には産卵場所へ下る習性を利用して鮎をとる「梁漁」が行われるところもあります。川の中に「梁(やな)」というすのこ状の板を張り、上流から来る魚がすのこに打ち上げられるのを待ちます。また、風雅なのが「鵜飼」です。岐阜県長良川で行われる鵜飼はおよそ1300年の歴史があり、重要無形民俗文化財にもなっています。夜の闇を赤々と照らすかがり火の下、鵜匠が巧みに鵜を操り、鮎を追い込んでいきます。古くから日本人に親しまれてきた鮎は、食べ方もいろいろありますが、一番は「塩焼き」でしょう。天然の鮎ははらわたを出さずに焼いた方が鮎の香りや味がより楽しめるといいます。蓼酢をつけて食べるのもおいしいです。釜飯にしたり、雑炊にしたり、焼いてから甘辛く煮含めたりといろいろ楽しめます。鮎寿司は、本来は鮎を発酵させたなれ寿司ですが、酢でしめた鮎を使った姿寿司もおいしいものです。 

 
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初夏

 今日は熊谷で晴れで30°の予報が出ています。草や木が新緑に覆われ、爽やかな風が吹く今日この頃、人はそれを「初夏」だと感じます。しかし、「初夏はいつから初夏と言うの?」と尋ねられると、明確な時期を答えられる方は少ないのではないでしょうか。今現在、私達が日ごろ何となく使っている言葉にはそれぞれ由来や理由が存在しています。昔は、今のように人工衛星が発達しリアルタイムで天気や季節を知ることができなかったため、季節の節目をあらかじめ知ることはとても重要視されていました。初夏もその一つと考えてよいでしょう。初夏は、その字の通り夏の初めを指しますが、これはそのままの意味の他に、旧暦による「初夏」の区分も関係しています。旧暦では、節分から数えて三ヶ月毎に季節を区切っていました。そしてさらに三ヶ月の中で季節の呼び名を変えており、具体的に上げると以下のとおりです。早春(一月)仲春(二月)晩春(三月)初夏(四月)仲夏(五月)晩夏(六月)初秋(七月)仲秋(八月)晩秋(九月)初冬(十月)仲冬(十一月)晩冬(十二月)と、なっています。この時、早春である一月は今の節分の時期を指しますから、新暦で言うと二月にあたります。よって、初夏も旧暦の四月から一ヶ月ほどずれて五月となります。加えて、春夏秋冬よりもさらに季節の節目を知る上で設けられた二十四節気で見ると、初夏とは「立夏」から「芒種」まで時期としていたことから、5月上旬から6月上旬までを初夏と呼ぶようです。
 今、まさに初夏の真っただ中! 梅雨に入る前のこの爽やかな時期を楽しみましょう! といっても、生徒諸君はテストをかんばってからに!

 
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初鰹(はつがつお)

 日本の食文化は、季節を感じながら季節の味をいただくことを大切にしているので、いち早く季節のものを味わうことは大きな喜びです。かつおの旬は年に2度。春から初夏にかけ、黒潮にのって太平洋岸を北上するかつおが「初鰹」。秋の水温の低下に伴い、三陸あたりの海から関東以南へ南下してくるかつおが「戻り鰹」です。餌をたっぷり食べている「戻り鰹」は脂がのっているのに対し、「初鰹」はさっぱりしているのが特徴で、旬の走りの「初鰹」は今も昔も人気の初夏の味覚です。「目には青葉 山ほととぎす 初鰹」とは、江戸中期の俳人・山口素堂の作。目にも鮮やかな「青葉」、美しい鳴き声の「ほととぎす」、食べておいしい「初鰹」と、春から夏にかけ、江戸の人々が最も好んだものを俳句に詠んでいます。旬の走りは珍しさが先行して値段も高めで、もう少し待てば盛りになり、味や値段も安定するのですが、それを待つのは野暮というもの。初物に手を出すのが江戸っ子の粋の証だったのです。当時「初鰹」は、「まな板に 小判一枚 初鰹」(宝井其角)とうたわれるほど極めて高価でしたが、「初鰹は女房子供を質に置いてでも食え」といわれるほどの人気でした。初鰹が支持されたもうひとつの理由が、初物の縁起の良さにありました。初物とは実りの時期に初めて収穫された農作物や、シーズンを迎え初めて獲れた魚介類などのこと。初物には他の食べ物にはない生気がみなぎっており、食べれば新たな生命力を得られると考えられ、さまざまな言い伝えも残っています。
「初物七十五日」(初物を食べると寿命が75日のびる)
「初物は東を向いて笑いながら食べると福を呼ぶ」
「八十八夜に摘んだお茶(新茶)を飲むと無病息災で長生きできる」(新茶を贈る風習もあります)
 初鰹も同様で、「初鰹を食べると長生きできる」とされ、大変珍重されました。ところで、かつおのおいしい食べ方といえば「たたき」。別名「土佐造り」といわれるように、高知の名物料理でもあります。新鮮なかつおを皮付きのままおろした節を、表面だけ火が通るように炙り、冷水でしめます。藁を使って炙ると香りがよくなります。水気を切って1cmほどの厚さに切り、塩少々をふって、手または包丁の背などを使ってたたきます。大皿に盛って、上から薬味とタレをたっぷりかけて食べますが、薬味としてはしょうが、にんにく、大根おろし、ねぎ、あさつき。青じそなど。タレにはレモンやスダチなどの柑橘系の酸味を利かせたポン酢や醤油ダレがよく合います。かつおの「たたき」というのは、もともと包丁の背でたたいてから表面を焼いていたからだとか。いずれにしても、旬のものを食べて、エネルギーを蓄え、さまざまなことに取り組みましょう!

 
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母の日とカーネーション

 5月の第2日曜日は母の日ですが、この日はアメリカでは国民の祝日です。19世紀のアメリカの社会運動家アン・ジャービスは、病気で苦しむ人を救うための募金活動や、病気予防のための食品検査や公衆衛生に尽力し、南北戦争の際には、敵味方を問わず傷ついた兵士を看病するために地域の女性を結束させるなど、母としての愛情をあらゆる人々に注ぎ、社会改革に大きな貢献を果たしました。彼女が亡くなり、その追悼式が命日に行われた時に、一人娘のアンナ・ジャービスは、母が好きだったという白いカーネーションを母に捧げることで母の教えを伝えていこうと思い、信者たちに白いカーネーションを配ったのです。信者たちはそれを胸に飾って、教えのとおり母への感謝を示しました。この話を伝えきいたデパート経営者ジョン・ワナメーカーが、1905年5月の第2日曜日に母を讃える記念会を催して、アンナの話を人々に伝えたところ、これが反響を呼び、1914年に議会の決議を経て、ウィルソン大統領により国民の祝日として、5月第2日曜日が「母の日」と定められたのです。日本ではキリスト教会の働きかけなどによって次第に広まり、昭和24(1949)年ごろより母の日として定着するようになりました。
 カーネーション(carnation)は学名をディアントス・カリオフィルス(Dianthus caryophyllus)といい、丁字(clove)のことです。昔、カーネーションの花でつくった花の冠をコロナといい、花をコロネーションcoronation(戴冠式)と呼んでいたのが訛ってカーネーションになったもので、「王冠の形をした花」という意味です。ギリシャでは、芳しい香りの花で身を装う習慣があって、ゼウスの祭りにこの花のコロナを頭にかぶってゼウスに捧げたといいます。ローマ人もカーネーションを神聖視して、ジュピターの花(Jupiter's grass)と呼んでいました。カーネーションは、十字架にかかったキリストを見送った聖母マリアが、落とした涙のあとに生じた可憐な花ともいわれて、母性愛の象徴です。そしてそれは復活したキリストとともに生まれた花として、愛と喜びのシンボルともなっています。白いカーネーションは生前のキリストとマリアの涙、赤いカーネーションは復活したキリストを象徴するといわれます。カーネーションの花言葉は「母の愛情」です。5月5日のこどもの日は、昭和23年に、国民の祝日に関する法律(祝日法)によって「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する日」と定められています。 男女を問わない趣旨で祝日に加えられ、こどもの為の様々な行事が盛んですが、まだ男の子のための日という思いは五月人形にも代表される様に根強く残っている様です。 それに忘れられてはいますが、日本の法律では、こどもの日が母に感謝する母の日でもあるのです。

 


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多様な日本

 ゴールデンウイーク中はもう夏になるのかと感じたのに、今朝は肌寒く感じます。気候の変化に伴い、服の調整が忙しいこの時期。週末には再び30°を超える真夏日に? 体調を崩しやすいのは困りものですが、経験を積むことにより対応や耐性が高まることもあります。すでに沖縄や奄美では梅雨入りしていますが、北海道はその梅雨がない! 世界を見渡しても、日本ほど植生や気候が多様な国、地域は多くありません。各地の特産物も豊富! この日本で生活していることをプラスとして捉え、自分の成長にうまくマッチしてもらえればと思います。

 
 GW中の志賀高原横手山付近。残雪があり、スキーもできます。
 
 白根山付近は噴火警戒中。群馬の山々は新緑に包まれています。
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チューリップ

