平成29年度~校長室

平成29年度~校長室

バレンタインデー

 明日はバレンタインデーです。バレンタインデーは、英語で「Saint Valentine’s Day」、訳せば「聖バレンタインの日」という意味です。つまり、バレンタインというのは人の名前です。どんな人だったかというと・・・。西暦3世紀ころのローマ帝国では、皇帝クラウディウス二世が若者たちがなかなか戦争に出たがらないので、手を焼いていました。その理由を彼らが自分の家族や愛する者たちを去りたくないからだと確信するようになった皇帝は、ついに結婚を禁止してしまったのです。ところが、インテラムナ(イタリア中部にある町で、現在のテルニ)のキリスト教司祭であるバレンティヌス、英語読みではバレンタインは、かわいそうな兵士たちを見かねて、内緒で結婚をさせていました。それが皇帝の知るところとなったから大変です。しかも、当時のローマ帝国ではキリスト教が迫害されていました。皇帝は、バレンティヌスに罪を認めさせてローマの宗教に改宗させようとしましたが、バレンティヌスはそれを拒否しました。そこで投獄され、ついには269年2月14日に処刑されてしまったということです。このためキリスト教徒にとってこの日は祭日となり、恋人たちの日となったというのが一般論です。
 では、なぜこの日にチョコレートをあげるようになったのでしょう? 実は、女性が男性にチョコレートを贈るのは日本独自の習慣です。欧米では恋人や友達、家族などがお互いにカードや花束、お菓子などを贈ります。 チョコレートはどこから出てきたかというと、1958年に東京都内のデパートで開かれたバレンタイン・セールでチョコレート業者が行ったキャンペーンが始まりだそうです。そして、今ではチョコレートといえばバレンタイン・デーの象徴のようになってしまいました。クリスマスもそうですが、キリスト教になじみの薄い日本では、本来の意味が忘れられてセールスに利用されがちのようですね。自分の命を犠牲にしてまで神の愛を伝え、実践したバレンティヌス・・・。今年のバレンタイン・デーは、そんな彼のことを思い出してください。

 
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虎落笛(もがりぶえ)

 冬の夜、車や人の声など人為的な音が鎮まってくると、風が木立を揺らしたり、サッシを鳴らしたりする音が自然、耳に響くようになります。 そして、時にはそんな音に雑じって甲高い音が耳に届きます。轟々と鳴る風のなか、ぴゅうぴゅうと、ぴぃぃと、時には長く短く、高く低く耳につく音、それが虎落笛(もがりぶえ)です。虎落は冬の季語。虎落とは竹を組んだ柵のことを指します。また、もがるとは駄々をこねる、逆らうなどの意味もあり、風に対して柵や垣根、木の枝などが抗っているように聞こえることから、この名で呼ばれるようになったとか。冬の厳しい寒さを感じさせる音色です。

 
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高校生インストラクター講座

 本日10時より、本校で高校生インストラクター講座をおこないました。この講座は羽生市が主催し、本校の生徒が講師として対応します。今日は「手作りハーバリウム教室」をおこないました。ハーバリウムとは植物標本のことを指し、色とりどりのドライフラワーなどが澄んだオイルで瓶詰めされたインテリア雑貨として人気があります。本日は20名を超える近隣の方々にお越しいただき、手作りのハーバリウムを作っていただきました。ドライフラワーの瓶詰めは初めての方が多く苦戦していましたが、生徒が丁寧に対応し、オリジナルのハーバリウムを作ることが出来ました。本校の活動を理解していただく一助とすることが出来ました。

 
インストラクター講座を始めます     今日つくるのはこれ!
 
   材料を配布します         ここはこうやって・・・
 
  教え方も慣れてきました    オリジナルのハーバリウム、完成!
 
  今日はありがとうございました      みんなで記念写真
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持久走大会

 本日、持久走大会をおこないました。朝から冷たい北風の吹く寒い日となりましたが、生徒たちは元気よく登校後健康観察をおこない、体育館に集合して点呼、諸注意、準備運動。その後順次スタートの葛西親水公園に移動し、10時30分より男子が8km走、10時45分より女子が7km走にチャレンジしました。持久走を見ていると、足の速い生徒が目につきますが、友だちと声を掛け合いながら励まし合って走る生徒、自分のペースで完走を目指す生徒、ゴールした後も仲間を応援し、ゴール前で苦しそうな生徒には走り寄って声をかけ共に走る生徒など、ふだん見られない面を見ることができ、生徒の思いやりや成長を感じました。多くの生徒ががんばってゴールしました。ゴール後倒れこむ者もいましたが、保護者から飲み物や食べ物をいただき、笑顔を見せてくれました。今日は帰宅したらしっかりと体の手入れをし、十分な食事と睡眠をとって、来週元気な笑顔を見せてくれればと思います。

 
  体育館で連絡・諸注意       スタート地点。さ、寒い!
 
    男子のスタート          女子のスタート
 
    押さないでね!       今のうちにゴールの準備を 
 
  男子の1位、1年山口君      次々とゴ~~~ル!
 
    完走しました!       女子の1位、2年の原口さん
 
   先生もAEDを抱え快走!      閉会式。全体1位は1年5組
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針供養

 日暮れが12月の当時の頃に比べ長くなってきました。陽が伸びて、春の到来が予感されます。さて、立春後の農作業などの仕事を始める2月8日は「事始め」、逆に農作業などの仕事を終えて正月の準備を始める12月8日は「事納め」となります。かつては両日ともに仕事を休んで家で静かに過ごす日とされていました。針仕事を控え、これまで使ってきた針に感謝をささげて供養する「針供養」も事始め、あるいは事納めの日におこなわれる儀式です。曲がったり、折れたり、さびたりして使えなくなった古い針を、豆腐やこんにゃく、もち、大根など柔らかいものに刺すことで、労をねぎらい、神社に納めたり、川や海に流したりする風習です。針仕事をする人が少なくなった現在でも、服飾業界の学校や企業の間では針供養が行われています。かつて寺社に用意された大きな豆腐に医師が注射針を、音楽業界関係者がレコード針を刺しに来ることも見られましたが、医療廃棄物の処理規制が厳しくなり、レコード産業が衰退した後は見られなくなりました。時の移り変わりを感じさせます。

  
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初午(はつうま)

 2月最初の午(うま)の日を初午(はつうま)と呼びます。本来は、農作業が始まる旧暦の2月に行われていました。711年(和銅4年・奈良時代)のこの日に、稲荷社の本社である京都の伏見稲荷大社に稲荷大神が鎮座されたといわれています。この日をしのび、伏見稲荷大社をはじめ、愛知の豊川稲荷や佐賀の祐徳稲荷神社など、全国の稲荷神社で盛大にお祭り(初午大祭)が行われます。また、立春を迎える2月の最初の午の日は、一年のうちで最も運気の高まる日とされています。「午(うま)」は方位の南を示し、時間は正午を表わします。この時間は太陽が最も高く上がり、一日のうちで陽光の力が最も強まる時といわれています。稲荷大神のお使いとされているのがきつねです。初午の日には、その好物といわれている油揚げやお団子などをお供えします。餅まきが行われる地域もあります。

  
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御神渡り(おみわたり)

 寒い日が続きますが、風邪をひいたりしていませんか? 今日は冬の風物を紹介します。冬、全面結氷した湖の表面が割れ、その裂け目に沿って氷が盛り上がる現象があります。急激な温度の変化により氷が膨張して長い帯状に隆起し、湖に突如できた一本の道筋は神秘的で、「神の渡り道」とされました。長野県の諏訪湖の「御神渡り」が特に有名で、近くの諏訪大社と八剱神社により1443年からほぼ毎年記録されていますが、ここ数年は見られず、昨年2月1日に5年ぶりに確認されたそうです。

 
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吹奏楽部ミニコンサート

 2月2日(土)、吹奏楽部が館林市のアゼリアモールで昨年に続きミニコンサートをおこないました。吹奏楽部は現在8名で活動しています。この日は11時30分、13時30分、15時30分の3回演奏会をおこない、13時30分の演奏会には多くの方がお見えになっていました。この日の演奏はアンコールを含めて全8曲で、初めは緊張もあり、トークにぎこちなさもありましたが、次第に雰囲気に慣れ、ふだんの練習の成果を十分に発揮する演奏をすることができました。
 このような成功体験をさらに積み重ね、多くの人々を魅了する活動を続けてもらえればと思いました。

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立春

 立春は2月4日頃および雨水までの期間を指します。旧暦ではこの日がが1年の始めとされていたため、決まり事や季節の節目はこの日が起点になっています。八十八夜、二百十日、二百二十日も立春から数えます。冬至と春分の真ん中で、まだまだ寒いですが、暦の上では旧冬と新春の境い目にあたり、この日から春になります。梅の花が咲き始め、徐々に暖かくなり、春の始まりとなります。立春の早朝、禅寺では、入口に「立春大吉」と書いた紙札を貼る習慣があります。厄除けとして、家の鬼門にこの紙札を貼るご家庭もあります。「寒中見舞い」は立春の前日までに出してください。以降は「余寒見舞い」(2月下旬頃まで)になります。

 
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毘沙門堂節分会でボランティア

    昨日2月3日は節分で各地で豆まきなどの行事がさかんにおこなわれました。羽生市でも学校の近くの毘沙門堂で節分会がおこなわれ、本校の生徒たちもボランティアで参加しました。朝から暖かく穏やかな日で、日向にいると汗ばむくらい陽気で、生徒たちは裏方や案内など汗をかきながら頑張っていたと思います(人が多くてどこでどのような役割をしていたかよくわかりませんでした)。

 
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学校評価懇話会

 本日、学校評議員の皆様、生徒代表、事務局が参加して第2回学校評価懇話会をおこないました。担当から今年度の学校の教育活動、学校の状況、学校自己評価システムシートの説明の後、学習成果の発表として明日館林市のアゼリアモールでミニコンサートをおこなう吹奏楽部の演奏を聞いていただきました。生徒会長の2年桜澤さん、農業クラブ会長の2年森さん、生徒会副会長1年尾澤さんが現在のそれぞれの活動や体験、高校受験の志望動機などについて話してくれました。委員の皆さまからは激励や貴重なご意見をいただき、学校改善のヒントをいただくことができました。

 
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節分(せつぶん)

 明後日2月3日は節分です。本来、節分というのは立春・立夏・立秋・立冬の前日のことで、四季の分かれ目を意味しています。立春の日、古代中国では天子が群臣を率いて東方に出て春を迎え、農業開始の日を祝いました。暦によって一年の始まりのとらえ方はいろいろで、冬至、太陽暦の元日、陰暦の元日、それに旧暦では立春正月といってこの立春もそうなのです。立春が1年の初めと考えられることから、四季の節分のうちでも春の節分が最も重視されて、一般に「節分」といえば春の節分を指すものとなっています。立春を新年と考えれば、節分は大晦日に相当する訳で、節分には前年の邪気を祓う追儺(ついな)の行事が行われます。その代表が「豆まき」です。 もともとは中国から伝えられた習俗ですが、我が国でも広く行われるようになりました。豆まきの豆は大豆ですが、硬くて「木火土金水」の五行では「金」に属します。古来疫病や災厄というのも金気に属するものと考えられていました。この大豆は最初煎ることによって火気にあてられ「火剋金」の原理で剋されて、「鬼は外」といって外にまかれて捨てられたり、「福は内」といってまかれてから人々に食べられたりして、要するに豆はみんなやっつけられてしまいます。ですから、豆というのは実は鬼をやっつける道具でありながら、実は鬼そのものにも見立てられるわけです。豆まきというのは邪気を祓うとともに春の気を助ける行事、つまり春を呼ぶ行事でもあるのです。大豆は日本人にとって、味噌、豆腐、醤油など私達の生活に欠かせない大切な作物です。この大豆の持つ力に霊力を与えて、鬼を滅する魔滅(まめ)という字もあてられます。豆は「福豆」と言って節分の夜に、自分の年齢よりも一つ多く食べる…福を新年の分も一緒にいただく、という意味があります。また、最近恵方巻きの宣伝をよく見かけます。恵方というのはその年に美しき歳徳神がいる方角で、恵方を向いて巻き寿司(関西では太巻きと言います)を切らずに食べます。巻き寿司を使うのは「福を巻き込む」からで、「縁を切らないために包丁を入れない」ために、まるごと食べることになったそうです。恵方巻きは節分に食べると縁起が良いとされており、1998年にセブン-イレブンが全国発売にあたり、商品名に「丸かぶり寿司 恵方巻」と採用したことにより広まったとされています。最近では豆まきよりも身近に広まっているような気がします。

  
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2月の風景

 2月はグレゴリオ暦で年の第2の月に当たり、通常は28日、閏年では29日となります。他の月の日数が30又は31日なのに対して2月だけ28または29日なのは、初代ローマ帝国皇帝アウグストゥスが紀元前8年に8月の日数を30日から31日に変更し、そこで不足した日数を2月から差し引いたためです。それ以前のローマ暦では年初は3月であったため、単に年末の2月から日数を差し引いたようです。欧米での呼び名であるFebruaryはローマ神話のフェブルウス (Februus) をまつる祭りから取ったと言われています。日本では旧暦2月を如月(きさらぎ、絹更月、衣更月と綴ることもある)と呼び、現在では新暦2月の別名としても用いています。「如月」は中国での二月の異称をそのまま使ったもので、日本の「きさらぎ」という名称とは関係がありません。「きさらぎ」という名前の由来には諸説あります。旧暦二月でもまだ寒さが残っているので、衣(きぬ)を更に着る月であるから「衣更着(きさらぎ)」、草木の芽が張り出す月であるから「草木張月(くさきはりづき)」、前年の旧暦八月に雁が来て、更に燕が来る頃であるから「来更来(きさらぎ)」、陽気が更に来る月であるから「気更来(きさらぎ)」など・・・。旧暦二月は新暦では3月ごろに当たり、梅の花が咲く時期で春の到来が九州や沖縄では感じられます。

 
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1年進路ガイダンス

 本日5・6限、1年生の進路ガイダンスを体育館でおこないました。5時間目は「社会ってどんな感じですか?」という寸劇を、6時間目は人材育成家、慈善活動家の加藤秀視先生より、自らの体験をもとに高校時代にやっておくべきことや友だちを作って前向きに生きていく等の講演をしていただきました。
 1年生も2年後には学校を巣立ち、新しい社会に入ります。本校では卒業後就職する生徒も多く、自分の将来について考えるよい機会となりました。今日の進路ガイダンスから1つでも自分のプラスとなることが得られればと思いました。

 
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夜ばなし

 核家族化がすすんだ現代ではあまり見られませんが、昭和の半ばまでは大家族が当たり前で、皆で冬の寒い夜には炉端などに集まって物語の話しをすることがありました。この習慣は夜ばなしと呼ばれ、おじいちゃん、おばあちゃんから民話などが子や孫に語り継がれていったのです。冬の寒い夜には炉端などに集まって物語の話しを聞くことは、雪国の人にとっては雪に閉じ込められたこの季節では、数少ない娯楽のひとつでもありました。

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雪の名前

 雪は日本の冬の風物。スキーやスノボ、雪まつりなど雪の楽しみ方があります。またそれ以外にも風流な楽しみがあります。それは、感性豊かな「雪の名前」にふれて、冬の風情を楽しむこと。四季折々の美しさを「雪月花」というように、雪には独特の魅力があり、それを表す言葉もたくさん生まれました。言葉ひとつで雪の世界が広がります。降る時期によって変わる雪の名前には、初めて降る雪は「初雪」。その冬初めて山々に積もる雪は「初冠雪」。冬に別れを告げる最後の雪は「終雪」(しゅうせつ)。「雪の別れ」「雪の果て」「雪の名残」ともいわれます。もうすぐ春という頃に名残を惜しむように降る雪は「名残雪」(なごりゆき)。有名な歌もありますね。雪が降り積もった様子を「銀世界」、「銀雪」、「雪化粧」。積もったばかりの雪は「新雪」。一度にたくさん降り積もると「どか雪」。積もった雪で薄明るくなる様子を「雪明かり」。ひとつひとつの雪の名前をみているだけで、その情景が浮かんできます。雪は降り方を表す言葉も多彩で、絶え間なく降る様子は「こんこん」、ひるがえりながら降る様子は「ちらちら」、軽やかに降る様子は「はらはら」、空中に漂う様子は「ふわりと」「ふわっと」などと表現し、木の枝や屋根から落ちる雪は「どさっ」。雪の状態を表した名前とっしては、雪の美しさを表す「白雪」、「雪花」(せっか)、「深雪」(みゆき)。細やかに降る雪のことを「細雪」(ささめゆき)。谷崎潤一郎の小説や、歌謡曲にもありますね。粉のように細やかな雪のことを「粉雪」「米雪」(こごめゆき)。スキーをするならこんなパウダー・スノーがよいですね。うっすらと積もってすぐ溶けてしまう雪は「泡雪」「淡雪」「沫雪」(あわゆき)。風上の降雪地から、風にのって流されてきた雪は「風花」。「豪雪」では風情などといってはいられないかも知れませんが、雪は冬の使者。雪の降る様子に美しい名前や言葉を与えた日本人の感性を、私たちも大切にしたいですね。

