平成29年度~校長室

平成29年度~校長室

雑煮

 雑煮は、年神様にお供えした餅のご利益を頂戴するために、年神様の魂が宿った餅を野菜や鶏肉、魚介などといっしょに煮込んで作る、お正月には欠かせない料理です。地方色も豊かで、また、家庭ごとに我が家の味があるのも特徴です。雑煮は元々は正月だけのものではなく、室町時代に武家社会の儀礼的な宴で、本膳料理の前菜として出されたのが始まりです。あわびや里芋、山芋、大豆など健康によいもの7種を入れた煮物で、お酒を飲む前に食べて臓腑を保護・保養する意味があり、「保臓(ほうぞう)」と呼ばれ、「宝雑」「烹雑」と書くこともありました。江戸時代にお餅を入れて雑多なものを煮込む「雑煮」となり、各地にいろいろな雑煮が生まれました。また、雑煮を煮るときは、「若水」を使うのが本来の習わしです。「若水」とは元旦に初めて汲む水のことで、「初水」「福水」ともいい、これを飲むと1年の邪気が祓えるといわれています。昔は井戸や湧水を汲みに行きましたが、今は元旦に水道で汲めばいいのですから、手軽に実践できますね。「若水」は、ぜひ家長が汲んでください。雑煮は地方によっても様々で、材料も作り方も違います。京都中心の関西では、白みそ仕立てで、丸餅を焼かないで煮る、まったりした甘い味わいが特徴です。京都文化の影響の強いところは、白みそ仕立てに丸餅が基本。丸餅なのは、鏡餅を模しているからです。日本海側や山間部が赤みそなのは土地の食文化が融合した例でしょう。一方、関東や中国・九州地方では、しょうゆ仕立てのすまし汁が多く、角餅(切り餅、のし餅)を焼いて入れ、すっきりした味わいが特徴です。江戸文化の影響の強いところは、すまし汁に焼いた角餅が基本。そこへその土地ならではの具材が入ります。みそを使わないのは、武家社会では「味噌をつける」がしくじるという意味で縁起が悪いから。角餅なのは、丸める手間がかからず合理的で、焼いて膨らみ角が丸くなると解釈します。関西風・関東風は、関西地方・関東地方という単純なものではなく、その土地の礎を築いた人が京都文化・江戸文化どちらの影響を受けているかが反映されています。全国的にすまし汁が多いのは、参勤交代で地方に江戸文化が伝わったためです。海辺の町では魚が入り、山里では地元の野菜が入ります。香川などで小豆のあんころ餅を入れるのは、せめて正月には稀少な砂糖を食べたいという思いの表れです。地域性ばかりでなく、家によっても雑煮は違います。それは、祖先や親の出身地、結婚した相手の出身地、好みなどが融合して我が家の雑煮になっているからです。あらためて、我が家の雑煮を見直してみるのも面白いかもしれませんね。

   

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江戸っ子の初もうで

 江戸時代、江戸っ子たちが元旦にこぞってでかけたのは、吉方(えほう)参りでした。吉方は恵方とも書き、その年の縁起がよいとされる方角のことで、干支(えと)によって毎年変わります。元旦の早朝、吉方にあたる神社に参詣して幸福を祈り、開運札や御守などをいただく――この吉方参りの風習が、現在の初詣に続いているのです。では、江戸っ子は吉方以外の神社には行かなかったのかというと、そうではありません。ただし、これはその年の最初の縁日に寺社参りをするのが一般的でした。たとえば、初子(はつね…初めての子の日)の大黒、初寅の毘沙門、初巳(み)の弁天、初午(うま)の稲荷、初申(さる)の山王、庚申(こうしん)の帝釈天……といった具合です。江戸の年中行事は、その根底に厄除けの意味があることが多いのですが、元旦の吉方参り、そのあと次々に行われる寺社の縁日への初詣、さらには6日の年越し、7日の七草……と、年の始めは厄払い行事でいっぱい。現在も1月24・25の両日行われている亀戸天神社の「鷽替(うそかえ)神事」なども、厄除け行事の一つの形といえるでしょう。 江戸っ子が元旦に出かけたのは「恵方」の神社、という話は先にしましたが、たとえばその年の縁起のよい方角が巽(たつみ)だとしても、その方角にはいろいろな神社があります。さて、どこへ行ったものやら。人気のある神社は江戸時代にもありました。その一つの手がかりになるのが、明治元年に明治天皇が准勅祭神社として定めた以下の10の神社です。初詣の参考になれば……。
●神田明神(千代田区・外神田)
●芝大神宮(港区・芝大門)
●根津神社(文京区・根津)
●品川神社(品川区・北品川)
●亀戸天神(江東区・亀戸)
●日枝神社(千代田区・永田町)
●氷川神社(港区・赤坂)
●白山神社((文京区・白山)
●王子神社(北区・王子)
●富岡八幡宮(江東区・富岡)