 チューリップ(英語: tulip)はユリ科チューリップ属の植物で、球根が出来ます。和名は鬱金香(うこんこう、うっこんこう)、中近東ではラーレと呼ばれます。アナトリア、イランからパミール高原、ヒンドゥークシュ山脈、カザフスタンのステップ地帯が原産です。チューリップには多様な園芸品種が存在します。外観は、花弁の先端が丸いもの・尖ったもの・フリル状のものもあります。咲き方は一重から八重で、一つの球根から複数の花がつくもの、すぼまった状態で開花するものや花弁が外側へ反り返り全開して開花するものなど多様です。花色も青以外の赤・黄・オレンジ・白・緑・紫などの単色や複数の色のものなど、数百品種のチューリップが存在します。青バラと同様に多くの育種家によって青いチューリップの開発が進められていますが、花弁全体が青い品種は発表されていません。他のユリ科の植物と同様、両性花であり、雌雄異熟によって自家受粉を防いでいます。人気のある花だけに花形・花色・草姿・葉の模様・ブルームの有無・香り・早晩性・耐暑性・耐湿性・多花性・繁殖力、切花では切花寿命・無花粉化・花茎の硬さなど改良されるべき性質が多く、特に日本の高温多湿に強い品種が望まれます。古くは、オスマン帝国でもてはやされ、オーストリアの大使によって初めてヨーロッパに伝わりました。この伝来のときに誤ってチュルバン(tülbend, ターバン)と伝わったために現在のチューリップという名が生まれました。後、オランダのライデン植物園でチューリップを栽培したところ評判となりました。オランダではチューリップ狂時代をはじめ、幾度と歴史上にチューリップが登場することとなりました。16世紀末にはイギリスでも栽培が始まり、カーネーションやオーリキュラ と共に早くから育種が進みました。19世紀には多数の品種が生まれ、現在でもいくつかが栽培されています。日本には、江戸時代後期に伝来しましたが普及するに至らず、大正時代に入って、ようやく新潟市小合村で本格的な球根栽培が始まりました。このことから、新潟地域の栽培農家は新潟が「日本チューリップ発祥の地」と自負しており、道の駅花夢里にいつには記念碑が建てられています。1963年には新潟県の県花にも指定されました。一方、富山県では大正7年(1918年)に現在の砺波市で栽培されていたことから、少なくとも本格的な栽培は富山県が日本初となります。現在では長崎県のハウステンボスや三重県桑名市のなばなの里などで大規模なチューリップの花壇が見られます。

 
 

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農業クラブ県連総会

 本日午後、埼玉県学校農業クラブ連盟の総会を本校でおこないました。本校は昨年に続き県の事務局、県連会長を務めています。県内8校の農業クラブの役員と顧問の先生方が来校し、昨年度の事業や決算の報告、今年度の事業や予算を審議しました。併せて今年度の各種競技・技術検定について検討しました。本校の生徒はホスト役、進行役で全体の運営に係わり、緊張の中にも無事に会を進めることができました。今年度の農業クラブの活動が円滑かつ活気あるものとなることを期待します。

 
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5月病

 ゴールデンウィークも終り、1学期が始まって1か月ほど経ちました。今日は雲り気味で寒々として気分的によくないです。ところで、精神的・肉体的疲れが出て、5月病になっていると感じている人はいませんか? 5月病は、新入生や社会人などに見られる、新しい環境に適応できないことに起因する精神的な症状の総称です。新年度の4月には入学や就職、異動、一人暮らしなど新しい環境への期待があり、やる気があるもののその環境に適応できないでいると、人によってはうつ病に似た症状がしばしば5月のゴールデンウィーク明け頃から起こることが多いため、この名称があります。今春に生活環境が大きく変化した者のなかで、新しい生活や環境に適応できないまま、ゴールデンウィーク中に疲れが一気に噴き出す、長い休みの影響で学校や職場への行く気を削ぐなどの要因から、ゴールデンウィーク明け頃から理由不明確な体や心の不調に陥ることがあります。5月病にならないように気分転換をし、ストレスをためないよう心がけましょう。中学校などの、以前の環境の友人と会ったり、美味しいものを食べるのもいいです。

 
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鹿島神宮

 ゴールデンウイーク中に茨城県の鹿島神宮に行ってきました。鹿島神宮は常陸国一宮で、全国にある鹿島神社の総本社でもあります。千葉県香取市の香取神宮、茨城県神栖市の息栖神社とともに東国三社の一社です。昨年この時期に香取神宮に行って来たので、今年はと、お参りに出かけました。5月3日は朝は曇っていましたが、徐々に晴れて暑くなりましたが、風が強く、神宮の杜は日陰では涼しく感じました。神宮は町の中と言ってよい処にありますが、杜は静かで厳かな雰囲気があり、参拝に来てよかったです。

 
 
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美味しいお茶を入れるには

 先日、茶摘みのことを書きましたが、茶の専門店やコンビニでもお茶の品揃えが充実し、楽しめるようになってきていると思います。ところで、美味しいお茶を入れるこつは何でしょう? まず、水を選ぶこと。お茶をいれるのに適した水は、微酸性の「軟水」です。日本の水はほぼ微酸性の軟水ですので、水道水を使用しても問題ありませんが、水道水には塩素が含まれているため、必ず沸騰させてから使用しましょう。市販のナチュラルミネラルウォーターを使用する場合、外国産の多くはカルシウム・マグネシウムを多く含む「硬水」であるため、お茶をいれるには適当ではありません。次に、湯の温度と味・香りが大切です。お茶をいれる際のお湯の温度は、高ければよいというものではありません。引き出したいお茶の特徴や成分によって、最適なお湯の温度があります。お湯の温度は、それぞれのお茶のおいしさを引き出す重要なポイントとなります。それは、お湯の温度によって浸出するお茶の香味成分が異なるためで、例えば、渋み成分のカテキンは80度以上の高温で、旨み成分のアミノ酸は50度以上の低温で溶け出しやすいとされています。煎茶の場合、渋みを抑えて旨み成分を引き出すため70~80度で、旨み成分を引き出したい玉露は50度程度の低温でじっくりと、逆に香りが特徴の玄米茶・ほうじ茶・中国茶(種類による)・紅茶は100度の熱湯を使用して、香りや渋みの成分を引き出します。渋い煎茶が好みの場合や緑茶の健康成分、カテキンを効果的に摂取するためには、カテキンを多く含む茶葉を選び、高温のお湯を使用するとよいでしょう。

 

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端午の節供(たんごのせっく)

 明後日は端午の節供です。五節供の一つで旧暦5月5日のことです。「端」ははじめの意味で、端午とは月のはじめの午の日ということです。古来中国では5月を「悪月」とする考えがあり、それは5月の異名ともなるほどの陰陽道でいう凶の月で、忌みつつしむ月なのです。特に5月5日は悪月の頂点で、その日に生まれた子は父母を殺すとして捨てるならわしがあったほどでした。午月、つまり5月の午日を忌日として祓いの行事が行われていまましたが、漢代以降に端午の日が5月5日に定まりました。その後、中国では端午の日に人々は野に出て薬草を摘んだり、よもぎで作った人形や虎を家の門にかけたり、菖蒲酒を飲み、蘭を入れた湯にひたるなどして、穢れや厄災を祓ったといわれています。現在、鯉のぼりは5月5日を代表する風物詩となっています。中国の「奔流すこぶる急で、鯉だけが見事竜門を登り切り、その後竜になる」という『登竜門伝説』から立身出世の願いを込め、江戸時代以降、武家の間でも鯉のぼりを立てるようになり、吹き流しと鯉のぼりの両方を立てるようになりますが、明治以降に、この摩の鯉が織りから離れて独立し、吹き流しと結びついて 一本の竿に飾る大きな鯉のぼりになりました。 現在では、竿の先に回転球と矢車を取り付け、その下に吹き流し、真鯉、緋鯉の順に取り付けるのが一般的になっています。
 また、端午の節供では、柏餅や粽(ちまき)をよく食べます。柏餅は楝(おうち)の葉の代用として用いられたのが始まりで、江戸時代中期頃につくられたといいます。柏の木は新芽が出るまでは親の葉が枯れ落ちることなく守ることにちなみ、家系が絶えない縁起の良い葉として、親が子の無事を願う気持ちを表しています。
ちまきは元々は端午の供物で、柏餅以上に歴史のある食べ物です。平安時代には、すでに宮中行事の端午の儀式で使われていました。関西では、男の子の初節供はちまきで祝い、二年目からは柏餅で祝うという習慣があります。また、「江戸にては初年より柏餅を配る」として地域文化の違いをうかがわせていますが、地方によっては柏の菓ばかりでなく、楢や朴の葉を用いることもあり、笹巻・笹餅といって笹の葉を用いるところもあるようです。端午の節句に粽を供えるのは、中国の楚の詩人屈原(くつげん)の故事によるものです。屈原は楚の王族に生まれ、三閭大夫として活躍したた武人で、妬まれて失脚し、湘江のほとりをさまよい、汨羅(べきら)に身を投じたのが5月5日(一説に夏至の日)だったので、屈原の霊を弔うため、この日に米を楝(おうち)の葉で包み、五色の綵糸で結んでちまきをつくって川に投げ入れたと伝えてられています。ちまきを門戸に吊しておくと流行病除け、または災難除けになるといわれています。ちまきはその後、茅の葉で巻くようになり、「ちまき」と呼ばれるようになったそうです。 茅の花穂はチバナとかツバナといわれ、春先のまだ開かないうちは食べられます。また高く伸びずに叢生するので、古典では「浅茅生(アサヂ)」と表されます。 日本で「ちまき」の呼び名がついたのは、茅の葉で巻いたため、あるいは千回巻く意にかけられたともいわれ、粽の形は竜だともいわれています。
 さまざまなことには、その起源となる出来事が必ずと言って言いほどあります。古くからの風習を大切にし、日本の文化を守っていきたいものです。

       
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八十八夜

 風薫る5月。今日も爽やかな風が吹き、生徒も元気よく登校してきます。天気は下り坂。明日以降雨が心配です。
 ところで、「夏も近づく八十八夜、野にも山にも若葉が茂る・・・」皆さんも聞いたことがありますよね? 春夏秋冬の四季のように季節の移り変わりを表す言葉として、古代中国から伝わった「二十四節季」という暦があります。日本ではこれに独自に重要な季節の変わり目を表す「雑節」を設けて補助しました。
八十八夜は立春(2月4日)から数えて八十八日目を指します。立夏(今年は5月5日)を目前に控え、「八十八夜の別れ霜」と言って、この日を境にし不意に訪れる霜の心配がなくなり、気候も安定するため農作業の目安となり、野菜の種まきや籾まきが本格的におこなわれるようになります。先程の唱歌にあるように、八十八夜といえば茶摘みを連想する人も多いと思います。茶の新芽は霜に弱いことで知られていますが、霜に耐えて八十八夜に摘み取られた茶の新芽は、新茶として美味しいだけではなく、強い生命力があり、長生きの御利益があると珍重されてきました。茶店に新茶が並ぶのももうすぐです。ペットボトルのお茶もよいですが、御利益を得られそうな新茶を試してみては?