 

 

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冬夕焼(ふゆゆうやけ)

 別名、冬茜(ふゆあかね)や寒夕焼(かんゆうやけ)とも言います。冬になると気温が低くなり空気が澄んで、夏に見る夕焼よりも色が鮮やかになります。太陽光の波長の長い赤光色だけが見えるので、木々が影絵のように浮かび上がり、空には真っ赤な夕景が広がります。また、陽が沈んだ後も地平線には赤い帯が残ります。このような空でUFOが目撃されることもあるそうです。ただ寒さは格別です。

 
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シクラメン

 この冬の時期、目を楽しませてくれる花の1つにシクラメンがあります。シクラメンは日本で最も生産されている鉢植え植物です。元々は地中海沿岸、ギリシャからチュニジアにかけて原種が自生し、古来は花ではなく、塊茎の澱粉を注目され、食用とされていました。しかし、大航海時代以後新大陸からジャガイモがもたらされると、シクラメンを食用にする習慣はなくなっっていきました。 日本には明治時代に伝わりました。戦後急速に普及し、品種改良も進められ、花色も黄色や二色、フリンジ咲き、八重咲きなどが登場しました。日本における鉢植え植物では生産量はトップクラスで、冬の鉢植えの代表格として定着しています。 従来、鉢で育てる室内観賞用のシクラメンが一般的でしたが、原種との交雑により、1996年に埼玉県児玉郡児玉町(現本庄市)の田島嶽が屋外に植栽可能な耐寒性のあるミニシクラメンの系統を選抜し、「ガーデンシクラメン」として売り出しました。この「ガーデンシクラメン」はガーデニングブームの波に乗り流行し、全国で生産が始まり、瞬く間に普及しています。

 
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学校説明会

 1月26日(土)午前、今年度最後の学校説明会をおこないました。寒い日にもかかわらず、130名を超える中学生・保護者の方々においでいただきました。校長の挨拶の後、入試に関する説明、商業系学科、農業系学科の説明をパワーポイントを利用してわかりやすくおこないました。その後、校内見学と個別相談をおこないました。個別相談にも多くの中学生・保護者に参加をしていただきました。今日参加された中学生が入試でいい結果を出して、希望の学部に入学できることを祈念します。

 
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あんこう鍋

 あんこう鍋は、あんこう(鮟鱇)を主な具材とする鍋料理で、「西のふぐ鍋、東のあんこう鍋」と言われ、冬の代表的な鍋料理として東日本において広く食べられていますが、特に茨城県および福島県いわき市の鍋料理として、多くの店で提供されています。あんこうは、日本近海の水深100~300mの砂泥底に生息している深海魚で、底引き網(トロール網)で他の魚と一緒に水揚げされます。漁獲高日本一は山口県下関市とされていますが、茨城県を境に「北のアンコウ」、「南のアンコウ」と分けられ、北の海で獲れるアンコウの方が高値で取引されています。特に、親潮と黒潮が交わる茨城県の鹿島灘海域はプランクトンが豊富で質が良く、久慈漁港や平潟漁港で主に水揚げされている常磐物は築地市場で上物とされています。深海魚であり外見が奇妙ですが、「食べられないところがない」と言われるように、身はもちろん、皮や内臓、エラなど、骨以外は全て食べることが出来る無駄のない魚です。あんこう鍋の味付けは大きく分けて4種類で、味噌味は漁師風の味として、民宿や旅館、居酒屋、割烹料理店などで多く出されています。店独自の割下(スープ)により個性を出しています。料亭などの高級店では上品な醤油味のあんこう鍋が好まれています。これを味噌味にする場合、肝と味噌を練り合わせた団子の様なものを好みで鍋に加えます。どぶ汁は大洗町や北茨城市の一部の店で味わえる、より濃厚なあんこう鍋で、溶けたあん肝によりスープが濁ることから名付けられました。漁師風どぶ汁は上記のどぶ汁とは調理法が異なり、アンコウと野菜の水分だけでスープを作る鍋で、水を使わず野菜と味噌、アンコウだけで栄養価の高い鍋ができることから、漁師達に重宝されていました。ただし、この調理法は手間と時間が必要で、相当手馴れた人でなければ作ることが難しいため、一般的に提供している店は少なく幻の鍋です。どの調理法でも、最後にごはんと玉子、出汁を加え、「おじや(雑炊)」にして食べることが多いです。ふつう、魚はまな板で捌く事が多いのですが、アンコウの表面はぬめりが有り水圧に耐えられる柔らかい体のため、大きな個体になるとまな板の上で捌く事は難しく、そのため「吊るし切り」と呼ばれる方法がとられます。 その方法とは、下顎に鉤状のものをかけてアンコウを吊るし、水や氷を入れることによって安定させ、アンコウを回転させながら捌くのです。江戸時代の頃から始められていたと言われています。現在でも、茨城県にある大洗ホテルや一部の食事処でも店の前で吊るし切りを行っています。アンコウは栄養成分が豊富です。80%を水分が占める低カロリーの魚ですが、あん肝(肝臓)は脂質量が40%もあり高カロリーです。皮やヒレにはコラーゲンが多く含まれており、ビタミンCの多い野菜と食べる鍋は食品と一緒に食べると肌をきれいにすると言われています。

   
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進路体験発表会

 本日6時間目、進学・就職が決まった3年生による進路体験発表会をおこないました。3年の進路決定者が1・2年生の教室にそれぞれ3人ずつ訪問し、「いつ頃進路を意識したのか」、「受験前の心構えと下調べ」、「実際の体験」、「後輩へのアドバイス」などを自ら体験を交えて伝えました。3年生から1・2年生に「遅刻はしないように」、「面接練習はしっかりやっておいたほうがい」、「勉強は大切」などのアドバイスがあり、1・2年生からは「オープンキャンパスに何回行ったのか」、「内定後、課題が出されるのか」など質問もありました。3年生の進路の決まった生徒たち、お疲れ様でした。1・2年生もこれをきっかけに進路に向けてしっかりと考え、対応してもらえればと期待します。

   
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かぶ

 かぶは冬の代表的な野菜で世界中で栽培されています。原産地についてはヨーロッパもしくは中央アジアと言われています。かぶの語源は諸説あり、頭を意味する「かぶり」、根を意味する「株」、またはカブラの女房言葉である「オカブ」からとされています。歴史は古く、中国では詩経に記載され、ヨーロッパ系も古代ギリシャの史料にみられます。ただし、ヨーロッパで広く普及したのは16世紀からで、飼料用途が多かったようです。 東ヨーロッパなど寒冷な地では冬場の貴重な食料源や救荒植物として活用されました。日本では、古事記の「吉備の菘菜(あおな)」がかぶのことと見られるほか、日本書紀に持統天皇が栽培を推奨したと記されています。京野菜など西日本で見られる中国伝来のアジア系とともに、東日本でヨーロッパ系(野沢菜など関連する変種も含む)が在来種として確認され、シベリア経由と見られています。根の部分の栄養素はダイコンとほぼ同じで、葉にはカロテン、ビタミンC、食物繊維が豊富に含まれています。アブラナ科に共通する苦味や辛味はありますが、かぶはなかでも甘味が強く、寒い時期ほど甘味は強まります。主要産地は千葉県で3割を占め、これに次ぐ埼玉県、青森県で全国生産量の約半分を占め、ほぼ全てが小かぶです。日本のかぶは味がよく、固いため、生食より煮物や味噌汁・シチューの具材として利用が多いですが、一部では蕎麦の薬味として大根おろしの様に利用されることもあります。加熱すると一転して非常に柔らかくなるため、ダイコンのようにじっくり煮込む料理には向いていません。日本料理では風呂吹きにも利用され、浅漬け、糠漬け、千枚漬け(聖護院かぶら)、酸茎などの漬物に加工されます。かぶな、すずなはともに冬の季語で、その白さを降雪に関連づけた詩歌が見られます。 カブの葉はスズナ(鈴菜、または菘。根の形を鈴に見立てた)として、春の七草にも数えられていて、現代でも葉が付いた状態で販売されている事が多いです。

 
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花の内(はなのうち)

 花の内はお正月の1月15日から31日までの期間を指すことばで、元旦から7日までの『松の内』や1月4、5日の小寒に始まる30日が『寒の内』と呼ばれているのと同じような意味です。東北地方でヒエ、アワの穂や削り花を立てておくのでこう呼ばれたと言います。また、1月15日の『小正月』には木の枝にモチや団子を刺して豊作祈願するので『花正月』とも呼ばれ、稲の予祝を行うので稲の花にかけて『花の内』という説もあります。ただ、この時期は咲いている花は少なく、暖かい春が待ち遠しいです。

 
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授業紹介2

 5・6時間目、3年生園芸科の課題研究発表会をおこないました。来年課題研究をする2年生の前で1年間取り組んできた研究の発表をしました。緊張して言葉に詰まるところもありましたが、パワーポイントを利用して研究の内容を的確に伝えられたと思います。

 
 

 

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白菜

 寒い日が続きます。この時期は鍋物で体を暖めたいところですが、冬場の鍋に欠かせないのが白菜です。白菜の原産国は中国で、日本には江戸時代に渡来しました。菜類の中では貯蔵性が高く、冬場ですと2カ月ほどもちます。今ではいつでも食べれれる白菜ですが、旬は1月ごろで栄養面では野菜の中でもに水分が多く、カロリーは低く、カリウムや食物繊維が豊富に含まれています。カリウムや食物繊維は血圧を上昇させるナトリウムを体外へ排泄する働きがありますので、高血圧を予防する働きを期待することができますが、漬物はそれ自身にナトリウムが多量に含まれているので、高血圧予防の効果は期待できません。選び方のポイントは葉先まで固く巻いていて、大きさのわりに重いものを。切ったものを買う場合は、断面が水平で葉が詰まっているものを選びましょう。黒い斑点があるものは避けた方がいいです。白菜はビタミンCはそれほど多くありませんが、冬は供給源が不足する季節ですので、あんかけなどで煮汁も一緒にいただけるように工夫したいものです。丸ごとのものは新聞紙にくるんで冷暗所で保存。半分に切ったものは、下部の根元に縦に切り目を入れ、湿らせた新聞紙でくるんで冷蔵庫で保存してください。昨年雨が多かった影響で、野菜は高値が続いているものもありますが、しっかりと食べたいものです。

 
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授業紹介

 6時間目、1年3組の生物基礎の授業は「ウニの受精」の実験。担当の三上先生が千葉県の房総の海で採ってきたウニの受精を、実際に理科の器具を使い、顕微鏡でそのようすを観察しながら、内容をプリントにスケッチしたり、まとめたりしました。

 
 
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フランス、大変革の日

 タイトルから「一体何のこと?」と思う人が多いと思いますが、これには多分に私の主観が入っていますので、「こう考える人もいるのね。」くらいにとらえていただけるとありがたいと思います。今から226年前の1月21日のフランスのパリで、国王だったルイ16世が多くの公衆の前でギロチンで処刑されました。フランスは古くから国王の権力が強く、国王の命令のもと、近代以降はヨーロッパの強国として近隣の国々と争ったり、海外にも積極的に進出して強勢を誇っていました。しかし、18世紀以降はその積極戦略がうまくいかず、国家財政が厳しい状況が続いていきました。このフランスを根底から支えていたのは、農民や商人などの第3身分でしたが、彼らは搾取の対象で、その上に立つ聖職者や貴族は税金も払わず、退廃的で贅沢な暮らしを送っていました。これに不満を募らせた第三身分の人々がパリのバスティーユ牢獄を襲撃してフランス革命が始まりました。国王ルイ16世はこの事態収拾をうまくできず、国家逃亡を図るなど多くの人々の信頼を失い、彼らの怒りを増幅させて、議会の決定で処刑となりました。でも、王が庶民に公開処刑にされるなどふつうは考えられません。各国の皇帝や王はぞっとしたと思います。その後、フランスではナポレオンが皇帝となったりと皇帝政治、王政治が復活したこともありましたが、現在のフランスは民主主義の国家として、EUの中心として、世界をリードする立場にあります。現在も国王がいる国もまだありますが、人々の声が政治に反映される国が多くあります。その意味では、ルイ16世の処刑・体制変更は当時のヨーロッパ社会に大きな衝撃を与え、民主主義社会への道を開いたと言えると思います。現在のフランスも社会の混乱が大きく、近く大きな変革が起こるかもしれません・・・。

 
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大寒(だいかん)

 明後日1月20日は今年の大寒です。また、2月上旬の立春までの期間のことを呼びます。大寒は冬の季節の最後の節気で、寒さがさらに厳しくなり、1年中で最も寒い時季です。小寒から立春までの30日間を寒の内といい、大寒はそのまん中に当たります。この時期には、寒稽古など耐寒のためのいろいろな行事が行われます。また「寒仕込み」といって、寒気を利用した食べ物(凍り豆腐、寒天、酒、味噌など)を仕込むのに最もよい時期とされています。寒の水とは寒の内の間に汲んだ水のことで、この時期の水は雑菌が少なく体にも良いとされてきました。また、長期保存に向いているとされ、「寒の水」で作られた味噌、醤油、酒は腐らないといわれています。中でも、寒の入りから9日目に汲んだ寒九の水は、薬にもなるといわれるほど良質とされ、酒造りにおいて最高の酒ができるといわれています。良質のものができるのはうれしいですが、寒さが大好きな人は少ないですよね?

 
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阪神淡路大震災の記憶

 高校生のみなさんも聞いたことがあると思いますが、24年前のこの日、近畿地方はマグニチュード7.3の大地震に襲われ、特に神戸の街が壊滅的な打撃を受けました。この地震は阪神淡路大震災と呼ばれ、道路・鉄道・電気・水道・ガス・電話などの生活ライフラインは寸断され、広範囲において全く機能しなくなりました。これ以降、都市型災害及び地震対策を語る上で、「ライフライン」の早期の復旧、「活断層」などへの配慮、建築工法上の留意点、「仮設住宅」「罹災認定」等の行政の対策などが注目されるようになりました。死者6434名、行方不明者2名、負傷者43792名と、多くの人々が打撃を受けました。避難人数はピーク時で316678人、住家被害は約90万棟、火災被害はやく14600件、その他道路の破損7200か所以上、橋梁の破損330箇所、河川の破損774箇所、崖崩れ347箇所となり、被害総額約10兆円規模と未曾有の規模の災害でした。この被害に対応するため、全国からさまざまな形の「救援・支援」が寄せられました。救援物資・義援金・ボランティア活動のほか、インフラの復興には他府県の電力会社・ガス会社などの多くの職員が復興応援のために現地入りし、対応しました。8年前の東日本大震災の時、この時の経験が生きたこともあったかと思います。災害は起こってほしくありませんが、いつ何が起こるのかわからないのも事実です。さまざまな場面に対応できるよう、ふだんから準備、対応の検討はしておきましょう!