 

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1月の風景

 あけましておめでとうございます。新年となりました。いやなことは忘れ、新しい1年に期待する人も多いと思います。1月はグレゴリ暦で年の第1の月に当たります。日本では旧暦1月を睦月(むつき)と呼び、現在では新暦1月の別名としても用いています。睦月という名前の由来には諸説あり、最も有力なのは、親族一同集って宴をする「睦び月(むつびつき)」の意であるとするものです。他に、「元つ月(もとつつき)」「萌月(もゆつき)」「生月(うむつき)」などの説があります。英語のJanuaryは、ローマ神話の出入り口とドアの神ヤヌスにちなみ、年の入り口にあたることから、ヤヌスの月となりました。お正月になると、「今年こそは」と思いを新たにされる方も多いかと思います。お正月は、日頃、生活に追われて忘れているものを思い起こさせてくれるよい機会でもあります。お正月のいろいろな習俗には、私たちの祖先が精一杯生きていくなかで、いかにより幸せに生きるべきかという神仏への切なる願いが至る所に込められています。それが長い間の伝承となって現在のしきたりをつくっているのです。

 

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初日の出は、闇夜の中から上ってくる

 現在ではお正月は冬の真っ最中。1年で最も寒い季節ですが、旧暦のお正月は、現在の暦でいえば1月下旬から2月上旬。したがって、日が長くなってきたのを実感できる、寒さのなかにも春の気配が感じられる時期でした。清少納言の『枕草子』の第三段には「正月一日は、まいて空の気色うらうらとめづらしう霞みこめたるに……」と、お正月には日差しが明るくなり、空気がやわらいでいる情景がとらえられています。旧暦の話が出たところで、もう一つお正月に関連した旧暦のお話しをしておきましょう。旧暦では、毎月の終わりは月が隠れるつごもりで、月の初めは必ず新月でした。したがって大晦日の夜も闇夜。初日の出は、月明かりのない真っ暗な夜が明け、地平線から上ってくる新しい年を迎えるにふさわしい太陽だったのです。単に、その年の最初の日の出というだけではない実感があったのですね。吉方参りに続いて、初日の出を拝む風習は、大正の初め頃までさかんに行われていたそうです。来年の初日の出は見られるでしょうか?

 

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除夜の鐘

 除夜の鐘とは、大晦日(=おおみそか)のちょうど日付けが変わり、新しい年になる深夜0時をはさんでつく鐘のことを指します。除夜の鐘をつく理由は、人の心にある煩悩を祓うためと言われています。仏教では、人には百八つの煩悩(=ぼんのう)があると考えられてきました。その煩悩を祓うためにつく除夜の鐘の回数は108回とされています。煩悩とは、人の心を惑わせたり、悩ませ苦しめたりする心のはたらきのことを言います。人の心の乱れ・汚れを煩悩とすると、代表的な煩悩には、欲望(肉体的および精神的なもの)、怒り、執着、猜疑などがあります。さらに煩悩を細かく分類すると、三毒とか、百八煩悩とか、八万四千煩悩など、分類のしかたにもさまざまなものがあります。さて、鐘をつく回数が108回という理由については、煩悩の数が108つあるからだと述べましたが、それでは、なぜ大晦日に鐘をつくのでしょうか。108回鐘をつきさえすれば大晦日でなくても良いのでは…と思いませんか? 大晦日に鐘をつく理由も諸説あります。仏教では煩悩を祓うことにより解脱し、悟りを開くことができるとされています。本来は、日頃から仏教の修行を積むことにより、これらの煩悩(心の乱れ)を取り除き、解脱することができるのですが、除夜の鐘には厳しい修行を積んでいない我々においても、こうした心の乱れや汚れを祓う力があるという信仰が現在まで伝わり、除夜の鐘の儀式となって続いています。だから、普通の日ではなく、除夜、つまり大晦日に鐘を打つのですね。もともと仏教では、お正月には、お盆とならんで年に二回先祖を祀る儀式がありました。これが歴史を重ね時代を経るうちに、「お正月は年神様(豊穣・豊作の神様)にその年の豊作を祈る」という神道の信仰へと移っていき、仏教の古い儀式としては夏のお盆のものだけが長く受け継がれています。もともとあった仏教の風習のうち、正月に関しては、除夜に鐘をつく風習だけが今に残っているようです。梵鐘の澄んだ音は、深夜の空気と相まって心にしみわたるような気がします。鐘を叩くことで私たちの魂が共鳴するような気持ちにさえなります。

   