 
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5月の風景

 5月はグレゴリオ暦で年の第5の月に当たり、31日あります。日本では、旧暦5月を皐月(さつき)と呼び、現在では新暦5月の別名としても用いています。「さつき」は、この月は田植えをする月であることから「早苗月(さなへつき)」と言っていたのが短くなったものです。また、「サ」という言葉自体に田植えの意味があるので、「さつき」だけで「田植の月」になるとする説もあります。日本書紀などでは「五月」と書いて「さつき」と読ませており、皐月と書くようになったのは後のことです。また「皐月」は花の名前となっていいて、「菖蒲月(あやめづき)」の別名もあります。なお、旧暦の五月は新暦では6月から7月に当たり、梅雨の季節です。五月雨(さみだれ)とは梅雨の別名であるし、五月晴れ(さつきばれ)とは本来は梅雨の晴れ間のことです。英語名などのMayはローマ神話で豊穣を司る女神マイア (羅: Maia) の名に因むといわれています。12か月で唯一英語名に略称が存在しません。5月初めはゴールデンウィークの後半! 今年は5連休で好天も続きそうなので、どこかに出かけたり、体をおもいきり動かして、リフレッシュしてください。

 
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園芸即売会

 今日は天気が快晴で、日差しが強く、風が頬に爽やかです。本校には朝早くから地域の皆さまやOBの方々が多数来校し、春の園芸即売会をおこなっています。生徒や先生が即売会のためそれぞれの担当に分かれて、人々の誘導や案内、陳列、会計の準備に余念がありません。予定通り9時からの始めました。3年生の生徒は昨年の経験から諸事に手際よく、下級生を指導し、スムーズな運営がおこなわれています。野菜の苗木を購入される方が多く、順番待ちが11時過ぎまで続きました。花ではマリーゴールドの売れ行きが順調で11時すぎには完売! 午前で700名を超えるお客様においでいただいております。ありがとうございます。 

 
       天気も良く、お客様の出足も順調!
 
          準備をしっかりしましょう!
 
          野菜と草花の苗の品定め
 
           会計はこちらです!
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離任式

 本日6限に離任式をおこないました。3月末まで本校の発展や生徒の成長に尽力くださった20数名の先生方が転勤、退職、任期満了となりました。この日はお忙しい中、3名の先生方が来校してくださり、生徒たちに最後の言葉をかけてくださいました。角田暁子先生からは、羽実を思い出のある暖かい場としてほしい、自分で考えて動くこと・人を信じることの大切さをお話しいただきました。矢島英和先生からは、地道に取り組み、謙虚に生きること、頑張っている姿は誰かが見ていてくれるというお話をいただきました。高橋礼華先生からは、怪我をして大変な時に生徒がいろいろ面で助けてくれたことへの感謝、自分から先を考えてすすんでやることの大切さのお話をいただきました。先生方、羽実の生徒の成長と学校の発展に尽力いただきありがとうございました。後を受け、生徒に先生方以上に熱意をもって対応していこうと思いました。

 
  生徒会長お礼のことば          花束贈呈
 
    角田先生より          矢島先生より
 
    高橋先生より       花もにこやかに迎えてくれました
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明日からゴールデンウィーク

 明日からゴールデンウィーク! 桜の花が散り、新緑の木々から爽やかな風がほおを潤します。1学期が始まってから3週間、そろそろ気疲れが出てくる人もいると思いますが、自然の豊かさを満喫したり、自分の好きなことをするなどリフレッシュをしてもらえればと思います。本校では、明日は朝から園芸即売会を実施予定。去年は多くの地元の皆様に野菜や草花の苗を買いに来ていただき、盛況を呈しました。今年もそうなるだろうなあと期待しています。さて、新緑の季節となり、各地から緑や花の便りが届きます。心配なのは天気ですが、概ね晴れの日となりそうです。もうひとつ心配なのが渋滞。どこに行くにも車なので仕方ありませんが、渋滞での運転は疲れるもの。楽しみに行って却って疲れるのでは困りもの。むしろ、出かける際には電車が時間も確実でいい面も。出かける時間や場所を工夫して楽しみましょう! 自宅の周りにもいいものは案外ありそうです。目を向けてみては?

 
 
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新緑(しんりょく)の季節

 今まさに新緑の季節! 新緑とは、初夏の頃の若葉のみずみずしい緑色であり、その立ち木をも指します。ほんの1月前は冬枯れしていた木が芽吹いていよいよ鮮やかな緑色の葉を茂らせる、その現象を色に着目して表したことばです。木の種類や場所、地域によって異なりますが、日本では主に毎年3月から6月にかけてが新緑の季節で、また、常緑樹でも新緑はあり、落葉樹のそれより約1か月遅く迎えます。例えば、お茶の葉は5月あたりに出る新芽が原料です。季語しての新緑は、夏の季語(初夏の季語)。分類は植物。初夏の初々しい若葉の緑を指します。学校の木々もまさに新緑の季節を迎えています。

 
 
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美人を形容することば2

 昨日に続き、美人を形容することばについて記します。美しい人の例えに「柳」も多く使われます。細くしなやかな腰つきを「柳腰(やなぎごし)」、細面の美人を「柳顔(やなぎがお)」、柳の葉のように細くて美しい眉を「柳眉(りゅうび)」、長くて美しい髪を「柳髪(やなぎがみ)」といいます。なんとなく、竹久夢二が描く美人が思い浮かんできます。日本女性の代名詞である「大和撫子」は、河原などに咲く日本原産の河原撫子のこと。可憐な花が愛しい子どものようで「撫でし子」となり、中国の唐撫子(からなでしこ)と区別するため大和撫子と呼ばれ、その清楚で慎ましい姿を日本女性に重ねました。昔から愛されてきた花で、秋の七草のひとつです。今、なでしこといえば「なでしこジャパン」が思い浮びます。日本サッカー協会の「なでしこvision」では、「なでしこ」らしさについて、次の4つをあげています。「ひたむき」、「芯が強い」、「明るい」、「礼儀正しい」。可憐なだけではない、強さも秘めたところが「大和撫子」らしさなのかもしれませんね。

  
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美人を形容することば

 多くの花の咲く季節となりました。美しい女性を花に例えて表現することがあります。中でも有名なのは、「立てば芍薬(しゃくやく)、座れば牡丹(ぼたん)、歩く姿は百合(ゆり)の花」という言葉です。なぜ、この花が選ばれたのでしょうか? 芍薬は、すらりと伸びた茎の先端に美しい花を咲かせます。その香りもたおやかなので、姿も香りも、まさにすらっとした美しい女性そのものといえます。フランスでは、しなやかでさわやかな香りのするワインを「芍薬のような香り」というそうです。

 
 牡丹も芍薬も同じボタン科なので、花自体はよく似ていますが、芍薬は花で牡丹は木です。その違いから、牡丹は枝分かれした横向きの枝に花をつけるため、まるで座っているかのように見え、鑑賞するときも座って鑑賞したほうがきれいに見えるのです。中国では花の王と呼ばれ、華やかさの象徴とされています。

 
 百合は、しなやかな茎の先にややうつむき加減に花が咲くので、風を受けて揺れる様子を女性が優美に歩く姿に例えています。その甘い香りは香水としても人気があります。
  
 さらにこの3つの花はリレーするかのように順番に咲いていきます。牡丹は4月末から5月の初め、芍薬が5月中旬から6月末、そして百合が6月から8月。それは座っていた美人が、すっと立ち上がり、歩き出すという流れそのものです。容姿だけでなく、立ち居振舞いも美しい、そんな美人を表しているようです。

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春の風習

 暖かく、気持ちの良い日が続くようになりました(昨日、一昨日は暑かったですが・・・)。日本では、古来より農業や漁業が繁忙期を迎える前の春の1日に、山遊び、野遊び、磯遊びといって、野山や海辺にごちそうを持って遊びに出かける習慣がありました。その日は物忌みの日とされ、働くことは禁じられていたそうです。今の土日に当たりますか。山にも海にも、祖先の霊が姿を変えた神様が住んでおり、野山や海辺に足を運んで飲んだり、食べたりの宴を開くことは、豊かな恵みを与えてくれる山の神や海の神に感謝を捧げ、神様と人がともに食事をすることにつながっていたようです。人々は野山では山菜や花を、海辺では貝や海藻を取って楽しむとともに、豊作、大漁を祈願しました。花見も、桜の木に宿る田の神様に豊作を祈願することから始まり、多くの人々に花見が現在のように広まったのは、江戸時代の8代将軍徳川吉宗の時代からでした。桜は散りましたが、他の花木がこれに続いて成長し、爽やかな季節が続きます。

 
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穀雨(こくう)

 穀物を育てるあめを意味する節気。新暦4月20日頃になります。この時期は、前年の秋に蒔いた麦の成長を促す春の雨が降り、清明のころに蒔いた籾が稲に育っていく頃で、農耕にかかわる人々にとっ手恵みの雨となります。この時期に長引く雨を菜種梅雨(なたねづゆ)と言います。穀雨の終わりごろに八十八夜があります。今日の予報は熊谷で27°と暑くなりそうなので、水分を適宜とって熱中症予防をしてください。

 

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日本人の感性

 今も昔も日本人は季節に寄り添いながら暮らしています。ほかにも四季のある国はたくさんありますが、緯度や経度によって状況は異なるため、四季折々の情景や季節感は、日本の風土によって生まれたものです。では、日本人の季節感が称賛されることが多いのはなぜでしょう? それは、日本人の繊細な感覚により、四季折々に豊かな文化を生み出しているからかもしれません。私たちは、暑い、寒いといった皮膚感覚にとどまらず、花鳥風月をめでるなど季節の風情を大切にしています。幼いころから自然に親しみ、季節を愉しむすべを会得しているのです。桜が咲くと春が来た喜びを感じ、祭りばやしに心躍らせ、旬の味覚に舌鼓を打つ。夏の日差しにじりじりと焼かれ、冬の寒さに襟を立てる。なにげなく、五感で感じているものが、実は季節であり、歳時記のひとつなのです。季節とともにめぐる歳時記は、今も昔も暮らしを豊かにするツール。歳時記のもとになる暦は、この季節の移り変わりの目安として編み出されたものです。暦の中に二十四節気や雑節といった季節の目安が設けられ、季節感を共有しているのも大きなポイントで、節分や立春といったお馴染みのものごとも、季節と暦の関係からきています。
 暦を知ることで季節の巡りがよくわかります。自分が育つ環境を知ることは大切です。