 
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藪入り(やぶいり)

 江戸時代に、商家などに住み込みで働いていた丁稚(でっち)や女中などの奉公人、嫁いできた新婚のお嫁さんが、休みをもらって実家に帰省することを「藪入り」と呼びました。1月15日の小正月が終わった翌日の1月16日と、7月15日のお盆を終えた翌日の7月16日が藪入りの日でした。奉公先あるいは嫁入り先で正月と盆という重要な行事を済ませ、そのうえで実家の行事にも参加できるようにとの配慮が生んだ習慣とされています。現在のような定休日がお店にない時代、藪入りは奉公人にとっては貴重な休日で、主人はお小遣いや着物などを持たせて、親元に送り出したそうです。第二次世界大戦が終わり、労働基準法が整備され、日曜日などを定休日とする店が増えたことで、藪入りの習慣は過去のものとなりました。但し、正月と盆の帰省という形式で藪入りの伝統は、現在にも継承されています。

 
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小正月

 旧暦の1月15日は立春後の望月(もちづき。満月のこと。)にあたり、その昔この日を正月としていました。元服(現在の成人式)が行われていたのもこの日です。やがて太陽暦になると、元日を「大正月」、1月15日を「小正月」と呼ぶようになりました。大正月が年神様を迎える行事なのに対し、小正月は豊作祈願や家庭的な行事が多いのが特徴です。また、大正月を男正月、小正月を女正月ともいい、松の内に多忙をきわめた女性をねぎらう休息日でもありました。小正月には餅花を飾り、豊作を祈ります。餅花とは紅白の餅で、これを柳などの木に飾りつけ、農耕神の予祝の花とされている桜の花や、実った稲穂に見立てます。地方によっては餅ではなく繭を使い、繭玉と呼びます。餅花は小正月の正月飾りでもあります。また、小正月には小豆粥を食べ、無病息災を祈ります。小豆のように赤い色の食べものは邪気を払うと考えられています。祝い事の席には、小豆を使った赤飯などがつきものですね。

 
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成人について

 14日(月)は成人の日です。現在は男女を問わず、20歳になると公に「成人」として扱われます。そして、晴れて成人となった若者が大人としての重い責任を新たに自覚し、同時に彼らを祝い、励ますのが「成人式」です。成人を20歳以上としたのは、1898年(明治29年)の民法制定時に徴兵制度や課税の基準年齢が満20歳だったことにあわせたものと言われています。成人の日が1月15日と制定されたのは1948年(昭和23年)のことで、戦後の混乱の昭和21年、埼玉県蕨市で日本の将来を担う若者を激励するために開催された「青年祭」がきっかけとなりました。そのなかの行事「成年式」が全国各地で成人式として広まり、そのうねりを受けて国が「国民の祝日に関する法律」に成人の日を盛り込んだのです。1月15日が成人の日となったのは、昔は正月に大人として認められる「元服」の儀式をおこなったから、小正月や関東以外の松の内の終わりが1月15日であるからなど、諸説あります。ちなみに、成人の日はハッピーマンデー法により2000年(平成12年)以降は1月の第2月曜日となりました。日本では、明治29年の民法制定まで成人を20歳以上とする考えはなく、男子は平安時代以降10~16歳、女子は12~13歳が成人としてとらえられ、下していた髪を結い上げる「髪上」という儀式をおこなっていました。また、一定の年齢に達したら成人という考え方ではなく、1日に何キロの芝を刈れるなどの行為ができるようになれば成人として認める考え方もありました。
 ところで、昨年6月13日に成人年齢を現行の20歳から18歳に引き下げるとともに、女性が結婚できる年齢を16歳以上から男性と同じ18歳以上にする改正民法が可決、成立しました。施行は2022年4月1日からとなります。つまり、今の高校1年生は今までと同じように20歳で成人となりますが、1学年下の中3、中2の生徒は2022年に成人となり、3学年が一挙に成人となる現象が生まれます。成人式の在り方ややり方や、未成年者のため契約の際に親の同意が必要だったことがなくなるなど、大きな変化が起こります。これから社会全体で考え、対応していかなければならない課題です。

  
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鏡開き

 お正月の間、年神様の居場所になっているのが鏡餅。そのため、年神様がいらっしゃる松の内の間は飾っておき、松の内が過ぎたら下げて食べ、年神様をお送りします。年神様の依り代(よりしろ)である鏡餅には年神様の魂が宿っているとされるため、鏡餅を食べることでその力を授けてもらい、1年の家族の無病息災を願います。
つまり、鏡餅は供えて、開いて、食べてこそ意味があるのです。松の内を1月7日までとする地方では11日に、関西など松の内を15日とする地方では15日に鏡開きを行う場合が多いようです。昔は「二十日正月」といって20日に鏡開きを行っていましたが、徳川幕府三代将軍・徳川家光が慶安4年4月20日に亡くなったため、月命日の20日を避けて11日になったといわれています。鏡開きはもともと武家から始まった行事で、鏡餅に刃物を使うことは切腹を連想させるので禁物でした。そこで、手か木槌などで割ることになりましたが、「割る」という表現も縁起が悪いので、末広がりを意味する「開く」を使って「鏡開き」というようになりました。鏡開きで年神様を見送り、お正月に一区切りつけるということは、その年の仕事始めをするという意味がありました。剣道などの武道で、新年の道場開きに鏡開きとしてお汁粉をふるまったりするのは、その名残りです。また、祝い事の時に振舞われる樽酒のふたを割ることも鏡開きといいますが、これは酒樽のふたのことを「鏡」と呼んでいたから。米からできる日本酒は神聖なものとされ、神事を営む際に神様に供えられ、祈願が済むと参列者で酒を酌み交わして祈願の成就を願う風習がありますので、やはり縁起の良い「開く」という表現を使っています。鏡餅の鏡開きも、樽酒の鏡開きも、新たな出発に際して健康や幸福などを祈願し、その成就を願うということは同じなのです。

   
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雑煮

 雑煮は、年神様にお供えした餅のご利益を頂戴するために、年神様の魂が宿った餅を野菜や鶏肉、魚介などといっしょに煮込んで作る、お正月には欠かせない料理です。地方色も豊かで、また、家庭ごとに我が家の味があるのも特徴です。雑煮は元々は正月だけのものではなく、室町時代に武家社会の儀礼的な宴で、本膳料理の前菜として出されたのが始まりです。あわびや里芋、山芋、大豆など健康によいもの7種を入れた煮物で、お酒を飲む前に食べて臓腑を保護・保養する意味があり、「保臓(ほうぞう)」と呼ばれ、「宝雑」「烹雑」と書くこともありました。江戸時代にお餅を入れて雑多なものを煮込む「雑煮」となり、各地にいろいろな雑煮が生まれました。また、雑煮を煮るときは、「若水」を使うのが本来の習わしです。「若水」とは元旦に初めて汲む水のことで、「初水」「福水」ともいい、これを飲むと1年の邪気が祓えるといわれています。昔は井戸や湧水を汲みに行きましたが、今は元旦に水道で汲めばいいのですから、手軽に実践できますね。「若水」は、ぜひ家長が汲んでください。雑煮は地方によっても様々で、材料も作り方も違います。京都中心の関西では、白みそ仕立てで、丸餅を焼かないで煮る、まったりした甘い味わいが特徴です。京都文化の影響の強いところは、白みそ仕立てに丸餅が基本。丸餅なのは、鏡餅を模しているからです。日本海側や山間部が赤みそなのは土地の食文化が融合した例でしょう。一方、関東や中国・九州地方では、しょうゆ仕立てのすまし汁が多く、角餅(切り餅、のし餅)を焼いて入れ、すっきりした味わいが特徴です。江戸文化の影響の強いところは、すまし汁に焼いた角餅が基本。そこへその土地ならではの具材が入ります。みそを使わないのは、武家社会では「味噌をつける」がしくじるという意味で縁起が悪いから。角餅なのは、丸める手間がかからず合理的で、焼いて膨らみ角が丸くなると解釈します。関西風・関東風は、関西地方・関東地方という単純なものではなく、その土地の礎を築いた人が京都文化・江戸文化どちらの影響を受けているかが反映されています。全国的にすまし汁が多いのは、参勤交代で地方に江戸文化が伝わったためです。海辺の町では魚が入り、山里では地元の野菜が入ります。香川などで小豆のあんころ餅を入れるのは、せめて正月には稀少な砂糖を食べたいという思いの表れです。地域性ばかりでなく、家によっても雑煮は違います。それは、祖先や親の出身地、結婚した相手の出身地、好みなどが融合して我が家の雑煮になっているからです。あらためて、我が家の雑煮を見直してみるのも面白いかもしれませんね。

   
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だるま

 赤くて丸い身体に、黒々とした眉とひげ。転んでもすぐに起き上がる「七転び八起き」のだるまは、商売繁盛や運が向く縁起物です。神社やお寺の縁日などで売られますが、特に歳末から3月ごろまで、全国各地でだるま市が開かれています。だるまのルーツは、室町時代に作られていた起き上がり玩具ですが、江戸時代に達磨大師の姿を模して作られたところから、「だるま」と呼ばれるようになりました。達磨大師とは実在の人物で、中国の嵩山(すうざん)少林寺で、9年も壁に向かって座禅をして悟りを開き、禅宗の始祖となったという高僧です。群馬県高崎市の少林山達磨寺が、このだるま発祥の地として有名です。昔、碓氷川の大洪水で流れてきた巨木で、一了(いちりょう)という行者が達磨大師の姿を彫ってお堂に安置したのが達磨寺の起こりです。江戸時代、天明の飢饉の時に、少林山の九代目・東嶽(とうがく)和尚が、農家の副業として達磨大師の絵を手本に張り子のだるまを作らせ、七草大祭で売らせたところ、商売繁盛、家内安全のご利益があるとして、たいそう評判になりました。
毎年1月6日・7日に「少林山七草大祭だるま市」、通称「高崎だるま市」が開催されています。高崎だるまの顔は、眉は鶴、ひげは亀を表しているそうで、縁起の良い顔の福入りだるまを買い求める多くの人で賑わいます。だるまは、売られている時は両方の目が白いままのものがほとんどです。だるまに「願」をかける際に片方の目に黒目を入れ、願いがかなった時にもう片方の目を入れますが、これは、昔、養蚕農家で行われていた風習からきているといわれます。群馬県は養蚕が盛んな土地です。蚕は年に3回繭を作りますが、養蚕農家では、春の繭が良ければだるまに片目を入れ、秋の繭も良いと、もう一方の目も入れる習慣があり、それが一般に広まったといわれています。また、目を入れることは「目(芽)が出る」に通じてめでたい意味もあるそうです。

         
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3学期始業式

 本日、3学期の始業式をおこないました。今年も昨年同様暦の関係で休みが長く、家庭でゆっくりと過ごせたようで、多くの生徒が元気に登校しました。校長よりは新年にあたり3年生、1・2年生に激励のことばを贈りました。さらに進路指導担当の飯田先生より進路の状況、生徒指導部の網野先生より生活面についての話がありました。その後、ウエイトリフティング関東高等学校選抜大会に出場する2年平井君の壮行会をおこないました。校長の激励の後、新たに生徒会長になった2年生の桜澤さんのことば、選手を代表して平井君の決意のことばがありました。2年連続で関東大会を突破して、3月におこなわれる全国大会に出場することを期待します。

 
     校長講話          進路指導主事の話
始業式での「校長講話骨子」
 皆さん、おはようございます。少し遅いですが、あけましておめでとうございます。平成31年となりました。あと4か月で平成も終わり、新しい年号に代わります。平成を振り返ってみると、最初はバブルという空前の時代に始まり、その後リーマンショックなどによる不況やや東日本大震災をはじめとする大きな災害があり、慌ただしかった印象が強くあります。皆さんの生まれた年号から次の年号へ、どんな年号になるのでしょう? 
 さて、今日は新年のはじめということで、皆さんにことばを贈ろうと思います。まず、1・2年生にはアメリカNBAのスーパースター、マイケル=ジョーダンが言ったことばです。「ぼくはキャリアを通じて9000回以上のシュートをはずした。300回近い試合に負けた。勝敗を決するシュートを託され、失敗したことは26回ある。人生で何度も、何度も、何度も失敗を重ねてきた。だから成功できたんだ。誰もが才能を持っている。でも能力を得るには努力が必要だ。」このことばから、皆さんはいろいろなことを考えると思います。そして、自分が正しいと思ったことを実行してください。先日の生徒会の立会演説会で、立候補した皆さんが百周年をみんなで成功させたいという抱負を語ってくれました。大きな目標でも、全体も目標でもいい。小さな目標でも、自分の目標でもいい。失敗の中から成功をつかみ取っていってくれればと思います。
 次に3年生には、バスケットボールのつながりで、アニメ「スラムダンク」に登場する湘北高校バスケットボール部顧問の安西先生の言ったことばです。「そろそろ自分を信じていい頃だ…。今の君はもう十分あの頃を越えているよ。」入学以来3年近くがたち、心身ともに社会においても十分やっていける時期になった3年生の皆さん。いろいろな力はこの3年間で十分身についています。新しい社会に入り、混乱や戸惑いはあると思いますが、自分を信じて対応していきましょう。
 少子超高齢化、AI・ロボット化、多様な価値観がある現代社会や未来においては、今までの常識や既成事実は通用しなくなってきています。数十年後には今ある仕事のかなりがなくなり、新しいものにとって代わられていくと言われています。このような大変革期に、社会や企業は若い感覚や柔軟な考えを持つ皆さんに期待しています。
 先程も話しましたが、今年度は開校百周年を迎えます。戦争もあった大正、昭和、大災害発生の平成の激動から新しい年号の年に、百年の集大成の年へと変わります。このような節目の時に今までを振り返り、新たに目標を立てて、次のステップへと進んでもらえればと思います。いずれにしても、風邪やインフルエンザにならないように体調管理に十分気を付けて、今年を過ごしてもらえればと思います。期待しています。
 
   吹奏楽部の校歌演奏      生徒会長の激励の言葉
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春の七草・七草粥

 昨日1月7日は「人日(じんじつ)」で、五節句の1つ。七草粥を食べる日でもありますね。そこで、春の七草について調べてみました。一年の無病息災を願って1月7日に春の七草を使って作る七草粥。厄払いと健康を祈りつつ、今年も元気で過ごせますように祈ります。ところで春の七草を全部わかりますか? 芹(せり)、薺(なずな)(ペンペン草)、御形(ごぎょう)(母子草)、繁縷(はこべら)(はこべ)、仏の座(ほとけのざ)(田平子(たびらこ))、菘(すずな)(蕪(かぶ))、蘿蔔(すずしろ)(大根)と言われています。 農家では白い米に大根、人参、小松菜、ねぎ、ホーレン草、ミツバ、セリなどを入れごった煮にして食べます。セリは6日に水が湧く掘や田んぼに摘みに行きます。他は家で作った野菜を入れることもあります。七草粥は正月の餅腹を休ませるため、青い物を食べる日と言われていましたが、春の七草は越冬の強い植物だから冬枯れの季節に青い物を補食する意味があると思えます。七草の日は初めて爪を切る日と言われ、セリなどを浸した水に指を入れてから爪を切れば、一年の間爪の病からのがれると言われています。考えてみると、秋の七草がどれも見て楽しむ植物。春の七草はすべてが食用とされているというのは面白い事を昔の人は考えたものですね。

  
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江戸っ子の初もうで

 江戸時代、江戸っ子たちが元旦にこぞってでかけたのは、吉方(えほう)参りでした。吉方は恵方とも書き、その年の縁起がよいとされる方角のことで、干支(えと)によって毎年変わります。元旦の早朝、吉方にあたる神社に参詣して幸福を祈り、開運札や御守などをいただく――この吉方参りの風習が、現在の初詣に続いているのです。では、江戸っ子は吉方以外の神社には行かなかったのかというと、そうではありません。ただし、これはその年の最初の縁日に寺社参りをするのが一般的でした。たとえば、初子(はつね…初めての子の日)の大黒、初寅の毘沙門、初巳(み)の弁天、初午(うま)の稲荷、初申(さる)の山王、庚申(こうしん)の帝釈天……といった具合です。江戸の年中行事は、その根底に厄除けの意味があることが多いのですが、元旦の吉方参り、そのあと次々に行われる寺社の縁日への初詣、さらには6日の年越し、7日の七草……と、年の始めは厄払い行事でいっぱい。現在も1月24・25の両日行われている亀戸天神社の「鷽替(うそかえ)神事」なども、厄除け行事の一つの形といえるでしょう。江戸っ子が元旦に出かけたのは「恵方」の神社、という話は先にしましたが、たとえばその年の縁起のよい方角が巽(たつみ)だとしても、その方角にはいろいろな神社があります。さて、どこへ行ったものやら。人気のある神社は江戸時代にもありました。その一つの手がかりになるのが、明治元年に明治天皇が准勅祭神社として定めた以下の10の神社です。初詣の参考になれば……。
●神田明神(千代田区・外神田)
●芝大神宮(港区・芝大門)
●根津神社(文京区・根津)
●品川神社(品川区・北品川)
●亀戸天神(江東区・亀戸)
●日枝神社(千代田区・永田町)
●氷川神社(港区・赤坂)
●白山神社((文京区・白山)
●王子神社(北区・王子)
●富岡八幡宮(江東区・富岡)
 
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1月の風景

 あけましておめでとうございます。新年となりました。いやなことは忘れ、新しい1年に期待する人も多いと思います。1月はグレゴリ暦で年の第1の月に当たります。日本では旧暦1月を睦月(むつき)と呼び、現在では新暦1月の別名としても用いています。睦月という名前の由来には諸説あり、最も有力なのは、親族一同集って宴をする「睦び月(むつびつき)」の意であるとするものです。他に、「元つ月(もとつつき)」「萌月(もゆつき)」「生月(うむつき)」などの説があります。英語のJanuaryは、ローマ神話の出入り口とドアの神ヤヌスにちなみ、年の入り口にあたることから、ヤヌスの月となりました。お正月になると、「今年こそは」と思いを新たにされる方も多いかと思います。お正月は、日頃、生活に追われて忘れているものを思い起こさせてくれるよい機会でもあります。お正月のいろいろな習俗には、私たちの祖先が精一杯生きていくなかで、いかにより幸せに生きるべきかという神仏への切なる願いが至る所に込められています。それが長い間の伝承となって現在のしきたりをつくっているのです。

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初日の出は、闇夜の中から上ってくる

 現在ではお正月は冬の真っ最中。1年で最も寒い季節ですが、旧暦のお正月は、現在の暦でいえば1月下旬から2月上旬。したがって、日が長くなってきたのを実感できる、寒さのなかにも春の気配が感じられる時期でした。清少納言の『枕草子』の第三段には「正月一日は、まいて空の気色うらうらとめづらしう霞みこめたるに……」と、お正月には日差しが明るくなり、空気がやわらいでいる情景がとらえられています。
 旧暦の話が出たところで、もう一つお正月に関連した旧暦のお話しをしておきましょう。旧暦では、毎月の終わりは月が隠れるつごもりで、月の初めは必ず新月でした。したがって大晦日の夜も闇夜。初日の出は、月明かりのない真っ暗な夜が明け、地平線から上ってくる新しい年を迎えるにふさわしい太陽だったのです。単に、その年の最初の日の出というだけではない実感があったのですね。吉方参りに続いて、初日の出を拝む風習は、大正の初め頃までさかんに行われていたそうです。来年の初日の出は見られるでしょうか?