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餅つきの由来

 かつて、餅つきは年末の風物詩としてさかんにおこなわれていました。我が家にも以前は臼と杵があり、20数年前まで家族総出で12月30日に1日かけて餅つきをおこなっていました。つきたてでアツアツの餅は、大根おろしやあんこであえるとサイコーです! が、ノロウイルスが全国的に猛威を振るう中、集団食中毒の恐れがあるとして、餅つき大会を中止する動きもあります。日本には古くから稲作信仰あり、稲は「稲魂」や「穀霊」が宿った神聖なものだと考え、崇められてきました。稲から採れる米は人々の生命力を強める神聖な食べ物であり、米をついて固める餅や、米から醸造される酒はとりわけ力が高いとされています。そこで、祝い事や特別な日であるハレの日に餅つきをするようになりました。餅つきは一人ではできないため、皆の連帯感を高め、喜びを分かち合うという社会的意義もあります。そして、お正月には鏡餅、桃の節句には菱餅、端午の節句には柏餅というように、行事食としても定着していきました。とりわけ日本の行事文化の大黒柱であるお正月は、お餅が重要な役割を果たすので、年末に餅つきをするようになったのです。お正月のお餅には特別な意味があります。古来より、新年を司る「年神様」という神様が元日にやってきて、新年の魂(年魂)を授けてくれると考えられてきました。ここでいう魂とは、生きる気力のようなものです。魂を頂戴した回数を数えれば年齢がわかるので、誕生時が1歳、それ以降は元日に年をとる「数え年」が昔は一般的だったのです。この新年の魂の象徴が、丸い形をした「鏡餅」です。三種の神器に「八咫の鏡」があるように、鏡は神様の象徴でもあったため、丸い形をした昔の鏡を神聖なお餅で表すようになり、鏡餅と呼ぶようになりました。大掃除、門松、しめ飾り、おせち料理など、一連の正月行事は年神様を迎えるために成立したものですが、家にやってきた年神様は鏡餅に依り付くとされています。そして、年神様が依り付いたお餅には年神様の魂が宿るとされ、その餅を家長が家族に分け与えたのが「お年玉」のルーツです。年玉は年魂という意味で、鏡餅のほか、家族分の小さな丸餅を神棚に供え、それを下してお年玉としていたといわれています。このお餅をいただくための料理が「お雑煮」で、お餅を食べることで新年の力がつくとされてきました。お年玉はお金に変わってしまいましたが、鏡餅を雑煮にして食べるのはその名残です。こうしてみると、いかにお餅が大切かがわかります。大切だからと言って、食べ過ぎていいということではありませんが・・・。

  

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歳の市

 学校は冬休みに入りました。部活動や補習に参加する生徒くらいで校内は静かな状況です。一方、町ではクリスマスも一息つき、威勢のいい声が飛び交う歳の市が始まります。お正月のご馳走は何にしようかなぁ…? クリスマスが過ぎると一気にお正月ムードに。商店街や市場にお正月商品や生鮮食料品が勢ぞろいし、寺社には正月飾りや乾物などを売る市が立ち並びます。デパートなどの歳末大売出しも歳の市と称するものが多いですね。お正月に向けて下着、靴、鍋などの日用品を新しくするのは、お清めの意味があるからです。門松、注連飾り、鏡餅などの正月飾りは、29日は「二重苦」「苦立て」「苦松(=苦が待つ)」に通じ、31日は葬儀と同じ「一夜飾り」で縁起が悪いことや、年神様をお迎えするのに一夜限りでは失礼なことから、26日~28日または30日に飾ってください。必要なものを調達するだけでなく、露店や市場の賑やかさは年の瀬の風物詩。どれにしようか迷ったり、値切ったりするのも楽しみのひとつです。買い物リストをもってぜひ出掛けましょう。良いものを安く調達でき、買い忘れてもまだ日があるので慌てなくてすみます。

 