 
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春眠(しゅんみん)

 心地よさで、つい寝過ごしてしまいがちな春ですが、遅刻などはしていませんよね? 今から1300年前の中国の詩人、孟浩然(もうこうねん)は有名な次の歌を詠んでいます。
春眠不覺曉(春の眠りは心地よく、うっかり寝過ごし、夜明けに気付かない。)
處處聞啼鳥(目覚めてみると、ところどころで鳥がさえずっていて天気が良さそうだ。)
夜来風雨聲(そういえば、昨夜は風雨の吹き荒れる音がした。)
花落知多少(せっかくの花がどれほど落ちたことか。) 
 春ならば、日中のうたた寝を戒められても、この一節を唱えてやり過ごせそうな気がしますが、授業中の居眠りに注意してください。

 
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春の土用(はるのどよう)

 立夏までの約118日間にあたる雑節の一つで、春の土用の入りは新暦4月17日頃になります。土用とは「土旺用事」の略で、陰陽五行説による季節の割り振りで四季に配当(冬:水、春:木、夏:火、秋:金)されなかった「土」の支配する時期として各季節の末18日ないし19日間を指すもので、季節の変わり目に当たります。現在は夏土用のみを土用と言うことが多くなっています。 

 
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春の山菜(はるのさんさい)

 山菜は「その日に山に帰る」といわれるように鮮度が落ちやすいもの。処理は摘んだその日に行い、その日に食べるか、乾燥させたり塩漬けにして保存食にします。保存した山菜は季節のお祭り、慶事や法事などに用いられる。
1 蕨(わらび)
 万葉の時代から親しまれてきた山菜。根茎は江戸時代には糊として利用されてきました。採取時期は4月から6月で、葉の開かない若い茎を採取します。煮物、炒め物、お味噌汁の具、てんぷらなどに。
  
2 ぜんまい
 湿ったところに自生し、綿毛を被っているのが特徴。4月頃から、山地は7月ぐらいまで採取できます。塩漬けや乾燥させ、戻してから食べるのが一般的。油炒め、煮物、和え物など。
3 たらの芽
 棘の多い枝から出てくる若芽を摘みなす。採取時期は4月から5月。揚げ物や和え物、炒め物で味わいます。火を通しても独特の芳香は失われません。 

 
4 ふき
 水分の多い日陰で成長します。採取時期は3月から6月。塩を振ってまな板の上で板ずりして茹で、水にさらしてあくを抜き、皮をむいて調理します。煮物、炊き合わせなど。
5 山うど
 山里の道路の斜面から深山まで、特に日当たりのよいところの自生しています。若葉はてんぷらに、地中茎は水にさらして和え物に、皮はきんぴらに。栽培のうどは3月から4月が旬。自生の山うどは5月上旬から6月上旬が採取時期です。

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全校集会

 今日の6時間目は全校集会で、今回は人とのして生き方・在り方をテーマに話をさせていただきました。また、教務主任の長沢先生から自らの体験を元に生き方・在り方の話をしていただきました。その後、全国高等学校ウエイトリフティング競技選抜大会の62kg級で全国第2位となった平井君の表彰をおこないました。この成果をインターハイに結びつけ、さらに大きく飛躍してくれればと思います。

全校集会講話骨子:皆さん、こんにちは。1学期が始まって4日目です。1年生は学校への通学に慣れましたか。2・3年生はそれぞれ上級生として1年生を引っ張る、労わる気持ちが持ててますか。昨日から授業もはじまり、また1年が始まるんだなあ、今年はどうしようかなあと感じている人もいるかと思いますが、今日の全校集会では、人としての在り方、生き方について話をしたいと思います。
 「人」という漢字は皆さんも知っているように、倒れそうになる人を別の人が支えているとよく言われます。このような関係が多くの人と人との間にあって、人間社会が構成されていると思います。皆さんも解っているように、人は一人で生きていくことはできません。例えば、皆さんの食べるお菓子は自分で作ったものではなく、購入したものでしょう? 誰かがお菓子の原料となる果物や砂糖、乳製品を作り、それを業者が加工してお菓子に加工し、別の業者が包装用のビニールなどを作り、それを運送業者が店に運んで、店で販売し、皆さんが購入して口にします。他のことも同様です。關先生からもありましたが、学校でのゴミは分類して所定の場所に捨て、それを業者が回収して処理、別の商品に加工して再利用するなど、生産、販売、消費、処分、再生産のリサイクルが出来ています。最近では、ケーキやお菓子を自分で作って食べることも増えましたが、時間や手間がかかるし、忙しいなかでは商品を購入して食べる方が一般的です。つまり、お菓子やその他身の回りのもののほとんどが、他者の生産物であり、一人で作れる、出来ると思っても、実際には他者の世話になっているケースがほとんどで、皆さんはお互いに他者に影響を受けながら、影響を与え、生きています。皆さんは家庭や学校、その他の場所で、さまざまな年代のさまざまな考えの方と関わります。そのような他の人との関わりを自分にとってプラスになるものと考えて、積極的に関わってください。
 では、他の人との関わりのなかで大切なことは何だと思いますか。私は礼儀と挨拶と思いやりだと思います。
 礼儀は、辞書を引くと「敬意を表す作法」とあります。つまり、礼儀の本質は相手に敬意を表す行為・動作です。昔からイギリスではエチケットやマナーをとても大切にしていて、日常生活の中で、これが自然に表れるように幼少の時から徹底したしつけをおこないます。「人の嫌がることをしてはいけない。」とか、「嘘をついてはいけない。」などのしつけと同じように、理屈抜きに教えたました。エチケットやマナーは「礼の心」の表れであり、イギリスには「礼儀は人をつくる。」ということわざがあり、日本でも鎌倉時代の教訓に「親しき仲にも礼儀あり。」ということばがあります。日本人の生活様式は、中国から伝来した儒教の影響が強いせいか、「礼によって始まり、礼によって終わる。」傾向があります。剣道の修練でも「剣道は礼によって始まり、礼によって終わる。」と言われます。このことは「けじめをつけるべきところでは、けじめをつける。」ということで意識しておいてほしいと思います。
 また、挨拶も他者との関わりを良好にする大切なものです。社会生活や家庭生活の中での基本的な心構えであり、学校生活の中においても同じです。今日、廊下ですれ違う際にほとんどの生徒がきちんと挨拶をしてくれました。皆さんから見ると、私のほうが年長ですが、出来るだけ自分から挨拶するように心がけています。年上だからちか、年下だからではなく、お互いに気持ち良く学校や社会で生活するために大切だからと考えています。学校には、保護者や他校の先生、大学や企業の方が今後来校する機会が多くなります。校内でこれらの方にお会いしたら、きちんと挨拶を心がけてほしいと思います。
 思いやりは「相手のことを考え、大切に思い、いたわる。」ことと思います。どのような時に、どのような場面で、どのような思いやりをすればいいのか、迷うことは多々あります。傷ついた友だちに声をかけるか、否か、満員電車で立っているお年寄りに席を譲るか、否かなど。その時に自分の考えていた思いやりが伝わらないこともあると思います。でも、たとえうまく伝わらなくても、伝えることが大切だと思います。私は迷った時は伝えることを心がけています。伝えないで後悔するよりも、伝えて失敗したことで後に教訓として得られることもあると思うからです。
 人としての在り方・生き方にはこれが絶対という回答がなく、人間社会が続く限りなくならない課題で、これが正しい答えというものは毎回異なってきます。法律や規則を守りながら、経験を積んで、自然に、自分の考えをつくっていくことがいいし、それが人間社会での変わらない人として在り方・生き方に合致していれば、いいと思います。
人間は悩み、苦しむことで成長する存在です。その悩み、苦しみが解決した時の喜びや感動は大きなものなります。人としてどのような人生を歩んでいくかは、今後の高校生活、社会生活で自分自身の答えを見つけていってください。

 
 
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アスパラガス

 アスパラガスの旬は春から初夏にかけてです。緑色のグリーンアスパラガスは通年ありますが、一番おいしいのは旬のもので、国産のものが多く出回ります。また、白色のホワイトアスパラガスはこの時期に出回る季節の味です。このふたつは同じ品種ですが、栽培方法の違いによって変化したものです。アスパラガスはユリ科の多年草で、ヨーロッパでは紀元前から食用にされていました。日本で食用に栽培され始めたのは、明治時代初期で、北海道開拓に伴って導入され、大正時代以降本格的に栽培されるようになりました。当初はホワイトアスパラガスがメインで、そのほとんどが缶詰になっていましたが、その後、グリーンアスパラガスが好まれるようになり、青果で流通するようになりました。ホワイトアスパラガスの栽培は減少しましたが、ホワイトアスパラガスも青果で流通するようになり、人気が出ています。出荷量の多い地域は北海道や長野県、佐賀県、長崎県などです。一般的に流通しているのはグリーンアスパラガスがほとんどです。食用になっているのは地上に伸びてくる新芽の茎の部分。栽培時に日光を浴びると茎が緑色になります。歯ごたえが良く、独特の風味と甘味があっておいしいですね。旬のものは根元の方までやわらかく風味も豊か。収穫は春から秋と長いのですが、冬場はオーストラリアやメキシコなどからの輸入物が店頭に並びます。アスパラガスにはβカロテンや葉酸などのビタミン類、カリウムなどが含まれ、ゆでても栄養素が流出しにくいという特徴があります。また、アスパラギン酸も豊富に含まれています。アスパラギン酸は新陳代謝を促し疲労回復に効果があるといわれています。また、穂先にはフラボノイド色素のひとつルチンが含まれています。ルチンは、血管を丈夫にするといわれています。なお、ホワイトアスパラガスよりもグリーンアスパラガスの方が栄養価は高いです。旬の時期はお値段も安めになるので、いろんなお料理で味わいたいですね。
 
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部活動紹介

 5・6時間目、新入生に部活動紹介をおこないました。部活動のなかには、試合に出場する部員数が確保できず、やむを得ず不参加となったり、合同チームを結成して試合に参加している運動部、部員が少なく今後の活動が懸念される文化部があります。本校には11の運動部、13の文化部があり、それぞれの部の2・3年生が日ごろの活動紹介をおこない、新入生の勧誘を熱心におこないました。多くの新入生が部活動に参加し、高校生活を充実させてくれればと思います。
 