 
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除夜の鐘

 除夜の鐘とは、大晦日(=おおみそか)のちょうど日付けが変わり、新しい年になる深夜0時をはさんでつく鐘のことを指します。除夜の鐘をつく理由は、人の心にある煩悩を祓うためと言われています。仏教では、人には百八つの煩悩(=ぼんのう)があると考えられてきました。その煩悩を祓うためにつく除夜の鐘の回数は108回とされています。煩悩とは、人の心を惑わせたり、悩ませ苦しめたりする心のはたらきのことを言います。人の心の乱れ・汚れを煩悩とすると、代表的な煩悩には、欲望(肉体的および精神的なもの)、怒り、執着、猜疑などがあります。さらに煩悩を細かく分類すると、三毒とか、百八煩悩とか、八万四千煩悩など、分類のしかたにもさまざまなものがあります。さて、鐘をつく回数が108回という理由については、煩悩の数が108つあるからだと述べましたが、それでは、なぜ大晦日に鐘をつくのでしょうか。108回鐘をうきさえすれば大晦日でなくても良いのでは…と思いませんか?大晦日に鐘をつく理由も諸説あります。仏教では煩悩を祓うことにより解脱し、悟りを開くことができるとされています。本来は、日頃から仏教の修行を積むことによりこれらの煩悩(心の乱れ)を取り除き、解脱することができるのですが、除夜の鐘には厳しい修行を積んでいない我々においてもこうした心の乱れや汚れを祓う力があるという信仰が現在まで伝わり、除夜の鐘の儀式となって続いています。だから、普通の日ではなく、除夜、つまり大晦日に鐘を打つのですね。もともと仏教では、お正月には、お盆とならんで年に二回先祖を祀る儀式がありました。これが歴史を重ね時代を経るうちに「お正月は年神様(豊穣・豊作の神様)にその年の豊作を祈る」という神道の信仰へと移っていき、仏教の古い儀式としては夏のお盆のものだけが長く受け継がれています。もともとあった仏教の風習のうち、正月に関しては、除夜に鐘をつく風習だけが今に残っているようです。梵鐘の澄んだ音は、深夜の空気と相まって心にしみわたるような気がします。鐘を叩くことで私たちの魂が共鳴するような気持ちにさえなります。
 
       
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餅つきの由来

 かつて、餅つきは年末の風物詩としてさかんにおこなわれていました。我が家にも以前は臼と杵があり、20数年前まで家族総出で12月30日に1日かけて餅つきをおこなっていました。つきたてでアツアツの餅は、大根おろしやあんこであえるとサイコーです! が、ノロウイルスが全国的に猛威を振るう中、集団食中毒の恐れがあるとして、餅つき大会を中止する動きもあります。日本には古くから稲作信仰あり、稲は「稲魂」や「穀霊」が宿った神聖なものだと考え、崇められてきました。稲から採れる米は人々の生命力を強める神聖な食べ物であり、米をついて固める餅や、米から醸造される酒はとりわけ力が高いとされています。そこで、祝い事や特別な日であるハレの日に餅つきをするようになりました。餅つきは一人ではできないため、皆の連帯感を高め、喜びを分かち合うという社会的意義もあります。そして、お正月には鏡餅、桃の節句には菱餅、端午の節句には柏餅というように、行事食としても定着していきました。とりわけ日本の行事文化の大黒柱であるお正月は、お餅が重要な役割を果たすので、年末に餅つきをするようになったのです。お正月のお餅には特別な意味があります。古来より、新年を司る「年神様」という神様が元日にやってきて、新年の魂(年魂)を授けてくれると考えられてきました。ここでいう魂とは、生きる気力のようなものです。魂を頂戴した回数を数えれば年齢がわかるので、誕生時が1歳、それ以降は元日に年をとる「数え年」が昔は一般的だったのです。この新年の魂の象徴が、丸い形をした「鏡餅」です。三種の神器に「八咫の鏡」があるように、鏡は神様の象徴でもあったため、丸い形をした昔の鏡を神聖なお餅で表すようになり、鏡餅と呼ぶようになりました。大掃除、門松、しめ飾り、おせち料理など、一連の正月行事は年神様を迎えるために成立したものですが、家にやってきた年神様は鏡餅に依り付くとされています。そして、年神様が依り付いたお餅には年神様の魂が宿るとされ、その餅を家長が家族に分け与えたのが「お年玉」のルーツです。年玉は年魂という意味で、鏡餅のほか、家族分の小さな丸餅を神棚に供え、それを下してお年玉としていたといわれています。このお餅をいただくための料理が「お雑煮」で、お餅を食べることで新年の力がつくとされてきました。お年玉はお金に変わってしまいましたが、鏡餅を雑煮にして食べるのはその名残です。
 こうしてみると、いかにお餅が大切かがわかります。大切だからと言って、食べ過ぎていいということではありませんが・・・。

  
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歳の市

 学校は冬休みに入りました。部活動や補習に参加する生徒くらいで校内は静かな状況です。一方、町ではクリスマスも一息つき、威勢のいい声が飛び交う歳の市が始まります。お正月のご馳走は何にしようかなぁ…? クリスマスが過ぎると一気にお正月ムードに。商店街や市場にお正月商品や生鮮食料品が勢ぞろいし、寺社には正月飾りや乾物などを売る市が立ち並びます。デパートなどの歳末大売出しも歳の市と称するものが多いですね。お正月に向けて下着、靴、鍋などの日用品を新しくするのは、お清めの意味があるからです。門松、注連飾り、鏡餅などの正月飾りは、29日は「二重苦」「苦立て」「苦松(=苦が待つ)」に通じ、31日は葬儀と同じ「一夜飾り」で縁起が悪いことや、年神様をお迎えするのに一夜限りでは失礼なことから、26日~28日または30日に飾ってください。必要なものを調達するだけでなく、露店や市場の賑やかさは年の瀬の風物詩。どれにしようか迷ったり、値切ったりするのも楽しみのひとつです。買い物リストをもってぜひ出掛けましょう。良いものを安く調達でき、買い忘れてもまだ日があるので慌てなくてすみます。

 
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2学期終業式

 21日は終業式。学校はこの日までで、1月8日までお休みです。校長が2学期を振り返っての講話をした後、教務部の長沢先生から2学期の成績等について、生徒指導部の網野先生から冬休みの生活等について話がありました。その後、国体で活躍したウエイトリフティング部や県フラワーアレンジメント技能競技大会、埼玉県産業教育フェアCGポスター・ラベルデザインコンテスト入賞者及び陸上競技部新人戦ハンマー投げでよい成績をおさめた生徒の表彰をおこないました。今年も昨年に続き暦の関係で17日間の休みとなります。部活動や補習等で登校する生徒もいますが、大半は自宅で自分の時間を過ごすことになります。また、平成30年もあと10日となりました。1年を振り返り、うまくいかなかった事や反省すべき点を確認して、来年はより充実した、心に残る年にしてもらえればと思います。
 
   吹奏楽部の校歌演奏        教務主任の話
終業式での「校長講話骨子」:
皆さん、おはようございます。早いもので今日は2学期の終業式です。始業式からもう4か月近く経ちました。あと10日もせずに平成30年は終わります。月日の過ぎゆくのは早く感じますが、皆さんはどうでしょうか?
 我々人間は日々成長する存在ですが、完璧な存在ではありません。笑いもすれば、怒りもする、よし悪しのバランスの上に立っています。失敗を繰り返す中から成長していく、それが人間です。気持ちも完璧はありません。100%いいと、100%悪いという状態はあったとしても一瞬で、そのバランスの上でよいことがあったり、沈んでいたりということがほとんどです。その中で、よい時は問題はほとんどありませんが、悪い時につい友だちや仲間のことを十分に考えずに、自分の思いをぶつけて、相手を困らせたり、つらい気持ちにさせたり、また自分のことで手一杯で、周囲の友だちの気持ちを考えることができず、トラブルになったケースが2学期何件かありました。自分で「そんなこと大したことじゃないじゃないか。」と考えても、人の気持ちには、その時の感情や気分、状態がありますから、受け取り方は一人一人違います。傷ついた気持ちも持ったままで、いろいろなことに集中できなくなることもあります。
 そこで、皆さんに是非持ってもらいたいのが、「ほかの人の痛みを理解しようとする心」です。先程話したように、自分では大したことがないと思っても、人の感じ方はさまざまです。顔では笑っていても、心では泣いていることがあります。その人の表情や態度が「いつもとは違うな。」と思ったら、今までも投げかけたことばや態度を振り返ってみて、いやな思いをさせていないかどうか、見つめなおしてください。そして自分が悪かった、いけなかったと思ったら、「ごめんね。」、「ごめんな。」と声をかけてください。大したことがない擦れ違いなら、大したことがないうちに修復できます。
 2学期は体育祭、文化祭、また2年生は修学旅行と大きな行事が続きました。そのほかにも交流事業やボランティア活動など、皆さんの多くがさまざまな活動に積極的に取り組みました。部活動の大会や各種検定もあり、ゆっくりと息つくことがなかった人もいるかと思います。冬休みに入り、やっとゆっくりできるのでは? 今年を振り返ってよかったこと、いけなかったことを頭で整理し、いい状態、いい気持ちでいる時間を長くして、他人へのいたわりの気持ちを持って、来年を今年以上によい年にしてください。

   生徒指導主任の話           表彰
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冬至の食べ物

 冬至の日には食べ物に係わる言い伝えがあります。まず、冬至に「ん」のつくものを食べると運が向上すると言われ、だいこん、にんじん、ぎんなん、きんかん、みかん、うどんなどを食べる習慣があります。なぜでしょうか? 前に記したように、冬至は太陽の力が最も弱くなる陰の極みの日で、翌日からは再び太陽の力がよみがえり始めて陽に帰り、上昇運に転じると考えられました。この「一陽来復」という考え方に、「いろはにほへと」が最後に「ん」で終わって再び「い」で始まることを重ね、陰が極まる冬至の日に「ん」のつくものを食べることで、翌日から再び運気を呼び込めるとされました。また、古来より冬至に「かぼちゃ」を食べると風邪を引かないと言われ、夏に収穫したかぼちゃを長期間保存して、冬至の日に食べるという習慣もあります。夏の野菜であるかぼちゃは、漢字で表すと「南瓜」で、「なんきん」という異名を持ちます。つまり、運を呼び込む「ん」のつく食べ物の1つであり、北に象徴される陰から南に象徴される陽へ転じる、冬至にふさわしい食べ物です。また、黄色は魔除けの色とされたため、昔はかぼちゃを食べることで無病息災を祈願したのです。但し、そうした縁起かつぎのためだけにかぼちゃを食べる訳ではありません。かぼちゃは夏に収穫した後にも長期間保存が効き、秋・冬まで置くことで甘みが増すだけではなく、ビタミンAやカロチンなどの栄養価が高いため、冬の風邪や中風の予防にも効果的です。昔の日本では、冬至の頃には秋野菜の収穫も終わり、食べられる野菜が少なかったことも、かぼちゃが好んで食べられた理由でしょう。

 
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避難訓練

 20日、地震による火災が発生したという想定で避難訓練をおこないました。体育館で集合、安全、点呼。10分ほどで全員の避難・確認ができました。校長の避難に係る講和の後、火災に係るDVDを視聴し、学校や職場での消火器や消火栓の使い方、非常口表示の確認などをおこないました。先日も札幌で爆発に伴う火災で50人以上の片が怪我をし、冬場は火災が多くなります。災害に対する認識を新たにすることができました。

 
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冬至(とうじ)

 今年の冬至12月22日(土)でした。冬至とは、北半球において太陽の位置が1年で最も低くなる日のことで、日照時間が最も短くなるため、1年で最も昼が短く、夜が長くなります。太陽の位置が1年で最も高くなる夏至(6月21日ごろ)と比べると、日照時間におよそ5時間もの差があります。冬至は陽の光も弱く、この日を境に日が長くなっていくため、冬至を太陽が生まれ変わる日ととらえ、世界各地で古くから冬至の祝祭が盛大に行われています。また、旧暦では冬至が暦を計算する上での起点となり、立冬と立春の中間が冬至で、冬の真ん中となります。日本では、冬至にはゆず湯に浸かる習慣があります。お風呂にぷかぷか浮かぶゆず。いい香りが漂ってきて、体もぽかぽかしてきます。でも、どうしてゆず湯に入るのでしょう? 中国や日本では、冬至は太陽の力が一番弱まった日であり、この日を境に再び力がよみがえってくると考えます。そこで、冬至のことをかげ陰(いん)が極まり再び陽(よう)にかえる日という意の「一陽来復(いちようらいふく)」といい、この日を境に運も上昇するとされています。また、悪いことが続いても、回復してよい方向に向かうという意味もあります。 古代には冬至を1年の始まりとしていた時代もあり、冬至に未来への希望をつないだのでしょう。 現代でも、新年や大切な儀式に際して入浴する風習があります。昔から強い香りがする植物で邪気をはらう風習がありますが(端午の節句の菖蒲湯(しょうぶゆ)など)、冬が旬のゆずは香りも強く、邪気ばらいにぴったりです。ゆず湯には、ゆず=「融通」がきく、冬至=「湯治」という語呂合せもあります。 ゆず湯に入ると1年間風邪をひかないといわれています。ゆずには血行を促進して冷え性を和らげたり、体を温めて風邪を予防する働きがあり、果皮に含まれるクエン酸やビタミンCによる美肌効果もあります。さらに、香りによるリラックス効果もあるため、元気に冬を越すためにも大いに役立ちます。
 
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2年進路ガイダンス

 19日3・4時間目、2年進路ガイダンスをおこないました。3時間目は就職希望者、進学希望者、公務員希望者に分かれての全体会をおこないました。就職希望者へは、適性検査や面接試験の心得、就職しても3年の間に離職する人が40%いるが、慣れるまでがんばろうとの話がありました。進学希望者には、大学・短大・専門学校への進学は進路選択の幅が広がる、オープンキャンパスにはテーマを持って参加して希望先を絞ること、学校によって合格後支払う金額が異なるので、しっかりと調べておくこと、就職も進学もミスマッチをしないようとの話がありました。4時間目は具体的な進路別の分科会をおこないました。それぞれのジャンルで問題演習や進学相談、面接練習や心構えなど具体的な話がありました。3年生の多くの生徒が進路先が決定し、2年生もあと数日で2019年に、時の経つのが早く感じます。これを機に進路について今まで以上によく考え、進路実現に向けがんばってもらえればと思いました。

 
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クリスマスの装い

 今日はクリスマスです。町でも家庭でもクリスマスの飾りつけやパーティーの準備に余念がありません。でも、今さらながらですがクリスマスとは何でしょう? わかりやすく言えばイエス・キリストの誕生を祝う日。クリスマスの語源は、ラテン語のChrist(キリスト)+mas(ミサ、礼拝)=Christmasになります。諸説あったキリストの誕生日が古代ヨーロッパの冬至の祭りと結びつき、12月25日となりました。
昔の暦は日没を過ぎると日付が変わったことから、25日は現在の24日の日没後にあたるため、24日の夕刻から朝までをクリスマス・イブとして祝います。キリスト教信仰が根付く欧米では、家族や友人と家で食事をしたり、教会へ行ったりするのが一般的ですが、日本ではにぎやかなイベントが多くなっています。また、サンタクロースやクリスマスプレゼントを、世界中の子どもたちが楽しみにしています。クリスマスの飾り付けの由来を調べてみると、クリスマス・ツリーはモミの木がベース。冬でも葉を落とさない常緑樹で、永遠の命を表します。旧約聖書に出てくる「知恵の樹」の象徴でもあります。さまざまなオーナメントを飾ります。ひとつひとつがキリストにまつわるお話を象徴し、キリストの誕生を物語っています。 ツリーのてっぺんにかざる星は、キリストが生まれた時、東の空に輝いていたという「ベツレヘムの星」を、ベルは キリストの誕生を知らせた喜びのベルで、迷える羊を導くためのベルでもあります。また、ツリーの由来になった「知恵の樹」はリンゴの樹で、まるい玉飾りもリンゴの象徴です。クリスマス・リースは、ヒイラギやモミなどを丸く輪にして、終わりのない永遠の愛を象徴しています。ヒイラギの葉はキリストが人びとの罪を背負って十字架刑にされた時にかぶった茨の冠を表し、赤い実はキリストの流した血を象徴しています。また、とげのようにとがった葉が魔よけにも通じるため、ドアにかけてクリスマスを迎えます。食事やプレゼント、サンタさんにもいろいろないわれがありますが、関心があれば自分で調べてみてください。それよりも楽しむことが先ですね。