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2学期終業式

 早いもので今日は終業式。学校は今日までで、明日から1月8日まではお休みです。校長が2学期を振り返っての講話をした後、教務部の長沢先生から2学期の成績等について、生徒指導部の網野先生から冬休みの生活等について話がありました。その後、国体で活躍した陸上競技部や、埼玉県産業教育フェアCGポスター・ラベルデザインコンテスト入賞者の表彰をおこないました。今年は昨年と異なり14日間の休みとなります。部活動や補習等で登校する生徒もいますが、大半は自宅で自分の時間を過ごすことになります。1年を振り返り、うまくいかなかった事や反省すべき点を確認して、来年はより充実した、心に残る年にしてもらえればと思います。
終業式での「校長講話骨子」:
 皆さん、おはようございます。今学期が始まった9月は汗を拭きながらの始業式でしたが、今日は寒さに耐えての終業式です。日が経つのは早いものと改めて感じます。皆さんにはどのような2学期だったでしょうか?
 2学期にはいろいろな学校行事がありました。特に、11月の創立百周年記念式典には、百年に一度のイベントとして皆さんもその場に立ち会ってくれました。式典での皆さんの立派な態度、工藤夕貴さんの記念講演、全員でつくったちぎり絵の披露、警察音楽隊と吹奏楽部の合同演奏など、来場した多くの方々からお褒めの言葉をいただき、大変光栄なことと思いました。
 今年もあと1週間で終わりますが、平成から令和へと年号が代わり、大きな変化があるように感じています。昭和の終わりに私が教員になった頃は、社会全体が今よりものんびり、ゆったりとしていて、学校は土曜日の午前中に授業はありましたが、午後は部活動や課外活動に参加するのが当たり前で、スマフォはおろかガラケーもなく、連絡は家電で、今流行りの振り込め詐欺はない時代でした。昭和から平成に代わり、バブル経済(聞いたこと、ありますか?)が崩壊して平成初期の低成長期となり、就職氷河期と呼ばれた時期もあり、停滞感が蔓延していたと感じていたのが平成の中頃まで。アベノミクスで経済状況がよくなり?、ラグビーワールドカップが開催され、来年に東京オリパラを控え、就職状況が好転したのが平成の末期と感じます。平成10年代生まれの皆さんは、時代や社会状況をどうとらえているでしょう?
 時代が移り変わっていくなかで、人々の考え方や発想もその影響を受け、変化していきます。そのような時代や分野において、当然のことと考えられていた認識や思想、社会全体の価値観などが革命的にもしくは劇的に変化することをパラダイムシフトと言います。かつては「24時間働けますか。」という歌が流行ったように、目一杯仕事をがんばるという風潮がありましたが、今は「働き方改革」が叫ばれ、ブラック企業やブラックバイトが非難を浴びています。また、皇位継承資格は皇統に属する男系男子のみとした皇室典範に、女性天皇を認めてもよいのではという考えも、パラダイムシフトの流れだと思えます。皆さんのなかにも、自分の考えがあることをきっかけに大きく変わった経験を持つ人はいると思います。
 そのようにパラダイムシフトが起こるなかで、しっかりと自分の考えや意見を持ち、相手に伝えてほしいと思います。友だちとの付き合いはスマフォを介してが多くなってきていますが、やはり基本は面と向かって話し合うことだと思います。今年もスマフォに係るトラブルが社会でも校内でも見られました。スマフォの便利さ、気楽さは誰もが実感していますが、使い方や伝わり方がうまくいかないとトラブルとなります。「直接話す」という古くからの対応は、相手の目や表情からもその意図を読むことが出来る優れたものです。新しいものに目を向けながらも、古くからあるものにもしっかりと目を向け、自分を向上させましょう!

 

 

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避難訓練

 本日、地震による火災が発生したという想定で避難訓練をおこないました。体育館で集合、安全、点呼。10分ほどで全員の避難・確認ができました。訓練に当たって校長と保健環境部の担当の先生より講和をしました。今年は4月にパリのノートルダム大聖堂、10月に沖縄県の首里城など世界遺産で火災が起きています。冬場は火災が多くなります。十分に注意するとともに、避難経路や家族との連絡方法なども確認しておきましょう!

 

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冬至の食べ物

 冬至の日には食べ物に係わる言い伝えがあります。まず、冬至に「ん」のつくものを食べると運が向上すると言われ、だいこん、にんじん、ぎんなん、きんかん、みかん、うどんなどを食べる習慣があります。なぜでしょうか? 前に記したように、冬至は太陽の力が最も弱くなる陰の極みの日で、翌日からは再び太陽の力がよみがえり始めて陽に帰り、上昇運に転じると考えられました。この「一陽来復」という考え方に、「いろはにほへと」が最後に「ん」で終わって再び「い」で始まることを重ね、陰が極まる冬至の日に「ん」のつくものを食べることで、翌日から再び運気を呼び込めるとされました。また、古来より冬至に「かぼちゃ」を食べると風邪を引かないと言われ、夏に収穫したかぼちゃを長期間保存して、冬至の日に食べるという習慣もあります。夏の野菜であるかぼちゃは、漢字で表すと「南瓜」で、「なんきん」という異名を持ちます。つまり、運を呼び込む「ん」のつく食べ物の1つであり、北に象徴される陰から南に象徴される陽へ転じる、冬至にふさわしい食べ物です。また、黄色は魔除けの色とされたため、昔はかぼちゃを食べることで無病息災を祈願したのです。但し、そうした縁起かつぎのためだけにかぼちゃを食べる訳ではありません。かぼちゃは夏に収穫した後にも長期間保存が効き、秋・冬まで置くことで甘みが増すだけではなく、ビタミンAやカロチンなどの栄養価が高いため、冬の風邪や中風の予防にも効果的です。昔の日本では、冬至の頃には秋野菜の収穫も終わり、食べられる野菜が少なかったことも、かぼちゃが好んで食べられた理由でしょう。

  

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