    ブラスバンド部            バドミントン部
 
      簿記部              華道部
 
     陸上競技部           卓球部
 
     ソフトテニス部         ソフトボール部
 
      写真部          男子バレーボール部
 
   女子バレーボール部           弓道部
 
     漫画研究部            山岳部
 
      野球部            ワープロ部
 
   バスケットボール部          書道部
 

 
      生徒会          ウエイトリフティング部
進行の皆さん、お疲れ様でした!
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1年合同HR

 昨日の入学式から1日。朝は少し寒さを感じますが、いい天気になりそうです。
 1年生は今日の1・2時間目は体育館で合同HRです。各担当の先生から高校生活でのやるべきこと、しなければならないこと、心構え等が伝えられていきます。緊張が続いている生徒もいますが、しっかりと必要なことは身に着けてもらいたいと思います。午後には部活動紹介があります。

 
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入学式

 午後1時より入学式をおこないました。今年度新たに167名の新入生を迎え、校長が式辞、PTA会長、後援会会長、同窓会会長から祝辞をいただきました。新入生代表の加藤君が高校でも頑張る旨、誓いの言葉を言いました。式終了後には担任紹介と懇談会をおこないました。新入生には気持ちを新たに充実した高校生活を送ってもらえればと思います。
 
     入学許可          新入生誓いの言葉
 
   PTA会長祝辞        新入生保護者代表挨拶
 
     担任紹介       
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着任式・始業式

 今日は在校生は着任式・始業式、午後は入学式があります。久しぶりにほとんどの生徒が登校して、仲間と近況を話し合っています。着任式では着任した先生方の紹介があり、代表の三上先生が抱負を語ってくれました。始業式での校長講話の後、生徒指導主任のお話、担任紹介がありました。授業は11日(水)より始まります。やはり学校は生徒が主役。活気があって今後が楽しみです。
 
始業式講話骨子:

皆さん、おはようございます。2週間の休み有意義に過ごせましたか。それぞれ2年生、3年生に進級し、昨年とは違った立場で新年度を迎えることになりました。午後には入学式がおこなわれ、皆さんの後輩たちが入学してきます。

 さて、皆さんはノブレス・オブリージュということばを聞いたことがありますか。これはフランス語で、直訳すると「高貴さは(義務を)強制する」を意味し、一般的に財産、権力、社会的地位の保持には責任が伴うことを指します。フランスのファニー・ケンブルが、1837年に手紙で「……確かに『貴族が義務を負う(noblesse oblige)』のならば、王族はそれに比してより多くの義務を負わねばならない。」と書いたのが、この言葉が使われた最初と言われています。最近では、主に金持ち、有名人、権力者、高学歴者が「社会の模範となるように振る舞うべきだ」という社会的責任を用いられます。「ノブレス・オブリージュ」の核心は法的な義務ではないため、これを為さなかった事による法律上の処罰はありませんが、社会的な批判を受けたり、倫理や人格を問われることもあるということです。

 皆さんにこの言葉を当てはめることどういう解釈が適当か? 最初に話したとおり、上級学年となった皆さんは入学してくる新1年生より羽実での経験があります。新1年生は、中学校を卒業し入学したばかりで、高校生活をどう過ごせばよいか、やらなければいけないことは何か、注意すべきことは何かが、十分理解できていません。戸惑うことが多々あると思います。そのような時に上級生である皆さんがその悩みや不安を聞いてあげ、自分の体験を通して接してあげれば、明るくなり、高校生活により前向きになることができると思います。つまり、先輩として後輩を良い方向に導く責任があるということです。どのような社会においても、先輩が後輩にいい模範を示すことでよい方向に進みます。

 昨年、ある部の3年生を送る会でも、苦しい活動の中でも希望をもってがんばった3年生に、後輩たちが導かれ、がんばっているという話がありました。学校生活のさまざまな場面で、皆さんにはノブレス・オブリージュを発揮して、後輩たちをいい方向に導いてほしいと思います。

 皆さんには、それぞれ夢や希望があると思います。その実現に向けて、あきらめることなく力を入れていくとともに、充実した高校生活を送ってください。厳しいことやつらいこともあると思いますが、笑いの絶えない、充実した高校生活にしましょう。以上です。

 

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春休みの学校

 今日は、昨日に比べ暖かくなりましたが、午後から風が強まり、桜の花はほぼ散ってしまいました。昨年は入学式の頃満開だったので、暖かい(暑い?)日が続いたんだなぁと感じます。部活動も今日は新学期開始にため?軽めの調整のようで、午後の学校は静かです。来週9日は春休みが終わって在校生が登校、午後は入学式が予定され、新しい学期が本格的にスタートします。

 
 
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桜漬け(さくらづけ)

 満開前の八重桜の花やつぼみを塩と梅酢で漬けたものです。茶碗に入れて熱湯を注ぐと、花びらが開いて香が立ち、春の季語となっています。見合いや婚礼などの祝いの席では、「茶を濁す」ことを忌み嫌うことからお茶の代わりにこの桜湯をいただきます。お茶漬けにのせる、炊き立てのご飯に混ぜる、焼酎のお湯割りに入れる、アンパンにのせる、和菓子やアイスクリームに入れるなど用途は広くあります。神奈川県秦野市では江戸時代末期から生産されており、現在も特産品の一つ。大根などを梅酢で着けたものを「桜漬け」という地方もあるため、それと区別して「桜花漬け」という場合もあります。
 
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花冷え(はなびえ)

 今日は昨日と異なり、肌寒く感じます。最も4月初旬としては標準的な気温ですが…。今日のように桜の花の時期に訪れる一時的な寒さ、一種の「寒の戻り」のことを花冷えと呼びます。4月は不安定な天候が続き、「春に3日の晴れなし」ともいわれる時季でもあります。東北地方の一部の地域では、花冷えのことを桜の開花の便りが聞かれるにもかかわらず、炬燵やストーブをしまいきれずにいる状態から「花炬燵」とも言います。この花冷えで、時には晩霜(おそじも)が降り、農作物などにも多大な損害をもたらすことも少なくありません。

 
 
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清明(せいめい)

 「清浄明潔」の略で、春の穏やかな陽光を受けて自然の息吹が清々しい様を意味する節気の一つです。春分後15日目にあたり、今年は今日4月5日です。農耕の季節の幕開けの時期とされています。古来中国では清明節と呼ばれ、春を迎えて先祖の墓参をしたり、郊外に出かけて宴を催す風習がありました。現在でも中国や沖縄地方ではこの時期に墓参をする習慣が残っています。今日は昨日より気温が下がり、過ごしやすくなりそうです。

 

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運動部、がんばっています!

 今日も朝から晴れて気持ちのいい日です。天気予報のとおり、気温が10時には20°を超え、暖かいというより「暑い!」がピッタリの状況です。運動部の活動にはもってこいの気候です。校舎内は春休みでし~んとしていますが、グラウンドではソフトボール部、陸上競技部、サッカー部、野球部、ソフトテニス部が、体育館ではバレーボール部、バスケットボール部、練習場でウエイトリフティング部が練習に励んでいます。いづれの部も3年生が卒業し少人数での活動ですが、来週には新入生が加入し、今以上に活況を呈してくれる状況になると思います。
 
 校舎内はし~んとしています     ソフトボール部
 
     陸上競技部       サッカー部、小人数で活動
 
    バレーボール部        バスケットボール部
 
    ソフトテニス部       ウエイテリフティング部
 
      野球部       魂を込めてがんばっています!   
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潮干狩り

 春の暖かな遠浅の海岸でこの時期よくみられるのが、潮の引いた浜へ出てあさりやはまぐりなどの貝を採る「潮干狩り」。庶民の娯楽となったのは江戸時代といわれ、大人も子どもも楽しめる春のレジャーとして今でも人気があります。せっかく浜に出たならたくさん採って帰りたいもの。潮干狩りの準備や採り方のコツをご紹介します。太陽と月の引力によって、海には潮の満ち引きがあります。潮が満ちる「満潮」と潮が引く「干潮」が1日2回、約12時間周期で繰り返しされます。特に満月と新月の頃は、「大潮」といって潮の干満の差が大きくなります。潮干狩りのベストシーズンは、春から夏の大潮の日。干潮の2時間前から干潮までの時間帯で楽しむのがポイントです。全国各地に潮干狩りが楽しめるスポットがあります。場所を決めたら、干潮の時間をチェックしましょう。海上保安庁の公式サイトでは、地域ごとの潮干狩り情報を提供しています。あさりは潮汁や味噌汁などの汁物、酒蒸しやかき揚げ、バター焼きなどの料理やつくだ煮などの常備菜にもぴったり。江戸時代、深川の魚河岸あたりで流行ったのが「深川めし」。もともとは、あさり汁をご飯にかけた賄い飯でした。今はこの漁師飯スタイルと、あさりを炊きこんだ炊き込みごはんスタイルがあり、「深川めし」の有名店でもお店によってスタイルが違います。

 

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お花見

 桜の花が盛りを過ぎようとしています。春は桜を愛でるお花見の季節です。桜を愛でるお花見は農民文化の風習が源です。「サクラ」は、古くは「稲の神様」です。「サ・クラ」のサとは稲(田の神)のことで、クラとは座、つまりサクラの名前は「稲の神の座」を意味するのです。古くは、サクラとは、初春に咲く山の草花のことを指していたのでしょうが、その美しさからいつしか山桜の名前に固定化されてきたものだと思われます。春山入りは、春先の花が咲く頃に飲食物を持って山や丘にのぼり、祖先を供養するとともに田の神をお迎えする一種の宗教的儀式のようなものですが、この時、サクラの咲き具合でその年の稲の出来を占っていました。桜の花の咲くこの時期は気候の変わり目で寒暖の変化が激しく、疫病がはやる季節でもあるので、強い風が吹いて稲に見立てた桜の花を散らしてしまわないように、万葉の昔から「風神祭」や「鎮花祭」も行われてきました。昔、疫病というのは春の花の飛び交う頃に、疫神が分散して病を与え人を悩ますものだと信じられ、これを鎮めるため奈良の昔から花時に鎮花(はなしずめ)の祭儀を行い、疫神を祀って鎮疫安穏を祈願する習わしがありました。
 