 
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自転車安全運転伝達講習会

 18日4時間目、自転車安全運転伝達講習会をおこないました。これは埼玉県が高校生の自転車のマナーアップのため毎年おこなっているもので、参加した生徒たちがそれぞれの高校で全校生徒にその内容を還元するものです。参加した生徒からは、自転車は軽車両という車両の1つであり、交通ルールに従って乗車しなければならないこと、埼玉県は高校生の死傷者が全国ワースト4位であること、交通事故が起こると被害側にも加害側にも精神的、経済的、金銭的な負担がかかること、交通事故防止のためルールやマナーを守ることの大切さや思いやり、周囲に気遣った安全運転を心がけることなどが伝えられました。現在では事故の損害賠償額が1億円に近い事例もあるので、自転車保険に加入する必要があることも報告されました。安全運転に十二分に注意するよう心掛けていきたいです。

 
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お歳暮

  1年間お世話になった人に日ごろの感謝の気持ちを表すため、年の暮れに品物を送る風習、あるいは送る品物そのものを「お歳暮」と言います。お歳暮の由来は、年越しの「御霊祭」(みたままつり)で祖先の霊にお供えする品物、または来たる1年に人々の幸運や健康を授けてくれる年神様を迎えるために、新年にお供えする品物を前もって年の瀬に本家や家元に届けていた習慣です。そして時代を重ねるとともに、お歳暮は仕事の取引先や会社の上司、仲人、恩師、親類など日頃お世話になっている人々にも送る風習へと変化していきました。江戸時代には、武士は番組織に編成されていたので、組頭にお歳暮を贈る習慣がありました。商人たちも1年の親交を感謝する意味で得意先にお歳暮を贈るようになりました。カレンダーや手ぬぐいを得意先や客に配りましが、この風習は江戸時代の名残です。明治時代に入ると、役人が権力を握る社会情勢に変わり、高価なお歳暮を贈ることで贈る側の人が生活に助力を得ようと計らうようにもなりました。その後、仕事の取引先など利害が絡む相手に対してもお歳暮はさかんに贈られるようになり、見返りを暗に期待する思惑も混ざるようになり、現在に至っています。かつてお歳暮では塩鮭、塩ぶり、数の子など長期間保存が効く魚介類を贈ることが多くありました。鮭やぶりは「年取り肴」と呼ばれ、年越しに食べる習慣がありました。なかでも、鮭(は春に生まれて川を下り、秋に川に帰って産卵して一生を終えるので、新たな一年に年神様をお迎えするためのお供え物としてふさわしい魚と考えられ、江戸時代には、塩鮭をわらで巻き、輸送途中で損傷することがない状態にして、江戸の将軍に献上する「新巻き鮭」が流行りました。

        

 

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大掃除

 早いもので、今年も残すところあと少し。家でも学校でも年末の大掃除の時期がやってきます。大掃除といえば、新年も間近にせまる頃に1年間たまった汚れを一掃し、新年をすがすがしい気持ちで迎えるためにおこなう習慣だと、現在ではとらえられていますが、江戸時代には「煤払い(すすはらい)」という名で12月13日におこなわれる一大行事でした。徳川幕府は12月13日を「江戸城煤払い」と定め、江戸城では新年に年神様を迎えるために、現在の大掃除に当たる煤払いがおこなわれるようになりました。庶民も幕府にならって煤払いに精を出すようになりました。年の瀬におこなう大掃除には、元々正月に1年の幸福と健康をもたらす年神様をお迎えするために、前年の煤や塵を払って家や心を清めておくという意味があります。元々、正月に年神様を迎える準備を始めるのは、その年の農作業が終わる12月8日の「事納め」からでしたが、江戸時代になると婚礼以外は万事が吉日とされた鬼宿日に当たる12月13日が「正月事始め」の日とされました。1年のけがれを払い、家や城のすみずみまできれいにすると、正月に年神様がたくさんの御利益を授けてくれると考えられていたので、煤払いは年の瀬のお祭りを思わせる盛大な行事だったようです。
 身の回りがきれいになると気持ちいいですよね。

  
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生徒会役員立会演説・選挙

 13日4限、生徒会役員立会演説会・選挙を体育館でおこないました。今年度は生徒会長に2人が立候補し、決選投票。副会長、監査委員長は信任投票になります。それぞれが演説をおこない、いづれの候補も生徒会行事の充実や、来年度の百周年式典の成功を生徒として成し遂げていこうと支持を訴えました。その後教室で投票をして、生徒会長は櫻澤さんが当選、副会長は篠崎さん、尾澤さん、監査委員長は宮内さんが信任されました。

 
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芸術鑑賞会

 本日、芸術鑑賞会をおこないました。本校の芸術鑑賞会は3年に1度開催され、今年度は羽生市産業文化ホールで中国太陽芸術団による中国雑技「超人」を鑑賞しました。どのような演技になるのか注目していると、全体的には中国の皇帝一家の娘の婿探しを題材に、踊りや曲芸・パフォーマンス・皿回しなどスピーディーで、次々と変わる演技に生徒たちは夢中になって観ていました。途中生徒や先生も参加してのパフォーマンスもあり、ふだんなかなか見ることのできない中国雑技を大いに楽しめました。

 
     皇帝と姫君たち                          見事な皿回し
 
   生徒も先生もいっしょに          美女のパフォーマンス
 
   突然、嵐が・・・        こんなに載せられます
 
    高い一輪車の演技      見事な雑劇、ありがとうございました
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忠臣蔵

 若い方はあまり知らないかもしれませんが、テレビの番組欄を見ると、例年12月14日前後に「忠臣蔵」という(あるいはこれに関連した)番組を見つけることが出来るのではないでしょうか? 今から300年以上前の、江戸時代の元禄14年3月14日(1701年4月21日)、江戸城殿中松之大廊下で現在の兵庫県にあった赤穂藩藩主・浅野長矩(内匠頭)が、高家肝煎・吉良義央(上野介)に刃傷に及んだことに端を発します。この一件で加害者とされた浅野は幕府の裁定で即日切腹となり、被害者とされた吉良はお咎めなしとなりました。その結果を不服とする赤穂藩国家老・大石良雄(内蔵助)をはじめとする赤穂浪士(赤穂藩の旧藩士)47名、いわゆる「赤穂四十七士」は、紆余曲折のすえ、元禄15年12月14日(1703年1月30日)未明に江戸の吉良邸へ討ち入りをし、見事その首級をあげ、主君の仇をうちました。そして、その後の浪士たちの切腹までの一連の事件を総称して、今日の史家は「赤穂事件」と呼んでいます。主君の遺恨を晴らすべく命をかけて、吉良邸に討ち入った赤穂浪士四十七士の行動は民衆から喝采を持って迎えられました。平和な時代が百年近く続いた元禄の世において、すでに過去のものになりつつあった武士道を彼らが体現したからです。彼らは主君の恨みを晴らした忠実な家臣とみなされました。江戸幕府は、武家社会の事件を文芸や戯曲で取り上げることは禁じられていたので、赤穂事件についても幕府をはばかって舞台を別時代とし、事件を扱った物語が歌舞伎、人形浄瑠璃、講談、戯作などありとあらゆる分野で幾度となく作られてきました。映画評論家の佐藤忠男は、「吉良邸討ち入りは「忠義」を名目にしているものの、本質的には武士の意地を示す行動であり、民衆もその意地に感動したのだ」と言い、歴史学者の山本博文は、幕府への抵抗としての側面があることにふれた上で、「忠臣蔵に私たちが感動しているのは、何か目標の為に、命を捨てて行動する「自己犠牲の精神」があるという単純な理由からなのではなかろうか」と指摘しています。彼らを称賛する意見が多数を占めているようです。もちろん、現在の常識からいえばいけない行為ですが、時代が違うと考えも思想も異なることがわかります。

 
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かぼちゃ

 かぼちゃは保存が効き、保存中の栄養素の損失も他の比べて少ない野菜です。そのため、冬至の時期の貴重な栄養源でもありました。かぼちゃは、中央アメリカから南アメリカ北部を原産地とするウリ科の植物です。日本かぼちゃは、16世紀中頃ポルトガル船によってカンボジアからもたらされ、「かぼちゃ」の名はこの時の伝来先に由来しており、江戸時代中期から風邪や中風の予防にかぼちゃを冬至に食べる風習が根付いたといわれています。ビタミンAを豊富に含み、皮は硬いが長く煮ることでやわらかくして食べることができます。サツマイモと同様にデンプンを糖に変える酵素を含んでおり、貯蔵によってあるいは低温でゆっくり加熱することによって甘味が増します。従って、収穫直後よりも収穫後、約1か月頃が糖化のピークで食べ頃となります。保存性に優れ、常温で数か月の保存が可能な数少ない野菜ですが、保存がきくのは切っていない場合で、切って果肉が空気に触れると数日で腐ってしまいます。甘みの強い品種は菓子作りにも向いており、パンプキンパイや、南アメリカのフランやタイの「サンカヤー・ファクトン」などのプリンなどに加工されます。 フランスではスープの材料として使われることが一般ですが、南部ではパイやパンに料理されます。アルゼンチンでは中をくりぬいたカボチャにシチューを入れます。 アルゼンチンでは中をくりぬいたカボチャにシチューを入れます。種子(パンプキンシード)も食品として市販されており、ナッツとして扱われます。パンや洋菓子のトッピングとして用いられることが多くあります。メキシコにはカボチャの種子をすりつぶしたソースで肉や野菜を煮込んだ、ピピアン (pipián)という伝統料理があります。また、種子から食用油(パンプキンシードオイル)が取れます。アメリカではシナモンやクローブなど、パンプキンパイに用いる香辛料とカボチャを使って醸造したビールが生産されています。日本では北海道での生産量が多く、アイヌの人々もカボチャを栽培しており、北海道での栽培の歴史は古いです。

   

     
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水仙

 水仙は、花の少ない冬に可憐な花を咲かせ、香りもよく、日本人に古くから親しまれています。水仙には多くの種類がありますが、日本では水仙といえば「ニホンスイセン」を指すことが多いです。庭植えや切り花などにするほか、日本各地に群生地があり、私たちの目を楽しませてくれます。水仙の原産は地中海沿岸からアフリカ北部で、色や形の異なる様々な園芸品種があります。日本には平安末期または室町時代頃にシルクロードを通り、中国を経由して渡来したとされています。水仙の名前の由来は、「仙人は、天にあるを天仙、地にあるを地仙、水にあるを水仙」という中国の古典から「水仙」となったと言われています。日本では単に水仙というと、古来より日本で野生化している「ニホンスイセン」を指すことが多く、庭植えや切り花などでよく目にすることができますし、各地に群生の名所もあります。地域によって違いますが、12月から2月が開花時期で、寒い季節に雪の中でも健気に咲くので「雪中花(せっちゅうか)」とも呼ばれます。1月の花にもなっており、春の訪れを告げる花として、正月の飾りに使われることも多いですね。水仙は、可憐なその姿からは思いもよりませんが、実は毒のある植物です。特に葉や球根は毒性が強く、食べると悪心、嘔吐、下痢などの食中毒症状を起こしたり、触ることで皮膚炎になったりすることがあります。葉がニラやノビルに、球根が玉ねぎに似ているので間違って食べてしまう例がよくあるそうですから、気をつけてましょう。

 
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羽生市内県立高校合同出前授業

 羽生市「学びあい夢プロジェクト」協議会事業で、羽生市内の県立高校5校が合同出前授業を12月7日(金)に羽生東中、10日(月)羽生南中、11日(火)羽生西中でおこないます。今日の南中での授業を見学しました。本校からは、商業の授業として「お金をもうけるにはどうしたらいい」と、農業の授業として「オリジナルハーバリウムをつくる」をおこないました。初めての高校の先生の授業で、中学生たちは最初緊張していたようでしたが次第に興味・関心を示し、いづれも積極的に取り組んでいました。他の高校の先生方も工夫をして中学生が興味を持ちやすいよう、気さくに話しかけ、高校の授業を体験してもらいました。高校のことを知ってもらうよい機会とすることができました。




※ 写真は7日の東中での授業のようす
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針供養

 「針供養」とは、折れたり、錆びたり、曲がったりして使えなくなった針を豆腐やこんにゃくなどに刺して供養する行事です。針供養は、東日本では2月8日、西日本では12月8日に行うことが多かったようですが、地域に関わらずどちらか一方の日に行うところや、両日行うところもあります。この日付の違いには、背景にある「事始め・事納め」の捉え方が影響しています。「事始め・事納め」とは、コトノカミという神様を祀るおまつりです。元々、「事」という字は、神様への祈りの文である祝詞を入れた器をつけた木を高く捧げて祖霊をまつるという意味の「史」と、吹き流しを組み合わせた形で、「まつり」を意味していました。コトノカミのまつりは、2回あり、12月8日が「事始め」で2月8日が「事納め」になる場合と、2月8日が「事始め」で12月8日が「事納め」という場合があります。この違いはコトノカミが「年神様」か「田の神様」かという違いです。この時に行う「事」が新年に迎える神様の事なのか、田畑を耕し農耕に勤しむ人の事かという違いで、日付けが逆転するのです。年を司る年神様を迎えるための神事を始めるのが12月8日の「事始め」で、すべてを終えるのが2月8日の「事納め」です。こうして年神様に関する一連の神事を終えると、人々の日常が始まります。また、田の神様を迎えて人の日常が始まるのが2月8日の「事始め」で、すべてを終えるのが12月8日の「事納め」です。このように、年神様をまつる神事の期間と、田の神様をまつって働く人の日常の期間とに分けるとすれば、一方の始まりの日はまた一方の終わりの日になるわけです。そして、2月8日と12月8日のことを、「事八日」(ことようか)、「事の日」などと呼びます。「事八日」には、お世話になった道具を片付け、感謝する風習があります。代表的なのが「針供養」で、前述したように、2月8日と12月8日のどちらか一方の日か、両日に行います。針供養の起源は定かではありませんが、中国の「社日(土地の神様をまつる日)に針線(針仕事)を止む」という習わしに起因するという説があります。平安時代には貴族の間で行われるようになったと考えられており、江戸時代に針の労をねぎらい、裁縫上達を願うまつりとして広がりました。針仕事は女性にとって重要な仕事だったため、折れた針や古くなった針に感謝の気持ちを込めて柔らかい豆腐やこんにゃく、もちに刺し、川に流したり、土に埋めたり、神社に納めたりして供養し、裁縫の上達を願いました。豆腐など柔らかいものに刺すのは、これまで硬い生地などを刺してきた針に対し、最後は柔らかいところで休んでいただきたいという気持ちや、供物としての意味があるといわれています。昔はそれぞれの家庭で針供養を行っていたそうですから、豆腐やこんにゃくに針を刺し、身の回りの道具を大事にする気持ちを大切にしてはいかがでしょう。最近は古くなったり、切れたりした物はすぐ捨てることも多いですが、かつては家庭でていねいに修繕して、いろいろなものを使い回していました。ほんと、針に感謝です。

 
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ナンづくり教室

 本日、農業体験講座「手ごねナンづくり」をおこないました。参加されたのは小学生の親子1組でした。初めての高校での教室で少し緊張していたようでうが、次第に慣れ、スタッフの教員たち和気あいあいと会話を弾ませながらナンづくりをしました。ナンが焼きあがったキーマカレーと一緒に試食しましたが、初めてとは思えないいい仕上がりで美味しくいただけました。食べ物を自分の手で調理する貴重な体験をしていただきました。

 
  ナンの作り方はこちら     まず初めにやることは・・・
 
  よく材料を混ぜましょう!              生地をのばしましょう!
 
 生地を並べて焼きましょう!    出来上がりました!
 