 一方、貴族文化の花見は、かつて中国の宮廷でおこなわれた梅林の宴が日本に伝えられ、それが変形されたものだと言われます。最初は、梅が咲くころ宴会を催し、和歌や漢詩をつくっていたのが、平安時代に至って桜に座を譲ります。奈良時代の末に編集された「万葉集」では、梅を詠んだ歌は桜の3倍に近く、およそ120首にものぼりますが、平安時代の「古今集」では、その位置が逆転し、桜の方が多くなります。
中国から伝来した梅に代わって日本の野山の桜がしだいに宴会や詩の主役になってきます。平安京紫宸殿の前には左に桜、右に橘が植えられ、左近の桜右近の橘と云われていますが、これも桓武天皇遷都(794年)の時に最初に植えられたのは桜ではなく梅で、後に(840年頃)梅が枯れたので桜に植え替えたと伝えられています。文献に現れる最も古い花見の宴は、弘仁3年(812年)2月12日に嵯峨天皇が京都二条城南殿の「神泉苑」(しんせんえん)という庭園でおこなったもので、それ以後春の花見の宴は恒例になったといわれています。当時の花見は現代と異なり、桜を見ながらその思いを詩歌に詠んだり、楽器を奏でたりして楽しむ、風流な趣のある宴であったようです。桃山時代には、豊臣秀吉が吉野山での花見や大規模な「醍醐の花見」を催しています。江戸時代になって庶民の間で花見が盛んに行われるようになるのは、徳川吉宗のころからです。吉宗は、吉野山を模して江戸の町に桜の木々を植え、桜の名所を造りだしました。この時代に、桜の花の下で弁当を開いて酒を飲むという現在の形に近い花見が確立しました。江戸の桜の名勝として有名だったのは、上野の山(ただし、飲食、音曲御法度)、飛鳥山(北区)、御殿山、隅田堤、そして関東随一と称えられたのが小金井堤の桜だったそうです。現在の日本の桜の名勝のうち、最も桜の木の本数が多い所は吉野山で、約3万本を数えます。
 
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4月の風景

 4月はグレゴリオ暦で年の第4の月に当たり、30日あります。日本では、旧暦4月を卯月(うづき)と呼び、現在では新暦4月の別名としても用います。卯月の由来は、卯の花が咲く月「卯の花月(うのはなづき)」を略したものというのが定説となっています。しかし、卯月の由来は別にあって卯月に咲く花だから卯の花と呼ぶのだとする説もあります。「卯の花月」以外の説には、十二支の4番目が卯であることから「卯月」とする説や、稲の苗を植える月であるから「種月(うづき)」、「植月(うゑつき)」、「田植苗月(たうなへづき)」、「苗植月(なへうゑづき)」であるとする説などがあります。他に「夏初月(なつはづき)」の別名もあります。日本では、新年度または新学期の時期に当たり、学校・官公庁・会社などでは当月に入社式・入学式が行われ、前月の3月と同様に慌しい月です。世帯数や人口は少ないですが、「卯月」という姓(名字)も存在します。4月は毎年7月と同じ曜日で始まり、閏年には1月とも同じとなります。英語での月名、Aprilはラテン語のAprilis、ウェヌス(相当するギリシャの女神アフロディーテのエトルリア名Apruより)に捧げられた月に由来します。暖かくなってさまざまな花や草が芽吹き、行楽の季節の到来を告げる月でもあります。

 

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イースター(復活祭)

 春分の日以降、最初の満月の次の日曜日がイースターです。今年は4月1日が日本でのイースターに当たります。イースターは日本ではあまりなじみがあるものではありませんが、キリスト教では大切な復活祭の日です。Easter(復活祭)は、イエス=キリストの復活を祝うキリスト教の最も重要な祭日です。復活祭は春の自然の蘇りを祝う日でもあります。シンボルは多産のうさぎ「イースターバニー」と生命のはじまりを意味する「卵」です。"Easter"の語源はアングロ・サクソンの朝日の女神にちなむと言われており、その女神の祭りは春分の日に行われていました。また"Easter"は東や日の出との意味もあります。325年以来、復活祭は春分の後の最初の満月のすぐ後の日曜日に祝われています。イースターは毎年、日にちが違います。その計算方法はまず、春分を計算の基点にし、その春分の後の最初の満月を探し、そしてその満月の後の最初の日曜日が復活祭となるのです。イースターは家族が集いご馳走を食べます。子供にとって最も楽しいのは卵狩り(エッグハント)と卵ころがし(エッグ ロール)です。子ども達は競って隠された美しく染められたゆで卵を探したり、殻を割らずに坂の上からころがしたりして遊びます。アメリカのイースターのパレードで最も有名なのはニューヨーク市のパレードで、テレビで全米に放映されます。奇抜な服装や最新のファッションが見ものです。

 
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祝! ウエイトリフティング部、全国大会で大活躍!

 うれしいニュースが届きました。3月24日から27日にかけて石川県金沢市で開催された、全国高等学校ウエイトリフティング競技選抜大会に出場した2年生柿本君と1年生平井君が大きな成果をあげました。柿本君は105kg級で全国10位に、平井君は62kg級で全国第2位となりました。二人とも自己記録を更新しての大成果です。
 おめでとうございます。この成果をインターハイに結びつけ、さらに大きく飛躍してくれればと思います。

 
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農業クラブ役員研修会

 3月26日(月)、27日(火)の2日間、寄居町の埼玉県農業団体教育センターで県学校農業クラブ連盟の役員研修会をおこないました。研修会には県内の農業高校から各校の役員が参加し、アドベンチャープログラムや交歓会、埼玉リーダー編集委員会、農業クラブに係る講義などをおこないました。2日間で新年度新たに各校の役員として活躍する生徒たちは、交流の輪を広げ、さまざまな情報交換をおこないました。生徒たちの農業に関する意識が高まり、将来的に農業が発展することが出来ればと思いました。

 
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桃(モモ)

 桃(モモ)はバラ科モモ属の落葉小高木で、3月下旬から4月上旬頃に薄桃色の花をつけます。「桃の花」は春の季語です。淡い紅色であるものが多いですが、白色から濃紅色まで様々な色のものがあります。観賞用の品種(花桃)は源平桃(げんぺいもも)・枝垂れ桃(しだれもも)など。庭木として、あるいは華道で切り花として用いられます。葉は花よりやや遅れて茂り、幅5cm、長さ15cm程度の細長い形で互生し、縁は粗い鋸歯状です。湯に入れた桃葉湯は、あせもなど皮膚の炎症に効くと言われています。ただし、乾燥していない葉は青酸化合物を含むので換気に十分注意しなければなりません。7月から8月に実り、「桃の実」は秋の季語です。球形で縦に割れているのが特徴的で、果実は赤みがかった白色の薄い皮に包まれています。果肉は水分を多く含んで柔らかく、水分や糖分、カリウムなどを多く含んでいます。栽培中、病害虫に侵されやすい果物であるため、袋をかけて保護しなければならない手間の掛かる作物です。また、痛みやすく収穫後すぐに軟らかくなるため、賞味期間も短いです。生食する他、ジュース(ネクター)や、シロップ漬けにした缶詰も良く見られます。現在、日本の市場に多く出回っている品種は、「白桃(はくとう)」系と「白鳳(はくほう)」系の桃です。「あかつき」「暁星」「明星」「ゆうぞら」「川中島白桃」「清水白桃」「まどか」「ちよひめ」「みさかっ娘」、冬に実が熟す「名月」などの品種があります。原産地は、中国西北部の黄河上流の高山地帯で、ヨーロッパへは紀元前4世紀頃にシルクロードを通り、ペルシア経由で伝わりました。英名ピーチ(Peach)は“ペルシア”が語源で、ラテン語のpersicum malum(ペルシアの林檎)から来ています。日本では、長崎県の多良見町にある伊木力遺跡から縄文時代前期の桃核が出土しており、これが日本最古とされています。弥生時代後期には、大陸から栽培種が伝来し桃核が大型化し、各時代を通じて出土事例があります。桃は食用のほか祭祀用途にも用いられ、斎串など祭祀遺物と伴出することもあります。平安時代から鎌倉時代には珍重されていたが、当時の品種はそれほど甘くなく、主に薬用・観賞用として用いられていたとする説もあります。江戸時代にさらに広まり、『和漢三才図会』では「山城伏見、備前岡山、備後、紀州」が産地として挙げられるほか、諸藩の『産物帳』にはモモの品種数がカキ、ナシに次いで多く、特に陸奥国と尾張国に多いと記されるほど、全国で用いられるに至りました。明治時代には、甘味の強い水蜜桃系(品種名:上海水蜜桃など)が輸入され、食用として広まりました。現在、日本で食用に栽培されている品種は、この水蜜桃系を品種改良したものがほとんどです。桃は春先の温度が低い時期に雨が良く降ると縮葉病に掛かりやすく、実桃の栽培には病害虫の防除が必要です。また果実の収穫前には袋掛けを行わないと蟻やアケビコノハ等の虫や鳥の食害に合うなど、手間暇が掛かり難易度が高い果樹です。なお、“もも”の語源には諸説あり、「真実(まみ)」より転じたとする説、実の色から「燃実(もえみ)」より転じたとする説、多くの実をつけることから「百(もも)」とする説などがあります。日本国内では山梨県、福島県、長野県など降水量の少ない盆地で栽培されています。
 
 

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桜餅

 桜の季節になるとぜひ食べたくなるのが桜餅。春を感じさせる、とても風流な和菓子です。桜餅には、大きく分けて関東風の「長命寺」と、関西風の「道明寺」の2種類があります。どちらも「桜餅」と呼ばれていますが、区別するときには「長命寺」「道明寺」と呼んでいます。長命寺は小麦粉などの生地を焼いた皮で餡を巻いた、クレープ状のお餅です。享保2年(1717年)、隅田川沿いにある長命寺の門番・山本新六が、桜の落葉掃除に悩まされ、ふと思いついて桜の葉を塩漬けにして、薄い皮に餡を包んだものに巻いて売り出したところ、これが江戸で大ヒット。「長命寺」または「長命寺餅」と呼ばれ、関東ではこちらのタイプの桜餅が主流です。一方、道明寺は道明寺粉で皮を作り餡を包んだ、まんじゅう状のお餅で、道明寺粉のつぶつぶした食感が特徴です。道明寺粉とは、もち米を蒸して乾燥させ粗挽きしたもの。大阪の道明寺で保存食として作られたのが起源で、道明寺粉と呼ばれています。関西ではこちらのタイプの桜餅が主流で、「道明寺」または「道明寺餅」と呼ばれています。ところで、どちらの桜餅も桜の葉の塩漬けで包まれています。この葉っぱには、やわらかくて毛が少ない「大島桜」が主に使われ、全国で使用される桜餅の葉の約7割が伊豆の松崎町で生産されています。桜の葉を塩漬けにすることでクマリンという芳香成分がうまれ、独特の風味を醸し出すのです。生の葉にはあの香りはありません。この塩漬けの葉で包むことで、桜餅に桜の香りや塩気がついて美味しくなるわけです。葉の大きさに関西と関東の好みの違いがあり、関西では小さめのもの、関東では大きめのものが好まれています。この葉を桜餅と一緒に食べるか、食べないかは意見が分かれるところ。ちなみに「長明寺」の発案者となった山本新六を初代とする「長命寺桜もち 山本や」の桜餅は、大きめの葉2~3枚で包んであり、香りが餅に移っているので、葉を外して食べるのがおすすめだそうです。桜餅にもいろいろなタイプがあるので、それぞれの好みで食べるのが一番よいようですね。
 桜餅は季節の和菓子というだけでなく、その成り立ちや食べ方などに日本の文化を感じます。古来から親しまれてきた味を、これからも大切にしていきたいですね。
     
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田打桜(たうちざくら)=こぶし

 田植えにそなえて田んぼの土を掘る田打ち作業をする頃に咲く花のことを言います。一般的には辛夷(こぶし)のことを指しますが、地域によっては糸桜、山桜などを呼ぶ地域もあります。かつてはその花々が開くのを待って、農作業の適時を計りました。関東では3月末から4月初めの頃が該当し、「田植え桜」「種まき桜」などとも言います。 

 
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春の食材

 生き物の息吹が目のあたりに感じられるようになる春には、さまざまな食材が目や舌を春の訪れを感じさせてくれます。いくつか紹介します。
◆ 蕗の薹(ふきのとう)   
 まだほころぶ前の冷たい土から春を告げる山菜。春の息吹を感じさせる独特の味と香で、あくも強く苦いです。ふきのとうは春の山菜の代表格。つぼみの状態で採取され、天ぷらや煮物・味噌汁・ふきのとう味噌に調理して食べます。一般的には花が咲いた状態のふきのとうを食べる事は避けますが、細かく刻んで油味噌に絡める「ふきのとう味噌」などには利用可能。伸びたフキノトウも葉や花を取り除き、茎の部分を軽く灰汁抜きしたものを肉や刻んだ油揚げ、糸コンニャクなどと一緒に煮付けても美味しいです。
◆ 筍(たけのこ)    
 春の訪れを実感させる味覚の一つ。モウソウチク(孟宗竹)、ハチク(淡竹)、マダケ(真竹)、ネマガリダケ(根曲竹)と種類も多く、京阪神周辺では、京都府向日市・長岡京市や大山崎町が有名ですが、大阪市内の高級料亭では大阪府貝塚市木積(こつみ)地区生産のものも珍重されています。 また日本では、収穫事業が「竹の子掘り」と称して季節の観光行事としても親しまれています。
 
◆ 若布(わかめ) 
 古くから日本人に馴染み深い海藻の一つ。「産後の肥立ちにはワカメの味噌汁がいい」とか「若返りの薬」といわれるほど、ワカメには豊富な栄養素が含まれています。ワカメは味噌汁などの汁物の具としてよく使われます。他にも酢の物、炒め物、サラダ、地域によっては天ぷら等幅広く料理されます。旨み成分を多く含み、また低カロリーであることから、ダイエット食品としても適しています。 ワカメに多く含まれる栄養素は、食物繊維、アルギン酸、フコイダンなどで、血中コレステロール値を下げたり、動脈硬化や心筋梗塞を防ぐなどの効果があると言われています。
◆ 蛤(はまぐり) 
 神話や昔話に数多く登場する蛤は、遺跡からも多く出土するなど、昔からよく食されていた貝です。源氏物語にも出貝合わせてくる「貝合わせ」、ひな祭りのお供えなど日本人の生活に根ざしていた食べ物です。ハマグリは元々の組合せ以外の貝殻とはぴったりかみ合いません。そこで、結婚式でハマグリの吸い物が出されることも多く、『よい伴侶にめぐり合えるように』との願掛けからひな祭りにハマグリを食べる風習があります。

 
◆ 蓬(よもぎ)    
 春の野草の一つで、特有の香りがあり、春につんだ新芽を茹で、おひたしや汁物の具、また草餅にして食べます。また、天ぷらにして食べることもできます。灸に使うもぐさ(艾)は、葉を乾燥させ、裏側の綿毛を採取したものです。葉は、艾葉(がいよう)という生薬で止血作用があります。若い芽や、育ち始めた若い株は、干しておいたのちに煎じて飲むと、健胃、腹痛、下痢、貧血、冷え性などに効果があります。また、もう少し育ったものはこれも干しておき、風呂に入れると良いです。腰痛を始め、痔にとても良いです。

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吹奏楽部演奏会

 3月25日(日)、吹奏楽部が館林市のアゼリアモールで演奏会をおこないました。吹奏楽部は少人数でも活動が続きましたが、部員も増えて現在は8名です。併せて演奏曲のレパートリーも増え、以前おこなった演奏会の時よりも多くの曲を演奏していました。この日は11時30分、13時30分、15時30分の3回演奏会をおこない、13時30分の演奏会には多くの方がお見えになっていました。初めは緊張もあり、ぎこちなさもありましたが、次第に雰囲気に慣れ、ふだんの練習の成果を十分に発揮することができました。このような成功体験をさらに積み重ね、多くの人々を魅了する活動を続けてもらえればと思いました。

 
 

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ムジナもんワイワイまつりに参加

 3月25日(日)、羽生市内の愛宕町で「ムジナもんワイワイまつり」が開催され、本校からは野菜・草花の販売等とボランティアで多くの生徒・先生が参加をしました。10時から始まったまつりは好天に恵まれ、多くのお客様がブースを訪れ、販売やヨーヨー釣りなどに子どもたちが楽しんでくれました。地元の人々と触れ合い、本校の活動を知っていただくよい機会とすることができました。

 

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入学許可候補者説明会

 本日、午後1時30分より来年度入学する生徒への説明会をおこないました。午後1時前より入学許可候補者と保護者の方々が集まってきました。部員獲得を目指す部活動の生徒たちはチラシをそれぞれに手渡し、PRをしていました。説明会では、高校生活を始めるにあたってのさまざまな連絡があり、生徒も保護者もメモを取ることで手一杯だったようです。終了後教科書の購入等をおこない、高校生となる自覚も出てきたようです。いい高校生活を送ってもらえればと思います。

 
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終業式

 本日、3学期の終業式をおこないました。少し暖かくなってきて、体育館の中でも以前より温もりを感じます。校長の講話の後校歌を歌い、生徒指導部の關先生より春休みの諸注意がありました。今度全員が登校するのは4月9日(月)の始業式の日となります。しっかりと春休みを過ごし、来年度に向け、力を蓄えてもらえればと思います。

終業式での「校長講話骨子」

皆さん、おはようございます。早いもので今日は学校としての1年の締めくくり、3学期の終業式です。つい先日、始業式を迎えてばかりで、寒い日が続くと思ったら、ここ2、3日は各地から桜の開花のニュースも届き、春の訪れを告げる選抜高校野球も今日から始まります。3年生が卒業し、1年生、2年生は次のステップに繋げる時期となりました。気持ちを新たに頑張ろうと思っている人が多いと思います。来年は2・3年生として新たに入学してくる1年生の上に立つ皆さんに次のことばを送ります。

  皆さんは、太平洋戦争時に日本海軍の連合艦隊司令長官だった山本五十六元帥を御存知ですか。彼の有名な次のことばがあります。「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。」いいことばですね。これは組織のリーダーなど先に立つ人のことばとして捉えることもできますが、今の皆さんにも十分当てはまると思います。この言葉は4つのことをしないと人は動かないといっていますが、①まず、あることを「やる」。②それを「見せる」。③次に原理や手順を教える(言う)。④そして、疑問なところを「訊かせる」。⑤納得したところで「させる」。⑥そして結果を公表する(みせる)。⑦その結果を評価して「ほめる」。そうすることで「人は自発的に動く」のではないかと解釈しました。結構、こじつけているような感じですが、いかがでしょうか?