  自分で作ったナン、美味しい!      ありがとうございました
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椿(ツバキ、つばき)

 ツバキ(椿)(学名: Camellia japonica)は、ツバキ科ツバキ属の常緑樹で、照葉樹林の代表的な樹木です。日本内外で近縁のユキツバキから作り出された数々の園芸品種、ワビスケ、中国・ベトナム産の原種や園芸品種などを総称的に「椿」と呼びますが、同じツバキ属であってもサザンカを椿と呼ぶことはあまりありません。ツバキとサザンカはよく似ていますが、次のことに着目すると見分けることができます(原種は見分けやすいが、園芸品種は多様性に富むので見分けにくい場合があります)。違いは次の点です。
・ツバキは花弁が個々に散るのではなく萼と雌しべだけを木に残して丸ごと落ちるが(花弁がばらばらに散る園芸品種もある)、サザンカは花びらが個々に散ります。
・ツバキは雄しべの花糸が下半分くらいくっついているが、サザンカは花糸がくっつきません。
・ツバキは、花は完全には平開しない(カップ状のことも多い)が、サザンカは、ほとんど完全に平開します。
・ツバキの子房には毛がないが(ワビスケには子房に毛があるものもある)、サザンカ(カンツバキ・ハルサザンカを含む)の子房には毛があります。
・ツバキは葉柄に毛が生えません(ユキツバキの葉柄には毛がある)が、サザンカは葉柄に毛が生えます。
 ツバキもサザンカもいづれも冬から春に花を咲かせ、目を楽しませてくれます。

 
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山茶花(サザンカ、さざんか)

 サザンカ(山茶花、学名: Camellia sasanqua)は、ツバキ科ツバキ属の常緑広葉樹で、童謡『たきび』の歌詞に登場することでもよく知られています。漢字表記の山茶花は中国語でツバキ類一般を指す山茶に由来し、サザンカの名は山茶花の本来の読みである「サンサカ」が訛ったものといわれています。元は「さんざか」と言いましたが、音位転換した現在の読みが定着しました。秋の終わりから冬にかけての寒い時期に、花を咲かせます。野生の個体の花の色は部分的に淡い桃色を交えた白色であるのに対し、植栽される園芸品種の花の色は、赤色や白色やピンクなど様々です。日本では山口県、四国南部から九州中南部、南西諸島(屋久島から西表島)等に、日本国外では台湾、中国、インドネシアなどに分布しています。なお、ツバキ科の植物は熱帯から亜熱帯に自生しており、ツバキ、サザンカ、チャは温帯に適応した珍しい種であり、日本は自生地としては北限です。サザンカは生垣によく利用され、学校にも多く植えられています。

 
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柚子(ユズ、ゆず)

 寒くなると、鍋物が恋しくなると前日記しましたが、そのような時に欠かせないのがユズなどをベースにしたポン酢です。ユズ(柚子、学名:Citrus junos)はミカン属の常緑小高木で柑橘類の1つです。ホンユズとも呼ばれ、消費・生産ともに日本が世界最大です。柑橘類の中では耐寒性が強く、極東でも自生できる数少ない種で、柑橘類に多いそうか病、かいよう病への耐久があるため、ほとんど消毒の必要がなく、他の柑橘類より手が掛からないこと、無農薬栽培が比較的簡単にできることも特徴のひとつです。成長が遅いことでも知られ、「桃栗3年柿8年、ユズの大馬鹿18年」などと呼ばれることがあります。このため、種子から育てる実生栽培では結実まで10数年掛かってしまうため、結実までの期間を短縮するため、カラタチへの接ぎ木により、数年で収穫可能にすることが多くなっています。ユズの果汁は、日本料理等において調味料として、香味・酸味を加えるために用いられます。また、果肉部分だけでなく皮も七味唐辛子に加えられるなど、香辛料・薬味として使用されています。いずれも、青い状態・熟れた状態の両方とも用いられ、九州地方では柚子胡椒と呼ばれる調味料としても使用されています。これは柚子の皮に、皮が青い時は青唐辛子、黄色く熟している時は赤唐辛子と塩を混ぜて作るもので、緑色または赤色をしています。
熟したユズでも酸味が非常に強いため、普通は直接食用とすることはありません。薬味としてではなく、ユズ自体を味わう調理例としては保存食としてのゆべしの他、韓国の柚子茶のように果皮ごと薄く輪切りにして砂糖や蜂蜜に漬け込む方法などがあります。果汁はチューハイ等にも用いられ、ユズから作られたワインもあります。柚子の果実のうち、果肉の部分をくりぬいて器状にしたものは「柚子釜」と呼ばれ、料理の盛りつけなどに用いられます。近年では、スペインの著名なレストランであったエル・ブジが柚子を大々的に喧伝したのが発端となり、フランス料理をはじめとした西洋料理にも柚子の使用が広まりつつあります。

 
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鍋物(なべもの)

 冬になると、食卓に欠かせないのが鍋物。鍋料理は惣菜を食器に移さず、調理に用いた鍋に入れたままの状態で食卓に供される日本の料理で、鍋物(なべもの)、あるいはただ鍋(お鍋)と呼ぶこともあります。複数人で鍋を囲み、卓上コンロやホットプレートなどで調理しながら、個々人の椀や取り皿あるいはポン酢やタレなどを入れた小鉢に取り分けて食べるのが一般的です。通常は複数人で囲んで食べるため一抱えほどの大きさの鍋を用いますが、宴会や会席料理では小鍋で一人前ずつ供される事もあります。一人用の鍋も市販されており、この時己は鍋から直接食べることもあります。日本の鍋料理に使用する鍋として、最もポピュラーなのは陶器製の土鍋です。土鍋は熱伝導性が低いため火がじっくりと通り、長時間の煮込みでも焦げ付いたりする危険性が低いために鍋料理に適しており、寄せ鍋をはじめとして、多くの鍋料理に対して用いられます。具材を煮込む前に焼く工程があるすき焼きなど、土鍋には向かない調理法がある場合は鉄、ステンレスなどの金属製の鍋(金属鍋)が使われます。もちろん、通常土鍋が使われる料理を金属鍋で代用することも可能です。最近の電磁調理器の普及に伴い、それに対応した土鍋風ホーロー鍋なども販売されています。また、ジンギスカン鍋、フォンデュなどそれ専用に作られた独特の形状の鍋を使用する料理も多くあります。鍋物はいろいろな具材を煮込んでいるため、スープには出汁が凝縮された状態になっています。このスープを利用しての食べ方にもいろいろありますが、一般的には雑炊が多く、うどんや素麺、中華麺(ラーメン)、餅などを入れ、鍋物のしめとすることが多いです。鍋物は、具材や調味料、火加減、調理時間などによって無限の種類ができます。是非、オリジナルの鍋物をつくってください!

 
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12月の風景

 今年もあとひと月となりました。12月に入り、寒さも一段と厳しくなってきました。12月はグレゴリオ暦で第12の月(最後の月)に当たります。日本では旧暦12月を「師走」、「師馳」(しわす・しはす)又は「極月」(きわまりづき・ごくげつ・ごくづき)と呼んできました。今では「師走」及び「極月」は、新暦12月の別名としても用いられています。十二月を師走とした一番古い文献は、『日本書紀』の桓武天皇紀で「十有二月」と書いて「しわす」と読ませています。語源については、『奥義抄』によると、十二月は僧を迎えてお経を読ませるので、僧が東西に忙しく走り回ることから「師走り月」。また、『類聚名物考』では、春夏秋冬四季のおしまい、つまり「四季はつる月」からきているとしています。英語での月名、December(ディセンバー)は「10番目の月」の意味で、ラテン語で「第10の」という意味の「decem」の語に由来しています。 実際の月の番号とずれているのは、紀元前46年まで使われていたローマ暦が3月起算で、3月から数えて10番目という意味です。寒さだけではなく、風邪やインフルエンザの流行る季節となりました。うがい・手洗いをこまめにおこない、マスクを着用して予防に務めましょう!

 
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こたつ

 11月も今日で最後。もうこたつを使っている家庭も多いと思います。こたつ(炬燵、火燵)は、皆さんにも馴染みの日本の暖房器具。床や畳床等に置いた枠組み(炬燵櫓、炬燵机)の中に熱源を入れ、外側を布団等で覆って暖かくします。熱源は枠組みと一体になっているものと、そうでないものがあり、かつては点火した木炭や豆炭、練炭を容器に入れて用いていましたが、現在は電気装置(電気こたつ)が多くなっています。現在は冬場の暖房器具としてだけではなく、夏期にはこたつ布団を外し、テーブル卓代わりとして通年利用されることが多くなっています。そのため暖房器具ではですが、通年商品となっています。形の主流は正方形から長方形になりつつあり、ごく最近に人気の出てきた一人用のミニコタツなどは正方形となっています。現在は大手メーカーは電気炬燵を生産しておらず、中小のメーカーが数多く参入しています。47都道府県のうち、山梨県が最もこたつの所有率が高く、一方北海道が最もこたつの所有率が低く、北海道では、近年オイルヒーター、パネルヒーターなどを利用することが増えています。こたつ布団の上には、四角い天板(こたつ板)を置くことが多くなっています。この板は食卓代わりに宿屋等で使われ始め、家庭に広まったとみられ、1960年頃から家庭でも一般化しました。以前は天板の裏がラシャ張りになっており麻雀卓として利用されていましたが、麻雀人口と正方形のこたつがともに減少したため、このような天板は稀になりました。


 

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冬支度(ふゆじたく)

 日に日に寒くなり、冬本番へと向かう時期となりました。冬服への入れ換え、こたつやストーブの準備に忙しくなる時期です。ところで、心も体も冬支度できていますか? 特に、働く女性を困らせる冬特有の体の悩みにはいろいろありますが、なかでも今回は「冬太り」を取り上げて、そのメカニズムと対策について、いろいろ調べてみました。冬は寒さから身を守るために脂肪がたまりやすい時期。とはいえ必要以上に太るのも困りものです。不健康な冬太りのメカニズムやその原因を知って予防しましょう。体内に摂取されたエネルギーが、体の代謝によって消費するエネルギーを上回った場合、余分なエネルギーは中性脂肪として脂肪細胞や肝臓に蓄えられます。この量が多いと肥満につながります。夏と冬では夏の方が汗をかくし、基礎代謝(じっとしていても消費されるエネルギー)は高いと思われがち。でも冬は気温が低く、体温も下がることから体は自ら体温を上げようとエネルギーを使用するため、実は夏よりも冬の方が基礎代謝は高いのです。ではなぜ太る? これは寒さによる冷えや運動不足による血行不良が原因と考えられます。血液は栄養素の運搬路。だから血行不良になると、酸素や栄養素をうまく運搬できずに内臓機能や基礎代謝の低下につながります。また栄養素が効率よく運搬されないと代謝が悪く、不燃焼型の身体になり、余分な栄養素を蓄積しやすくなります。クリスマス、忘新年会と外食の多い時期は、つい飲み過ぎ・食べ過ぎになりがち。余分なエネルギーが脂肪になるばかりか、食べ過ぎると内臓に血液が集中するため体温が下がり、基礎代謝まで下げてしまいます。結果として余計に脂肪が増えるという悪いループに陥ります。
 飲み過ぎ・食べ過ぎに注意して適度な運動を心掛けましょう!

 
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インフルエンザを予防しよう

インフルエンザの流行る季節となりました。今年も流行が懸念され、注意報が出されています。インフルエンザはインフルエンザウィルスの感染によってかかる病気です。主に38~40°の高熱や頭痛、全身倦怠感が症状として表れる全身症状とのどの痛みや咳などの呼吸器の急性炎症症状などがみられます。発熱は通常3~7日続き、熱は下がっても体内にインフルエンザウィルスが残り他人に移ってしまうこともあります。なぜ冬になるとインフルエンザが流行るか? それはインフルエンザが空気感染することに大きな原因があります。冬場は空気が乾燥し、また寒く乾燥した空気は起動粘膜の抵抗力を弱めてしまいます。これらの条件がインフルエンザウィルスにとってはとても好条件となります。 予防接種をうけてインフルエンザを予防するのも大切ですが、日常生活では以下のことに気をつけましょう。
・外出時はできるだけマスクを着用する。他人からの感染を防ぐことだけでなく、他人を感染させるのも防ぎます。
・家に帰ったらうがい、手洗い。
・室内の湿度を保つ。空気が乾燥した状態でインフルエンザウィルスが活発に活動します。その活動を抑えるためにも加湿器などを用い室内の湿度を保ちましょう。また、定期的な換気も必要です。
・体力を保つ。体力が低下するとウィルスに感染しやすくなります。食事、睡眠は十分にとりましょう。
 インフルエンザを100%防ぐことはなかなか出来ませんが、上記の予防は誰でも出来るのでしっかりやりましょう!

         
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蜜柑(みかん・ミカン)

 この時期、八百屋さんやスーパーの食品売り場の店頭を彩るのがミカン。蜜柑(みかん・ミカン)と言えば、ウンシュウミカン(温州蜜柑)を指すことが一般的で、さまざまなな栽培品種があり、食用として利用されています。その生産量は、和歌山県、愛媛県、静岡県が年間10万トン以上と多く、栽培は温暖かつ日当たり、風当たり、水はけが良い斜面の地形が条件であり、主な産地のほとんどが太平洋や、瀬戸内海に面した沿岸地となっています。近年は、保存技術の向上と共にビニールハウスや温室で栽培されたハウスみかんも多く流通し、ほぼ一年中目にすることが出来ます。ハウスみかんでは佐賀県、愛知県、大分県などが主産地となっています。柑橘の原種は、3000万年前のインド東北部のアッサム地方近辺を発祥とし、さまざまな種に分化しながらミャンマー、タイ、中国等へ広まったとされています。ミカンの美味しさは、含まれている糖と酸の量・バランスやホロの薄さなどによって決まります。糖度が高いことは重要ですが、酸の量も同様に味の決め手になります。生食されることが多く、内皮を丸ごと食べる人と食べない人で個性も分かれます。また、むき方も「へそ」からむく方法と、へたからむく方法と、刃物で切る方法とさまざまです。
他に北陸地方、東北地方、九州地方など地域によっては焼きミカンといって焼いて食べる所もあります。また凍らせて冷凍みかんにしたり、お風呂に入れて食べたり、下記のように用途に応じて様々な加工品も作られている。ミカンの全生産量の約2割はジュースや缶詰に加工されています。食物繊維として含まれるペクチンには、整腸作用の他、消化酵素のひとつである膵リパーゼの働きを阻害する作用があります。これを食前に摂取することにより食物中に含まれる脂肪の吸収を抑制することができます。またシネフリンには体脂肪を減らす効果が高く、特に熟していない青い果実に多く含まれています。

 
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世界キャラクターさみっとin羽生

 11月24日(土)、25日(日)、世界キャラクターさみっとin羽生が羽生水郷公園で開催されました。今年で9回目となります。本校では、農産物の販売とボランティアで60名ほどの生徒と先生が参加しました。両日とも穏やかな日差しに包まれ、多くの人々が公園を訪れ、キャラクターたちと写真を撮ったり、イベントに参加したりとキャラクターとの触れ合いを楽しんでいました。農産物販売では、里芋や大根などを準備していましたが、売れ行きが好調でかなり早めに売れ切れとなりました。ブースの前の通りはキャラクターや訪問された人々で動きが取れないことも多々見られました。ボランティアで参加した生徒たちも自分たちの役割をきちんと果たし、充実感を感じていたようです。

 
 
 
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新嘗祭(にいなめさい)

 新嘗祭は、古くから天皇がその年に収穫された新穀や新酒を、天照大神をはじめとする天地の神に供え、農作物の恵みに感謝し、自らも食す儀式でした。律令制度のもと、11月の2番目の卯の日に新嘗祭を行うことになっており、天皇が即位した最初の新嘗祭を大嘗祭と呼び天皇の即位を天下に知らしめる大きな祭典となっています。新嘗祭がいつ頃から行われていたかははっきりとしないのですが、日本書紀で皇極天皇元年(642)11月16日に新嘗祭の記述があるのが文献に出てくる最初です。この日の干支は丁卯にあたり、すでにこの時代に11月の2番目の卯の日が新嘗祭と確立していたようです。明治以降、新嘗祭は11月23日に定められ国民の祝日となります。そして昭和23年より勤労感謝の日と名を変え「勤労をたっとび、生産を祝い、国民がたがいに感謝しあう」日として国民にすっかり定着した祝日となっています。本来、この新嘗祭は宮中だけで行われていた儀式ではなく、一般民衆の間でも新しい穀物を神に供え、それを食べて収穫を祝う習慣がありました。「風土記」や「万葉集」にもその様子が描かれており、現在も年迎え的な行事として、能登半島の「あえのこ」や関東地方で行われている「十日夜」が残っています。

   
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酉(とり)の市

 大分寒くなってきましたね。朝晩はストーブやこたつがほしい季節となってきました。寒くなる11月は酉(とり)の市が各地で開かれます。酉の市は例年11月の酉の日に行われる各地の鷲神社(おおとりじんじゃ)の祭礼で、古くは酉の祭と呼ばれ、大酉祭(おおとりまつり)、お酉様(おとりさま)とも呼ばれます。浅草の鷲大明神社、花園神社、鷲神社の本宮といわれる埼玉の鷲宮にある鷲宮神社、桐生の寂光院などが有名です。祭礼では「福を掻き込む」という洒落にことよせ、「縁起守り」や「縁起熊手」を買い求める人々で賑わいます。商売をしている人は店や事務所などに縁起熊手を飾り商売繁盛を願います。11月の酉の日に行われ11日が一の酉、23日が二の酉。年によっては日のめぐりで三の酉まであることもあります。鷲神社の社伝によれば、「鷲」とは、天照大神(あまてらすおおみかみ)がお隠れになった天岩戸(あまのいわと)を開けた時に、弦(げん)という名前の楽器を持った神様ところへ飛んできた縁起のよい鳥だとか。また「酉の日」は、その後天日鷲命と呼ばれるようになったこの神様を祀っていた浅草の地に、日本武尊(やまとたけるのみこと)が戦勝のお礼参りをしたのが11月の酉の日であったことに由来するそうです。酉の日が祭礼日となり、やがて市がたつようになったのが、酉の市。ですからこの市、今も正しくは「酉の祭(とりのまち)」と呼ばれる鷲神社の神祭の日なのです。