  そして、もう1つ。アメリカのオバマ前大統領は、大統領選挙の各地での演説で、次の2つのことばを使い続けました。それは、「Yes. We Can.」そうだ。我々は出来る!「Change is Chance.」変わろう。変えよう!「変わることによって、我々は何が出来るのか。我々は、変わることによってそれを達成しよう。」と呼びかけたのです。変わるという単語も少し変えると・・・GをCに変えてみてください。CHANGE(変わる)→CHANCE(チャンス)となるのです。GとCの違いは何でしょうか? Cに小さいTが付いたのがGになると思いませんか? チェンジがチャンスに変るにはTを取り除けばよいのです。TはTABOOのT。常識のタブー、業界のタブー。法や規則は守らねばなりませんが、打ち破れる「タブー」を取り除き、チャンスにしましょう。チャンスというものは「視点」や「思考」をチョット変えるだけでつかめそうです。

  皆さんには、自分自身の夢や希望があると思います。その実現に向けて、あきらめることなく力を入れていきましょう。いずれ組織のトップに、重要な役職に、家庭でも中心になる時が来ます。不安や悩みに負けず、自分を信じてがんばっていきましょう。

 

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春告げ魚

 もう〝春〟といってもいい陽気になりました(今日は雨ですが・・・)。陽気がよくなるとどこかへ出かけたくなる。出かけると美味しいものを食べたくなる。人の習性でしょうか?食は健康の基本。中でも“今が旬”と呼ばれる食べ物には夏なら体を冷やし、冬なら温めるといったように、人間の体にうまく働きかけてくれるものがたくさんあります。また“旬”の食材を使うと、おいしさも格別ですし、栄養価も高くなります。最近では、ハウス栽培や養殖などにより1年を通じて店頭に並ぶ食材が増えましたが、本来の収穫時季にとれたものを食べるのは、体調を整えるためにも大切なこと。食べ物の“旬”を覚えて、健康づくりに役立ててください。
 日本各地には「春告げ魚」と呼ばれる魚たちがいます。たとえば、春の季語にもなっている「鰆(さわら)」。「魚」偏に「春」と書くように、瀬戸内海を中心に春に旬を迎え、春の訪れを知らせる魚です。瀬戸内海には、春になると産卵のために「鰆」がたくさんやってきます。その字のように春の訪れを告げる春告げ魚として親しまれています。鰆は1mを越えるサバ科の一種。ほっそりとした体形から「狭腹(さわら)」ともいわれます。成長とともに名前が変わる出世魚で、サゴチ、ナギ、サワラと名前が変わります。東海や関東では脂ののった冬場の寒鰆が人気ですが、関西では春鰆が旬とされ、産卵のために沿岸に集まり漁獲された鰆の卵や白子も堪能します。身は淡白ながらほろりとした甘みがあり、どんな調理法でもおいしくいただけます。一方、北国では春告げ魚といえばかつては「鰊(にしん)」でしたが、不漁のため鰊に変わってメバルが春告げ魚と呼ばれるようになってきました。日本中で獲れる近海魚ですが、東北地方近海で早春から旬を迎えるのは「ウスメバル」。たけのこの出る季節に美味しくなるといわれ、3月から5月頃に多く出回ります。煮つけにすると最高においしいですね。
 地域や時代によっても春告げ魚は異なりますが、春先になるとぴちぴちと元気に集まってくる魚たちに、人は親しみを込めて「春告げ魚」と呼んだのでしょう。

        
       さわら               めばる

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春分の日

 明日3月21日は春分の日で、「自然を称え、将来のために努力する日」と法律で定められた祝日です。春分は、昼と夜が同じ長さになる日です。昔の人は、自然に感謝し春を祝福する日だと感じていたようです。それは長い間冬眠をしていた動物たちが動き始め、人々もやる気に満ち溢れている時期です。また、この日の前後にご先祖様への感謝の気持ちを伝えるためにお墓参りに行く習慣もあります。古来、人々はこの日を春の訪れを祝う日としていました。それと同時に祖先に感謝をするお祭りを行い、この風習は農村部で長く続いてきました。明治時代、春分の中日を「春季皇霊祭」と定め、宮中において祖先を祭る日となったのをきっかけとして、一般市民の間でも祭日とされました。その後1948年に、古来から伝わる自然に感謝する日「自然を称え将来のために努力する日」と法律で定められましたが、現在でも、春分の日というと「お彼岸」のイメージが強く残っています。 天文学的な話をすると、春分の日は、太陽が春分点(天球上の赤道を太陽が南から北へ横切る瞬間の交点)にくるため、昼夜の長さが等しくなる日と言えます。その不思議な現象が古代の人の心を惹いたのではないでしょうか。暦は、天文学的要素と占いなどの要素の両方がバランスよく組み合わさって出来ています。またこの日は、生気に満ちた体に更に活気をつけるためか、各地でマラソン大会など開催されるようです。 

 

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薬物乱用防止教室

 本日、薬物乱用防止教室をおこないました。講師に羽生市薬剤師会会長の豊田和広様にお越しいただき、たばこや飲酒も含め幅広く薬物の害等について講話をしていただきました。お話の中で、たばこは肺がんの、酒の飲み過ぎは肝臓を壊すこと、チョコレートやカフェイン入り飲料はカフェインや糖分が多いので摂り過ぎに注意すること、薬物を不要にとると血の流れが悪くなり、酸素が脳細胞に生きにくくなり、ダメージを受けること等を、実際の脳や臓器の正常な状態と薬等に犯された状態の写真を提示して、生徒の理解を深めていただきました。また、所々で人気アニメの「ワンピース」のキャラクターを利用して、生徒の関心をうまく引き出していただきました。
 改めて薬物乱用の危険性を深めるとともに、知識を増やすいい機会となりました。

 
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彼岸(ひがん)

 春分の日(今年は3月21日)を中日(ちゅうにち)として前後3日間の7日間のことを「彼岸」といいます。そして初日を「彼岸の入り」といい、最終日を「彼岸の明け」と呼んでいます。彼岸とは「河の向こう岸」を意味する仏教用語で、祖先の霊がいる極楽浄土を指します。ここでは煩悩を脱して悟りを開いた涅槃の境地、究極のやすらぎを意味します。彼岸に対してさまざまな煩悩に苦しむ現世、私たちが生きているこちら側の世界を「此岸(しがん)」と言います。春分の日は昼夜の長さが同じで、太陽が真東から昇り、真西に沈みます。仏教では西のかなたに極楽浄土があるとされ、この日の夕日が道しるべとなり、此岸から彼岸へ渡る「白道(はくどう)」が現れて、この世とあの世がつながり、その道を進めば極楽浄土にたどり着けると考えられていました。そのため、お彼岸は元来西に沈む太陽に礼拝し、自らが悟りの境地に達するための修行をおこなう日でした。その後、お彼岸は先祖の霊を供養することを目的として家族で墓参りに出かけ、一方で自宅の仏壇に供え物をするという習慣に変化したのです。 

 

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進路講演会

 本日、1・2年生対象の進路講演会をおこないました。講師として、外資系の人材総合サービス会社で管理職をなさっている諏訪部美史様をお招きし、御講演をいただきました。自身の体験をもとに次のお話をいただきました。
・働くことの難しさは常に勉強しなければならないこと、出来ないままではいけないこと、続けて出来なければいけないこと。働くことの楽しさは、出来る人が近くにいて多くの見本があること、がんばると出来るようになり出来ることが毎日増えること、続けてやると上手になり自信がついてくることとの話がありました。よって、仕事は続けないとうまくならない、仕事が出来るようになってから転職を考えること(すぐやめるとキャリアを積めない)。
・仕事を目標を達成するためにチームのメンバーと協力して達成すること。チームワークとは役割を分担して協力して働き、厳しさと楽しさを共有する。チームのメンバーとして誰かに支えられ、誰かを支えながら働き、自分しかできない仕事をつくること。
・社会人に求められる意識として、責任意識、期限意識、協力意識、結果意識、改善意識がある。
・コミュニケーションは価値観の違う他人と理解を深めるために必要不可欠である。社会は価値観の違う人の集団で、そのなかで活躍するためにコミュニケーション能力が必要である。
・新卒者の採用基準は、1 コミュニケーション能力 2 主体性 3 チャレンジ精神 の順で、アイコンタクト、うなづき、あいづち、挨拶、返事、報告・連絡・相談は習慣としたい。
 ほかではなかなか伺えない話も多く、生徒に時折コミュニケーションを求めながら、貴重なお話をいただきました。今後の進路の決定に役立ててもらえればと思います。

 
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霞/朧(かすみ/おぼろ)

 最近の晴れた日は、冬の澄み切った空とは異なり、霞(かすみ)あるいは朧(おぼろ)という、暖かくなって空気中に小さな水滴や塵が浮遊し、遠くが淡くぼやけて見える状態が多くみられます。春によく見られる自然現象で、春の季語になっています。秋に見られる同じ現象は「霧」と呼ばれ、こちらは秋の季語。夜の霞は「朧」といい、月に霞がかかった様子を「朧月夜」といいます。

 
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球技大会・壮行会

 昨日と今日の2日、球技大会をおこないました。男子はサッカー、女子はバスケットボールで、学年でのクラス対抗形式です。両日ともこの時期としては暑い20°を超える陽気となりましたが、それまでの寒さを吹き飛ばすようにみんな元気に取り組んでいました。体育館で閉会式をおこなった後、平成29年度第33回全国高等学校ウエイトリフティング競技選抜大会に出場する2年生柿本君と1年生平井君の壮行会をおこないました。大会は年3月24日(土)~27日(火)にかけて石川県の金沢市総合体育館で開催されます。2人の健闘を期待します。 

 
 
            球技大会のようす
 
        ウエイトリフティング部壮行会のようす
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ホワイトデー

 今日はホワイトデーです。日本でバレンタインデーが定着するに従い、何かお返しをという風潮が高まり、お菓子業界では「お返しの贈り物」としてさまざまな商品のキャンペーンを個々に開くようになりました。そこで販売促進に結びつけ全国飴菓子工業協同組合が「ホワイトデー」として催事化し、1980年にスタートしました。飴の材料である砂糖が白色だったため「白=ホワイト」から「ホワイトデー」と命名されました。また、福岡市にある「石村萬盛堂」が最初にマシュマロデーとしてホワイトデーを発案したという説もあります。石村萬盛堂とは、福岡市民にはおなじみの「銘菓鶴乃子」黄味餡をふんわりマシュマロでくるんだ独特の形を した和菓子で有名な老舗の和菓子屋さんです。マシュマロとは元来、フランスにおいてmarsh(沼地、湿地)に群生するmallow(あおい属の植物)の根からとれる粘りのある汁に卵白や、砂糖を加え味付けし、軽い泡がたつまで撹拌混合して作られた薬用食品に由来しています。マシュマロの歴史は古来エジプトにあり、元々は王族や紙の食べ物として扱われていた貴重なものでした。19世紀前半から半ばにかけてフランスやドイツの菓子職人によって近代のマシュマロができあがりました。他の菓子にはみられないマシュマロの独特な弾力と感触は、その軽い風味と合わせ、今では世界中の多くの人々に愛され親しまれています。もちろん今はマシュマロの樹脂が大量に取れるわけではないので、樹脂に変わってゼラチンや卵白が使われています。特にアメリカにおいては、チョコレートやキャンディーと同じようにたくさん売られていますが、日本と違うのは、焼いて食べるのが多いことです。いづれにしても甘いものが食べられる機会が増えるのはいいですね。

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卒業証書授与式

 本日、第70回卒業証書授与式をおこないました。10時より始まった式では165名の生徒が卒業し、新たな社会へと巣立っていきました。卒業生の前途に輝かしい未来があることを祈念します。

 
 
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