    
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冬に備えて体力アップ

11月は寒暖差も落ち着き、中旬ごろまでは過ごしやすい日が続きます。体調が安定しやすいこの時期は、冬に備えて体力作りをする絶好のチャンスです。猛暑による夏バテや寒暖差による不調に苦しめられていた方も、ようやく体調が落ち着いてきたのではないでしょうか。この時期は来る冬に備えましょう。12月以降、風邪やインフルエンザ、ノロウイルスなどが流行してきます。こうした感染症に負けない体を作りましょう。 そのための基本は食事です。肥満気味の方は過食に注意が必要ですが、夏バテや寒暖差に弱い虚弱な方は食欲が出てくるこの時期に、積極的に食べましょう。食べ物から栄養をしっかり吸収することで病気に対する抵抗力が高まり、感染症にかかりにくくなります。もう一つのポイントは運動です。ウイルスなどの外敵から体を守る免疫の中心的な役割をしているものの一つが、白血球の一種であるリンパ球です。リンパ球は血液循環をよくすることで、活発に働きます。このため、手足の細い血管まで、全身の循環をよくする有酸素運動が有効です。具体的にはウオーキングや水泳などがよいでしょう。また、ストレッチ体操もおすすめです。東洋医学でいう「ツボ」は自律神経の働きに深く関与しています。ツボは肩甲骨を中心に各関節に集中しているため、手足を曲げたり、伸ばしたりする体操をすると自律神経の働きがよくなり、免疫が活性化されます。冬の準備としてはインフルエンザの予防接種も大事です。ワクチンの株と流行するウイルスの株が一致すれば、高い予防効果(有効率は約70%)が期待できます。接種の1~2週間後から抗体値が上がり始め、約3カ月効果が持続するとされています。インフルエンザが流行するのは12月から2月にかけてですので、11月中旬までに接種するのがよいでしょう。

  
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林檎(リンゴ・りんご)

 リンゴが果物売り場の正面で目立つようになりました。リンゴの原産地はロシアのコーカサス地方と言われています。リンゴは現在、世界で7500以上の品種が栽培されており、亜寒帯、亜熱帯及び温帯で栽培可能ですが、暑さに弱いため熱帯での栽培は難しいです。日本国内での主な産地は青森県、長野県で、この2県が、全国生産量のおよそ75%を占め、ミカンとは対照的に冷涼な気候で育つ果樹の代表格です。
「ふじ」は、1962年に青森県藤崎町で誕生した日本で最も一般的に栽培される品種で、日本国外にもさかんに輸出され、名前も日本語発音同様「Fuji」の名で親しまれています。中国・韓国・北アメリカ・オーストラリアなどでの栽培も多く、世界的にも最も生産量の多い品種です。無袋で日光を十分に浴びさせて栽培したものは「サンふじ」の名で出荷されます。表面には薄い皮があり、皮に付着する農薬等の問題や食べやすさの点から、皮をむいて食べられることが多いのですが、便秘改善のため、皮ごと食されることもあります。リンゴの皮むきにはナイフや包丁などが用いられますが、回転式のアップルピーラーが用いられることもあります。また、放射状に切り分けるアップルカッターが用いられることもあり、味は酸味と甘みが強いです。日本におけるリンゴの収穫は品種によりますが、9月中旬から11月中旬です。各品種とも収穫期間は約1ヵ月程度と短いですが、リンゴは高湿度低酸素状態で冷蔵保存することにより長期の貯蔵(およそ9ヶ月間)が可能です。このため、リンゴの出荷は9月から翌年7月ごろまで約10ヶ月間行われ、ほぼ一年中食べることができます。リンゴは、歴史上さまざまなところに登場しますが、旧約聖書に登場するアダムとイヴが、蛇にそそのかされて食べた「善悪を知る果実」(禁断の果実)がリンゴだとされることは有名です。また、ギリシャ神話には、「最も美しい女神に与えられる」と言われた黄金のリンゴを巡ってヘラ、アテナ、アフロディテの3女神が争い、遂にトロイア戦争に至るエピソードがあります。
 風邪の予防の効果もあるので、しっかりと食べましょう!

 
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秋の夕暮れ

 日が短くなり、夕暮れにもの悲しさを感じる頃となりました。秋の夕日は他の季節とは一味違いますね。童謡「夕焼け小焼け」でも秋のわびしさが感じられます。
平安時代の女流作家清少納言も、「枕草子」のなかで秋について次のように綴っています。
『秋は夕暮れ。夕日のさして、山の端いと近うなりたるに、烏の寝どころへ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど、飛び急ぐさへあはれなり。まいて雁などの連ねたるがいと小さく見ゆるは、いとをかし。日入り果てて、風の音、虫の音など、はたいふべきにあらず。』現代語訳(秋は、夕暮れの時刻がよい。夕日が差して、山の端がとても近く見えているところに、からすが寝どころへ帰ろうとして、三羽四羽、二羽三羽などと、飛び急ぐ様子さえしみじみとものを感じさせる。ましてや雁などが連なって飛んでいるのが小さく見えている様は、とても趣深い。日が沈みきって、風の音、虫の音などが聞こえてくる様は、改めて言うまでもなく素晴らしい)。」
 すでに綴ったように、秋は秋でこの時期の楽しみもありますので、自分の秋を楽しんでください!
 
 
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産業教育フェア

 11月17日(土)、18日(日)、大宮ソニックシテイで第28回産業教育フェアが開催されました。本校からは17日の開会式やCGポスターコンテスト、ドリンクラベルコンテストに商業科の生徒が参加し、CGポスターコンテストでは、情報処理科3年の片石君が埼玉県教育長賞、情報処理科3年の柿本君、ビジネス会計科の松井君が埼玉県商業科教育研究会長賞を、ドリンクラベルコンテストではビジネス会計科の松井君が広沢園特別賞を、情報処理科の片石君、ビジネス会計科の渡部さんが広沢園優秀デザイン賞を受賞しました。また、18日の午後には、多肉植物の寄せ植え講座で、テクノホルティ専門学校の方々と協力して、今年の農業クラブのフラワーデザインコンテストで活躍した3年の飯島さんと1年の小澤さんが講師として、来場した方々に鉢植え指導を担当しました。天気も良く、いい形で学校の活動内容などを情報発信することができました。

 
 CGポスターコンテスト教育長賞    ラベルコンテスト広沢園特別賞
   
     ムジナモの展示             羽実の梨
 
   多肉植物の鉢植え講座。多くの方がチャレンジしていました。
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1日体験入学

 11月17日(土)、体験入学を実施しました。64名の中学生と保護者の方に参加いただき、商業4つ、農業5つの高校の授業を体験をしてもらいました。商業系の授業はパソコンや電卓を活用することが多く、戸惑いもありましたが、すぐに慣れて課題にチャレンジ! 農業系は活動や作業の時間が多く、興味津々で臨んでいました。中学生や保護者の方々に学校を知ってもらい、高校選択の機会とすることができました。


 
 

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小春日和(こはるびより)

 小春日和は「春」という字がつくので4月頃かと思ってしまいますが、小春とは旧暦の10月の別称で、現在でいう11月頃の気候です。寒さが増した頃ろの春を思わせるようなぽっかりした暖かい陽気を言います。冬が深くなる前のひとときで、何か心も安らぎます。アメリカではインディアンサマーといいます。日本は春の陽気を意味し、アメリカでは夏の陽気を表します。これはアメリカの夏が日本のような湿度の多い夏ではなく、さらりと陽気な暑さだからかもしれません。アメリカ以外にも中緯度にある国々には、似たような陽気な気候になることがあり、それぞれに小春日和を指す言葉があるそうです。

 
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七五三

 今日は七五三です。これは7歳、5歳、3歳の時に子供の成長を祝う年中行事。本来は数え年ですが、現在は満年齢でおこなわれる場合が多いです。地方によっては男の子の5歳、女の子は3歳と7歳の年の11月15日に、成長を祝って神社・寺などに詣でる年中行事です。男の子の3歳を七五三に含めて祝う地方もあります。現在では全国でさかんにおこなわれていますが、元来は関東圏における地方風俗でした。
3歳は髪を伸ばす「髪置(かみおき)」、5歳は初めて袴をつける「袴着(はかまぎ)」、7歳はそれまでの紐付きの着物に代わって、本仕立ての着物と丸帯という大人の装いをする「帯解(おびとき)・紐落(ひもおとし)」の名残りです。現代では行事に正装に準じた衣装(晴れ着)で臨み、洋服の場合もありますが和服の方が多いようです。少女は、この時に初めて化粧(厚化粧の場合が多い)をしてもらう場合が多いです。また、七五三は千歳飴を食べて長寿と健康を祝います。千歳飴は、親が自らの子に長寿の願いを込めて、細く長くなっており、縁起が良いとされる紅白それぞれの色で着色されています。千歳飴は、鶴亀(つるかめ)や松竹梅などの縁起の良い図案の描かれた千歳飴袋に入れられています。みなさんもお宮参りした記憶があると思います。

  
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県民の日

 昨日は県民の日で、生徒は休みでした。県民の日は1871年の廃藩置県で埼玉県が誕生したことに由来し、埼玉県成立100年を記念して1971年に制定されました。この日は県内の公立高校をはじめ、県内の公立小中学校も休業日となりました。また、埼玉県立公園や博物館など県内各市町村が運営する一部施設が入場無料となりました。併せて、埼玉県内の一部テーマパークの入場料が無料となったりと、協賛行事が催されました。県では、埼玉県庁舎や埼玉県知事公館を公開し、埼玉県内の各私鉄から格安で埼玉県内乗り降り自由な一日乗車券が販売されたりしました。

 
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木枯らし(こがらし)

 朝夕冷ヤリとし、冷たい風が吹くようになりました。このような風を木枯らし(こがらし)と呼びます。木枯らしは、日本の太平洋側地域において晩秋から初冬の間に吹く風速8m/s以上の北寄り(北から西北西)の風のことで、冬型の気圧配置になったことを示す現象です。凩とも表記します。日本の気象庁では10月半ばから11月末にかけて西高東低の冬型の気圧配置になった時、北よりの風速8m/s以上の風が吹くとその風を「木枯らし」と認定します。そして毎秋最初の木枯らしを木枯らし一号として発表します。関東地方における1992年から2001年の10年間の平均では11月7日頃ですが、今年は10月30日になりました。「木枯らし二号」や「木枯らし三号」もあり得えますが、発表は行われていません。なお、「木枯らし一号」は関東地方と近畿地方でしか発表されません。
      
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イチョウ

 イチョウの葉が黄色に染まる頃となりました。黄葉した葉イチョウ(銀杏、公孫樹、学名:Ginkgo biloba)は、裸子植物の一種。裸子植物門イチョウ綱の中で唯一の現存している種です。中国原産の落葉高木で、高さは20~30mm。葉は扇形で葉脈が付け根から先端まで伸びています。また、葉の中央部が浅く割れていて、針葉樹とされる場合もありますが、厳密には広葉樹にも針葉樹にも属しません。雌雄異株であるため、雄株と雌株があり、実は雌株にのみなります。雌雄の区別は葉の形でできるという俗説もありますが、植物学的には根拠がありません。花期は4~5月で、雌花、雄花とも葉が芽吹くと共に出てきます。実がなるには雄株の花粉による授粉が必要です。花粉は1km程度離れた雄株からでも飛散してくると言われています。長寿で、成長すると巨木になります。そのため、各地に巨木イチョウが残っており、その中には弘法大師空海が手植えしたとの言い伝えがある木も多くあります(イチョウの日本伝来の年代との矛盾もあります)。またイチョウは色づいた時の美しさから、街路樹(銀杏並木)として、植えられているところも多くあります。東京の明治神宮外苑や、大阪御堂筋の並木道は有名です。アヒルの足のような形の葉は、秋には黄色く黄葉し、落葉します。イチョウの実(正式には種子)は銀杏(ぎんなん、ぎんきょう)といい、殻を割って調理されます。種子は熱すると半透明の鮮やかな緑になり、彩りを兼ねて茶碗蒸しなどの具に使われたり、酒の肴としても人気があります。ただ、独特の苦味と若干の臭気があるため敬遠する者も多くいます。木自体のことも「銀杏」と書く(この場合は「イチョウ」と読み、「ぎんなん」は実を指します)。なお、ギンナンは日本全土で生産されているが、特に愛知県中島郡祖父江町(現稲沢市)は生産量日本一です。ギンナン採取を目的としたイチョウの栽培もこの地に始まるとされますが、それは1900年前後のことと伝えられています。熟すと肉質化した外皮が異臭を放ちます。異臭の主成分は酪酸とヘプタン酸で、異臭によりニホンザル、ネズミ、タヌキなどの動物は食用を忌避します。一方で、中にはアライグマのように平気で食べるものもいます。

 

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天高く馬肥ゆる秋

 天高く今肥ゆる秋。聞いたことのある人が多いと思います。秋は空気も澄んでいて、空も高く感じられ、馬も肥えるような収穫の季節です。秋の季節の素晴らしさをいう句で、空は澄み渡って晴れ、馬が食欲を増し、肥えてたくましくなる秋。秋の好時節をいう言葉です。天を地球の回りにある空気の部分と仮定すると、暑い太陽光線を受けて空気が膨張する夏が最も高く、冬に低くなるので、秋は中ぐらいの高さと言えます。それなのに、秋の空が高いと言われるのは、夏の間の湿気の多い空気に変わって、大陸育ちの乾燥した空気が日本を覆い、視界が良くなるために空が高く見えるからです。「天高く馬肥ゆる秋」は、漢語で「秋高馬肥」といい、中国北西部の農民にとっては恐ろしい警告を意味することわざです。紀元前、中国の北方に匈奴(きょうど)と呼ばれる騎馬民族が遊牧生活を営んでいました。彼らの住む土地(モンゴル高原)では冬の寒さが厳しく、その期間は食料が全くとれませんでした。匈奴の人々は馬に春や夏、十分に草を食べさせ肥えさせ、秋になり(中国側で)農耕を営む人々が収穫の時期を迎えると、その収穫物を強奪するために(たくましく肥えた)馬を駆って一斉に南下しました。中国の王はそれを見抜き、「馬が肥ゆる秋には必ず事変が起きる、今年もその季節がやってきた」と、警戒の言葉として言ったことに由来します。つまり、「天高く馬肥ゆる秋」とは、「秋には北方騎馬民族の侵略を警戒せよ」という戒めの言葉であり、「秋には必ず異変が起きる」という意味の故事成語なのです。

 
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商業で公開授業と研究協議・講演会

 本日午後、本校で埼玉県商業教育研究会の流通ビジネス・総合部会が開催され、20数名の県内各商業科のある学校の先生にお出でいただきました。5時間目は3年1・3組の総合実践の授業を公開しました。多くの先生方の見学に生徒たちは緊張気味でしたが、ふだん学んでいる仕入や販売、経理などの実践をしっかりとすることができました。授業後、授業内容についての研究協議をおこなった後、本校OBで株式会社ケンゾー代表取締役社長の木村健造様に「激動の中のスーパー業界 淘汰と信頼」の題目で講演をしていただきました。講演の中でスーパー業界等の現状、顧客の声を聞き、顧客に愛されることが大切なこと。人を大切にするなど貴重なお話をしていただきました。これらの内容を先生方が学校に持ち帰り、生徒に還元して商業教育が充実していくことを期待します。

 
 

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立冬(りっとう)

 今日は朝から雨で、秋というより冬の寒さを感じます。立冬は今年は明日11月7日で二十四節季の1つです。。初めて冬の気配が現われてくる日になります。『暦便覧』では「冬の気立ち始めて、いよいよ冷ゆれば也」と説明しています。立冬の期間の初候には、ツバキが初めて開き、山茶花(さざんか)が咲き始めます。次候では地が初めて凍り始めます。末候には金盞香(きんせんか)や 水仙の花が咲きます。 最近は温暖化が進み、“冬来たる”と言えど11月初めはまだまだ秋。しかし、日中の陽射しは幾分弱まり、日暮れが早くなって、朝夕には空気の冷たさを感じ始める頃です。季節感がなくなって久しい現代人の暮らしですが、古来より大切にされてきた日本人の自然観はまだこんな言葉に残されているようです。

 

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お祭り

 秋はお祭りシーズン。秋祭りには、浴衣を着て出かける夏の祭りとはひと味違う楽しみがあります。でもよく考えてみると、どうして秋に祭りをするのでしょう? 春や夏の祭りとの違いは何? そもそも「祭り」とは何でしょう? 「まつり」という言葉は「まつる(祀る)」の名詞形で、感謝、祈り、慰霊のために神、仏、祖先をまつる行為をいいます。「祭」という漢字は、切った肉の象形である「月」と、手の象形である「又」、祭壇の象形である「示」からできており、いけにえの肉を祭壇にまつる様子を表しています。つまり、本来「祭り」というのは祭祀なのです。日本にはたくさんの祭りがありますが、昔から続いている祭りは祭祀の性格を持っており、感謝・祈り・鎮魂など、日本人が生きていく上での思いが表れています。しかし、近年は祭祀の性格をもたないイベントや町おこしなどの要素が強い賑やかな行事も「祭り」と呼ぶようになりました。後者の意味はさまざまなので、前者(祭祀の性格をもつ昔ながらの祭り)をとりあげます。日本の祭りを語る上で欠かせないのが、農耕です。農耕を主としてきた日本では、春に種を撒き、夏に育て、秋に収穫をして、冬は籠る(こもる)という生活を繰り返してきました。こうした営みが祭りに反映されているので、春夏秋冬で祭りの性格が異なります。伝統的な日本の祭りは、大変奥が深いもの。それぞれの祭りの意味や由来を知ることで、楽しみ方も深まります。また、祭りには文化を伝承したり、地域社会で「横の絆」を結び、暮らしの基盤を整えたりする役割があるので、「行事育」の観点でも見逃せません。

 

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紅葉狩り

 関東地方の平野部でも、少しずつ紅葉が進んでいるようです。学校の桜も赤くなり、葉を落とし始めています。紅葉を鑑賞する習慣は、奈良時代から始まったといわれ、「万葉集」にも登場しています。平安時代の頃には貴族の間で広まり、紅葉を愛でながら宴を開いていたようで、その様子は「源氏物語」にも描かれています。その後、江戸時代には庶民も楽しむようになり、季節の行事として定着していきました。紅葉を鑑賞するのに「紅葉狩り」というのはどうしてでしょう。「狩る」とは獣を捕まえるということですが、花や草木を探し求めるという意味もあるそうで、果物を採る場合にも使われます。「いちご狩り」や「ぶどう狩り」って言いますよね。採集するわけでもなく、紅葉を鑑賞するのに「紅葉狩り」というのは、狩猟を好まない貴族が自然を鑑賞するすることを狩りに例えたと言われていますが、定かではありません。春の桜は「花見」といい桜狩りとは言いません。やはり狩猟のシーズンの秋だから「狩り」という言葉を用いたのでしょうか。また、元々は紅葉を集めて楽しんでいたのが、眺めることに変わっていったという説もあります。

 

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チョコレートケーキをつくりました

 本日3・4限、3年5組の調理の授業で、東京青果専門学校の移動授業を実施していただき、講師として同学校の増田先生、山田先生に講師としてRouleau Aux Chocolat(ルオー オ ショコラ→チョコレートケーキ)づくりに挑戦しました。いろいろな調理をおこなっていますが、本格的なケーキづくりは初めて! 計量や材料の混ぜ方、こね方に苦労しながらも何とかチョコレートケーキを作り上げることができました。出来上がったケーキはお店の店頭のものと見た目は変わらないいい仕上がり! 生徒たちは箱に詰め、今日自宅で家族の方々とじっくり味わうものと思います。今後もこのような本物に触れる機会を持ち、力をつけていってもらえればと思います。

 
   今日のメニューはこちら       まずよく材料をまぜて
 
  しっかりと混ぜ合わせ     チョコレートを生地にぬり
 
     生地を丸めます             チョコレートをトッピング
 
    他のトッピングを飾り       出来上がりました!
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文化の日

 明日は文化の日で、国民の祝日です。国民の祝日に関する法律(祝日法)では「自由と平和を愛し、文化をすすめる」ことを趣旨としています。1946年に日本国憲法が公布された日であり、日本国憲法が平和と文化を重視しているということから、1948年公布・施行の祝日法で「文化の日」に定められました。この日、皇居では文化勲章の授与式が行われます。またこの日を中心に、文化庁主催の芸術祭が開催されます。戦前から文化の日の制定までは、明治天皇の誕生日であることから明治節(明治時代には天長節)という祝日になっていましたが、これとは関係なく定められたということになっています。またこの日は晴れの特異日となっていて、晴れになる確率が高いです。

 

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在り方生き方講演会

 本日6限、全校集会で「在り方生き方教室」を計画し、講師として元幼稚園教諭・保育士で、埼玉県家庭教育・家庭学習アドバイザーの又野亜希子様をお招きし、講演をしていただきました。又野様は保育士として働いていた時、出勤途中の交通事故で頸髄を損傷し、車椅子での生活を余儀なくされました。生きる希望を失った中で新しい命を授かり、お子さんを出産され、現在は生きる喜びや命の大切さを実感し、講演活動や執筆活動など充実した日々を送られています。
 本日の講演では、事故の後車椅子の生活を余儀なくされ、下半身麻痺で現在も右手は動かず、「死にたい」と何度も考えたつらい経験や、御主人やお子様、周りの友人に励まされ、少しずつ出来ることを増やし、精神的に立ち直っていったこと。つらい経験をもとに前向きに生きること、自分を愛し、自分を信じて、自分らしく生きることの大切さをお話しくださいました。
 生徒たちも車椅子の又野様の真剣に、時にはユーモアを交えての話に感じることが多々あったようです。自分の生き方を考えるよい機会となりました。
 又野様、ありがとうございました。

 
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11月の風景

 11月になりました。さすがに「暑い!」という日はなくなりましたが(笑)、紅葉の声はまだまだのところも多く、温暖化がすすんでいることを感じます。さて、日本では旧暦11月を霜月(しもつき)と呼び、現在では新暦11月の別名としても用いています。「霜月」は文字どおり霜が降る月の意味ですが、他に「食物月(おしものづき)」の略であるとする説や、「凋む月(しぼむつき)」「末つ月(すえつつき)」が訛ったものとする説もあります。英語での月名、Novemberは、「9番目の月」の意味で、ラテン語で「第9の」という意味の「novem」の語に由来しています。ところで、10月に出雲に送り出した氏神様や山に戻った田の神様はどうしているのでしょう? 11月の風習には、移動する神々をもてなす心意が見えます。11月は各地の神社で神楽を奏上することが多いため、別名「神楽月」と呼ばれています。田の神は春に山から降りて田を守り、冬に入ると再び山に登って山の神になりますが、柳田国男は『年中行事覚書』の中で「刈り入れ直後の祝いの日に、すでに田の神のお帰りを送った地方でも、なおもう一度この霜月の祭りの日を、何もしないでは過ごすことができなかった」としています。霜月神楽は出雲や山から帰ってきた氏神様をもてなすためのものなのでしょうか。出雲で大仕事を終え、新たな1年を迎える思いを表しているのかもしれません。秋真っ盛りと言えますが、冬の準備も始める時期になったのですね。寒くなってきたので、空気もひんやりと乾燥してきました。風邪や体調不良に注意してがんばりましょう!

 

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 秋を代表する花といえば、やはり菊でしょうか。あちらこちらで、菊花展や菊人形の催しが開かれています。菊は皇室の紋章でもある日本を代表する花の一つで、葬祭にもひんぱんに用いられるとてもなじみの深い花ですが、元から日本にあった訳ではありません。奈良時代に薬用として中国から入ってきたもので、万葉集には見られず、古今集の頃から文字として現れます。菊は漢名で、キクはその音読み。和名では加波良与毛木(かわらよもぎ)、寿客(じゅかく)などとも呼ばれます。また、翁草、齢草(よわいぐさ)、千代見草の別名を持っており、古代中国では、菊は仙境に咲いている花とされ、邪気を払い長生きする効能があると信じられていました。菊と長寿との結びつきには、昔、中国の山奥で、慈童(じどう)という少年が経文を書いた菊の葉にこぼれた露を飲み、700歳以上も生き続けたという、「菊慈童(枕慈童)」の説話が元になっています。麗懸山の麓から薬の水が湧き出たというので、勅令を受けた魏の文帝の臣下達が山中深くやって参りますと、その山奥の菊の咲き乱れた仙境に、慈童という童顔の仙人が現れました。慈童は太古の周の穆王(ぼくおう)に仕えてい者だが、王の枕をまたいだ罪でこの山に流されたのだといいます。枕は、眠るときに魂が体を離れて枕の中に宿る神聖なものとされ、日本でも、万葉の頃に妻は旅先の夫を想い、留守中の夫の枕と枕をくっつけて眠りについたという歌も残されていて、一説に枕の語源は魂倉(たまくら)だもいわれています。その神聖な王の枕をまたいでこの地に流されたのですが、王は、慈童を哀れんで、法華経の「二句の偈」を枕に書いて賜ったといいます。そして、その妙文を菊の葉の上に写して書くと、その葉の露が霊薬となり、それを飲んでいたため、少年は七百年後の今でも若いままで生きながらえていたというのです。もちろん空想の話ですが、菊に対する人々の畏敬の念が感じられます。

 

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文化祭後片付け・閉会式

 朝から晴れて快晴となりました。今日は文化祭の後片付けで、各ホームルームや展示場所では生徒たちがゴミの分別にていねいに当たっています。11時20分から体育館で閉会式・表彰式をおこないました。生徒会長の挨拶の後、今年のテーマ「平成最後の羽実祭」を発表した1年3組、ポスターを作成してくれた3年4組の尾澤さん、クラスと部活動の企画で羽実賞をとなった3年1組とブラスバンド部の表彰をおこないました。その後校長より好評を、文化祭実行委員長が閉会宣言をし、文化祭全日程を終了しました。
 明後日から11月です。2学期も半分終わり、寒くなってきたので、風邪や体調不良に注意してがんばりましょう!

 
    生徒会長挨拶            表彰
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文化祭2日目(一般公開)

 文化祭2日目です。朝から小雨で少し肌寒く感じますが、校内は一般公開に向けて皆がんばっています。この日のために1・2年生は駄菓子屋やお化け屋敷、休憩所を、3年生はや飲食店を中心に、部活動・同好会は日ごろの成果を発揮するべく力を入れてきました。10時より一般公開をおこなうと、まず野菜や果物、草花を扱う農産物販売に多くの人々にお越しいただきました。市販価格より安めの設定でレタスやブロッコリーなどがすぐ完売になりました。羽生市の河田市長様にも午前中に見学に来場していただき、生徒の活躍を確認していただきました。校内に目を向けると、保護者の方々や中学生が催しを覗いたり、参加をしたり楽しんでいました。生徒の中学校時代の同級生も多数来校し、旧交を暖め合っていました。午後には天気も回復して、平成最後のよい羽実祭とすることができました。

 
      朝は小雨模様・・・。晴れるといいな。
 
       準備完了! お客様をむかえます!
 
       まずは野菜の販売とPTAのバザーに
 
  体育館は部活や有志のステージ     紅葉も始まりました
 
  お化け屋敷は順番待ち         休憩所は・・・
 
       来校された方にはていねいな対応を
 
        農業科の展示。彩りを考えました。
 
写真部の猫の鼻のあな(一押し?)     家庭科部の作品
 
    華道部の作品          書道部の展示
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文化祭1日目

 今日は文化祭1日目です。午前中に開会式をおこない、校内祭となります。開会式では校長、文化祭実行委員長、生徒副会長の挨拶の後、有志団体によるブラスバンド部や生徒によるパフォーマンス等があり、最後の準備の時につくった動画を全員で見ました。午後は昨日に続き、明日の一般公開に向けての最後の準備に各団体があたります。校内をきれいにし、おもてなしの心を持って、来場者の皆様を迎えられるよう、がんばります!

 
  体育館でオープニング       生徒会副会長のあいさつ
 
  ブラスバンド部の演奏       生徒パフォーマンス
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文化祭準備

 穏やかな太陽の光が注ぐ1日となりました。昨日に続き、今日は文化祭準備です。昨日はどこから手を付けていけばいいの? というような団体もありましたが、準備は順調にすすんでいるようです。3年生の教室をのぞくと、皆で仲良く、手際よく催しものの準備を進めていました。多くのクラスがハロウィンの趣を取り入れた装飾を活用しています。明日は文化祭1日目で校内発表。天気もよさそうです。ただ、一般公開の土曜日の天気が「曇り時々雨」の予報となっていて心配です。雨が降らなければいいですね。

 
 

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もうすぐハロウィン

 町にハロウィンの色彩が目立つ時期になってきました。10月31日はハロウィンです。最近では日本でも知られるようになりましたが、ハロウィンはキリスト教の聖人の祝日「万聖節」(11月1日。すべての聖人と殉教者をまつる日。All Hallo)の前夜(All Hallo Eve)を略したものです。昔、イギリスに住んでいたケルト人の間では10月31日が大晦日にあたり、この夜は先祖の霊だけでなく悪霊までやってくると信じられていました。やがてキリスト教で悪霊を追い出す祭が始まりますが、その祭を子どもたちが怖がるので、ヨーロッパからアメリカに移住した人々が子どもたちも楽しめる行事にアレンジし、現在のようなイベントになりました。アメリカでは、ハロウィンの夜、家々にジャック・オー・ランタン(かぼちゃのおばけのランプ)の灯りが灯る頃、子どもたちはゴーストや魔法使いなどのキャラクターの仮装をして近所を訪ねてまわります。仮装するのは、悪霊そのものをあらわしているとも、悪霊がその格好を見ておどろいて逃げるようにとも言われています。そして、子どもたちが「Trick or Treat !(トリック オア トリート)」(お菓子をくれなきゃいたずらするぞ!)と声をかけて玄関をたたくと、その家の人が「Happy Halloween !(ハッピー ハロウィン)」 といってお菓子を渡し、霊を鎮めます。 日本では近所を練り歩くことはありませんが、おうちでみんなでハロウィン・パーティーを楽しむのがいいですね。仮装アイテムも売っていますが、身近な材料でお化けの格好をして、シーツに色紙で顔をつけてかぶったり、黒い布をマントにしたり。好きなマンガのキャラクターになりきっても楽しいかも・・・。また、「お菓子をくれなきゃいたずらするぞ!」と言って、この日ばかりは堂々とお菓子をもらっちゃいましょう! でも、食べ過ぎて腹痛を起こさないように。

 
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蕎麦(そば)

 蕎麦(そば)は、産地によって夏から秋に収穫されます。いずれも収穫したては新蕎麦ですが、一般に「新蕎麦」といえば、秋に収穫された蕎麦をさすことが多いようです。緑がかった美しい色で、香りも良い秋の新蕎麦は、江戸の頃から人気の品でした。新蕎麦は秋の季語でもあり、様々な句に詠まれています。元禄時代に発刊された「本朝食鑑」には、「少しでも早く出回るそばを珍重し、手に入れたがる。時期はずれのものは実が十分入らず味も良くないのに、ただ早く出回るのを賞味・珍重するのである」というような記述があります。江戸っ子の初物好きは「新蕎麦」にも発揮されていたようです。蕎麦は種をまく時期によって「夏蕎麦」と「秋蕎麦」に大別されます。蕎麦は、種をまいてから収穫までの期間が稲、麦などに比べ短く、70~80日で収穫できます。気候への適応性もあり、火山灰地や開墾地などのやせ地でもよく生育するので、短期間で収穫できる救荒作物でもありました。さらに土壌の乾燥に強く、吸肥性が強いなどの特徴もあります。ただし、霜には弱いので霜の降りる前に収穫します。一般に、蕎麦は秋に収穫され、秋の新蕎麦を略して「秋新(あきしん)」と呼びます。10月末ごろから出回る新蕎麦は、香り、色、味が優れ、粉に挽いても、貯蔵状態が良ければ変質しにくいという特徴があります。8月の終わり頃から「新蕎麦」のビラを店頭で見ることがありますが、この頃の蕎麦は「夏蕎麦」です。蕎麦は、白米や小麦粉に比べて良質なたんぱく質を多く含みます。ビタミンB群やミネラルも豊富。食物繊維も豊富に含まれています。大きな特徴としては多量の「ルチン」を含みます。ルチンはポリフェノールの一種で、 毛細血管を強化し、血管を拡張する事で血流を良くする作用があります。記憶細胞の保護、活性化にも有効といわれています。蕎麦を常食とする山村に長寿の方が多いといわれるのは、このような蕎麦の栄養が一役買っているのかもしれません。

 
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フラワーアレンジメントコンテストで銅賞!

 10月20日(土)、山口県で第28回全国産業教育フェアが開催され、埼玉県代表としてフラワーアレンジメントコンテストに本校の飯島彩華さんが参加しました。昨年に続いての出場となった飯島さんは、ふだんから身に着けた知識・技能・創造性を発揮し、見事銅賞を獲得しました!

 
          写真は埼玉県大会のようす

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芋煮会

 涼しい、時には寒い、そんな日も増えてきました。そのような時に体が暖まる芋煮はいかがでしょう? 芋煮とは里芋やこんにゃく、ねぎ、きのこ、季節の野菜などを主な具材とした鍋料理です。近所の人達と、河原で材料を持ち寄って大鍋で芋煮を作る野外パーティーが芋煮会。芋煮会は東北各地で行われていますが、有名なのは山形の芋煮でしょう。芋煮の起源には諸説あります。古くは江戸時代、上方からの物資を運んできた最上川舟運の終点が今の山形県中山町付近で、荷物の引き渡しで長逗留することになった船頭たちが、この地の名産の里芋を鍋で煮て食べたことが芋煮の始まりという説が伝えられています。その後も芋煮の風習は受け継がれ、明治になって身近な河原で集まって楽しむようになったとされます。現在も豚肉を用いる庄内風、牛肉を用いる内陸風など、地域によりさまざまな形で芋煮が受け継がれています。家庭料理として年中食べられていますが、芋煮会は秋の実りに感謝しつつ、仲間と和気あいあいと楽しめる人気の行事です。

 
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